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楕円曲線論への誘い
~ロマ数トレラン受講記録~
リュウ
@ryu_paccho
この資料は、日曜数学Advent Calendar 2020の
21日目の記事として作成しました。
株式会社和からさんの開催する「ロマ数トレラン」に参加しました。
そこで教わったことから、概要と所感などを記載いたします。
※詳細を全て書くと大変な量になるので、あくまで概要です…。
2
 はじめに
 ロマ数トレランとは
 受講にあたっての私の状態
 全体像
 個人的推しポイント
 楕円曲線上の加法の導入
 3次曲線と特異点
 加法の導入
 群法則(公理)の証明
 この後の議論のための補足
 無限遠点
 有限生成アーベル群の基本定理
 有限位数の有理点~ の定理~
 有限位数の点の存在
 Nagell-Lutsの定理の証明
 Mazurの定理
 の定理と無限位数の部分群
 Mordellの定理
 4つの補題ととある関数
 Mordellの定理:降下定理の概要
 補題4の証明の構造
 Mordellの定理の光と影
 おわりに
 おわりに1:楕円曲線への誘い
 おわりに2:ロマ数トレランを受講して
目次
はじめに
3
ロマ数トレランとは
 和から株式会社さんが主催する、少人数制のセミナーです。従来から
同社が開催していた「ロマ数ゼミ」というのもありましたが、より深
く勉強しようというものになっています。
 年から立て続けにいろんな分野のセミナーが開催されていますが、
その中で今回私が受講したのが、
「楕円曲線論入門」のセミナーです。
 このご時世なので全て でのオンラインセミナーで、
受講後も録画されたものを後日確認できるので、復習もしやすいです。
 ちなみに私は現在ルベーグ積分のセミナーも受講中です。
4
【ロマ数トレラン】楕円曲線論入門
 開催期間: 年 月 日~ 月 日 全 回
 講師:木内 敬(きうち たかし)先生
 使用テキスト
楕円曲線論入門( )
※第1章~第3章、および付録Aが対象
 前提知識(推奨)
群論の基礎知識
(有限生成アーベル群の基本定理の意味が分かる程度)
 セミナー紹介ページ
5
受講にあたっての私の状態
 私の楕円曲線に対する知識はほとんどなく、以下の点くらいでした。
 グラフの概形は何となく知ってる(Ωを横にしたようなやつ)。
 何本か直線を引いた交点で加法を定義して、それが群になるらしい。
 さらに言うと、私は大学では経済学部だったので数学の授業はあった
ものの、内容はは微分積分と線形代数の基礎(+統計学)くらいでし
た。いわゆるベクトル空間の一般的な定義などもほとんど扱わなかっ
たと思います。覚えていないだけかもしれませんが…。
 今回の前提知識となる群論なども全て大学卒業後に独学でやったのみ
でしかなく、正直基礎がぐらぐらなのでついていけるか不安はありま
した。
 ですが結果としては木内先生の講義の内容や、他の受講者の方々の
助けもあり、及第点という程度には理解ができたのではと思います。
6
全体像
7
全体像
8
3次曲線
特異:楕円曲線ではない(別の構造)
非特異:楕円曲線
の定理
楕円曲線上の有理点の成すアーベル群は有限生成である。
有限生成アーベル群の基本定理
有限生成アーベル群は以下のような巡回群の直和に同型である。
の定理
有限位数の有理点はある必要条件を満たす。
の定理
有限位数の有理点の成す群の同型(巡回群)
はある種類に特定される。
・ランク は、ある像 、 の
位数によって表せる。
・その意数はある4次式を
条件として求められる。
楕円曲線上の加法の導入楕円曲線上の有理点
楕円曲線上のアーベル群
有限位数部分無限位数部分
<射影平面>
無限遠点
個人的推しポイント
9
個人的推しポイント
 私が個人的に、特に面白いなと感じたのは以下の点です。
これらの点に触れるようにしてこの後を記載していきたいと思います。
10
ポイント1
楕円曲線上の加法には、幾何、解析、代数、そして整数論と多くの分野が
かかわっている。
ポイント2
楕円曲線上の群の結合法則は、(3次)曲線上の交点に関する意外な関係
を用いて証明される。
ポイント3
有限位数の有理点を導く の定理の証明は、群の言葉を用いなが
らも非常に基本的な整数と素数の関係を用いて証明される。
ポイント4
の定理の証明の構造全体の多様さ、そして楕円曲線の構造を明ら
かにする上での定理の位置づけに数学の面白さが見られる。
楕円曲線上の加法の導入
11
3次曲線と特異点
 楕円曲線を考えるには、まず一般の(有理数係数の)3次曲線を考えま
す。
これは、1次曲線、2次曲線と明らかにしていく中で、2次曲線
(円錐曲線)までは概ね構造が把握できたので、では3次はどうか?
という流れできたところです。
 このような曲線上で特異点とは、(簡単に言うと)接線が定まらない点
のことを言います。
 楕円曲線はこの3次曲線のうち、任意の点が非特異点であるような曲線
を指します。この楕円曲線は適当な座標変換によって以下のような
「 の標準形」に変形できることがわかっています。
12
3次曲線と特異点の例
13
非特異な3次曲線
(楕円曲線)
特異3次曲線
(楕円曲線には含めない)
赤丸の部分が特異点です。
左側は尖点(kusp)と呼び、尖った点になっています。
真ん中は一見何もないですが、1点だけの部分があります
(特に名前はないと思います)。これらの点は接線が引け
ません。右側は節点(node)とよび、二重に交わっており、
接線は引けますが傾きの異なる2本を引けるため、やはり
接線が定まりません。
加法の導入
 楕円曲線上の加法は以下のように定義されます。非常に唐突な定義に
も見えますが、重要なのはこの演算により群を構成できることです。
14
原点
原点 原点
原点
1)任意に原点Oを
とります。
2)2点P、Qを取ります。 3)P、Qを通る直線を
引き、楕円曲線と
の交点P*Qを取り
ます。
(P=Qの時はPでの
接線を引きます)
4)P*QとOを通る直線
を引き、楕円曲線
との交点をP+Qと
します。
加法の導入
 二次曲線、特に円の場合でも以下のように考えられます。
 二次曲線の場合を見ると、幾何的な定義から、三角関数という解析的な
関数を通し、代数的な構造を定義できたことがわかります。
15
原点 原点
単位円と 軸との交点の1つを原点 を、
円周上に2点 、 を取り
ます。原点 をとおり直線 と平行な直
線を引き、円との交点を とします。
すると、 は三角関数の加法定理を通
して と代数的
に表せます。
ここから、座標軸や円の中心からの角度
などを忘れて、適当な円の円周上に任意
の点 、 、 を取り、 を通り直線 と
並行な線と円との交点を と定義しま
す。
この加法の定義でも、楕円曲線と同様に
円周上で群を成すことが確認できます。
加法の導入
 楕円曲線の場合にも、実は幾何と代数をつなぐ以下の関数があります。
 これは複素平面上で定義される関数です。
 は、楕円曲線をある積分により評価してえられる2つの周期 、 に
よって張られる 上の線形結合による集合 です。
 ここで
℘
とし、写像 を定義します。するとこ
の写像は、 𝟏 𝟐 𝟏 𝟐 という加法公式が成り立ちます。
なおこの左辺は複素数の加法、右辺の は楕円曲線上の加法です。
※円の場合も三角関数の加法公式がでてきましたね!
 また、この写像と周期 、 およびそれによる の周期性から、楕円曲
線上の点(複素点)はトーラスと同型な周期平行四辺形と対応付けられ
ます。
 これが楕円曲線上の加法における幾何的な性質と代数的構造の裏付けに
なっていたのです!これ以上の詳しい説明は、余白と時間がないので今回は割愛します・・・。
16
定義: の 関数
∈
加法の導入
 (最後若干省略しましたが )曲線上の加法は、一部を見ると唐突であ
るように見えますが、背景までみると幾何、解析、代数と別の分野と
して語られる構造がつながって構成されていることが見えてきます。
 さらには、この楕円曲線上を用いていろいろと議論される先は整数論
にもつながっていきます。
 このようにいろいろな構造がある瞬間につながっていくのは、数学の
特徴であり、面白いところではないでしょうか。
17
群法則(公理)の証明
18
群法則の証明
 さて、無事加法が定義できたので、いよいよアーベル群について考え
ます。
 楕円曲線上の複素点全体の集合を 、実点全体を 、そしてこの
後注目する有理点全体を と表し、これらの集合の上でアーベル群
になっていることを確認します。
※楕円曲線が なので、それぞれ 、 、 と書く場合も
ありますが、今回のテキストに従って を使います。
 ただし、楕円曲線の式は有理係数の標準形とします。
19
群法則の証明
 では、それぞれ確認していきましょう。
 閉包
加法の全て代数的な計算によって定義されているため、有理係数の
楕円曲線なら有理点の加法は有理数体上の計算であり、明らかに
閉じています。
 単位元
これは任意に決めた原点 が単位元となります。
実際にある点との和 を考えると、2点を通る直線は3点目の交点
を持ちますが、続いて考える直線は原点を を通る直線であるため、
先ほどと同じ直線となります。よって交点は再び に戻ってきます。
 逆元
となることを考えると、 と原点 を通る直線は、
再び を通る必要があります。よって、この直線は を2回通る直線、
即ち原点 での接線となります。つまり逆元は、原点 での接線と楕円
曲線 の交点と、 を結ぶ直線の3点目の交点が となります。
※原点が変曲点(接線は原点で3回交わる点)の場合は、単純に と を結んだ
直線の3点目の交点が となります( )。
20
群法則の証明
 交換法則
であることは、加法の定義において最初に引く直線が
「 と を通る」か「 と を通る」かなので、明らかに可換です。
 結合法則
実はこれが一番証明が難しいですが、曲線の交点に関する面白い事実を
使います。
示すべきことは、 となることですが、加法の
定義を考えれば が楕円曲線上で一致することを
示せば十分です。
(この点が楕円曲線上で一致すれば、この点と原点と結ぶ直線も一致する
ため)
次のページで証明の手順をまず見ていきましょう。
21
群法則の証明:結合法則
 結合法則の証明の道筋
(1)2つの3次曲線は一般に9つの点で交わる。
(2)2つの曲線の9つの交点の内、別の3次 楕円 曲線 が8点を通るとき、
残りの1点も通る。
(3)楕円曲線上の加法 と を導くまでの点と直線を描く。
ただしここでの2点 と は「 と を通る直線」
と「 と を通る直線」の交点として定義する。
よって と とは既に同一の点であり、
これが楕円曲線上にあることを示したい。
(4)上の工程で現れる6本の直線を3本ずつの2組にわけ、それによって
2本の3次曲線を構成する。
(3本の直線の式をかけ合わせればよい)
(5)この2本の3次曲線は(一般に)9点で交わっており、
以外の8点は明らかに曲線 上にあるため、
(2)により残りの1点 も元の楕円曲線上に
ある。□
※一部、厳密な(あまり面白い点のない)議論は省略しています。
22
群法則の証明:(1)の証明
 示したいことは単純ですが、なかなかややこしそうに見えます。
ポイントは、(2)と(4)ですね。
 (2)は、まず2つの3次曲線(楕円曲線でなくても良い)の交点は
(重複度を含めて)9点あるということが の定理で(射影平面
で)示されます。
 ここで は、点Pにおける と の重複度(交差度)で、簡単に
言えばどの程度(何回)接しているかを表す整数であり、 、
は各曲線の次数です。
 と が で横断交差する(非特異点であり、各点での接線方向が異な
る)場合は となります。
そのため、 と が3次曲線であれば、交差数=交点の数は9点となり
ます。
23
の定理
、 を共通部分を持たない射影曲線とすると、以下が成り立つ。
∈ ∩
群法則の証明:(2)の証明
 今見た3次曲線 、 の交点の内、8つを通る別の3次曲線 を考えま
す(これが元々の楕円曲線である想定です)。
一般の3次曲線の式は以下のとおりであり、係数は10個あります。
 この係数の組によって3次曲線が定まりますが、定数倍したものは同
じ3次曲線(の族)を表しますので、実質的には9次元(9変数)と
考えられます。そして 、 の8つの交点を通ること条件から、さら
には1次元の族にまで絞られます。
 ここで、 、 を表す式をそれぞれ 、 とし、同じ交点を通る曲線
として 𝟏 𝟏 𝟐 𝟐 を考えます。
これも上と同じ8個の交点を通る曲線の一次元の族なので、 𝟏 、 𝟐を
適切に選べば、先ほどの曲線 の式になるはずです。
 、 の交点のうち残りの1点 を考えると、 、
となるので、 𝟏 𝟏 𝟐 𝟐 も満たすことになります。
 よって、結局8個の交点を通る曲線 は、残りの1点も通り、9点全て
を通ることがわかりました!
24
群法則の証明:(4)(5)の図示
 あとは図で見てみましょう。
 (4)の3本2組の直線は、右図の実線
と破線の各3本です。
各3本を表す式をかけ合わせれば、新た
な3次曲線 、 を作れます。
 示したいのは、 2直線の交点として定義
された が楕円曲線上
にあることです。
この点は 、 上にもあります。
 右図にある点のうち、原点 、 、 、 、
、 、 、 は加法の定義によ
り楕円曲線上にあり、かつ 、 上にも
あります。
 よって楕円曲線は2つの3次曲線 、
上の8点を通るので、(2)により残り
の1点 も楕円曲線上
にあることになります。
 これで結合法則が示せました!
25
原点
この後の議論のための補足
26
無限遠点
 ここから先、射影平面を通して無限遠点を定義し、 に対応する
無限遠点を楕円曲線上の加法における原点とします。
 無限遠点は直線の傾きごとに1つ定義され、これにより平行線も含め
て2本の直線は必ず1つの交点を持つことになります。
(平行線は対応する無限遠点で交わります)
 これにより、 は と(右図
では 軸に対して)対称位置になり、
それぞれが互いの逆元になります。
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有限生成アーベル群の基本定理
 有限生成であるというのは、群の任意の元が有限個の生成元による 上の
線形結合で表されるということです。
 後半にある各 は素数を表しますが、中国式剰余の定理により直和の表し
方は一つではありません。
 は、 の略記です。
 上の定理において、 が群の無限位数の部分、 の部分が
有限位数の部分に対応します。
 楕円曲線上の有理点が成す群 はアーベル群ですが、有限位数の部分がある
のか、または有限生成であるかは自明ではありません。
 それらを明らかにするのが、この後にでてくる の定理、そして
の定理です。
28
有限生成アーベル群の基本定理
有限生成であるアーベル群は、以下の巡回群の直和に同型である。
有限位数の有理点
~ の定理~
29
有限位数の有理点の存在
 まず位数2の点を考えてみます。
(なお原点は位数1の有理点と考えます)。
ある点 の位数が2であるということは、 であると
いうことです。これは即ち、 自身が 逆元であるということになります。
 今 に対応する無限遠点を原点としているので、( の
標準形において)逆元は 軸に対し対称位置にあります。それが一致し
ているということは、位数2の点は 軸上、即ち となる点に対応し
ます。
 なおこれから考えたいのは有理点の群 なので、 𝟐 𝟑 𝟐
の有理数解がない場合は、位数2の有理点はないことになり
ます(複素点まで含めれば、3次方程式の解なので3点あります)。
有限位数の有理点の存在
 位数2の有理点が 、 、 の3点あるとき、原点 と合わせてこれ
らは の部分群となります。またこれらは位数2または1の元から
なり、いわゆる四元群であり、2つの位数2の巡回群の直和に同型と
なります。
 位数2の有理点が1点であれば位数2の巡回群となり、または と
なる有理数解が存在しなければ、位数2の有理点がなく、位数1の群
(原点のみの自明な群)のみが得られたことになります。
 位数3の点は、 となることから、 となる関係を用いて
計算することができます。
 しかし位数2の場合と同じく、位数3の点は複素点まで含めれば8個
あることはわかりますが、有理点かどうかは明らかではありません。
(なお、有理点が存在しても全てが有理点(実点)であることはなく、
有理点の成す部分群は位数3の巡回群か位数1の群となります)
 以上のように、複素点の範囲での存在はわかっても、有理点の範囲で
の構造は簡単にはわかりません。
それを明らかにするのが の定理です!
31
の定理
 まずは定理のステートメントを見ていきましょう。この定理により、
有限位数の有理点の 座標が満たすべき条件が明らかになります。
 なお、 のときは、 であることも言えるので、実際に計算すると
きにはこちらを使うとかなり楽になります。
 この定理の主張は必要条件であり、実際に有理点かどうかは実際に計算し
て有限位数となるか となる が存在するか 確かめる必要があります。
 上にある通り、定理の主張は2段階あり、証明もそれぞれ行っていき
ます。
32
の定理
以下を整数係数の非特異3次曲線(楕円曲線)とする。
また、 を3次多項式 の判別式とする。
このとき、 上の有限位数の有理点 において、
(1) 、 はともに整数であり、
(2) ( は位数2の点)か、または ( は を割り切る)
となる。
の定理の証明
 (1)を前提にすれば(2)の方は比較的証明は簡単で、判別式 が
整数係数多項式を係数とする と の和で表すことができ、
と がともに の場合は の倍数であることを示すことで
であることを導けます。
 難しいけれど面白いのは(1)の方、即ち有限位数の有理点は全て
整点である、という方の証明なので、そちらを少し見ていきたいと思
います。
 整数であることを証明するにあたり、直接的には
「座標の分母が任意の素数で割り切れない」
ということを示します。
 任意の素数で割り切れない、ということは、分母は1でしかありえな
いので、結果的には座標が整数であるとなるのです。
 なお、証明の全てを書くと大変なことになるので、ポイントだけ見て
いきたいと思います。
33
の定理の証明
 証明の全体像としては以下の通りです。
 有理点の座標を既約分数で表し、その分母がある素数 (のべき)で割り
切れるとする。
 ある整数 において、 が 座標、 座標を割り切る楕円曲線上の点の
集合を考えると、以下のようになる。
、
※ここで、 は有理数 を素因数分解(指数が負の場合も含む)したときの
の指数を表す。即ち の分母は で、 の分母は で割れる集合となります。
 このとき、以下のような部分群の包含関係(降鎖)がある。
 楕円曲線の式を、 、 と座標変換を施し、この曲線上にある
有理点2点を通る直線の傾きを考え、さらにその直線と曲線とのもう1点
の交点を考える。
 その3点の 座標を 、 、 とし、また で割り切れない分母を持つ有理
数が成す環を とすると、 となり、さらには有理点 の
座標を と表すと となる。
 これは即ち、 ということであるが、
左辺の+は楕円曲線上の加法、右辺は有理数体上の加法であり、写像
が準同型射像となっていることになる。
34
の定理の証明
 さらに写像の核は となるので、準同型定理により準同型写像は以下
において1対1の関係となる(但し と定義する)。
 示したいことは任意の素数 に対して、有限位数の有理点 は とは
ならないことである。よって なる点 が存在し、有限位数 を持
ち となることを仮定し、矛盾を導く。
 この仮定において、 の分母は で何回か割り切れるが有限回である。
よって であって ではない が存在する(★)。
 ここで先ほど導いた関係 を同じ に
対して 回適用すると、 となる。
 ここで であり、 なので、 である。
 ではない場合には、 となり、これは
を意味するので、★に矛盾する。
 の場合は とおくと、 は位数 となる。ここから先ほど
と同様に考えると となり、やはり★に矛盾する。
35
の定理の証明
 最後です!
 ここまでの議論で、 が有限位数の点であれば、 ではないこと
が示されました。ここで は任意の素数、 は任意の正の整数です。よって、
の分母は任意の素数のべきで割り切れません。
 これがまさに証明したいことでした!
標準形の楕円曲線における有限位数の有理点 は整点であることが示され
ました。
 途中の議論は群の言葉などを使っているので一見難しそうですが、考えて
いるのは分母の整数がある(任意の)素数で割れるか?というとても単純
な、ここだけ見れば中学生でもわかる内容ですね。
 これで先の議論と合わせて の定理の証明(の概要)となり
ます!
 楕円曲線上のアーベル群の有限位数の有理点部分は、 の場合に
も有理点になる点、および標準形の楕円曲線の3次式の判別式 を計
算し、 または なる について が整数になる点を調べればよ
いことがわかりました。
36
の定理
 有限位数の有理点がわかれば、それぞれの位数も明らかになるので、
(有限生成アーベル群の基本定理で見る)同型な群もわかります。
 その同型群として現れる可能性のあるものは限られており、それを示
したのが の定理です。
 この証明は相当に難度が高いらしく、余白があってもここには書けま
せん。
37
の定理
を非特異3次曲線(楕円曲線)とし、 が位数 の点を含むとする。
この時の位数は または であり、有理点のなす部分群
は以下のいずれかに同型である。
(1) または を満たす位数 の巡回群
(2)位数 の巡回群と なる位数 の群との直積
の定理と無限位数の部分群
38
の定理
 定理のステートメントは以下の通りです。
 先に示した有限生成アーベル群の基本定理が適用できるためには、
この定理によって有限生成であることを示す必要があります。
 それができれば、楕円曲線上の有理点の成すアーベル群 が
巡回群の直和に同型であることがわかるのです。
 この証明もすべて書くと大変なことになるので、ポイントだけ書いて
いきたいと思います。
39
の定理
非特異3次曲線(楕円曲線)が有理点をもつならば、その有理点全体のな
す群は有限生成である。
4つの補題ととある関数
 証明には以下の4つの補題を必要とします。
 ここで出てくる は高さ関数と呼ばれるもので、以下で定義されます。
40
の定理
補題1:任意の実数 に対し、以下は有限集合である。
補題2:ある 上の点 を固定する。このとき、 と の係数できまる が
存在し、以下が成り立つ。
補題3: の係数によって決まる が存在し、全ての に対して以下
が成り立つ。
補題4:指数 は有限である。
定義:高さ関数
また、特に楕円曲線上の有理点 の高さ をその 座標の高さとして定義する。
4つの補題ととある関数
 4つの補題について少し補足しておきましょう。
 補題1は実はとても単純で、「有理点の分母または分子の絶対値(の大き
い方)がある自然数より小さいものは有限個しかない」ということです。
 補題2と3は、有理点を楕円曲線上の加法によって足し合わせていった時
の高さ関数の値の評価をしています。
 補題2は、ある特定の点に別の点 を足した点の高さは、点 の高さ2倍
(+少し)より小さくすることができるということです。
 補題3は、ある点 の2倍の高さは、元の点 の高さの4倍より大きいこと、
つまりは の高さは に比べてかなり大きくなることを示しています。
 補題4が特に重要であり、これは弱 の定理とも呼ばれるものです。
なお指数 とは、商群 の位数のことです。
 これらの補題を用いて、降下定理と呼ばれる方法で の定理を証
明していきます。その概要を次ページに記載します。
41
の定理の証明:降下定理の概要
 降下定理( )による の定理の証明の流れは以下
のようになります。
 の各剰余類の代表元 をとる。補題4から、これは有限個
である。
 の任意の点もいずれかの剰余類に入ることから、ある点 を対応する
代表元 との差をとればそれは の元となる。つまりはある点の2倍
と等しくなる。
 そのある点も同様に対応させていくと、元の点 を以下のように表せる。
 この最後に出てくる は、その高さ 𝒎 が補題2、3によってある特定
の値よりも小さい(限界がある)ことが示される。
 「ある特定の値よりも小さい高さを持つ有理点(有理数)の集合」は、
補題1によって高々有限個である。
 よって、 任意の点 、即ち群 は、以下によって生成される。
ある特定の値よりも小さい高さを持つ有理点
これが示したいことであった!
 個人的には、最後のトドメがもっとも単純な補題1である点がちょっ
と面白いなと思いました。
42
補題4の証明の構造
 4つの補題が証明できていた前提で、 の定理の証明を見ました
が、特に重要となる補題4の証明も概要だけ触れておきたいと思いま
す。
 ただしテキストでも完全な証明ではなく、位数2の有理点を持つ場合
に限定して証明しています(完全な証明には代数的整数論の知識もい
るようですが、そこまで踏み込まない範囲となっています)。
 この場合、楕円曲線の式は(適切に変数変換を施せば)以下の形にな
ります。
 明らかに のとき、 も整数解 を持ち、 の点が位数2の
有理点の1つとなります。もう2つは、以下のような式変形から後半
の二次式が有理数解をもつとき、即ち となる時に有理点と
なります。
43
補題4の証明の構造
 さて、加法の導入のところの議論で の 関数に触れた際、そ
の二重周期性により、楕円曲線上の複素点が成す群は周期平行四辺形
(またはトーラス)と同型であることを述べました( は格子点に
対応)。
 補題4ではこの性質を利用し、以下のような関係にある同種写像(2
倍写像)を定義します。各 、 が2つの周期です。
 (感覚的な説明ですが)最初の写像 は、位数2の有理点 の点で
折り返すように定義されます。2つめの写像 は実際には2段階に分か
れますが、1段階目の平行四辺形を2段階目で2倍に引き伸ばします。
このとき、もともとの有理点 が の点に写されます。
44
補題4の証明の構造
 先ほどの写像 と は、それぞれ以下のように定義されます。
ただし、 、 と定義します。
も同様です
 これらの写像は(全く自明ではないですが)準同型写像になります。
 また、最後が2倍点に対応することから、 は から への
準同型写像となります(本当はこのあたりでいろいろな計算がありま
す)。
 とこの辺からもいろいろ書きたかったのですが時間が足りない!
 ということで、補題4の証明と無限位数部分の構造(楕円曲線のラン
ク)の詳しい解説は さんの以下のブログをご覧ください。
楕円曲線の有理点のランクを計算しよう! のノートブック
45
の定理の光と影
 さて、気を取り直してもう一度 の定理を見ていきましょう。
 実はテキストには、最初に別の表現でもこの定理が書かれています。
それは以下の内容です。
 もちろん、この2つは同じ主張を意味していますが、後者の方を見る
と「存在性」だけを主張していることがより明確ではないでしょうか。
 つまり、この の定理は「有限生成である」ことは証明していて
も、「その生成元が何であるか」またはその「生成元を求める有限回
の手続き」については何ら主張をしていないのです!
(この点が の定理との違いでもあります)
46
の定理
非特異3次曲線(楕円曲線)が有理点をもつならば、その有理点全体のな
す群は有限生成である。
の定理(別表現)
が非特異な有理3次曲線(楕円曲線)であれば、全ての有理点を加法に
よって得られるような有理点の有限集合が存在する。
の定理の光と影
 この事実は、(先ほど書ききれなかった)無限位数の有理点の構造、
すなわち楕円曲線のランクと呼ばれる部分を(どんな楕円曲線に対し
ても)求めることができるとは限らない、という現状につながります。
 そしてこの現状はミレニアム問題の1つでもある 予想(バーチ・
スウィンナートン・ダイアー予想)につながる事実でもあります。
 前のページで記載したように、確かに の定理が示す内容は、
楕円曲線の全てを明らかにできるほどの力はありません。
しかし、そこに至るための重要なマイルストーンになっている定理であ
ることは間違いないのだと思います。
 このような広大な未解決問題を観る際には、その結果だけではなく、
間をつなぐ様々な定理や証明の構造に目を向けるとまた違った面白さ
が見えてくるのかなと思います。
(ちなみにフェルマーの最終定理の証明の過程でも楕円曲線が登場しますね!)
47
おわりに
48
おわりに:楕円曲線への誘い
 今回記載したのは、トレランでやった内容、すなわちテキスト第1章
から第3章(および付録 )の内の一部であり、詳細な証明であったり、
書ききれなかった話題もまだあります。
 しかしこのテキストは第6章まであり、この後半部分はまた違う観点
での内容(有限体上での検討や虚数乗法など)になるようです。
 そしてさらに、このテキストのタイトルは楕円曲線論「入門」です。
 この分野は比較的新しい分野( の定理は 年)ですがかなり
奥は深く、もっと進めば( によると) の定理は
の定理としてアーベル多様体上に一般化されたり、あるい
は楕円曲線のゼータ関数や志村・谷山の定理などへもつながっていき
ます。
 全くゴールの見えない話にはなりますが、私としては、このように終
わりがなく延々と続いていくところは数学の面白いところの一つだと
思っています。
49
おわりに:ロマ数トレランを受講して
 率直に、参加してよかったと思っています。
 今回の楕円曲線の内容は、独学で(少なくとも5か月足らずの期間で)や
るには厳しい内容だったと思います。
 完全な独学であれば、途中何度も行き詰まり、そこを解決するための別の
本やネット上の記事を探す旅に奔走し、なかなか前に進まず、継続するモ
チベーションの維持も難しかったのではないかと思います。
(それはそれで楽しいのですが)
 このトレランに参加することで、まだテキストの半分とはいえ、理解も
伴った上でやりきることができました。集中の講義形式で、講師の木内先
生の説明がわかりやすかったのに加え、他の参加者の方々がさらに深い理
解をされていたので、大変に助けられたと思います。
 また続きがあるようなので、(さらに難易度が上がるようですが)
次も参加したいと思います!
50
おわり
51

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