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1
ハイパーバラッド	
	 作・大渡佑紀	
	
	
登場人物	
	
綾	 少女	13	
卓哉	 父親	42	 	
	
国木田徹	 厚生労働省官僚	
国木田美咲	 妻	
国木田一太	 息子	
	
榊	 国立感染研究所研究者	
望月	 医師	
相澤	 看護師	
	
陣矢	 漫画家	
四ッ谷	 編集者	
	
松浦	 図書館勤務	37	
樋口	 郵便配達員 36	
	
優作	 男	
葵	 	 女	
	
備前島	 国立感染研究所	 元博士
2
	
	
	
	
	 	 本シナリオは囲み舞台を想定しており、	
	 	 各シーンの配置、登場人物の出ハケは自由とする。	
	
	
○1	 わらしべ白書	
	
	 	 夕方、突然降り始めた雨に、建物の玄関で雨宿りをしている優作。	
	 	 そこに、傘を差して歩いてくる葵。	
	
葵	 	 ……	
優作	 ……	
	
	 	 しばらく見つめ合う二人。	
	
葵	 	 ……入る?	
優作	 ……うん。	
	
○2	 郵便	
	
	 	 朝。	
	 	 郵便配達員の樋口(36)が、自転車で街を回って配達をしている。	
	 	 ある家のポストに郵便物を入れようとすると、中から卓哉(42)が出てくる。
	
	
卓哉	 あっ、ご苦労さまです。もらいますね	
樋口	 あ、はい	
卓哉	 すいません、遅刻なんです	
樋口	 いえいえ。いってらっしゃい	
卓哉	 いってきます
3
	
	 	 卓哉、慌ただしく出かけていく。	
	 	 樋口、配達を続ける。	
○3	 病院	
	
	 	 病室のベッドで、本を読んでいる綾。	
	 	 ベッドの周りはビニールのようなもので覆われて、隔離されている。	
	 	 病室に、看護師の相澤が入ってくる。	
	
相澤	 綾ちゃん、検温ね	
綾	 	 はい	
	
	 	 綾、本を名残惜しく置く。	
	 	 相澤から体温計を受け取り、熱をはかる。	
	 	 そのまますぐに、本に向かう。	
	
相澤	 今日はいい天気だから、外に出てみる?	
綾	 	 ううん。これ読み終わらないとダメなの	
相澤	 それ今日まで?	
綾	 	 うん	
相澤	 別にいいもんよ、少し遅れたって	
綾	 	 ダメ。次に読みたくて待ってる人いるかもしれないから	
相澤	 そうね	
	
	 	 しばらく無言の時間が続く。	
	 	 体温計がピピっと鳴る。	
	 	 体温計を相澤に渡す綾。	
	
綾	 	 はい	
相澤	 はい、ありがと
4
綾	 	 相澤さんさ、ダムって行ったことある?	
相澤	 ダム?	
綾	 	 話に出てくるの。私行ったことなくて	
相澤	 ダムねぇ。あー、行ったことないかも	
綾	 	 そっか	
相澤	 行きたいんだ?	
綾	 	 行きたい。治ったら行くの	
相澤	 あら、いいじゃない。早く治しましょ	
	
○4	 図書館	
	
	 	 棚の整理をしている司書の女、松浦。	
	 	 そこに、四ッ谷(男)が本をいくつか持ってやってくる。	
	
四ッ谷	 松浦さん	
松浦	 	 あ、四ツ谷さん。おはよう。早いね	
四ッ谷	 おはようございます。松浦さん、理系いけますか?	
松浦	 	 いきましょう	
四ッ谷	 ありがとうございます(笑)	なんかカオス理論とか非ユークリッド幾
	 何学?とかがいいらしいんですけど	
松浦	 随分マニアックね	
四ッ谷	 陣矢先生、妥協をしらないんですよ	
松浦	 	 数学の本の棚は見た?	
四ッ谷	 はい。それっぽいタイトルは選んだんですけど、ほら、数学って地続	
	 きでしょ?	
松浦	 	 そしたら、児童向けのコーナーのが簡潔でいいのかも	
四ッ谷	 あ、なるほど	
	
	 	 松浦に案内されて、一緒に本を探す四ッ谷。	
	
○5	 病院
5
	 	 綾が一人で本を読んでいる。	
	 	 医者の望月が病室に入ってくる。	
	
望月	 綾ちゃん。おはよう	
綾	 	 おはようございます	
望月	 どう、調子は	
綾	 	 ……普通	
望月	 普通か。うん、結構	
綾	 	 結構元気です	
望月	 うん、よかった	
綾	 	 でも、検査あるんでしょ?	
望月	 うーん、そうだね。ちゃんと治すには	
綾	 	 うん	
望月	 今日は先生がこれから出かけなきゃいけないから、帰って来た夕方に検	
	 	 	 査だね。だから昼はのんびりしてて大丈夫だよ。本、今日までなんだっ	 	 	
	 	 	 て?	
綾	 	 うん	
望月	 お父さん、来た?	
綾	 	 ううん。たぶん寝坊。だからお昼に来ると思う。時間ないんだ	
望月	 そしたらあんまり邪魔してもだね。じゃあまた夕方に	
綾	 	 うん	
	
	 	 病室を出て行く望月。	
	 	 本に向かう綾。	
	
○6	 陣矢の仕事場	
	
	 	 漫画家、陣矢の仕事場。	
	 	 机に向かい、漫画の原稿を描いている陣矢。	
	 	 そこに本を抱えた四ッ谷がやってくる。	
	
四ッ谷	 どーも
6
陣矢	 ……	
四ッ谷	 お疲れ様です	
陣矢	 	 お疲れさまです	
四ッ谷	 陣矢先生、資料、借りてきました	
陣矢	 	 ありがとうございます	
四ッ谷	 ……原稿、どうですか	
陣矢	 	 明日には	
四ッ谷	 わかりました。数学は出してくるんですか	
陣矢	 	 まだわからないです。でも、決着は着けたいのでなんとか処理出来な
	 いか模索中です	
四ッ谷	 もう好きに描いたら良いと思うんですけど	
陣矢	 	 でも載せれなかったらダメじゃないですか	
四ッ谷	 そうですけど、イケるんじゃないですか?	
陣矢	 	 四ッ谷さん、商業誌の編集とは思えないですね	
四ッ谷	 そうですか?	
陣矢	 	 なにか、面白いアイディアないですかね	
四ッ谷	 アイディア	
陣矢	 	 四ツ谷さん、嫌いなものとかなんですか	
四ッ谷	 ……うーん	
陣矢	 	 ……	
四ッ谷	 ……ぼくあれなんです、電車の中で喋るの、好きじゃないんです	
陣矢	 	 なんでです?	
四ッ谷	 混んでる時とかって、人の多さに反比例、ん?比例?まあ静かに感じ
	 るじゃないですか。その中で喋ると、なんか他の人に聞かれてそうに
	 感じるじゃないですか。自意識過剰なんですけど	
陣矢	 	 ……	
四ッ谷	 空いてたらいいんですけどね	
陣矢	 	 ……	
	
	 	 陣矢、なにも喋らず原稿に向かう。	
	
四ッ谷	 ……ダメですかね
7
陣矢	 どうでしょう	
四ッ谷	 どうでしょう……	
陣矢	 なにが使えてなにが使えないかなんて、その時にならないとわからな
	 いですから	
四ッ谷	 はあ	
	
	
○7	 厚生労働省	
	
	 	 上司の部屋。	
	
国木田	 今週は 223 人の死亡者が出ました。
感染が確認されていた者は 187 名。
	 国立感染症研究所からの報告も上がっておらず未だに治療の目処は立
	 っていません。…失礼します	
	
	 	 国木田、一礼をして部屋を出て行く。	
	 	 国木田、どこかに電話をかける。	
	
国木田	 もしもし。……そうか。引き続き捜索を続けろ	
	
	 	 通話を切る国木田。	
	 	 そこに榊がくる。	
	
榊	 	 国木田さん	
国木田	 ……お疲れ	
榊	 備前島博士は	
国木田	 まだなんの情報も上がって来ていない。エリアを拡大して捜査する	
榊	 	 	 もう公開して調べるべきです	
国木田	 行方を厚労省が把握してないとなれば問題だ	
榊	 	 厚労省は捜査機関じゃない。行動にも限界がある。そうこうしている
	 内に、ウイルスの被害者は増えてます	
国木田	 上はもう博士は見つからないと踏んで、お前に期待している
8
榊	 だったら、見える形での援助、…それと許可をお願いします	
国木田	 だめだ	
榊	 博士も見つからず、研究も成功しなければ、人類は滅亡します。それ
	 を自覚してください	
国木田	 ……もう行く。定例会見の準備がある	
榊	 準備もなにも、被害者数の発表と注意喚起だけでしょう。不安感を煽
	 るだけですよ	
国木田	 危機感を持たせる、だ	
	
	 	 榊、国木田を一瞥して去っていく。	
	 	 無言でそれを見送る国木田。	
	
○8	 国木田家	
	
	 	 美咲が電話をしている。	
	
○9	 厚生労働省	
	
	 	 国木田の携帯電話に着信がある。	
	 	 美咲からである。	
	 	 国木田、画面を見るが、出ない。	
	
○10	 郵便	
	
	 	 郵便配達員の樋口が、街を回って配達をしている。	
	
○11	 病院	
	
	 	 本を読んでいる綾。	
	 	 最後のページを読み終わる。	
	
綾	 ……ふぅー
9
	
	 	 と、丁度、父親の卓哉が病室に入ってくる。	
	
卓哉	 綾	
綾	 	 お父さん	
卓哉	 いやあ、ごめんな、朝	
綾	 	 ううん。本読み終わってなかったし	
卓哉	 そうか	
綾	 	 ちょうど今読み終わったの	
卓哉	 あとがきも?	
綾	 	 うーん、まだなんだけど、いいや。間に合わないから	
卓哉	 じゃあ、返しとくな	
	
	 	 ビニールの隙間から、本を受け取る卓哉。	
	
卓哉	 次は何がいい	
綾	 	 短編集がいいかなぁ。短い方がすぐ読めて頭入るし	
卓哉	 松浦さんに面白い短編集聞いておくな	
綾	 	 なんでこんなに遅いかなぁ	
卓哉	 じっくり大切に読むからだろ。悪いことじゃないよ。作家さんだって一	 	 	 	
	 	 	 文字一文字考えて書いてるんだから。あ、そうだこれ、新刊	
	
	 	 卓哉、買って来た漫画の新刊を綾に渡す。	
	
綾	 	 あ!そっかもうそんな時期だっけ。ありがとう。そしたら次まだ借りて	 	
	 	 	 こなくていいや、これ読むから	
卓哉	 いいのか?	
綾	 	 この漫画絵が細かいから、小説より時間掛かるの	
卓哉	 漫画はポンポン読むもんだろ	
綾	 	 いーの。面白いの	
卓哉	 まあならいいけど	
綾	 	 あ、夕方検査だって
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卓哉	 そっか。そしたら帰り先生のとこ寄るな	
綾	 	 先生夕方まで出かけてるって	
卓哉	 そしたら、明日だな	
綾	 	 うん。
「治ってました」って言われるから驚かないで	
卓哉	 わかった(笑)		
綾	 	 うん	
	
	
○12	 国木田家	
	
	 	 美咲が電話を閉じる。	
	
美咲	 一太、買い物行こうか。水筒新しいの買わなきゃ。どんなのがいい?	
	
	 	 部屋を出て行く美咲。	
	
○13	 病院	
	
	 	 自室のデスクに座り、資料に目を通している望月。	
	
相澤の声	 望月先生、国立感染研究所の方からお電話です。	
望月	 繋げてくれ	
	
	 	 受話器を取る望月。	
	
望月	 はい、望月です	
榊	 	 突然のご連絡申し訳ありません。私、国立感染研究所の榊と申します。	
	 	 	 厚生労働省の国木田さんからのご紹介でご連絡差し上げました。	
望月	 国木田から?	
榊	 	 望月先生、率直に申し上げます。まず、私はあのウイルスの開発に関わ	
	 	 	 っていました。
11
	 	 間。	
	
望月	 ……君は亜真総会の人間なのか?	
榊	 	 違います。あのウイルスは、研究所が開発していて、亜真総会に奪われ
たものです	
望月	 待ってくれ、なぜ国立感染研究所がウイルスなんてものを作るんだ	
榊	 	 先生、そこは私からは詳しくお話できません。要件だけ言わせてくださ	
	 	 	 い。
いま私は、
ウイルスのワクチン開発を国木田さんの元でしています。	
	 	 	 ……そこでお願いなのですが、ワクチンの「非」臨床試験にご協力して
い	 	 	
	 	 	 ただけないでしょうか。内密にです	
望月	 ……「非」臨床試験といったか?	
榊	 	 はい。	
望月	 それは、ウイルス感染者を提供しろと?	
榊	 	 ウイルスはヒトにしか感染しませんから	
望月	 ……君は自分が何を言っているのか、わかっているのか?感染者はマウ	 	
	 	 	 スじゃない	
榊	 厚生省はウイルスの開発元が日本だとバレるのを恐れて研究に意欲的じゃ
ありません。ただ、私はどうしてもワクチンを完成させたいんです。多くの犠
牲を出したとしても、それで研究が成功するなら構わないと考えています。非
人道的と言われようと	
望月	 ……	
榊	 	 ……望月先生?	
望月	 ……大切な人が、感染者なんだな?身内か?	
榊	 	 いえ、違います	
望月	 じゃなきゃ、なにか裏があるとしか思えない。そんな人間に協力なんて
ことはできない	
	
	 	 間。	
	
榊	 ……備前島博士	
望月	 なに?
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榊	 	 	 ウイルスの開発責任者です。尊敬だけでは	 	
	 	 	 言葉が足りません。私の人生の恩人であり師であり父です。以前、備前	
	 	 	 島博士が所長を務める研究所は存続の危機に瀕したことがあります。	 	
	 	 	 それを救ってくれたのが国木田さんでした。僕にとっても博士にとって	
	 	 	 も恩人です。その国木田さんからの頼みで、ウイルスの開発という案件	
	 	 	 が極秘に上がってきました。最初は博士も拒否していましたが、国木田	
	 	 	 さんの頼みということで悪用しないことを条件に取り組みました。博士	
	 	 	 の死に物狂いの努力で開発は成功しましたが、その時に、博士は亜真総	
	 	 	 会に誘拐され、奪われたウイルスが世界中にバラまかれたのです。博	
	 	 	 士の国木田さんへの恩返しが、人の命を奪っているのです。亜真総会か	
	 	 	 ら解放された博士は絶望で自殺未遂まで起こして、その後失踪し現在も	
	 	 	 見つかっていません。僕はこのまま博士のせいで人類が滅亡するのを見	
	 	 	 ているなんて出来ません。正直、何人犠牲になってもいい、あのウイル	
	 	 	 スだけ失くせれば、博士が救われて戻ってくるならそれでいいと思って	
	 	 	 います	
望月	 ……だとしても、そんな危険な試験に協力はできない	
榊	 	 望月先生ならわかるはずです。現代の医療の礎になっているのは過去に	
	 	 	 生まれた多くの犠牲者だって。このままでは人類が滅亡します	
望月	 ……国木田はなんて言ってる	
榊	 	 黙認してくれてます。あの人には立場があるので	
望月	 噓だろう	
榊	 	 本当です	
望月	 なら、国木田に直接確認する	
榊	 	 ……	
望月	 詳しい話はそれからでも問題ないだろう	
榊	 	 ……わかりました	
	
○14	 厚生労働省	
	
	 	 休憩室に座っている国木田。	
	 	 壁に設置してあるモニターで、定例会見が中継されている。	
	 	 厚生労働省大臣が現れ、会見が始まる。
13
	 	 しばらく何もせずに会見を見ている。	
	 	 国木田の携帯に着信が入る。	
	 	 画面を見ると美咲からである。	
	 	 電話に出る国木田。	
	
国木田	 もしもし	
美咲	 	 ……やっと出た	
国木田	 仕事中だ	
美咲	 	 いつ帰ってくるの	
国木田	 ……ニュースみてないのか	
美咲	 	 見てるよ	
国木田	 なら帰れないってことくらい	
美咲	 	 それでも、少しくらい帰る時間ないの?一太も寂しがって	
国木田	 お前達の為に仕事してるんだろ	
美咲	 	 ……	
国木田	 それの何が不満なんだ	
美咲	 	 ……	
	
	 	 突然モニターの映像にノイズが走る。	
	
国木田	 ?	
	
	 	 会見の中継画面がノイズだけになり、映像が切り替わる。	
	 	 ノイズ混じりの画面には、白衣を来た初老の日本人が映り始める。	
	 	 その姿に仰天する国木田。	
	 	 画面の男は、血眼になって探している備前島博士、その人である。	
	
国木田	 切るぞ	
	
	 	 一方的に通話を切る国木田。	
	 	 すぐに電話をかける。	
	 	 榊はワンコールで出る。
14
	
榊	 	 	 国木田さん	
国木田	 見てるか	
榊	 	 	 どういうことですか	
国木田	 わからない	
	
	 	 画面の映像がクリアになる。	
	 	 居心地の悪そうな備前島が喋り出す。	
	
備前島	 皆さん、こんにちは。備前島といいます。日本人です。一週間後に、	
	 	 	 	 世界中で雨が降ります。その雨によって、紙は消滅します。雨の成分	
	 	 	 	 は空気中の微量な水分にも影響を与え、雨が降っていない場所にもそ	
	 	 	 	 の効果を発揮し、紙を消滅させることが可能です。世界は紙というも	
	 	 	 	 のが存在できないものに変わります。これは亜真総会の教義に基づく、
	
	 	 	 	 世界変革の一つです。	
	
	 	 再びノイズが走り、画面は定例会見の会場の中継に戻る。	
	 	 会場も何やら混乱した雰囲気で満ちている。	
	 	 唖然としている国木田。	
	
○15	 タイトル	
	 	 	 「ハイパーバラッド」	
	
○16	 病院	
	
	 	 病室に入ってくる相澤。	
	 	 綾は隔離されたベッドに座ってマンガを読んでいる。	
	
相澤	 綾ちゃん、マンガどれくらい進んだ?	
綾	 	 いま20ページです	
相澤	 ちょっと遅め?	
綾	 	 うん。やっぱり面白いからじっくり読んじゃう
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相澤	 なんてタイトル?	
綾	 	 「わらしべ白書」っていうの。知らない?	
相澤	 知らないなぁ。どんな話?	
綾	 	 あるカップルがいるんだけど、ケンカしてばかりなのね。でも自分たち	
	 	 	 の知らないところでそのケンカが世界を救っていく話	
相澤	 面白そう。有名なんだ?	
綾	 	 それが、そうでもなくて	
相澤	 あ、そうなの?	
綾	 	 私は面白いと思うんだけど、あんまり人気ないみたいで。アニメにもな	
	 	 	 ってないし実写化もされないし	
相澤	 そうなんだ。読んでみようかな	
綾	 	 え?!	 貸す貸す!	 相澤さんも読んで!まだ3巻しか出てないから、	 	
	 	 	 相澤さんならすぐ読めるよ	
	
	 	 漫画を3冊出して、相澤に差し出す綾。	
	
相澤	 そしたら、また後で取りにくるね	
綾	 	 うん	
	
	 	 相澤、マンガを差し出していた綾の腕を見る。	
	
相澤	 ……綾ちゃんちょっと見せて	
	
	 	 相澤、手袋を着けてビニールの隙間から手を入れ、綾の手を取る。	
	 	 肌に発疹が出ている。	
	
綾	 	 ……	
相澤	 ……ありがと。じゃああんまりはしゃがないようにね	
綾	 	 相澤さん	
相澤	 なに?	
綾	 	 マンガってさ、終わり見えないよね	
相澤	 見えない?
16
綾	 	 テレビとか映画って、大体時間決まってるじゃん。小説も、厚さでなん	
	 	 	 となくあとどれくらいとか、読みながらわかるじゃん。でも、マンガっ	
	 	 	 てすぐ終わったり、何年も続いたり、マンガによってすごいまちまちじ	
	 	 	 ゃん	
松浦	 そうね	
綾	 	 読めるかなー、最終回。	
相澤	 読めるよ。治すんでしょ。それなら安静にして、望月先生の言うこと聞	
	 	 	 いてれば大丈夫	
綾	 	 ……	
相澤	 ね?	
綾	 	 ……うん、そうだよね。それにあんまり人気ないから、やっぱり早く終	 	
	 	 	 わっちゃうかも	
松浦	 それはそれで、悲しいでしょ?	
綾	 	 うん。あー、ジレンマー	
松浦	 じゃあ、また後でマンガ借りにくるね	
綾	 	 はーい	
	
	 	 相澤、病室を出る。	
	 	 出たところで急ぎ足の望月に出くわす。	
	
相澤	 ……!	 望月先生!	
望月	 ん?	 どうした	
相澤	 ……	
望月	 ……どうした?	
相澤	 ……綾ちゃん、発疹が出始めました	
望月	 ……そうか	
相澤	 ……はい	
望月	 ……対策センターには俺から報告しておこう。丁度今から厚労省に出て	
	 	 	 くる	
相澤	 呼び出しですか?	
望月	 いや、ちょっとね	
相澤	 あんまり危ないことしない方がいいですよ。お役所もピリピリしてるん
17
	 	 	 ですから	
望月	 大丈夫、知り合いに会って話すだけだから。じゃあ行くよ	
相澤	 あ、あと、望月先生、もう一つだけ	
望月	 なんだい	
相澤	 ……綾ちゃんに、望月先生の言うこと聞いていれば治るって、私言っち	
	 	 	 ゃって……。その、先生に責任押し付けるようなこと言っちゃって	
望月	 ……	
相澤	 すいません、無責任に……	
望月	 大丈夫。俺も治せると思ってるから。医者だけは最後まで信じてあげな	
	 	 	 くちゃ、根拠がなくても。だから相澤さんは間違ったこと言ってない	
相澤	 ……ありがとうございます	
	
	 	 歩いて行く望月。	
	
○17	 図書館	
	
	 	 松浦が受付にいる。新聞を読んでいる。	
	 	 卓哉がやってくる。	
	
卓哉	 これ、返却です	
松浦	 ありがとうございます。……はい、大丈夫です	
卓哉	 松浦さん、本ってどれくらいで読みます?	
松浦	 小説ですか?	
卓哉	 はい	
松浦	 うーん、短いものだと、まあ2時間くらいですかね	
卓哉	 早い	
松浦	 そうですか?	 最初よりは確かに早くなったかも。綾ちゃんですか	
卓哉	 うん。まだまだ遅くて、読んでれば早くなるのかな	
松浦	 「味読」っていうんですよ	
卓哉	 ミドク?	
松浦	 味わうに読むで「味読」
。綾ちゃんは丁寧に読める子なんですよ。それも	
	 	 	 大事です。きっと読んだ本全部覚えてますよ
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卓哉	 ああ、確かに。いつ読んだかとか覚えてる	
松浦	 本なんて読んだだけじゃ意味ないですよ。残らないと	
卓哉	 賢い子だからなぁ。……親バカですかね	
松浦	 そうですね(笑)次、なにかリクエストありました?	
卓哉	 はい、短編集がいいらしいんですよ。やっぱり長編は疲れるみたいで。	
	 	 	 でも今は漫画読んでます。小説より時間かかるらしくて	
松浦	 「小説より時間がかかる」	
卓哉	 変なコでしょう	
松浦	 いいですね、綾ちゃん。なんか私たちとは違う次元を漂ってますよね	
卓哉	 ええ	
松浦	 卓哉さん、そんなことないのにね。誰に似たんですか?	
卓哉	 やっぱ母親ですかね。母親似なんですよ、全部。あ、で、短編集、ちょ	
	 	 	 っと考えておいてもらってもいいですかね?	
松浦	 もちろん。もういくつか浮かんでるので決めときます	
卓哉	 たくましいなぁ、松浦さん	
松浦	 はい。そうなんです	
	
○18	 郵便	
	
	 	 郵便を届けている樋口。	
	 	 そこに一太が駆け込んでくる。	
	
一太	 郵便屋さん!	
樋口	 うわっ!	 ……お、おお、どうしたの	
一太	 なにしてんの!?	
樋口	 え?お仕事だよ	
一太	 手紙届けてんでしょ!	
樋口	 そうそう	
一太	 あのね!	 あのね!	 俺手紙出そうって思っててね!うん、出すんだ!	
樋口	 へー、うん、いいんじゃないかな	
一太	 そんでね……そんでね……	
樋口	 ん、どうしたの?
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一太	 ……	
樋口	 なんの手紙出すの?	
一太	 ……	
樋口	 ん?	
一太	 ……ラブレター	
樋口	 ラブレター?	 おー	
一太	 ラブレター、出す	
樋口	 いいねぇ……、それは郵便屋さん協力しちゃうぞ	
一太	 ほんと?!	
樋口	 ああ!	
一太	 ほんとほんと!?	 あのね!	 そんならね!	 ラブレターの書き方教え	
	 	 	 てもらってあげても良いよ	
樋口	 ん?	
一太	 郵便屋さんがね、教えたいならね、教わってあげるよ	
樋口	 あ、まだ書いてないんだ?	
一太	 うん	
樋口	 そっか	
一太	 ……	
樋口	 えーっと、君、名前は?	
一太	 一太	
樋口	 一太くん、あのね、そしたら、ラブレター、早く書いた方がいいと思う	
	 	 	 よ	
一太	 なんで!?	
樋口	 んー。なんかね、変な噂があってね、もしかしたらだけど、手紙出せな	
	 	 	 くなっちゃうかもしれないんだ	
一太	 えー?	
樋口	 わかんないけどね。もしかしたらだから	
一太	 うーん	
樋口	 それと、郵便屋さんいま思ったけど、手紙直接渡した方がいいかもよ	
一太	 えー。でも……	
樋口	 わかった、そしたらとりあえず書いてから考えよう	
一太	 うん
20
樋口	 そしたら、まず、えーっと、一太、くん。が、思うように書いてみなよ	
一太	 思うように?	
樋口	 気持ちを込めて	
一太	 ……わかった	
樋口	 郵便屋さん、いつでも読んであげるから。大体ここら辺ウロウロしてる	
	 	 	 から	
一太	 わかった!	
	
	 	 走り去って行く一太。	
	
樋口	 一太!	
	
	 	 を、引き止める樋口。	
	
一太	 ?	
樋口	 ……思い、届けような	
	
	 	 樋口、サムズアップ。	
	 	 一太も、サムズアップ。	
	
○19	 陣矢の仕事場	
	
	 	 陣矢がノートにネームを書いている。	
	 	 ラジカセから、ラジオが流れている。	
	 	 昨日の定例会見の電波ジャックについて放送している。	
	 	 四ッ谷が入ってくる。	
	
四ッ谷	 どーも	
陣矢	 	 ……	
四ッ谷	 ……お疲れ様です	
陣矢	 	 お疲れさまです	
四ッ谷	 昨日の中継、見てました?	 亜真総会
21
陣矢	 	 これ、原稿です	
	
	 	 陣矢、原稿を四ッ谷に渡す。	
	
四ッ谷	 ああ、はい。確かに	
	
	 	 四ッ谷、中身を確認する。	
	
四ッ谷	 で、中継	
陣矢	 	 原稿さっき上がったので	
四ッ谷	 亜真総会です	
陣矢	 	 ウイルス撒いたとこですよね	
四ッ谷	 そうです。今度は紙を消す雨降らせるって	
陣矢	 	 なんでそんなことするんですかね	
四ッ谷	 わからないですけど、紙ってほら、お札とかじゃないですか。今度は	
	 	 	 	 経済的に大打撃ですよ	
陣矢	 	 紙、なくなるんですか	
四ッ谷	 ピンとこないですよね。そもそもなくなるってなんですかね、溶ける	
	 	 	 	 のかな	
陣矢	 	 漫画、描けないですよね	
四ッ谷	 はい	
陣矢	 	 雨、いつ降るんですか?	
四ッ谷	 一週間後だそうです。あー、だからそしたら、この原稿は web 配信に	
	 	 	 	 なるのかな	
陣矢	 	 そうですか	
四ッ谷	 まあ紙がなくなるならですけどね。信じられないし	
陣矢	 	 でも、ウイルスはバラまかれましたよね	
四ッ谷	 ……まあ、そうですよね	
陣矢	 	 最初は誰も相手にしなかったのに、世界一のテロ組織になりました	
四ッ谷	 ……無くなりますね、紙	
陣矢	 	 困りますね。ウイルスだっていつ感染するかわからないし	
四ッ谷	 そうですよね、感染経路もわかってないって、未知のウイルスですよ
22
	 	 	 	 ね。漫画みたいです	
陣矢	 	 もしかしたらもううつってるかもしれないですよね	
四ッ谷	 怖いこと言わないでくださいよ	
陣矢	 	 そうやって人と人が疑心暗鬼するのが、一番嫌ですよね	
四ッ谷	 ああ……。……もしかしてそれが狙いじゃないですかね!	 亜真総	
	 	 	 	 会!	
陣矢	 	 適当に言ったので、わからないですけど	
四ッ谷	 あ!	 もしかしてタバコも消えちゃいません?いや、え、トイレット	
	 	 	 	 ペーパーもですよね?え、ヤバくないですか?	
陣矢	 	 四ッ谷さんちょっとうるさいです	
	
○20	 一太	
	
	 	 手紙を書いている一太。	
	
○21	 病院	
	
	 	 病院の一角の会議室に、卓哉と望月が向かい合って座っている。	
	
望月	 定期検査なんですが、数値的にはまだ問題ありません	
卓哉	 はい	
望月	 ただ……	
卓哉	 ……なんですか	
望月	 ……発疹が、出始めました	
卓哉	 発疹?	
望月	 卓哉さん、落ち着いて聞いてください。発疹は発症の前段階と言われて	
	 	 	 います	
卓哉	 そんな	
望月	 しかし、発疹が出たからといって、すぐ発症するとは限りません。発症	
	 	 	 する前に発疹が出るという症例がいくつか報告されているだけです。発	
	 	 	 疹がウイルスによるものとも限りません。因果関係は不明です	
卓哉	 ……
23
望月	 ただ、国のガイドラインでは、発疹が出た場合、対策センターに報告を	
	 	 	 するようになっています	
望月	 ……	
卓哉	 ……なんでですか	
望月	 ……	
卓哉	 綾が何をしたんですか。研究は進んでるんじゃ…	
望月	 ……卓哉さん、気を確かに持ってください	
	
	 間。	
	
卓哉	 望月先生、なにかできないですか	
望月	 明確な治療法はまだ	
卓哉	 なにかやれることはないんですか。このまま何もせずにいるなんて耐え	
	 	 	 れる訳ないじゃないですか。発疹を抑えるとか、なんでもいいんです、	
	 	 	 やってないことやってみないと	
望月	 卓哉さん、それは研究所が臨床試験で行うものです。それに最新の情報	
	 	 	 は常に国から全国の医療機関に発信されています。少しでも可能性があ	
	 	 	 る処置は全て伝わっていますし、そのおかげでウイルスが拡散された初	
	 	 	 期よりは症状の進行が遅れているのも事実です。最速で研究は進んでい	
	 	 	 ます。……待つしかないんです	
卓哉	 ……	
望月	 綾ちゃんの為には、周りの人間が強くないといけません。こんなことし	
	 	 	 か言えなくて医者として情けない話ですが、万全の処置は致します	
卓哉	 ……わかりました	
望月	 卓哉さん、信じて待ちましょう	
卓哉	 ……はい	
	
○22	 厚生労働省	
	
	 	 電話をしている国木田。	
	 	 側には榊がいる。
24
国木田	 ……わかった	
	
	 	 電話を切る国木田。	
	
国木田	 亜真総会で間違いないそうだ	
	
	 	 言葉が出ない榊。	
	
榊	 	 	 ……博士、脅されているんだ	
国木田	 ……いや、博士は自ら行方をくらまして、国をあげても見つけられな
か	
	 	 	 	 ったんだ。接触したとするなら、博士からだ	
榊	 	 	 ありえない	
国木田	 考えられるのは、博士が捉えられている時に、亜真総会の思想に共感	
	 	 	 	 してしまった	
榊	 	 	 それこそありえない!	 帰って来た備前島博士を見たでしょう!	 自	
	 	 	 	 殺未遂までして!	
国木田	 いま考えれば、亜真総会が博士を解放したのも不自然だ。ウイルスの	
	 	 	 	 知識を持っている博士を生かして返す理由はない	
榊	 	 	 しかし……!	
国木田	 備前島博士が向こうに、亜真総会から発信したのは確実だ	
榊	 	 	 くそ。全然わからない。納得できない	
	
	 	 国木田の携帯に着信が入る。	
	
国木田	 (出て)もしもし……。ああ、着いたか。すぐ向かう	
	
	 	 電話を切る国木田。	
	 	 休憩室に歩き出す二人。	
	
榊	 	 	 誰ですか	
国木田	 以前話した望月という医者だ
25
	
	 	 休憩室に行くと、望月がいる。	
	
国木田	 待たせた	
望月	 	 悪いな、忙しい時に	
国木田	 いや。(榊を紹介しようと)こっちは……	
望月	 	 榊くん、だね	
榊	 	 	 はい	
国木田	 ……なんで知ってるんだ?	
望月	 	 今、榊くんから、対ウイルスワクチンの非臨床試験の被験者の提供を	
	 	 	 	 要請されている	
国木田	 ……なんだって?	
榊	 	 	 ……	
望月	 	 研究を進める為に、国木田も黙認しているときいている	
国木田	 ……榊。なんの話だ	
榊	 	 	 ……	
国木田	 説明しろ	
榊	 	 	 ……このままじゃなにも進まないじゃないですか。この一秒一秒にも	
	 被害者が出てるんです!	 それが博士のせいになってしまうんです。
	 多少強引でも、やらなきゃいけないでしょう!	
国木田	 馬鹿を言うな!	 だからってそんな人体実験みたいな真似を国が許可
	 するわけないだろ!	
榊	 	 	 わかってます。
だから改めて頼みます国木田さん。
黙認してください!	
	 	 	 	 人類と、備前島博士の名誉のためなんです!	 ワクチンが完成したら
	 それでいい!	ダミーの臨床データも同時に作ってます。完成したらそ
	 れを提出すればいい。もしバレても全部僕の独断でやったと言います	
国木田	 それでも俺の監督責任は問われる	
榊	 だからその時は迷惑を掛けます。でもここで止めておけばバレないで	
	 	 	 	 す	
国木田	 できない	
榊	 	 	 ……あのウイルスは作らせたのにですか。防衛省になんの恩があるか
	 知りませんが……
26
国木田	 やめるんだ。民間人の前だぞ	
榊	 	 	 望月先生にはある程度話してます。……研究所は、備前島博士は恩あ
	 る国木田さんの頼みならとウイルス開発を始めたんです	
国木田	 それとこれとは話が違う。俺だってウイルスが悪用されるとは思って	
	 	 	 	 いない。あくまで抑止力として	
榊	 	 	 それなら、あのウイルスのこと全て公表します。防衛省が生物兵器と	
	 	 	 	 して研究所に作らせたものだって	
国木田	 ……	
榊	 	 	 何度言わせるんですか。人命に関わることの解決を人命を賭けずに成	
	 	 	 	 せるはずがないでしょう。どれだけの人を見殺しにすれば気が済むん	
	 	 	 	 ですか。あんな意味のない会見で命が救えると本気で思っているんで	
	 	 	 	 すか!本気で犠牲者を出さないように努めてると胸を張って言えます	
	 	 	 	 か!	
望月	 	 榊くん。国木田にも立場があると言ったのは君だろう	
榊	 	 	 望月先生も	
望月	 	 今の君の言葉は感情に釣られてただ国木田を傷つけるだけの言葉だ。	
	 	 	 	 正論だが正しくない	
榊	 	 	 ……国木田さん、お子さんが感染したらどうするんですか。
「しょうが
	 ない」で片付けるんですか。手段を選ばないテロに常識を持ち出すん
	 ですか。あなたは優秀だから分かるでしょう。守りたいならもっと人
	 間らしくなってくださいよ	
望月	 	 国木田。少しは検討の余地があると思わないか	
国木田	 ……望月、なにを言ってるんだ	
望月	 	 あくまで俺の推論だが、
「雨」の一件でウイルス対策予算に影響が出る	
	 	 	 	 はずだ。紙がなくなるんだ、電子化が進んでいるいとはいえ、膨大な	
	 	 	 	 情報が失われることになる。行政のシステムを維持するにはやること	
	 	 	 	 が山積みだろう。そうすれば臨時予算が組まれ、おそらくウイルスの	
	 	 	 	 研究費さえも削られる。そうすれば研究は更に遅れる	
榊	 	 	 国木田さん、どうなんですか	
国木田	 ……おそらく、そうなるだろう	
榊	 	 	 バカじゃないのか	
国木田	 ……歴史は国の資産だ。国の歴史を守れなければ外交的損失にまで及
27
	 ぶ	
榊	 	 	 人類が滅亡すれば、残った文献なんて紙切れだ	
国木田	 だがどんな研究だって、人類の知識を積み重ねての今だろう	
望月	 	 もちろん、時代の最先端は歴史の最後尾だ。全ての過去を捨てろとは	
	 	 	 	 言わない。だが優先するものの最低限を国が、あとは民間が個人個人	
	 	 	 	 で考えるべきだと言っているんだ	
国木田	 ……	
望月	 	 ……榊くん。私は君のワクチンの完成への情熱は評価するが、排他的
	 な考えには共感できない。私の患者から君の言う犠牲を出すつもりも
	 ない。君の研究のことも把握していないし、これから理解する時間も
	 ない。
だから、
私より君を理解している国木田が黙認するというなら、
	 その時私は行動を起こす。私の独断で行うつもりはない	
榊	 	 	 ……わかりました。それでいいです	
望月	 	 私が言いたいのはそれだけだ。悪いな、忙しい時に	
	
	 	 去って行く望月。	
	
榊	 	 	 国木田さん。あなたの本心で考えてください。一人の人間として	
	
	 	 去って行く榊。	
	 	 国木田、一人立ち尽くす。	
	
	
○23	 記者会見	
	
	 	 記者会見の場に出てくる国木田。	
	
国木田	 ……定例会見なのですが、本日は私、国木田がさせていただきます。
	 まず、先日の映像の件なのですが、内閣のテロ対策委員会の調査解析	
	 により、亜真総会のものであるという可能性が高いと判明いたしまし
	 た。そして映像の中で言及されていた「紙が消える」というものにつ
	 いての事実確認については、専門家との検証によって起こりえる自体
28
	 なのかを調査しております。が、政府としては「雨が降る」ものとし、
	 「紙が消える」という前提で対策を進めていく必要があると判断して
	 おります。国家の所有する資料、個人情報、歴史的遺産などについて
	 は国が主導となって保存に努めていきますが、その範疇に無い紙媒体、
	 一般書籍や写真など個人の所有するものに関しては、民間、及び個人
	 での保管保存でしか対処できないと考えております。国民の皆さんの
	 協力をお願い致します。それに伴い、国としては全ての紙媒体の非常
	 事態宣言を特例で定め、紙媒体に於ける自主的な著作権の放棄を求め
	 ています。国全体を上げての保存に取り組みたいと考えております。
	 人類の積み重ねて来た多くが紙によって保存されてきました。その情
	 報をなるべく多く残すためにも、国民の皆様の善意を信じてこのよう
	 な結論に至りましたことをご理解頂きたいと思っている次第でありま
	 す	
	
	
○24	 郵便	
	
	 	 樋口が通る。	
	 	 一太がやってくる。	
	
一太	 わー!	
樋口	 わーっ!	
一太	 びっっっっっっっくりした?!	
樋口	 したよー。もー	
一太	 あのね!あのね!ラブレター書いた!	
樋口	 お!どれ、ちょっと見してみなよ	
一太	 ……	
樋口	 ……どうした?	
一太	 ……やっぱ、恥ずかしい	
樋口	 そうだよな。どうする、見るのやめとこうか?	
一太	 ……いや!	 見て!
29
	 	 手紙を樋口に渡す一太。	
	 	 それを開いて読む樋口。	
	
樋口	 どれ……	
一太	 ……	
樋口	 ……	
一太	 ……	
樋口	 一太	
一太	 どう!?	
樋口	 うん、そうね、うん、絵で表現するのはとてもいいと思うんだけど	
一太	 うん	
樋口	 やっぱり、言葉にした方が、気持ちは伝わると思うよ	
一太	 ……難しい	
樋口	 そうなんだよ、難しいんだよ。でもやっぱり思いをストレートに伝える	
	 	 	 にはそれが一番なんだよなぁ、たぶん	
一太	 そうなの?	
樋口	 そうだよ。やれる?	
一太	 やれるじゃない、やるんでしょ!	
樋口	 おお、そうだ、がんばれ	
一太	 うん!	
樋口	 ……でもさ一太、直接伝えてもいいじゃないの?	
一太	 無理!	 無理!	 無理ー!	
樋口	 なんでさ	
一太	 だってさあ……	
樋口	 ……この綾ちゃんって、どんな子なの?同じクラスなの?	
一太	 ううん	
樋口	 仲良いんだ?	
一太	 んー?	
樋口	 どんなこと話すの?	
一太	 んー、話したことは、ない	
樋口	 えっ?	 ないの?	
一太	 話したいことは、もう、あれ、すごい、ある
30
樋口	 話したことないのかぁ	
一太	 いいじゃん!	 話したことあるだけより話したいことがある方がいいじ	
	 	 	 ゃん	
樋口	 あー、まあそうね、ただ話すだけなのもね、誰でも出来るし	
一太	 そう!	
樋口	 でもそうかぁ。じゃああれなんだ、可愛い子なんだ	
一太	 うん	
樋口	 そかー	
一太	 でもね、綾ちゃん入院してるからね、励ましたくてね、手紙なの	
樋口	 あんま会えないか	
一太	 うん。なんか、ウイルスなんだって	
樋口	 あー、……そうなのか	
	
○25	 わらしべ白書	
	
葵	 	 ジャリジャリくん、食べたでしょ	
優作	 ……いや	
葵	 	 噓。無くなってる	
優作	 ……あー、あのアイス?いやまあ食べたけど、あんま美味しくなかった	
	 	 	 っよ、ジャリジャリしてて	
葵	 	 買ってきて	
優作	 え、いま?	
葵	 	 すぐ!	
優作	 えー、風呂入っちゃったもん	
葵	 	 もう一回入ればいいじゃん	
優作	 面倒	
葵	 	 いいから買って来てよ!	
優作	 いうかさ、頼んでおいた試合、録画してないでしょ	
葵	 	 え、したよ	
優作	 出来てなかったから	
葵	 	 知らない	
優作	 なにそれ、自分が試合見逃したらぶーぶー言うくせに
31
葵	 	 言わないよ	
優作	 言うし	
葵	 	 言わない	
優作	 楽しみにしてたのに。とりあえず、それは許すから許して	
葵	 	 買ってきて	
優作	 いやどうすんの、俺がもし買ってきてさ、あたりが出るとするじゃん。	
	 	 	 それで本来あたりを買うはずだった人がはずれちゃったら	
	
	 	 遠くで、爆発音が聞こえる	
	
葵	 	 えっ、なに?	
優作	 えっ、こわい	
	
○26	 病室	
	
	 	 病室で本を読んでいる綾。	
	 	 そこに卓哉が入ってくる。	
	 	 本に集中して気づかない綾。	
	
卓哉	 ……	
	
	 	 綾を見ている卓哉。	
	 	 視線を感じ、卓哉に気づく綾。	
	
綾	 	 あ、お父さん	
卓哉	 ……どうだ調子は	
綾	 	 うん、相変わらず遅いよ	
卓哉	 そうか	
綾	 	 うん。今ね、葵がジャリジャリくん買ったせいではずれ引くはずだった	
	 	 	 人が当たり引いて、交換しようと家出たら家が爆発して、たまたま開い	
	 	 	 た鬼門が閉じたとこ	
卓哉	 そうか
32
綾	 	 ……?	
	
	 	 卓哉、綾の手を取り、発疹を見る。	
	
卓哉	 ……	
綾	 	 あんまり触んない方がいいよ、
うつっちゃうかもだから。
……お父さん?	
	
	 	 言葉が出ないでいる卓哉。	
	
綾	 	 ……大丈夫だよ。元気元気	
卓哉	 ……綾	
綾	 	 なに?	
卓哉	 お父さんな、綾に話してないことがあるんだ	
綾	 	 ……うん	
卓哉	 ……うん。
ほんとはな、
もっと大きくなってからって思ってたんだけど、	
	 	 	 綾はもう充分大きくなったもんな	
綾	 	 ……うん	
卓哉	 ……	
綾	 	 ……	
	
	 	 沈黙が続く。	
	
卓哉	 ……お父さんな、本当のお父さんじゃないんだ	
綾	 	 ……	
卓哉	 ……	
綾	 	 ……そっか	
卓哉	 ……	
綾	 	 ……	
卓哉	 綾……、お母さん好きか	
綾	 	 うん	
卓哉	 お父さんもな、お母さん好きだったんだ。お母さんも、綾も、大好きだ	
	 	 	 った。だから、綾と血が繋がってなくても関係ないって思ってたんだ
33
綾	 	 うん	
卓哉	 でもそれはお父さんとお母さんの気持ちで、綾の気持ちは違うかもしれ	
	 	 	 ないから、ちゃんと時間をおいてから言おうと思ってた。…でもそれは	
	 	 	 あれかな、お父さん達の勝手だったのかもな	
綾	 	 ……そか	
卓哉	 ……うん	
綾	 	 ……	
卓哉	 ……	
綾	 	 ……なんかね	
卓哉	 ん	
綾	 	 テレビとか小説とかでよく見るけど、いざ自分にそういうことがあると	
	 	 	 ね、……意外とどうでもよかった	
卓哉	 ……	
綾	 	 今更変わることもないし、お父さんもお母さんも私の為を思ってくれて	
	 	 	 たってのもわかるし、……なんか、結構平気	
卓哉	 ……綾は、強いな	
綾	 	 ……でしょ	
卓哉	 お母さんに似たのかな	
綾	 	 病気するとこまで似ることないのにね	
卓哉	 ははは。そうだな	
綾	 	 ……でもあれでしょ、お父さんは気にしいだから、今も結構ほら、気に	
	 	 	 してるでしょ	
卓哉	 うん、そうだな	
綾	 	 気にしないでいいよ	
卓哉	 ……うん、ありがとう	
	
	 	 間。	
	
卓哉	 …今度の雨あるだろ。お父さんな、あれで全部消えちゃえばいいのにと	
	 	 	 か思ってるんだ。戸籍とかそういう情報が	
綾	 	 別に、あってもなくても一緒だよ(笑)	
卓哉	 お父さん、そういうの気にしちゃうんだよな
34
綾	 	 ふーん。
お父さんがそれの方がいいなら、
じゃあ私も降ってほしいかな、	
	 	 	 雨	
卓哉	 本とか漫画とか、消えちゃうんだぞ	
綾	 	 でも、お父さんなんとかしてくれるでしょ?タブレット買ってくれると	
	 	 	 か	
卓哉	 うーん。それはないな	
綾	 	 えー	
	 	 	 	
	 	 そこに、望月が入ってくる。	
	 	
望月	 こんにちわ	
綾	 	 こんにちわ	
卓哉	 先生、こんにちわ	
望月	 卓哉さん、ちょっとお話よろしいでしょうか	
卓哉	 はい	
望月	 綾ちゃん、ごめんね、ちょっとお父さん借りるよ	
綾	 	 うん、ちゃんと返してね	
望月	 もちろん	
	
	 	 卓哉、望月について、望月の部屋に入る。	
	
卓哉	 失礼します	
望月	 お掛けください	
卓哉	 ……この間は、取り乱してすいませんでした。望月先生も辛いはずなの	
	 	 	 に	
望月	 いえ、無理も無いことです。私の理解の及ばぬところでしょうし、お身	
	 	 	 内の方が辛い身なのはお察し致します。その後、いかがでしょうか?	
卓哉	 一番辛いのは綾ですから、自分の方が強くあろうと思っていたのですが、
	
	 	 	 逆に慰められてしまいました。情けない話です、弱い父親で	
望月	 ……卓哉さん、期待を持たせることになるだけかもしれませんが聞いて	 	
	 	 	 ください	
卓哉	 ……はい?
35
望月	 ……いま、私個人に、ウイルス治療の臨床試験の被験者の提供を求めら	
	 	 	 れています。もちろん、非公式、極秘にです	
卓哉	 ……	
望月	 リスクはありますが、綾ちゃんを救えるかもしれませ n	
卓哉	 ……それは、今までとは違う治療をしてもらえるってことですか	
望月	 内容は当然、実験的なものになってきます。違法です。それでもその依	
	 	 	 頼者は国の研究所の榊という者で、早急なウイルス治療の為には法を犯	
	 	 	 してでも段階を飛ばさないと駄目と考えての行動です	
卓哉	 先生、お願いします。少しでも可能性があるなら、お願いします。すぐ	
	 	 	 にでも	
望月	 最後まで聞いてください、すぐに、という話ではありません	
卓哉	 ……どういう	
望月	 卓哉さんが良いと言っても、綾ちゃんは大事な患者でもあるのです。私	
	 	 	 はその榊というのをまだ良く知らない。そんな人物に綾ちゃんを預けら	
	 	 	 れません。卓哉さんより専門家である私が、ちゃんと判断を下さないと	
	 	 	 いけない。信用のおける同期に厚生労働省の国木田というのがいるんで	
	 	 	 すが、国木田の賛同が出てからでないと動かないつもりです	
卓哉	 そしたら、なんで今この話を	
望月	 はい、この話自体が無かったことになる可能性も十分にあります。それ	
	 	 	 でも、もしこの提供が実現するなら早急に事を運ぶためにも、酷だと思	
	 	 	 いながらも先に話させていただきました。本当に、期待だけさせてなか	
	 	 	 ったことになることもあるんですが、それでも私は綾ちゃんを治したい	
	 	 	 と思っています。	
卓哉	 ……	
望月	 私の勝手な先走りとは自覚しているんですが	
卓哉	 ありがとうございます。望月先生、私としてはすぐにでも、少しでも可	
	 	 	 能性があるなら、お願いします	
望月	 わかりました。国木田の判断が出次第、すぐにご連絡します	
卓哉	 お願いします	
	
	 	 立ち上がる卓哉。
36
卓哉	 望月先生、ありがとうございます	
	
	 	 卓哉、一礼して、出て行く。	
	
○27	 国木田家	
	
	 	 チャイムが鳴る。	
	 	 美咲が出ると、そこには松浦がいる。	
	
松浦	 よ	
美咲	 あら、いらっしゃい	
松浦	 遊びにきたよ。暇?	
美咲	 いいよ。どうぞ	
	
	 	 入っていく松浦。	
	
松浦	 あーあー、相変わらず綺麗で	
美咲	 他にやることがないの	
松浦	 一太くんは	
美咲	 遊び行ってる。ほとんど家にいないような子だから	
松浦	 元気よね一太くん。図書館で見たことないもん	
美咲	 あら、新聞書く宿題の調べものとかで行ってるみたいよ	
松浦	 そうなの。でも本読むタイプではないよね	
美咲	 そうね	
松浦	 ……徹くんは、帰って来てる?	
美咲	 全然	
松浦	 そっか。まあ特に今なんかは帰れないほど忙しいでしょうね	
美咲	 その結構前からいないの	
松浦	 ……そう	
	
	 	 郵便配達員の樋口がやってくる。チャイムを押す。	
	 	 チャイムが鳴る。
37
	
美咲	 ちょっと待ってて	
松浦	 うん	
	
	 	 出る美咲。	
	
樋口	 こんにちわ、こちらと、あとこちらですね	
	
	 	 樋口、小包と一緒に封筒を渡す。	
	 	 美咲、樋口から配達物を受け取る。	
	
樋口	 では	
美咲	 ご苦労様です	
	
	 	 部屋へと戻る美咲。	
	 	 樋口は去って行く。	
	
美咲	 徹から	
松浦	 ?	
	
	 	 封を開ける美咲。	
	 	 中から離婚届が出てくる。	
	
松浦	 ちょっと、それ	
美咲	 違うよ	
松浦	 なにが?	
美咲	 私が最初送ったの。でも書かずにそのまま送り返したみたい	
松浦	 ……	
美咲	 ま、そういうことなの	
松浦	 どうしたの、話聞くよ	
美咲	 どうってことないの。もう嫌になっちゃって	
松浦	 徹さんが?
38
美咲	 なんか、自分の価値ってものがわからなくなってきたの。自分にとって	
	 	 	 の自分がなんなのかわからないの。人の為に生きてるわけじゃないはず	
	 	 	 なのに。ウイルスでいつ死ぬかもわからないのに	
松浦	 誰でもそんなもんじゃない?私だって同じような理由で仕事やめたし	
美咲	 それなら、反対しないよね?私にとって仕事をやめるってのは妻と母親	
	 	 	 をやめるってことだもん	
松浦	 ……	
美咲	 ……「雨」
、あるじゃない	
松浦	 え?	
美咲	 それがきっかけで、救われる人だっているって思わない?なにもかも無	
	 	 	 かったことにしたい人って、いると思わない?	
松浦	 別に、紙が無くなったって全て無くなる訳じゃないよ	
美咲	 でもさ、ネットって正しい情報ばかりじゃないし、そのうち、何が真実	
	 	 	 か全然わからなくなると思うんだ。自分を証明するものも消えてさ。全	
	 	 	 部0から始めれたら、きっとなにか変わると思うんだ	
松浦	 0じゃないよ。人は消えないんだから。それに、人は変われるよ	
美咲	 ……自分からはそう簡単に変われないよ	
	
	
○28	 陣矢の仕事場	
	
	 	 陣矢が原稿を書いている。	
	 	 四ッ谷がくる。	
	
	
四ッ谷	 お疲れさまです。陣矢先生、朗報です	
陣矢	 	 お疲れ様です	
四ッ谷	 「わらしべ白書」
、続けられます	
陣矢	 	 ……どういうことですか	
四ッ谷	 紙媒体での発行が止まって、配信一本でいくことが正式に決まりまし	
	 	 	 	 た。今後、別媒体での発行が話し合われますがいつになるかわかりま	
	 	 	 	 せん。web にはページの制限がありませんから、掲載作品も極端な話、
39
	 	 	 	 無限になりました。打ち切りは保留となります。わらしべ、続けれる	
	 	 	 	 んですよ!	
陣矢	 	 ……	
四ッ谷	 なんとか次で終わらせようって話してましたが、なしです。もう一度	
	 	 	 	 どう続けるか考えましょう	
陣矢	 	 ……いや、終わります	
四ッ谷	 え?	
陣矢	 	 この漫画は、このまま終わらせます	
四ッ谷	 そんな、なんでですか?続けられるんですよ?	
陣矢	 	 でも、終わるってことになってました	
四ッ谷	 そうですけど、大丈夫なんです。残せる漫画は残すって方針になった	
	 	 	 	 んです。
「わらしべ白書」は確かに一回打ち切りが決まりましたけど、
	
	 	 	 	 それは他の作品の人気と新連載が好調なだけで、漫画としての内容は	
	 	 	 	 打ち切りのレベルだと僕は思ってません	
陣矢	 	 でも決まったことです。話は終わりに向かってしまってます	
四ッ谷	 チャンスなんです!楽しみにしてる読者だっているんです!	
陣矢	 	 それでも	
四ッ谷	 ……先生、僕はわらしべ好きです。終わらせたくありません	
陣矢	 	 ……ありがとうございます	
四ッ谷	 ……	
陣矢	 	 ……	
四ッ谷	 ……僕、漫画が終わるのって嫌なんです。小さい頃からどんなに綺麗
	 な終わり方をしても、最終回は悲しくなってました。もうこのキャラ
	 クター達とはお別れなんだって。世界が救われてストーリーが終わっ
	 ても、僕はキャラクターには生きていてもらいたい。その後に怒濤の
	 展開がなくても、その救われた世界の中で、キャラクター達がただ日
	 常を生きているってだけの内容で充分だから、人気がなくてもずっと
	 続いてもらいたいって思ってます	
陣矢	 	 ……商業誌の編集とは思えないですね	
四ッ谷	 それでも、それが僕の夢です。漫画くらいですよ、作品によって長さ
	 がここまで違うメディアって。映画やドラマじゃありえないんです。
	 長さがこんなに自由な漫画は、永遠に続けられるメディアだって信じ
40
	 てます。こんな夢のあるものがありますか。	
	
	 	 四ッ谷、カバンから手紙の束を出す。	
	
四ッ谷	 ファンレターです。最近、打ち切りになるんじゃないかって噂が立っ
	 て、一気に数が増えてきてます。こんなに読者は楽しみにしてます	 	
陣矢	 	 ……	
四ッ谷	 陣矢先生	
陣矢	 	 四ッ谷さん、僕は、終わりを見た人の解釈に委ねるって終わり方、好
	 きじゃないんです。その話を始めたのは作者なんだから、どんな終わ
	 り方だろうと作者が決めた終わり方、答えを出すべきだって思ってる
	 んです。その終わり方が見た人に受け入れられなくても、それが作品
	 に対する責任だと思ってます	
四ッ谷	 ……はい	
陣矢	 	 確かに僕は商業誌で書いてて、アーティストではないです。求められ
	 るものを作る責任があります。でも、ここでこの漫画を無理に続けた
	 ら、絶対に読者が納得する終わり方はできません。僕も読者も後悔し
	 ます。
あの時で終わっておけばって。
その時に最高のものを出すのも、
	 連載漫画家の責任だと思ってます。作者が本気じゃないのは読者は簡
	 単に見抜きます。だから打ち切りが決まってから、必死で僕なりの終
	 わらせ方を考えて、それに向かって話は進み始めたんです。僕が納得
	 する、ちゃんとした形で読者に提示できるように。それが他の誰にも
	 できなくて、僕だけが出来ることだと思ってます。…商業にあるまじ
	 き考えかもしれませんが	
四ッ谷	 ……	
陣矢	 	 四ッ谷さん言ってました。終わったらもうキャラクター達と会えない
	 って。僕はそうは思わないです。逆です。コミックスを読み返せば、
	 いつでもキャラクター達はそこで生きているんです。僕の仕事は、そ
	 うやっていつでも帰ってこれる、変わらない過去をつくることだと思
	 うんです。未来を描いていくことも大事だけど、僕にはそれ以上に過
	 去ってものも大事だと思ってます。その過去をちゃんと守る為にも、
	 作品に真摯に向き合いたいんです。お願いします
41
四ッ谷	 ……わかりました。編集長は僕からなんとか説得しておきます。陣矢
	 先生の思うように書いてください	
陣矢	 	 ありがとうございます	
四ッ谷	 ただ、ちゃんとハッピーエンドでお願いします。優作と葵は毎回ケン
	 カしてその度に世界は救われてますけど、最後くらいは2人のハッピ
	 ーエンドが見たいです。それが、僕を含めたファンが一番見たい最終
	 回です	
陣矢	 	 考えておきます	
四ッ谷	 じゃあ、お願いします	
陣矢	 	 あ、四ツ谷さん、このファンレター、元々あったのと一緒にスキャン
	 しといてくれますか。消えちゃうの嫌なんで	
四ッ谷	 ……それ凄い大変ですよね	
陣矢	 	 お願いします	
四ッ谷	 ……わかりました	
	
○29	 病院	
	
	 	 漫画を読んでいる綾。	
	 	 相澤、隣で体温計をチェックしている。	
	 	 綾、漫画を読み終わる。	
	
綾	 	 ふー	
相澤	 読み終わった?	
綾	 	 うん	
相澤	 次の巻、楽しみね	
綾	 	 このマンガね、やっぱりそろそろ終わるんだって	
相澤	 え?	 そうなの?	
綾	 	 うん、連載してる雑誌でそろそろ、終わりそうらしくて	
相澤	 そう……	
綾	 	 そしたらさ、最終回読めないの、
「雨」のせいにしていいかな。紙が無く	
	 	 	 なっちゃったら、漫画にならないでしょ?	 私コミックスで読んでるか	
	 	 	 ら、きっと別の形で出るとしても、もう生きてないかもしれない
42
相澤	 そんなこと言わないの	
綾	 	 でもいいの。この優作と葵はね、ケンカばかりだけどお互いのことをち	
	 	 	 ゃんと考えてる。だから絶対に幸せになって、それで世界も完璧に救わ	
	 	 	 れるラストになるはずなの。それに私、この漫画を読み終わりたくない	
	 	 	 って気持ちもあるんだ。読み終わらなければ、登場人物達は永遠に私の	
	 	 	 中で生きていく。だから、もしかしたら「雨」が降ってよかったのかも。	
	 	 	 お父さんも言ってたし。雨が降ってくれたらスッキリするって	
相澤	 大丈夫、望月先生や世界の研究所の人達が一生懸命治し方を探してくれ	
	 	 	 てるの。今まで人が病気に完全に負けたことなんてないのよ	
綾	 	 うん。……相澤さん、ファンレターって書いたことある?	
相澤	 ファンレター?	 ……あー、ないなぁ	
綾	 	 私もなくて、でも書いてみようかなって。この漫画家さんに	
相澤	 いいじゃない。それなら早く書こう	
	
	
○30	 図書館	
	
	 	 松浦が作業をしている。	
	 	 そこに卓哉がやってくる。	
	
卓哉	 こんにちは	
松浦	 あ、こんにちは	
卓哉	 ちょっとお聞きしたいんですけど	
松浦	 短編集!	
卓哉	 あ、そうなんですけど、やっぱり短編集でも読む時間なさそうで。漫画	
	 	 	 が延びてるんです	
松浦	 ああ、そうですか。全然いいですよ	
卓哉	 すいません	
松浦	 でも今のうちに借りとけばね、どうせなくなっちゃうし、返す手間はぶ	
	 	 	 けるんですけどね	
卓哉	 ああ、たしかに	
松浦	 綾ちゃんに読んで欲しい本、いっぱいあったなぁ
43
卓哉	 ……え?	
松浦	 はい?	
卓哉	 ……、……あっ、ああ、
「雨」のことですよね。消えちゃいますもんね、
紙…	
松浦	 ?	 ……はい	
卓哉	 銀行に預金する人多いみたいだし、なんか世間って用心深いですよね	
松浦	 もし紙がなくなったら、
色々困りますよね。
人間は紙に依存してるから。	
	 	 	 歴史も希薄になって、情報元が消えたら、噂や伝言ゲームみたくすり替	
	 	 	 わっちゃったり	
卓哉	 そうですね	
松浦	 長い時間かけて、失われていくと思うんです	
卓哉	 紙は偉大ですよね	
松浦	 オーストラリアのお札って、プラスチックで出来てるんですよ。だから
濡れても大丈夫なんです	
卓哉	 へぇー	
松浦	 だからいざとなっても、クリアファイルにでもサインペンで書けばなん	
	 	 	 とかなりますよ	
卓哉	 やっぱり頼もしいですね、松浦さん	
	
	 	 樋口が入ってくる。	
	
樋口	 ども	
卓哉	 あ、こんにちは	
松浦	 おす	
卓哉	 今日はおやすみですか?	
樋口	 はい	
松浦	 ん、卓哉さん、樋口くんのこと知ってるんだっけ	
樋口	 最近、結構会いますよ	
卓哉	 はい、朝に	
樋口	 前まで会わなかったですよね。出勤早くなったんですか?	
卓哉	 はい、ちょっと用が入るようになったんで。じゃあ、僕はこれで
44
	 	 出て行く卓哉。	
	
松浦	 卓哉さん、お子さんが入院してるの。朝そのお見舞いに行ってるんだ	
樋口	 ……悪いこと言っちゃった?	
松浦	 大丈夫。悪気ないんだし	
樋口	 ……そういう、人の気持ちって、苦手だな。あんまりわからなくて	
松浦	 そんな考え過ぎることないって	
樋口	 ……でも今さ、小学生から相談受けててさ	
松浦	 相談?	
樋口	 相談っていうか、一緒に遊んでるかんじなんだけど、その子好きな女の	
	 	 	 子がいるらしくて、ラブレターの書き方教えてくれって	
松浦	 へー。今時ラブレターなんて	
樋口	 手伝ってあげたくなってさ。俺ラブレター推奨派だから	
松浦	 あー……、そうだったね	
樋口	 好きな女の子が本好きみたいで、絶対文章の方がいいと思って	
松浦	 ……それ、私に言うわけ?笑	
樋口	 俺は、絶対それの方がいいって信じてる	
松浦	 本好きの美少女だった私は、直接言って欲しかったけど	
樋口	 美少女?	
松浦	 え?	 美少女だから話したこと無いのにラブレター書いたんでしょ?	
樋口	 いや、運動会の出し物でソーラン節めっちゃ上手く踊ってたのがかっこ	
	 	 	 良かったからだよ。え、それもラブレターに書いたじゃん。返事もくれ	
	 	 	 てないし	
松浦	 ……全然覚えてないけど、ラブレター云々じゃなくて、問題は内容だっ	
	 	 	 たみたいだね	
樋口	 えー?	
松浦	 大丈夫なの?	 そんなんで小学生の大事なラブレターの相談受けて。そ	
	 	 	 の子は本気なんでしょ?	
樋口	 俺だって本気だよ!	
松浦	 さっき遊んでるカンジって言ってたじゃん	
樋口	 じゃあもしあの時、直接言ってたらさ、笑未ちゃん、俺と結婚してた?	
松浦	 話飛び過ぎでしょ。わかんないよそんなの
45
樋口	 そっか	
松浦	 樋口くんはもらったことないの、ラブレター	
樋口	 ないねー。もらってみたいなぁ	
松浦	 別に、あげないよ	
樋口	 えー	
松浦	 本、予約してるんだっけ	
樋口	 ううん、棚で探そうと思って	
松浦	 あ、そういう人、結構増えてるの	
樋口	 やっぱり?	
松浦	 うん。樋口くんも、仕事どうなるんだろうね	
樋口	 運ぶものが少なくなるからね、楽勝ですよ	
松浦	 一番最初にクビにならなきゃいいね	
樋口	 実はさ、ウイルスに感染しちゃったんだよね	
松浦	 ……え?	
樋口	 体調はどうってことないんだけどさ、やっぱり、いつ発症して死んじゃ	
	 	 	 うかわかんないって	
松浦	 ……なにそれ	
樋口	 びっくりだよね。それで月並みなんだけど、この世になんか生きた証み	
	 	 	 たいなもの残してみたいなーなんて	
松浦	 ……	
樋口	 ごめんね、びっくりさせて。でも、おれ、日々悔いなく生きてるからさ、	
	 	 	 気にしないで	
松浦	 そんなこと出来るわけないでしょ	
樋口	 だよね	
	
	
○31	 研究所	
	
	 	 デスクに座ったまま、榊が眠っている。	
	 	 	
○32	 病院
46
	 	 望月の部屋に相澤が入ってくる。	
	
相澤	 望月先生。厚生労働省からの定期報告書です	
望月	 ああ、ありがとう	
相澤	 ……ちゃんと動いてくれてるんですか、国は。雨にばっかり目がいって	
望月	 しょうがない。人間は紙に依存している。情報の電子化が進んでいる	
	 	 	 時代でも、紙は最も信用の於ける媒体だ。紙がなくなれば、全てが混乱	
	 	 	 する。紙幣、契約書、写真、人はまだ電子化への完全な信用をおいてい	
	 	 	 ない。だからアナログな紙がここまで残っている。その紙を、国はどこ	
	 	 	 まで守る気があるのか、僕たちにはわからないよ	
相澤	 それはそうですけど、こだわってこっちがしわ寄せを食うのはあっちゃ	
	 	 	 駄目です。一日に何人の犠牲者が出てるのか。感染した方々はいつ自分	
	 	 	 が発症するかって怯える毎日を送っているのに。	
望月	 そうだね	
相澤	 綾ちゃん、雨が降って欲しいそうです	
望月	 雨が?	 なぜ	
松浦	 そうすれば、お父さんが他人だっていう証明ができないからだそうです。
	
	 	 	 綾ちゃんは頭いいからわかってるみたいでしたけどね。家族の証明なん	
	 	 	 て必要ないんですよ。何かに記さなくても、結局本人達がそう信じれば	
	 	 	 いいだけだから。どんな事柄も、結局記した人の手、人間同士が繋いで	
	 	 	 いくんです	
	
○33	 研究所	
	
	 	 眠っている榊、ビクン、と目を覚ます。	
	 	 目をこすり、眠そうな顔のままパソコンに向かう。	
	 	 しばらくパソコンをいじっているが、何かの異変に気づく。	
	
榊	 ……ん?	
	
	 	 パソコンを操作し続ける。
47
榊	 ……おい……ふざけるなよ……	
	
	 	 研究のデータが全て削除されている。	
	
榊	 ちくしょう……。……ちくしょおおおお!!!	
	
	 	 デスクを叩いて立ち上がる榊。	
	 	 そのまま収まらない怒りに辺りを歩き回る。	
	 	 息も荒く、なかなか興奮が収まらない。	
	 	 しばらくして、少し冷静になり、電話をかける。	
	
○34	 病院	
	
	 	 望月の元に、榊から着信が入る。	
	 	 すぐに出る望月。	
	
望月	 もしもし	
榊	 	 (呼吸を整える)……先生、すいません、やられました	
望月	 やられた?	
榊	 	 クラッキングです。研究データを消されました	
望月	 なんだって?	
榊	 	 本当にすいません、僕の不注意です	
望月	 ……内部からか	
榊	 	 ここのパソコンは研究所の外とはオフラインです。博士の誘拐を援護し	
	 	 	 た人間はまだ捕まっていません	
望月	 研究は、振り出しなのか	
榊	 	 いえ、国木田さんの配慮で研究所は早い段階で紙媒体のデータ化を済ま	
	 	 	 せてますが、まだ紙の資料は残っています。それでも復元には時間が必	
	 	 	 要です。今のままじゃ国木田さんが許可しても、臨床試験を行える段階	
	 	 	 じゃありません。被験者に危険が及びます。それでは望月先生との約束	
	 	 	 を破ることになる	
望月	 榊くん
48
榊	 	 全部僕の責任です。大口叩いておいてすいません。必ず国木田さんの許	 	
	 	 	 可が出るまでに、元に戻します	
	
○35	 研究所	
	
	 	 通話を切る榊。	
	
○36	 病院	
	
	 	 通話の切れた電話を見つめる望月。	
	
相澤	 ……どうされたんですか	
望月	 全ての紙媒体の情報をデータに移したとしても、ネット上の情報は膨大	
	 	 	 だ。一つの事柄に主観的な見解、意見、解釈が入り、それに真の情報と	
	 	 	 いうものは埋もれていく。誰かの都合の良いように情報が更新されてい	
	 	 	 く。いずれ、国を挙げての過去の改ざん、インターネットという無限の	
	 	 	 空間の利便性が、完璧に裏目に出るんだ。将来、本当の情報はどれかわ	
	 	 	 からなくなる。長い時間をかけて、人類の過去は消滅していくんだ	
	
○37	 研究所	
	
	 	 榊、再び怒りがこみ上げ、パソコンを掴み、床に叩き付ける。	
	 	 榊の携帯に着信が入る。	
	 	 非通知である。	
	 	 通話に出る榊。	
	
榊	 	 ……もしもし	
備前島	 ……私だ	
榊	 	 !!!	
備前島	 久しぶりだな、榊	
榊	 	 博士……	
備前島	 私を、探しているんだろ
49
榊	 	 ……博士、いまどこに	
備前島	 ……	
榊	 	 博士、なぜ	
備前島	 榊、時間がない	
榊	 	 なにがですか	
備前島	 榊	
榊	 	 わからない。博士がなぜあんなことを	
備前島	 榊、時間がないんだ。直接話す	
榊	 	 ……直接?	
備前島	 お前には直接話す必要がある	
	
○38	 一太	
	
	 	 一太、手紙を書いている。	
	
○39	 厚生労働省	
	
	 	 国木田が歩いてくる。	
	 	 それを待っていた榊。	
	
国木田	 どうした	
榊	 	 研究データが全て消えました。内部からのクラッキングです	
国木田	 ……なに?	
榊	 	 時間があれば紙の資料から復帰はできますが、膨大な資料です。雨が
	 降るまでには完了しません	
国木田	 なんていう……	
	
	 	 沈黙してしまう国木田。	
	
榊	 ……備前島博士から連絡がありました。	
	
	 	 驚愕する国木田。
50
	
国木田	 ……なんだって?	
榊	 	 会ってきます	
国木田	 いつだ	
榊	 	 ……	
国木田	 言うんだ、榊。	
榊	 	 国木田さん、一人で来いと言われています。行かせてください。博士
	 と話してなんとか解決させます。信じてください	
国木田	 駄目だ	
榊	 	 博士にもなにか考えがあってなんです。電話で軽く話しただけですけ
	 ど、やっぱり俺には博士が変わってしまったとは思えません。きっと
	 なにかあるんです。だから行かせてください	
国木田	 ……いや、やはり	
榊	 	 国木田さん、私はあなたを一人の人として信用して尊敬もしている。
	 口が過ぎることもありましたが、それは国木田さんを信頼しているか
	 らこそです。一度はあと一歩のところまで来たんです。時間をかけれ
	 ばワクチンを完成させる自信はあります。でも雨が降れば完成させれ
	 るかはわかりません。最後の砦は博士なんです。必ず、必ずなんとか
	 します	
国木田	 ……	
榊	 	 国木田さん、お願いします	
国木田	 ……わかった。だが、場所と時間だけは教えておけ。万が一、お前に
	 なにかあった時の為だ。絶対に邪魔はしないから	
榊	 	 わかりました。……ありがとうございます	
	
	
○40	
	
	 	 榊、紙の束をデスクに運び込み、慌ただしく目を通していく。	
	 	 一太、手紙を書いている。	
	 	 一太と同じように必死な姿で、原稿を書いている陣矢。	
	 	 四ッ谷、ファンレターを一枚一枚、スキャンしている。
51
	 	 樋口、街の中、郵便を配達していく。	
	 	 松浦、紙の沢山入った段ボールの中身を漁り、なにかを探している。	
	 	 目当ての手紙が見つかり、読む。	
	 	 綾、ファンレターを書き、相澤は隣で見守っている。	
	 	 卓哉、望月の元に出向き、何かを聞く。	
	 	 望月は首を横に振る。	
	 	 卓哉、やるせない様子で帰って行く。	
	 	 望月、それを見送り、電話をかける。	
	
	 	 美咲、ただ座っている。	
	
○41	 国木田家	
	
	 	 帰ってくる国木田。	
	 	 美咲がいる。	
	
国木田	 ただいま	
美咲	 	 ……	
国木田	 ……	
美咲	 	 戻って来たよ、離婚届	
国木田	 ああ	
	
	 	 間。	
	
国木田	 いま役所もデータのバックアップで混乱してて、行政サービスは一部
	 に限定してるから、書類の受付は……	
美咲	 	 そういうことじゃないでしょ?	
国木田	 ……	
美咲	 	 そんな手続きのことじゃないでしょ、問題は。問題はあなたがサイン
	 しなかったってことなの。
「雨」を言い訳にしないで	
国木田	 そんなつもりはない	
美咲	 	 帰って来れないのも「雨」のせいだって言えると思ってんでしょ?
52
国木田	 思ってない	
美咲	 	 なんでそうやって逃げるの?私が話したがってるのわかるでしょ	
国木田	 わかるよ。わかるから帰って来たんだ	
美咲	 	 ……	
国木田	 なんで離婚なんだ。離婚じゃないとダメなのか?	
美咲	 	 ダメ	
国木田	 一太はどうするんだ。離婚して働くつもりか?	 無理だよ。働くつも
	 りなら一太は俺が連れてく	
美咲	 	 違うでしょ	
国木田	 二人で生活なんて出来な……	
美咲	 	 そこじゃないよ。違う	
国木田	 ……なんだ	
美咲	 	 私のこと、考えないでしょ、そうやって	
国木田	 考えてるよ	
美咲	 	 なんで私が離婚したいかって、考えた?ううん、離婚したいかじゃな
	 くてなんで「離婚したいって言ったか」ってとこ。そういうとこだよ	
国木田	 ……	
美咲	 	 理解して欲しいの。話をしたいの。自分が自分である証拠がどこにも
	 ないの。あなたと結婚して過ごした時間が、私のものじゃない気がし
	 てならないの。いらなくなったの	
国木田	 ……一太もか	
美咲	 	 話逸らさないで。一太は関係ない。いま私のことについて話してるの	
国木田	 何が気に入らないんだ。俺は充分家族に貢献したつもりだ。家にはな
	 かなか帰れなかったけど、それでもお前達のために	
美咲	 	 わかってるよ。必死に働いてくれてるのは知ってる。見てるから。仕
	 事も大変なのわかってる。けど、家族ってさ、何々したからいいとか、
	 悪いとか、そんな打算的なやりとりって違うよ。ポイント制じゃない
	 からさ。そういう作業だけで、家族ってもの繋いでいるのって、違う
	 じゃん。何かに決めてもらうんじゃない。いちいち家族の証明なんて
	 必要ない。自分たちがわかっていればいいの。そうすれば何度だって
	 始められるから。それが私たちにある?	
国木田	 ……自分たちがわかってれば、何度でも?
53
美咲	 	 結局、全部、人なんだよ	
国木田	 そうだ、そうだったんだ	
美咲	 	 え?	
国木田	 美咲、すまん	
	
	 	 国木田、時計を見てから、外に走り出す。	
	
○42	 病院	
	
	 	 望月、榊への電話が通じず、国木田にかける。	
	
○43	 国木田	
	
	 	 走っている国木田の元に、望月からの着信が入る。	
	 	 出る国木田。	
	
国木田	 もしもし	
望月	 	 俺だ。榊くんが電話に出ないんだが	
国木田	 やはりか	
望月	 	 やはり?	
国木田	 亜真の目的は、研究データの消去だったんだ	
望月	 	 ……最初から研究所が狙い?	
国木田	 研究所のコンピュータをクラッキングした上で雨を降らせれば、ほと
	 んどの資料を消失できる。そして残った情報端末は一つしかない	
望月	 	 人	
国木田	 ああ、これが雨の真の狙いだったんだ。最後の砦は備前島なんかじゃ
	 ない。榊だったんだ	
望月	 	 それで、榊くんはいまどこに?	
国木田	 ……榊が危ない	
	
○44	 邂逅
54
	 	 歩いてくる榊。辺りを見回す。時計を見る。	
	 	 しばらくすると、遠くに人影が現れる。	
	 	 備前島である。	
	
榊	 	 ……博士	
備前島	 久しぶりだな、榊	
榊	 	 ……	
備前島	 元気そうだ	
榊	 	 ……	
備前島	 すまんな、こんなところまで	
榊	 	 ……博士、聞かせてください、全て	
備前島	 ……	
榊	 	 ……	
備前島	 ……榊。お前はとても優秀な部下だ	
榊	 	 ……	
備前島	 いや、仲間だ。そして私は息子のようだと、そう思っていた	
榊	 	 ……	
備前島	 お前は優秀だ。お前は、いつでも私を信じてくれていた	
榊	 	 今もです	
備前島	 ……あのウイルスに関しては、お前を失望させてしまったと思ってい
	 る	
榊	 	 なにがですか。あれはテロに利用されただけでしょう。博士はそんな
	 ことしていない	
備前島	 ああ、そうだ。私はあんなこと望んでなんかいなかった	
榊	 	 なら、なんで亜真総会なんかに	
備前島	 ……仕方がなかった	
榊	 	 そんなわけないでしょう!	 なにが仕方ないですか。なにがあって研
	 究を悪用されたテロ集団に加担するんですか。
「雨」のせいで、ウイル
	 スへの対抗策さえも失われようとしています	
備前島	 やはり、ワクチンの開発を?	
榊	 	 しかし、博士が作ったものです。元々のデータがあったところで、俺
	 がすぐに追いつけるはずがありません
55
備前島	 お前はそれを、聞きにきたのか	
榊	 	 そうです。そして、博士に戻って来てもらいたいです	
備前島	 それはできない。必要もない	
榊	 	 なぜですか	
備前島	 お前らしくないな。教えたろう。冷静に、単純に、物事を見極めるん
	 だ	
榊	 	 え?	
備前島	 榊、雨は降るんだ	
榊	 	 ……	
備前島	 ……「雨」は、降る	
榊	 	 	 ……まさか	
	
○45	 一太	
	
一太	 うーん……	
	
	 	 手紙をがんばって書いている一太。	
	 	 そして、書き上げる。	
	
一太	 ょっしゃああああ!	 完成だあ!	 やったあ	
	
	 	 ひとしきり喜ぶ一太。	
	
一太	 はーあぁ。あ、切手	
	
	 	 棚を探す一太。	
	
一太	 あれ?	 あれ?	
	
	 	 しかし切手が見つからない。	
	
一太	 切手ない!	 急いで買わなきゃ!
56
	
	 	 外に出る一太。しかしそこには樋口がしゃがんでいる。	
	
一太	 ……	
樋口	 「僕、『超高速ポスト』!僕に手紙を預けたら、事業所や地域区分局を
	 通さないで、直接届け主にお手紙を届けるんだよ!」	
一太	 ……	
樋口	 「切手だっていらないんだ!」	
一太	 ……	
樋口	 「あーあ、どこかにお手紙早く届けたい人いないかなぁ」	
一太	 樋口	
樋口	 「あ!	 そこのキミ!	 もしかしてお手紙を早く届けたいんじゃない?」
	
一太	 うん	
樋口	 「それならボクに任せてよ!	 急いでお手紙届けるよ!」	
一太	 ……	
樋口	 「ほら!」	
一太	 ……	
樋口	 ほらマジ遅れるから!	 「雨」降っから!	
一太	 ああ!	
	
	 	 一太、部屋に手紙を取りに大急ぎで戻り、取ってくる。	
	
一太	 樋口!	
樋口	 任せろ!	 確かに預かった!	
	
	 	 全速力で届けに向かう樋口。	
	
一太	 樋口ーーーーーーたのんだーーーーーーーーーーー!	
	
○46	 病院	
	
	 	 望月の元に来る卓哉。
57
	
卓哉	 先生	
望月	 ……卓哉さん、臨床試験なんですが、少々遅れるかもしれません	
卓哉	 ……え?	
望月	 ……榊くんのパソコンが、クラッキングされました。データが失われた
	 状態です	
卓哉	 え……	
望月	 ただ、データは紙では残っています。時間はかかりますがすぐに復元に	
	 	 	 とりかかるそうです	
卓哉	 ……なんで	
望月	 ……なので、国木田の許可が降りても臨床試験をすぐには……	
卓哉	 なんでですか	
望月	 綾ちゃんの安全を考えれば	
卓哉	 あんたのせいだ	
望月	 ……	
卓哉	 あの時、無視して臨床試験をすれば良かったんだ。それで結果が出てい	
	 	 	 たかもしれないのに。これで遅れて綾が死んだらどうするんですか。紙	
	 	 	 で残ってるって、雨が降ったらそれさえも消えるでしょう!	 綾はもう	
	 	 	 助からない!	 あんたのせいだ!	
望月	 ……そうすれば、綾ちゃんに危険が及んでいたかもしれません	
卓哉	 でも、救われたかもしれないんだ	
望月	 ……	
卓哉	 あの時、無理にでも頼んでおけばよかった	
望月	 ……	
卓哉	 いくら払ってでも、殴ってでも……	
望月	 ……	
卓哉	 あんたの……	
	
	 崩れ落ちる卓哉。	
	
望月	 卓哉さんっ
58
	 	 望月、卓哉を支える。	
	 	 卓哉、泣いている。	
	 	 何も言えないでいる望月。	
	
	
卓哉	 すいません……	
望月	 いいんです	
卓哉	 ほんとうにすいません	
望月	 気にしないでください	
卓哉	 ……罰が当たったんです。望んでしまっていたんです、
「雨」が降ってく	
	 	 	 れたら良いって。それで天罰が下ったんです	
望月	 卓哉さん	
卓哉	 過去にこだわって、馬鹿みたいに	
望月	 ……	
卓哉	 「雨」なんて、望んじゃいけなかったんです。あんなことをした連中と	
	 	 	 同罪なんです	
望月	 過去にすがりつくのは人間として当然です。過去は掛け買いのないもの	
	 	 	 です。絶対、いままで私たち学者が築いてきたものは無駄にならず、綾	
	 	 	 ちゃんを救うはずです。	
卓哉	 ……	
望月	 いま、榊くんががんばっています。彼は必ずなんとかします。私は信じ	
	 	 	 てます	
	
	
○47	 邂逅	 	 	
	
	 	 榊と備前島、対峙している。	
	 	 榊、激しく動揺している。	
	
榊	 	 そんな……	
備前島	 頼んだぞ、榊	
榊	 	 でも、博士……
59
国木田	 榊!	
	
	 息を荒げた国木田がやってくる。	
	
榊	 	 ……国木田さん	
国木田	 ……久しぶりですね。備前島博士	
備前島	 ……	
榊	 	 ……なんで来たんですか	
国木田	 ……博士、外で警察が待っています	
榊	 	 国木田さん	
国木田	 榊を、どうする気ですか	
備前島	 ……	
国木田	 身柄を拘束させてもらいます	
備前島	 ……君にそんな権限はないはずだ	
国木田	 権限なんて、あとからどうにでもできます	
榊	 	 国木田さん……!	
国木田	 手荒な真似はしたくありません	
榊	 	 国木田さん!	 なんで!	
国木田	 許せ	
備前島	 ……	
国木田	 博士	
備前島	 国木田君。もう時間がないんだ。行かせてくれ	
国木田	 駄目です	
	
	 	 突如、国木田につかみかかる榊。	
	
国木田	 !?	
榊	 	 博士!	
備前島	 榊!	
榊	 	 行ってください!	
国木田	 榊……!	 離せ……!	
備前島	 榊……
60
榊	 	 早く!!!	
	
	 	 走り去って行く備前島。	
	 	 榊と国木田、しばらくもみ合う。	
	 	 インドア派同士の見苦しい泥仕合消耗戦は榊がバテて終わる。	
	 	 国木田、すぐに電話をして指示を出す。	
	 	 榊は倒れている。	
	
国木田	 くそっ!	
榊	 	 ……	
国木田	 ……	
榊	 	 ……	
国木田	 ……なんの真似だ	
榊	 	 ……	
国木田	 榊!	
榊	 	 ……博士でした	
国木田	 ……	
榊	 	 俺の知ってる、博士でした。なにも変わってません	
国木田	 ……あの人は変わった	
榊	 	 	 変わっていません	
国木田	 榊!	
榊	 	 国木田さん、
「雨」は降ります	
国木田	 !	 ……お前まで、何を言っているんだ	
榊	 	 違います。
「雨」は降らなきゃいけないんです。世界のためにも	
国木田	 榊、目を覚ませ、
「雨」を降らしてはいけない	
榊	 	 いえ、降ります。博士が降らします	
	
	 	 国木田、榊の胸ぐらを掴む。	
	
国木田	 いい加減にしろ!!!	
榊	 	 ……
61
	 	 何も言い返さない榊。	
	 	 異変に気づく国木田。	
	
国木田	 ……榊?	
榊	 	 ……	
	
	 	 榊、泣いている。	
	 	 掴む手を離す国木田。	
	
	
○48	 病院	
	
	 	 屋上に望月が一人、空を見上げている。	
	 	 そこに相澤が来る。	
	
相澤	 あ、望月先生。屋上なんて珍しいですね。なにしてるんですか	
望月	 雨をね、待ってるんだ。どんなもんなんだろうって。相澤さんは?	
相澤	 綾ちゃんから借りたマンガ、読んでみようと思って。綾ちゃんが消える
まで持ってていいって	
望月	 そうか	
相澤	 いよいよ、終わりますね、いろんなものが	
望月	 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない	
相澤	 そうですか?	
望月	 なにかを失う代わりに、
なにかを得る気がするんだ、
なんとなくだけど。	
	 	 	 過去を失ったら、もう未来へ進むしかないからね	
	
○49	 厚生労働省	
	
国木田	 あの「雨」は、……ワクチンなんです	
	
	 	 回想。	
	 	 備前島と榊のシーン。
62
	
備前島	 あの雨は、ウイルスのワクチンだ	
榊	 	 ……!	
備前島	 完璧なものへと完成はできなかった。副作用として紙は消滅する。だ
	 がそれを完成させるのにどれだけ時間がかかるかわからない。その間
	 に犠牲者は増えていく。なら副作用に目をつむり、
「雨」を降らせるこ
	 とにした。しかし紙の情報を残す猶予が必要と考え、それを一週間と
	 した	
榊	 	 しかし、それを公言すれば	
備前島	 私は亜真にマークされていたし、
「雨」がワクチンとわかれば亜真は当
	 然私を殺していただろう。
「雨」は阻止される。それは絶対にあっては
	 ならない。だったら、亜真総会に加担したフリをし、
「雨」を世界崩壊
	 の引き金と思わせて組織のネットワークを利用すれば、目的は達成さ
	 れる	
榊	 	 ワクチンと判明すれば博士は	
備前島	 元々、あのウイルスをつくった私がいけないのだ。この身をもって責
	 任を取るべきだ	
榊	 	 それでは博士は	
備前島	 雨が降れば、情報はネットの海に沈んでいくだけで、正しいものなん
	 て引き上げられやしない。
そしていずれ、
真実の過去は失われていく。
	 結局、私は人類の歴史を消した戦犯でしかない。それでも、私は過去
	 ではなく、未来を守りたかった	
榊	 	 ……	
備前島	 そうだ。それで、
「雨」が降った後のことを、榊、お前に任せたい。言
	 った通り、あのワクチンはまだ未完成だ。別の副作用、自然への影響
	 などを調べて、紙を消さない、完璧なものに仕上げてくれ	
榊	 	 そんな…	
備前島	 いつも面倒ばかり、すまんな	
	
		何も言えないでいる榊。	
	
榊	 	 ……「雨」は、降らなければいけないんですか
63
備前島	 頼んだぞ、榊	
榊	 	 	 博士……	
国木田の声	 榊!	
	
	 	 回想終わり。	
	
国木田	 榊はいま、雨の準備につきっきりです。ウイルス対策センターについ
	 ては、
「雨」が降り、その効果が証明されたら解散します。……それと	
	
	 	 国木田、美咲(一太)との電話になっている。	
	
国木田	 仕事、辞めることにした。俺も仕事に全てを注ぎ過ぎたんだ。美咲の
	 言っていた通り、俺はなにかを見失っていた	
美咲	 	 ……	
国木田	 だから、離婚届、もう一度送ってくれないか	
美咲	 	 ……間に合うの。雨で	
国木田	 あー……そうだな。……わかった、一旦帰るよ	
一太の声	 ただいまー	
	
	 	 一太帰ってくる。	
	
国木田	 一太か	
美咲	 	 代わる?	
国木田	 ああ	
	
	 	 美咲、一太に携帯を渡す。	
	
美咲	 	 一太、パパ	
一太	 	 父ちゃん!	
国木田	 おお、一太、元気だな	
一太	 	 父ちゃん!	 おれ、ラブレター出した!	
国木田	 ラブレター?
64
一太	 	 樋口が手伝ってくれてね!	 そいでね、世界で一番のラブレター書い	
	 	 	 	 たんだ!	
国木田	 そっか	
一太	 	 父ちゃんラブレター書いたことある??	
国木田	 あるぞー。父ちゃんの時代の方がラブレターたくさんあったんだから	
一太	 	 でもね、ぜったいおれのラブレターの方が最強だよ	
国木田	 そうだな、一太のやつは強そうだな	
一太	 	 うん	
国木田	 レベルは?	
一太	 	 543!	
国木田	 それは強いなぁ	
一太	 	 うん	
国木田	 でも、ラブレターなんてよく知ってるな	
一太	 	 母ちゃんがね	
国木田	 母ちゃん?	
一太	 	 うん、母ちゃんが父ちゃんにだって手紙書いてたの。
「あ、ラブレター
	 だ」って思って。それで、真似して書いてみた	
国木田	 ……そっか	
一太	 	 父ちゃんもらったの、そのラブレター??	
国木田	 うん、もらったよ	
一太	 	 失くしちゃだめだよ!	
国木田	 そうだな	
	
	 	 通話を切り、外に出る国木田。	
	
○50	 国木田家	
	
	 	 国木田との通話を終え、携帯を閉じる美咲。	
	 	 封筒が置いてある棚に向かう。	
	 	 しかし、そこに封筒がない。	
	 	
美咲	 一太、ここにあった封筒は?
65
一太	 おん?	 えー?	 樋口に渡した。ギリギリだったー	
美咲	 それ、お母さんのお手紙なんだけど	
一太	 えーちがうよー。俺いっしょうけんめー書いたんだよー	
	
	 	 美咲、もう一つの手紙の封筒を見つける。	
	
美咲	 一太書いたやつ、これじゃないの?	
一太	 ……っえっ?	
	
	 	 封筒を手に取る一太。	
	
一太	 ……えーーーーーーーーー!	
	
	 	 部屋を飛び出す一太。	
	
一太	 樋口ーーーーーーー!	
	
	 	 それを見送る美咲。	
	 	 美咲、時計を見る。	
	 	 部屋を出る。	
	
	
	
○51	 病院	
	
	 	 病室でベッドに寝ている綾。	
	 	 側には卓哉が付き添っている。	
	
卓哉	 綾	
綾	 	 んー?	
卓哉	 お父さんな、お母さんと腕相撲して負けたんだ	
綾	 	 うそ?
66
卓哉	 ほんと。お母さん、強い男が好きだって知ってたから、ギャップ狙いで	
	 	 	 ワザと負けたんだ。すっごい上手く演技して	
綾	 	 バカみたい(笑)	
卓哉	 でも、負けた後で「好きだ」って言ったら、OK だったんだ	
綾	 	 なにそれ(笑)	
卓哉	 作戦成功したんだよ。すごいだろ	
綾	 	 すごい(笑)でもそれ、お母さん気づいてたと思うよ	
卓哉	 えー?	 そうかー?	
綾	 	 だって、お父さん、強いじゃん	
卓哉	 ……そうかな?	
綾	 	 うん	
	
	 	 樋口、飛び込んでくる。	
	
綾	 	 きゃっ?!	
卓哉	 えっ?!	
樋口	 (息切れ)	
卓哉	 ……郵便の?	
樋口	 綾……、ちゃん……?	
綾	 	 ……はい	
樋口	 こ、れ、……。	
	
	 	 樋口、綾に封筒を渡す。	
	
綾	 	 ありがとうございます	
卓哉	 ……プライベートでも、配達してるんですか?	
樋口	 ええ、まあ	
	
	 	 綾、封筒を開ける。中から見知らぬ離婚届が出てくる。	
	
綾	 	 離婚届?	
卓哉	 離婚届?
67
樋口	 離婚届?	
綾	 	 うん	
	
	 	 間。	
	
樋口	 ……こう、考えられないかな。全てのことには終わりがくる。だからそ	
	 	 	 の終わりを見据えた上で一緒に始めよう的な	
卓哉	 どういうことですか?	
樋口	 うーん……	
	
○52	 陣矢の仕事場	
	
	 	 四ッ谷、仕事部屋に入ってくる。	
	
四ッ谷	 お疲れ様です	
陣矢	 	 お疲れ様です	
四ッ谷	 できましたか?	
陣矢	 	 はい	
四ッ谷	 先生にしては珍しいですね、締め切り当日まで書くなんて	
陣矢	 	 最終回ですから。これ、原稿です	
	
	 	 四ッ谷に原稿を渡る陣矢。	
	
四ッ谷	 え?	 データは編集部に送ってないんですか?	
陣矢	 	 送りましたよ。でもなんか、原稿にしたんですから四ッ谷さんに直接
	 渡さないとなんか気持ち悪いんで。消えてもいいんで持ってってくだ
	 さい	
四ッ谷	 ……じゃあ、お預かりします	
陣矢	 	 よろしくお願いします	
四ッ谷	 はい	
陣矢	 	 ……四ツ谷さん、僕の漫画ってものも、いいように訂正されていくん	
	 	 	 	 ですかね、データになったら
68
四ッ谷	 そうですね、でもそれを防ぐのが我々の仕事ですから	
陣矢	 	 最悪ぼくは、
「感動」だけが残ってくれればいいです。その体験が残れ
	 ば	
四ッ谷	 それなら、たぶん大丈夫です	
陣矢	 ……そうですかね	
四ッ谷	 感動はいくらでも残っていきます。古来からある伝達方法です。口承
	 です	
陣矢	 	 口承?	
四ッ谷	 結局、最後は人と人との直接の会話には勝てません。感動は必ず伝播
し	 ます。演劇とか、ライブとかって言ったことありませんか?	
陣矢	 	 あります	
四ッ谷	 舞台芸術の感動はその場でしか体験できません。それでもその感動は
	 口コミでこんなに長く残っている。漫画だって同じです。ものが消え
	 たって感動は消えませんよ	
陣矢	 	 ……そうですね	
四ッ谷	 ……あ!	 すいませんあとこれファンレターです、忘れてましたすい	
	 	 	 	 ません!	
陣矢	 	 こんなにですか。読み終わる前に消えちゃいますよ	
四ッ谷	 すいません、スキャンもやってないので…	
陣矢	 	 そしたら、自分でやっておきます	
四ッ谷	 すいません、失礼します	
	
	 	 四ッ谷、出て行く。	
	 	 残った陣矢。	
	
	 	 四ッ谷、帰る途中で気になって原稿を読み始める。	
	
	
○53	 わらしべ白書	
	
	 	 優作と葵、電車に乗ってくる。	
	 	 席に座り、次の駅で満員になる。
69
	
優作	 混んで来た	
葵	 	 うん	
優作	 (バッグのデザインをさして)あ、ふくろうなんだ、これ	
葵	 	 そうなのー。ここね、ふくろうがのぞいてる見たいなデザインかと思っ	
	 	 	 たらそうじゃなかったっていう	
優作	 そうじゃないっぽいね	
葵	 	 鳥すきなの	
優作	 ペンギン	
葵	 	 ぺんぎん	
優作	 ペンギンって鳥だっけ	
葵	 	 うん、あれ、ほ乳類?	
優作	 どっちかね	
葵	 	 調べて調べて	
	
	 	 優作、調べる。	
	
優作	 あ、鳥だね。鳥類	
葵	 	 ほつれちゃってこれ	
優作	 あほんとだ	
葵	 	 その時計いいね	
優作	 でしょ	
葵	 	 え、それ裏って金属?	
優作	 あここまでベルトこれ	
葵	 	 友達が金属アレルギーでさ、プレゼントで時計あげたいんだけど	
優作	 ああ、そうね、普通の時計は	
葵	 	 かっこいいね	
優作	 これあれ、大学の入学祝いに	
葵	 	 へー	
優作	 ほんとは文字盤にデジタルの、秒針が出るんだけど	
葵	 	 あ、私も同じメーカーの持ってる	
優作	 ほんと?
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ハイパーバラッド.pdf

  • 1. 1 ハイパーバラッド 作・大渡佑紀 登場人物 綾 少女 13 卓哉 父親 42 国木田徹 厚生労働省官僚 国木田美咲 妻 国木田一太 息子 榊 国立感染研究所研究者 望月 医師 相澤 看護師 陣矢 漫画家 四ッ谷 編集者 松浦 図書館勤務 37 樋口 郵便配達員 36 優作 男 葵 女 備前島 国立感染研究所 元博士
  • 2. 2 本シナリオは囲み舞台を想定しており、 各シーンの配置、登場人物の出ハケは自由とする。 ○1 わらしべ白書 夕方、突然降り始めた雨に、建物の玄関で雨宿りをしている優作。 そこに、傘を差して歩いてくる葵。 葵 …… 優作 …… しばらく見つめ合う二人。 葵 ……入る? 優作 ……うん。 ○2 郵便 朝。 郵便配達員の樋口(36)が、自転車で街を回って配達をしている。 ある家のポストに郵便物を入れようとすると、中から卓哉(42)が出てくる。 卓哉 あっ、ご苦労さまです。もらいますね 樋口 あ、はい 卓哉 すいません、遅刻なんです 樋口 いえいえ。いってらっしゃい 卓哉 いってきます
  • 3. 3 卓哉、慌ただしく出かけていく。 樋口、配達を続ける。 ○3 病院 病室のベッドで、本を読んでいる綾。 ベッドの周りはビニールのようなもので覆われて、隔離されている。 病室に、看護師の相澤が入ってくる。 相澤 綾ちゃん、検温ね 綾 はい 綾、本を名残惜しく置く。 相澤から体温計を受け取り、熱をはかる。 そのまますぐに、本に向かう。 相澤 今日はいい天気だから、外に出てみる? 綾 ううん。これ読み終わらないとダメなの 相澤 それ今日まで? 綾 うん 相澤 別にいいもんよ、少し遅れたって 綾 ダメ。次に読みたくて待ってる人いるかもしれないから 相澤 そうね しばらく無言の時間が続く。 体温計がピピっと鳴る。 体温計を相澤に渡す綾。 綾 はい 相澤 はい、ありがと
  • 4. 4 綾 相澤さんさ、ダムって行ったことある? 相澤 ダム? 綾 話に出てくるの。私行ったことなくて 相澤 ダムねぇ。あー、行ったことないかも 綾 そっか 相澤 行きたいんだ? 綾 行きたい。治ったら行くの 相澤 あら、いいじゃない。早く治しましょ ○4 図書館 棚の整理をしている司書の女、松浦。 そこに、四ッ谷(男)が本をいくつか持ってやってくる。 四ッ谷 松浦さん 松浦 あ、四ツ谷さん。おはよう。早いね 四ッ谷 おはようございます。松浦さん、理系いけますか? 松浦 いきましょう 四ッ谷 ありがとうございます(笑) なんかカオス理論とか非ユークリッド幾 何学?とかがいいらしいんですけど 松浦 随分マニアックね 四ッ谷 陣矢先生、妥協をしらないんですよ 松浦 数学の本の棚は見た? 四ッ谷 はい。それっぽいタイトルは選んだんですけど、ほら、数学って地続 きでしょ? 松浦 そしたら、児童向けのコーナーのが簡潔でいいのかも 四ッ谷 あ、なるほど 松浦に案内されて、一緒に本を探す四ッ谷。 ○5 病院
  • 5. 5 綾が一人で本を読んでいる。 医者の望月が病室に入ってくる。 望月 綾ちゃん。おはよう 綾 おはようございます 望月 どう、調子は 綾 ……普通 望月 普通か。うん、結構 綾 結構元気です 望月 うん、よかった 綾 でも、検査あるんでしょ? 望月 うーん、そうだね。ちゃんと治すには 綾 うん 望月 今日は先生がこれから出かけなきゃいけないから、帰って来た夕方に検 査だね。だから昼はのんびりしてて大丈夫だよ。本、今日までなんだっ て? 綾 うん 望月 お父さん、来た? 綾 ううん。たぶん寝坊。だからお昼に来ると思う。時間ないんだ 望月 そしたらあんまり邪魔してもだね。じゃあまた夕方に 綾 うん 病室を出て行く望月。 本に向かう綾。 ○6 陣矢の仕事場 漫画家、陣矢の仕事場。 机に向かい、漫画の原稿を描いている陣矢。 そこに本を抱えた四ッ谷がやってくる。 四ッ谷 どーも
  • 6. 6 陣矢 …… 四ッ谷 お疲れ様です 陣矢 お疲れさまです 四ッ谷 陣矢先生、資料、借りてきました 陣矢 ありがとうございます 四ッ谷 ……原稿、どうですか 陣矢 明日には 四ッ谷 わかりました。数学は出してくるんですか 陣矢 まだわからないです。でも、決着は着けたいのでなんとか処理出来な いか模索中です 四ッ谷 もう好きに描いたら良いと思うんですけど 陣矢 でも載せれなかったらダメじゃないですか 四ッ谷 そうですけど、イケるんじゃないですか? 陣矢 四ッ谷さん、商業誌の編集とは思えないですね 四ッ谷 そうですか? 陣矢 なにか、面白いアイディアないですかね 四ッ谷 アイディア 陣矢 四ツ谷さん、嫌いなものとかなんですか 四ッ谷 ……うーん 陣矢 …… 四ッ谷 ……ぼくあれなんです、電車の中で喋るの、好きじゃないんです 陣矢 なんでです? 四ッ谷 混んでる時とかって、人の多さに反比例、ん?比例?まあ静かに感じ るじゃないですか。その中で喋ると、なんか他の人に聞かれてそうに 感じるじゃないですか。自意識過剰なんですけど 陣矢 …… 四ッ谷 空いてたらいいんですけどね 陣矢 …… 陣矢、なにも喋らず原稿に向かう。 四ッ谷 ……ダメですかね
  • 7. 7 陣矢 どうでしょう 四ッ谷 どうでしょう…… 陣矢 なにが使えてなにが使えないかなんて、その時にならないとわからな いですから 四ッ谷 はあ ○7 厚生労働省 上司の部屋。 国木田 今週は 223 人の死亡者が出ました。 感染が確認されていた者は 187 名。 国立感染症研究所からの報告も上がっておらず未だに治療の目処は立 っていません。…失礼します 国木田、一礼をして部屋を出て行く。 国木田、どこかに電話をかける。 国木田 もしもし。……そうか。引き続き捜索を続けろ 通話を切る国木田。 そこに榊がくる。 榊 国木田さん 国木田 ……お疲れ 榊 備前島博士は 国木田 まだなんの情報も上がって来ていない。エリアを拡大して捜査する 榊 もう公開して調べるべきです 国木田 行方を厚労省が把握してないとなれば問題だ 榊 厚労省は捜査機関じゃない。行動にも限界がある。そうこうしている 内に、ウイルスの被害者は増えてます 国木田 上はもう博士は見つからないと踏んで、お前に期待している
  • 8. 8 榊 だったら、見える形での援助、…それと許可をお願いします 国木田 だめだ 榊 博士も見つからず、研究も成功しなければ、人類は滅亡します。それ を自覚してください 国木田 ……もう行く。定例会見の準備がある 榊 準備もなにも、被害者数の発表と注意喚起だけでしょう。不安感を煽 るだけですよ 国木田 危機感を持たせる、だ 榊、国木田を一瞥して去っていく。 無言でそれを見送る国木田。 ○8 国木田家 美咲が電話をしている。 ○9 厚生労働省 国木田の携帯電話に着信がある。 美咲からである。 国木田、画面を見るが、出ない。 ○10 郵便 郵便配達員の樋口が、街を回って配達をしている。 ○11 病院 本を読んでいる綾。 最後のページを読み終わる。 綾 ……ふぅー
  • 9. 9 と、丁度、父親の卓哉が病室に入ってくる。 卓哉 綾 綾 お父さん 卓哉 いやあ、ごめんな、朝 綾 ううん。本読み終わってなかったし 卓哉 そうか 綾 ちょうど今読み終わったの 卓哉 あとがきも? 綾 うーん、まだなんだけど、いいや。間に合わないから 卓哉 じゃあ、返しとくな ビニールの隙間から、本を受け取る卓哉。 卓哉 次は何がいい 綾 短編集がいいかなぁ。短い方がすぐ読めて頭入るし 卓哉 松浦さんに面白い短編集聞いておくな 綾 なんでこんなに遅いかなぁ 卓哉 じっくり大切に読むからだろ。悪いことじゃないよ。作家さんだって一 文字一文字考えて書いてるんだから。あ、そうだこれ、新刊 卓哉、買って来た漫画の新刊を綾に渡す。 綾 あ!そっかもうそんな時期だっけ。ありがとう。そしたら次まだ借りて こなくていいや、これ読むから 卓哉 いいのか? 綾 この漫画絵が細かいから、小説より時間掛かるの 卓哉 漫画はポンポン読むもんだろ 綾 いーの。面白いの 卓哉 まあならいいけど 綾 あ、夕方検査だって
  • 10. 10 卓哉 そっか。そしたら帰り先生のとこ寄るな 綾 先生夕方まで出かけてるって 卓哉 そしたら、明日だな 綾 うん。 「治ってました」って言われるから驚かないで 卓哉 わかった(笑) 綾 うん ○12 国木田家 美咲が電話を閉じる。 美咲 一太、買い物行こうか。水筒新しいの買わなきゃ。どんなのがいい? 部屋を出て行く美咲。 ○13 病院 自室のデスクに座り、資料に目を通している望月。 相澤の声 望月先生、国立感染研究所の方からお電話です。 望月 繋げてくれ 受話器を取る望月。 望月 はい、望月です 榊 突然のご連絡申し訳ありません。私、国立感染研究所の榊と申します。 厚生労働省の国木田さんからのご紹介でご連絡差し上げました。 望月 国木田から? 榊 望月先生、率直に申し上げます。まず、私はあのウイルスの開発に関わ っていました。
  • 11. 11 間。 望月 ……君は亜真総会の人間なのか? 榊 違います。あのウイルスは、研究所が開発していて、亜真総会に奪われ たものです 望月 待ってくれ、なぜ国立感染研究所がウイルスなんてものを作るんだ 榊 先生、そこは私からは詳しくお話できません。要件だけ言わせてくださ い。 いま私は、 ウイルスのワクチン開発を国木田さんの元でしています。 ……そこでお願いなのですが、ワクチンの「非」臨床試験にご協力して い ただけないでしょうか。内密にです 望月 ……「非」臨床試験といったか? 榊 はい。 望月 それは、ウイルス感染者を提供しろと? 榊 ウイルスはヒトにしか感染しませんから 望月 ……君は自分が何を言っているのか、わかっているのか?感染者はマウ スじゃない 榊 厚生省はウイルスの開発元が日本だとバレるのを恐れて研究に意欲的じゃ ありません。ただ、私はどうしてもワクチンを完成させたいんです。多くの犠 牲を出したとしても、それで研究が成功するなら構わないと考えています。非 人道的と言われようと 望月 …… 榊 ……望月先生? 望月 ……大切な人が、感染者なんだな?身内か? 榊 いえ、違います 望月 じゃなきゃ、なにか裏があるとしか思えない。そんな人間に協力なんて ことはできない 間。 榊 ……備前島博士 望月 なに?
  • 12. 12 榊 ウイルスの開発責任者です。尊敬だけでは 言葉が足りません。私の人生の恩人であり師であり父です。以前、備前 島博士が所長を務める研究所は存続の危機に瀕したことがあります。 それを救ってくれたのが国木田さんでした。僕にとっても博士にとって も恩人です。その国木田さんからの頼みで、ウイルスの開発という案件 が極秘に上がってきました。最初は博士も拒否していましたが、国木田 さんの頼みということで悪用しないことを条件に取り組みました。博士 の死に物狂いの努力で開発は成功しましたが、その時に、博士は亜真総 会に誘拐され、奪われたウイルスが世界中にバラまかれたのです。博 士の国木田さんへの恩返しが、人の命を奪っているのです。亜真総会か ら解放された博士は絶望で自殺未遂まで起こして、その後失踪し現在も 見つかっていません。僕はこのまま博士のせいで人類が滅亡するのを見 ているなんて出来ません。正直、何人犠牲になってもいい、あのウイル スだけ失くせれば、博士が救われて戻ってくるならそれでいいと思って います 望月 ……だとしても、そんな危険な試験に協力はできない 榊 望月先生ならわかるはずです。現代の医療の礎になっているのは過去に 生まれた多くの犠牲者だって。このままでは人類が滅亡します 望月 ……国木田はなんて言ってる 榊 黙認してくれてます。あの人には立場があるので 望月 噓だろう 榊 本当です 望月 なら、国木田に直接確認する 榊 …… 望月 詳しい話はそれからでも問題ないだろう 榊 ……わかりました ○14 厚生労働省 休憩室に座っている国木田。 壁に設置してあるモニターで、定例会見が中継されている。 厚生労働省大臣が現れ、会見が始まる。
  • 13. 13 しばらく何もせずに会見を見ている。 国木田の携帯に着信が入る。 画面を見ると美咲からである。 電話に出る国木田。 国木田 もしもし 美咲 ……やっと出た 国木田 仕事中だ 美咲 いつ帰ってくるの 国木田 ……ニュースみてないのか 美咲 見てるよ 国木田 なら帰れないってことくらい 美咲 それでも、少しくらい帰る時間ないの?一太も寂しがって 国木田 お前達の為に仕事してるんだろ 美咲 …… 国木田 それの何が不満なんだ 美咲 …… 突然モニターの映像にノイズが走る。 国木田 ? 会見の中継画面がノイズだけになり、映像が切り替わる。 ノイズ混じりの画面には、白衣を来た初老の日本人が映り始める。 その姿に仰天する国木田。 画面の男は、血眼になって探している備前島博士、その人である。 国木田 切るぞ 一方的に通話を切る国木田。 すぐに電話をかける。 榊はワンコールで出る。
  • 14. 14 榊 国木田さん 国木田 見てるか 榊 どういうことですか 国木田 わからない 画面の映像がクリアになる。 居心地の悪そうな備前島が喋り出す。 備前島 皆さん、こんにちは。備前島といいます。日本人です。一週間後に、 世界中で雨が降ります。その雨によって、紙は消滅します。雨の成分 は空気中の微量な水分にも影響を与え、雨が降っていない場所にもそ の効果を発揮し、紙を消滅させることが可能です。世界は紙というも のが存在できないものに変わります。これは亜真総会の教義に基づく、 世界変革の一つです。 再びノイズが走り、画面は定例会見の会場の中継に戻る。 会場も何やら混乱した雰囲気で満ちている。 唖然としている国木田。 ○15 タイトル 「ハイパーバラッド」 ○16 病院 病室に入ってくる相澤。 綾は隔離されたベッドに座ってマンガを読んでいる。 相澤 綾ちゃん、マンガどれくらい進んだ? 綾 いま20ページです 相澤 ちょっと遅め? 綾 うん。やっぱり面白いからじっくり読んじゃう
  • 15. 15 相澤 なんてタイトル? 綾 「わらしべ白書」っていうの。知らない? 相澤 知らないなぁ。どんな話? 綾 あるカップルがいるんだけど、ケンカしてばかりなのね。でも自分たち の知らないところでそのケンカが世界を救っていく話 相澤 面白そう。有名なんだ? 綾 それが、そうでもなくて 相澤 あ、そうなの? 綾 私は面白いと思うんだけど、あんまり人気ないみたいで。アニメにもな ってないし実写化もされないし 相澤 そうなんだ。読んでみようかな 綾 え?! 貸す貸す! 相澤さんも読んで!まだ3巻しか出てないから、 相澤さんならすぐ読めるよ 漫画を3冊出して、相澤に差し出す綾。 相澤 そしたら、また後で取りにくるね 綾 うん 相澤、マンガを差し出していた綾の腕を見る。 相澤 ……綾ちゃんちょっと見せて 相澤、手袋を着けてビニールの隙間から手を入れ、綾の手を取る。 肌に発疹が出ている。 綾 …… 相澤 ……ありがと。じゃああんまりはしゃがないようにね 綾 相澤さん 相澤 なに? 綾 マンガってさ、終わり見えないよね 相澤 見えない?
  • 16. 16 綾 テレビとか映画って、大体時間決まってるじゃん。小説も、厚さでなん となくあとどれくらいとか、読みながらわかるじゃん。でも、マンガっ てすぐ終わったり、何年も続いたり、マンガによってすごいまちまちじ ゃん 松浦 そうね 綾 読めるかなー、最終回。 相澤 読めるよ。治すんでしょ。それなら安静にして、望月先生の言うこと聞 いてれば大丈夫 綾 …… 相澤 ね? 綾 ……うん、そうだよね。それにあんまり人気ないから、やっぱり早く終 わっちゃうかも 松浦 それはそれで、悲しいでしょ? 綾 うん。あー、ジレンマー 松浦 じゃあ、また後でマンガ借りにくるね 綾 はーい 相澤、病室を出る。 出たところで急ぎ足の望月に出くわす。 相澤 ……! 望月先生! 望月 ん? どうした 相澤 …… 望月 ……どうした? 相澤 ……綾ちゃん、発疹が出始めました 望月 ……そうか 相澤 ……はい 望月 ……対策センターには俺から報告しておこう。丁度今から厚労省に出て くる 相澤 呼び出しですか? 望月 いや、ちょっとね 相澤 あんまり危ないことしない方がいいですよ。お役所もピリピリしてるん
  • 17. 17 ですから 望月 大丈夫、知り合いに会って話すだけだから。じゃあ行くよ 相澤 あ、あと、望月先生、もう一つだけ 望月 なんだい 相澤 ……綾ちゃんに、望月先生の言うこと聞いていれば治るって、私言っち ゃって……。その、先生に責任押し付けるようなこと言っちゃって 望月 …… 相澤 すいません、無責任に…… 望月 大丈夫。俺も治せると思ってるから。医者だけは最後まで信じてあげな くちゃ、根拠がなくても。だから相澤さんは間違ったこと言ってない 相澤 ……ありがとうございます 歩いて行く望月。 ○17 図書館 松浦が受付にいる。新聞を読んでいる。 卓哉がやってくる。 卓哉 これ、返却です 松浦 ありがとうございます。……はい、大丈夫です 卓哉 松浦さん、本ってどれくらいで読みます? 松浦 小説ですか? 卓哉 はい 松浦 うーん、短いものだと、まあ2時間くらいですかね 卓哉 早い 松浦 そうですか? 最初よりは確かに早くなったかも。綾ちゃんですか 卓哉 うん。まだまだ遅くて、読んでれば早くなるのかな 松浦 「味読」っていうんですよ 卓哉 ミドク? 松浦 味わうに読むで「味読」 。綾ちゃんは丁寧に読める子なんですよ。それも 大事です。きっと読んだ本全部覚えてますよ
  • 18. 18 卓哉 ああ、確かに。いつ読んだかとか覚えてる 松浦 本なんて読んだだけじゃ意味ないですよ。残らないと 卓哉 賢い子だからなぁ。……親バカですかね 松浦 そうですね(笑)次、なにかリクエストありました? 卓哉 はい、短編集がいいらしいんですよ。やっぱり長編は疲れるみたいで。 でも今は漫画読んでます。小説より時間かかるらしくて 松浦 「小説より時間がかかる」 卓哉 変なコでしょう 松浦 いいですね、綾ちゃん。なんか私たちとは違う次元を漂ってますよね 卓哉 ええ 松浦 卓哉さん、そんなことないのにね。誰に似たんですか? 卓哉 やっぱ母親ですかね。母親似なんですよ、全部。あ、で、短編集、ちょ っと考えておいてもらってもいいですかね? 松浦 もちろん。もういくつか浮かんでるので決めときます 卓哉 たくましいなぁ、松浦さん 松浦 はい。そうなんです ○18 郵便 郵便を届けている樋口。 そこに一太が駆け込んでくる。 一太 郵便屋さん! 樋口 うわっ! ……お、おお、どうしたの 一太 なにしてんの!? 樋口 え?お仕事だよ 一太 手紙届けてんでしょ! 樋口 そうそう 一太 あのね! あのね! 俺手紙出そうって思っててね!うん、出すんだ! 樋口 へー、うん、いいんじゃないかな 一太 そんでね……そんでね…… 樋口 ん、どうしたの?
  • 19. 19 一太 …… 樋口 なんの手紙出すの? 一太 …… 樋口 ん? 一太 ……ラブレター 樋口 ラブレター? おー 一太 ラブレター、出す 樋口 いいねぇ……、それは郵便屋さん協力しちゃうぞ 一太 ほんと?! 樋口 ああ! 一太 ほんとほんと!? あのね! そんならね! ラブレターの書き方教え てもらってあげても良いよ 樋口 ん? 一太 郵便屋さんがね、教えたいならね、教わってあげるよ 樋口 あ、まだ書いてないんだ? 一太 うん 樋口 そっか 一太 …… 樋口 えーっと、君、名前は? 一太 一太 樋口 一太くん、あのね、そしたら、ラブレター、早く書いた方がいいと思う よ 一太 なんで!? 樋口 んー。なんかね、変な噂があってね、もしかしたらだけど、手紙出せな くなっちゃうかもしれないんだ 一太 えー? 樋口 わかんないけどね。もしかしたらだから 一太 うーん 樋口 それと、郵便屋さんいま思ったけど、手紙直接渡した方がいいかもよ 一太 えー。でも…… 樋口 わかった、そしたらとりあえず書いてから考えよう 一太 うん
  • 20. 20 樋口 そしたら、まず、えーっと、一太、くん。が、思うように書いてみなよ 一太 思うように? 樋口 気持ちを込めて 一太 ……わかった 樋口 郵便屋さん、いつでも読んであげるから。大体ここら辺ウロウロしてる から 一太 わかった! 走り去って行く一太。 樋口 一太! を、引き止める樋口。 一太 ? 樋口 ……思い、届けような 樋口、サムズアップ。 一太も、サムズアップ。 ○19 陣矢の仕事場 陣矢がノートにネームを書いている。 ラジカセから、ラジオが流れている。 昨日の定例会見の電波ジャックについて放送している。 四ッ谷が入ってくる。 四ッ谷 どーも 陣矢 …… 四ッ谷 ……お疲れ様です 陣矢 お疲れさまです 四ッ谷 昨日の中継、見てました? 亜真総会
  • 21. 21 陣矢 これ、原稿です 陣矢、原稿を四ッ谷に渡す。 四ッ谷 ああ、はい。確かに 四ッ谷、中身を確認する。 四ッ谷 で、中継 陣矢 原稿さっき上がったので 四ッ谷 亜真総会です 陣矢 ウイルス撒いたとこですよね 四ッ谷 そうです。今度は紙を消す雨降らせるって 陣矢 なんでそんなことするんですかね 四ッ谷 わからないですけど、紙ってほら、お札とかじゃないですか。今度は 経済的に大打撃ですよ 陣矢 紙、なくなるんですか 四ッ谷 ピンとこないですよね。そもそもなくなるってなんですかね、溶ける のかな 陣矢 漫画、描けないですよね 四ッ谷 はい 陣矢 雨、いつ降るんですか? 四ッ谷 一週間後だそうです。あー、だからそしたら、この原稿は web 配信に なるのかな 陣矢 そうですか 四ッ谷 まあ紙がなくなるならですけどね。信じられないし 陣矢 でも、ウイルスはバラまかれましたよね 四ッ谷 ……まあ、そうですよね 陣矢 最初は誰も相手にしなかったのに、世界一のテロ組織になりました 四ッ谷 ……無くなりますね、紙 陣矢 困りますね。ウイルスだっていつ感染するかわからないし 四ッ谷 そうですよね、感染経路もわかってないって、未知のウイルスですよ
  • 22. 22 ね。漫画みたいです 陣矢 もしかしたらもううつってるかもしれないですよね 四ッ谷 怖いこと言わないでくださいよ 陣矢 そうやって人と人が疑心暗鬼するのが、一番嫌ですよね 四ッ谷 ああ……。……もしかしてそれが狙いじゃないですかね! 亜真総 会! 陣矢 適当に言ったので、わからないですけど 四ッ谷 あ! もしかしてタバコも消えちゃいません?いや、え、トイレット ペーパーもですよね?え、ヤバくないですか? 陣矢 四ッ谷さんちょっとうるさいです ○20 一太 手紙を書いている一太。 ○21 病院 病院の一角の会議室に、卓哉と望月が向かい合って座っている。 望月 定期検査なんですが、数値的にはまだ問題ありません 卓哉 はい 望月 ただ…… 卓哉 ……なんですか 望月 ……発疹が、出始めました 卓哉 発疹? 望月 卓哉さん、落ち着いて聞いてください。発疹は発症の前段階と言われて います 卓哉 そんな 望月 しかし、発疹が出たからといって、すぐ発症するとは限りません。発症 する前に発疹が出るという症例がいくつか報告されているだけです。発 疹がウイルスによるものとも限りません。因果関係は不明です 卓哉 ……
  • 23. 23 望月 ただ、国のガイドラインでは、発疹が出た場合、対策センターに報告を するようになっています 望月 …… 卓哉 ……なんでですか 望月 …… 卓哉 綾が何をしたんですか。研究は進んでるんじゃ… 望月 ……卓哉さん、気を確かに持ってください 間。 卓哉 望月先生、なにかできないですか 望月 明確な治療法はまだ 卓哉 なにかやれることはないんですか。このまま何もせずにいるなんて耐え れる訳ないじゃないですか。発疹を抑えるとか、なんでもいいんです、 やってないことやってみないと 望月 卓哉さん、それは研究所が臨床試験で行うものです。それに最新の情報 は常に国から全国の医療機関に発信されています。少しでも可能性があ る処置は全て伝わっていますし、そのおかげでウイルスが拡散された初 期よりは症状の進行が遅れているのも事実です。最速で研究は進んでい ます。……待つしかないんです 卓哉 …… 望月 綾ちゃんの為には、周りの人間が強くないといけません。こんなことし か言えなくて医者として情けない話ですが、万全の処置は致します 卓哉 ……わかりました 望月 卓哉さん、信じて待ちましょう 卓哉 ……はい ○22 厚生労働省 電話をしている国木田。 側には榊がいる。
  • 24. 24 国木田 ……わかった 電話を切る国木田。 国木田 亜真総会で間違いないそうだ 言葉が出ない榊。 榊 ……博士、脅されているんだ 国木田 ……いや、博士は自ら行方をくらまして、国をあげても見つけられな か ったんだ。接触したとするなら、博士からだ 榊 ありえない 国木田 考えられるのは、博士が捉えられている時に、亜真総会の思想に共感 してしまった 榊 それこそありえない! 帰って来た備前島博士を見たでしょう! 自 殺未遂までして! 国木田 いま考えれば、亜真総会が博士を解放したのも不自然だ。ウイルスの 知識を持っている博士を生かして返す理由はない 榊 しかし……! 国木田 備前島博士が向こうに、亜真総会から発信したのは確実だ 榊 くそ。全然わからない。納得できない 国木田の携帯に着信が入る。 国木田 (出て)もしもし……。ああ、着いたか。すぐ向かう 電話を切る国木田。 休憩室に歩き出す二人。 榊 誰ですか 国木田 以前話した望月という医者だ
  • 25. 25 休憩室に行くと、望月がいる。 国木田 待たせた 望月 悪いな、忙しい時に 国木田 いや。(榊を紹介しようと)こっちは…… 望月 榊くん、だね 榊 はい 国木田 ……なんで知ってるんだ? 望月 今、榊くんから、対ウイルスワクチンの非臨床試験の被験者の提供を 要請されている 国木田 ……なんだって? 榊 …… 望月 研究を進める為に、国木田も黙認しているときいている 国木田 ……榊。なんの話だ 榊 …… 国木田 説明しろ 榊 ……このままじゃなにも進まないじゃないですか。この一秒一秒にも 被害者が出てるんです! それが博士のせいになってしまうんです。 多少強引でも、やらなきゃいけないでしょう! 国木田 馬鹿を言うな! だからってそんな人体実験みたいな真似を国が許可 するわけないだろ! 榊 わかってます。 だから改めて頼みます国木田さん。 黙認してください! 人類と、備前島博士の名誉のためなんです! ワクチンが完成したら それでいい! ダミーの臨床データも同時に作ってます。完成したらそ れを提出すればいい。もしバレても全部僕の独断でやったと言います 国木田 それでも俺の監督責任は問われる 榊 だからその時は迷惑を掛けます。でもここで止めておけばバレないで す 国木田 できない 榊 ……あのウイルスは作らせたのにですか。防衛省になんの恩があるか 知りませんが……
  • 26. 26 国木田 やめるんだ。民間人の前だぞ 榊 望月先生にはある程度話してます。……研究所は、備前島博士は恩あ る国木田さんの頼みならとウイルス開発を始めたんです 国木田 それとこれとは話が違う。俺だってウイルスが悪用されるとは思って いない。あくまで抑止力として 榊 それなら、あのウイルスのこと全て公表します。防衛省が生物兵器と して研究所に作らせたものだって 国木田 …… 榊 何度言わせるんですか。人命に関わることの解決を人命を賭けずに成 せるはずがないでしょう。どれだけの人を見殺しにすれば気が済むん ですか。あんな意味のない会見で命が救えると本気で思っているんで すか!本気で犠牲者を出さないように努めてると胸を張って言えます か! 望月 榊くん。国木田にも立場があると言ったのは君だろう 榊 望月先生も 望月 今の君の言葉は感情に釣られてただ国木田を傷つけるだけの言葉だ。 正論だが正しくない 榊 ……国木田さん、お子さんが感染したらどうするんですか。 「しょうが ない」で片付けるんですか。手段を選ばないテロに常識を持ち出すん ですか。あなたは優秀だから分かるでしょう。守りたいならもっと人 間らしくなってくださいよ 望月 国木田。少しは検討の余地があると思わないか 国木田 ……望月、なにを言ってるんだ 望月 あくまで俺の推論だが、 「雨」の一件でウイルス対策予算に影響が出る はずだ。紙がなくなるんだ、電子化が進んでいるいとはいえ、膨大な 情報が失われることになる。行政のシステムを維持するにはやること が山積みだろう。そうすれば臨時予算が組まれ、おそらくウイルスの 研究費さえも削られる。そうすれば研究は更に遅れる 榊 国木田さん、どうなんですか 国木田 ……おそらく、そうなるだろう 榊 バカじゃないのか 国木田 ……歴史は国の資産だ。国の歴史を守れなければ外交的損失にまで及
  • 27. 27 ぶ 榊 人類が滅亡すれば、残った文献なんて紙切れだ 国木田 だがどんな研究だって、人類の知識を積み重ねての今だろう 望月 もちろん、時代の最先端は歴史の最後尾だ。全ての過去を捨てろとは 言わない。だが優先するものの最低限を国が、あとは民間が個人個人 で考えるべきだと言っているんだ 国木田 …… 望月 ……榊くん。私は君のワクチンの完成への情熱は評価するが、排他的 な考えには共感できない。私の患者から君の言う犠牲を出すつもりも ない。君の研究のことも把握していないし、これから理解する時間も ない。 だから、 私より君を理解している国木田が黙認するというなら、 その時私は行動を起こす。私の独断で行うつもりはない 榊 ……わかりました。それでいいです 望月 私が言いたいのはそれだけだ。悪いな、忙しい時に 去って行く望月。 榊 国木田さん。あなたの本心で考えてください。一人の人間として 去って行く榊。 国木田、一人立ち尽くす。 ○23 記者会見 記者会見の場に出てくる国木田。 国木田 ……定例会見なのですが、本日は私、国木田がさせていただきます。 まず、先日の映像の件なのですが、内閣のテロ対策委員会の調査解析 により、亜真総会のものであるという可能性が高いと判明いたしまし た。そして映像の中で言及されていた「紙が消える」というものにつ いての事実確認については、専門家との検証によって起こりえる自体
  • 28. 28 なのかを調査しております。が、政府としては「雨が降る」ものとし、 「紙が消える」という前提で対策を進めていく必要があると判断して おります。国家の所有する資料、個人情報、歴史的遺産などについて は国が主導となって保存に努めていきますが、その範疇に無い紙媒体、 一般書籍や写真など個人の所有するものに関しては、民間、及び個人 での保管保存でしか対処できないと考えております。国民の皆さんの 協力をお願い致します。それに伴い、国としては全ての紙媒体の非常 事態宣言を特例で定め、紙媒体に於ける自主的な著作権の放棄を求め ています。国全体を上げての保存に取り組みたいと考えております。 人類の積み重ねて来た多くが紙によって保存されてきました。その情 報をなるべく多く残すためにも、国民の皆様の善意を信じてこのよう な結論に至りましたことをご理解頂きたいと思っている次第でありま す ○24 郵便 樋口が通る。 一太がやってくる。 一太 わー! 樋口 わーっ! 一太 びっっっっっっっくりした?! 樋口 したよー。もー 一太 あのね!あのね!ラブレター書いた! 樋口 お!どれ、ちょっと見してみなよ 一太 …… 樋口 ……どうした? 一太 ……やっぱ、恥ずかしい 樋口 そうだよな。どうする、見るのやめとこうか? 一太 ……いや! 見て!
  • 29. 29 手紙を樋口に渡す一太。 それを開いて読む樋口。 樋口 どれ…… 一太 …… 樋口 …… 一太 …… 樋口 一太 一太 どう!? 樋口 うん、そうね、うん、絵で表現するのはとてもいいと思うんだけど 一太 うん 樋口 やっぱり、言葉にした方が、気持ちは伝わると思うよ 一太 ……難しい 樋口 そうなんだよ、難しいんだよ。でもやっぱり思いをストレートに伝える にはそれが一番なんだよなぁ、たぶん 一太 そうなの? 樋口 そうだよ。やれる? 一太 やれるじゃない、やるんでしょ! 樋口 おお、そうだ、がんばれ 一太 うん! 樋口 ……でもさ一太、直接伝えてもいいじゃないの? 一太 無理! 無理! 無理ー! 樋口 なんでさ 一太 だってさあ…… 樋口 ……この綾ちゃんって、どんな子なの?同じクラスなの? 一太 ううん 樋口 仲良いんだ? 一太 んー? 樋口 どんなこと話すの? 一太 んー、話したことは、ない 樋口 えっ? ないの? 一太 話したいことは、もう、あれ、すごい、ある
  • 30. 30 樋口 話したことないのかぁ 一太 いいじゃん! 話したことあるだけより話したいことがある方がいいじ ゃん 樋口 あー、まあそうね、ただ話すだけなのもね、誰でも出来るし 一太 そう! 樋口 でもそうかぁ。じゃああれなんだ、可愛い子なんだ 一太 うん 樋口 そかー 一太 でもね、綾ちゃん入院してるからね、励ましたくてね、手紙なの 樋口 あんま会えないか 一太 うん。なんか、ウイルスなんだって 樋口 あー、……そうなのか ○25 わらしべ白書 葵 ジャリジャリくん、食べたでしょ 優作 ……いや 葵 噓。無くなってる 優作 ……あー、あのアイス?いやまあ食べたけど、あんま美味しくなかった っよ、ジャリジャリしてて 葵 買ってきて 優作 え、いま? 葵 すぐ! 優作 えー、風呂入っちゃったもん 葵 もう一回入ればいいじゃん 優作 面倒 葵 いいから買って来てよ! 優作 いうかさ、頼んでおいた試合、録画してないでしょ 葵 え、したよ 優作 出来てなかったから 葵 知らない 優作 なにそれ、自分が試合見逃したらぶーぶー言うくせに
  • 31. 31 葵 言わないよ 優作 言うし 葵 言わない 優作 楽しみにしてたのに。とりあえず、それは許すから許して 葵 買ってきて 優作 いやどうすんの、俺がもし買ってきてさ、あたりが出るとするじゃん。 それで本来あたりを買うはずだった人がはずれちゃったら 遠くで、爆発音が聞こえる 葵 えっ、なに? 優作 えっ、こわい ○26 病室 病室で本を読んでいる綾。 そこに卓哉が入ってくる。 本に集中して気づかない綾。 卓哉 …… 綾を見ている卓哉。 視線を感じ、卓哉に気づく綾。 綾 あ、お父さん 卓哉 ……どうだ調子は 綾 うん、相変わらず遅いよ 卓哉 そうか 綾 うん。今ね、葵がジャリジャリくん買ったせいではずれ引くはずだった 人が当たり引いて、交換しようと家出たら家が爆発して、たまたま開い た鬼門が閉じたとこ 卓哉 そうか
  • 32. 32 綾 ……? 卓哉、綾の手を取り、発疹を見る。 卓哉 …… 綾 あんまり触んない方がいいよ、 うつっちゃうかもだから。 ……お父さん? 言葉が出ないでいる卓哉。 綾 ……大丈夫だよ。元気元気 卓哉 ……綾 綾 なに? 卓哉 お父さんな、綾に話してないことがあるんだ 綾 ……うん 卓哉 ……うん。 ほんとはな、 もっと大きくなってからって思ってたんだけど、 綾はもう充分大きくなったもんな 綾 ……うん 卓哉 …… 綾 …… 沈黙が続く。 卓哉 ……お父さんな、本当のお父さんじゃないんだ 綾 …… 卓哉 …… 綾 ……そっか 卓哉 …… 綾 …… 卓哉 綾……、お母さん好きか 綾 うん 卓哉 お父さんもな、お母さん好きだったんだ。お母さんも、綾も、大好きだ った。だから、綾と血が繋がってなくても関係ないって思ってたんだ
  • 33. 33 綾 うん 卓哉 でもそれはお父さんとお母さんの気持ちで、綾の気持ちは違うかもしれ ないから、ちゃんと時間をおいてから言おうと思ってた。…でもそれは あれかな、お父さん達の勝手だったのかもな 綾 ……そか 卓哉 ……うん 綾 …… 卓哉 …… 綾 ……なんかね 卓哉 ん 綾 テレビとか小説とかでよく見るけど、いざ自分にそういうことがあると ね、……意外とどうでもよかった 卓哉 …… 綾 今更変わることもないし、お父さんもお母さんも私の為を思ってくれて たってのもわかるし、……なんか、結構平気 卓哉 ……綾は、強いな 綾 ……でしょ 卓哉 お母さんに似たのかな 綾 病気するとこまで似ることないのにね 卓哉 ははは。そうだな 綾 ……でもあれでしょ、お父さんは気にしいだから、今も結構ほら、気に してるでしょ 卓哉 うん、そうだな 綾 気にしないでいいよ 卓哉 ……うん、ありがとう 間。 卓哉 …今度の雨あるだろ。お父さんな、あれで全部消えちゃえばいいのにと か思ってるんだ。戸籍とかそういう情報が 綾 別に、あってもなくても一緒だよ(笑) 卓哉 お父さん、そういうの気にしちゃうんだよな
  • 34. 34 綾 ふーん。 お父さんがそれの方がいいなら、 じゃあ私も降ってほしいかな、 雨 卓哉 本とか漫画とか、消えちゃうんだぞ 綾 でも、お父さんなんとかしてくれるでしょ?タブレット買ってくれると か 卓哉 うーん。それはないな 綾 えー そこに、望月が入ってくる。 望月 こんにちわ 綾 こんにちわ 卓哉 先生、こんにちわ 望月 卓哉さん、ちょっとお話よろしいでしょうか 卓哉 はい 望月 綾ちゃん、ごめんね、ちょっとお父さん借りるよ 綾 うん、ちゃんと返してね 望月 もちろん 卓哉、望月について、望月の部屋に入る。 卓哉 失礼します 望月 お掛けください 卓哉 ……この間は、取り乱してすいませんでした。望月先生も辛いはずなの に 望月 いえ、無理も無いことです。私の理解の及ばぬところでしょうし、お身 内の方が辛い身なのはお察し致します。その後、いかがでしょうか? 卓哉 一番辛いのは綾ですから、自分の方が強くあろうと思っていたのですが、 逆に慰められてしまいました。情けない話です、弱い父親で 望月 ……卓哉さん、期待を持たせることになるだけかもしれませんが聞いて ください 卓哉 ……はい?
  • 35. 35 望月 ……いま、私個人に、ウイルス治療の臨床試験の被験者の提供を求めら れています。もちろん、非公式、極秘にです 卓哉 …… 望月 リスクはありますが、綾ちゃんを救えるかもしれませ n 卓哉 ……それは、今までとは違う治療をしてもらえるってことですか 望月 内容は当然、実験的なものになってきます。違法です。それでもその依 頼者は国の研究所の榊という者で、早急なウイルス治療の為には法を犯 してでも段階を飛ばさないと駄目と考えての行動です 卓哉 先生、お願いします。少しでも可能性があるなら、お願いします。すぐ にでも 望月 最後まで聞いてください、すぐに、という話ではありません 卓哉 ……どういう 望月 卓哉さんが良いと言っても、綾ちゃんは大事な患者でもあるのです。私 はその榊というのをまだ良く知らない。そんな人物に綾ちゃんを預けら れません。卓哉さんより専門家である私が、ちゃんと判断を下さないと いけない。信用のおける同期に厚生労働省の国木田というのがいるんで すが、国木田の賛同が出てからでないと動かないつもりです 卓哉 そしたら、なんで今この話を 望月 はい、この話自体が無かったことになる可能性も十分にあります。それ でも、もしこの提供が実現するなら早急に事を運ぶためにも、酷だと思 いながらも先に話させていただきました。本当に、期待だけさせてなか ったことになることもあるんですが、それでも私は綾ちゃんを治したい と思っています。 卓哉 …… 望月 私の勝手な先走りとは自覚しているんですが 卓哉 ありがとうございます。望月先生、私としてはすぐにでも、少しでも可 能性があるなら、お願いします 望月 わかりました。国木田の判断が出次第、すぐにご連絡します 卓哉 お願いします 立ち上がる卓哉。
  • 36. 36 卓哉 望月先生、ありがとうございます 卓哉、一礼して、出て行く。 ○27 国木田家 チャイムが鳴る。 美咲が出ると、そこには松浦がいる。 松浦 よ 美咲 あら、いらっしゃい 松浦 遊びにきたよ。暇? 美咲 いいよ。どうぞ 入っていく松浦。 松浦 あーあー、相変わらず綺麗で 美咲 他にやることがないの 松浦 一太くんは 美咲 遊び行ってる。ほとんど家にいないような子だから 松浦 元気よね一太くん。図書館で見たことないもん 美咲 あら、新聞書く宿題の調べものとかで行ってるみたいよ 松浦 そうなの。でも本読むタイプではないよね 美咲 そうね 松浦 ……徹くんは、帰って来てる? 美咲 全然 松浦 そっか。まあ特に今なんかは帰れないほど忙しいでしょうね 美咲 その結構前からいないの 松浦 ……そう 郵便配達員の樋口がやってくる。チャイムを押す。 チャイムが鳴る。
  • 37. 37 美咲 ちょっと待ってて 松浦 うん 出る美咲。 樋口 こんにちわ、こちらと、あとこちらですね 樋口、小包と一緒に封筒を渡す。 美咲、樋口から配達物を受け取る。 樋口 では 美咲 ご苦労様です 部屋へと戻る美咲。 樋口は去って行く。 美咲 徹から 松浦 ? 封を開ける美咲。 中から離婚届が出てくる。 松浦 ちょっと、それ 美咲 違うよ 松浦 なにが? 美咲 私が最初送ったの。でも書かずにそのまま送り返したみたい 松浦 …… 美咲 ま、そういうことなの 松浦 どうしたの、話聞くよ 美咲 どうってことないの。もう嫌になっちゃって 松浦 徹さんが?
  • 38. 38 美咲 なんか、自分の価値ってものがわからなくなってきたの。自分にとって の自分がなんなのかわからないの。人の為に生きてるわけじゃないはず なのに。ウイルスでいつ死ぬかもわからないのに 松浦 誰でもそんなもんじゃない?私だって同じような理由で仕事やめたし 美咲 それなら、反対しないよね?私にとって仕事をやめるってのは妻と母親 をやめるってことだもん 松浦 …… 美咲 ……「雨」 、あるじゃない 松浦 え? 美咲 それがきっかけで、救われる人だっているって思わない?なにもかも無 かったことにしたい人って、いると思わない? 松浦 別に、紙が無くなったって全て無くなる訳じゃないよ 美咲 でもさ、ネットって正しい情報ばかりじゃないし、そのうち、何が真実 か全然わからなくなると思うんだ。自分を証明するものも消えてさ。全 部0から始めれたら、きっとなにか変わると思うんだ 松浦 0じゃないよ。人は消えないんだから。それに、人は変われるよ 美咲 ……自分からはそう簡単に変われないよ ○28 陣矢の仕事場 陣矢が原稿を書いている。 四ッ谷がくる。 四ッ谷 お疲れさまです。陣矢先生、朗報です 陣矢 お疲れ様です 四ッ谷 「わらしべ白書」 、続けられます 陣矢 ……どういうことですか 四ッ谷 紙媒体での発行が止まって、配信一本でいくことが正式に決まりまし た。今後、別媒体での発行が話し合われますがいつになるかわかりま せん。web にはページの制限がありませんから、掲載作品も極端な話、
  • 39. 39 無限になりました。打ち切りは保留となります。わらしべ、続けれる んですよ! 陣矢 …… 四ッ谷 なんとか次で終わらせようって話してましたが、なしです。もう一度 どう続けるか考えましょう 陣矢 ……いや、終わります 四ッ谷 え? 陣矢 この漫画は、このまま終わらせます 四ッ谷 そんな、なんでですか?続けられるんですよ? 陣矢 でも、終わるってことになってました 四ッ谷 そうですけど、大丈夫なんです。残せる漫画は残すって方針になった んです。 「わらしべ白書」は確かに一回打ち切りが決まりましたけど、 それは他の作品の人気と新連載が好調なだけで、漫画としての内容は 打ち切りのレベルだと僕は思ってません 陣矢 でも決まったことです。話は終わりに向かってしまってます 四ッ谷 チャンスなんです!楽しみにしてる読者だっているんです! 陣矢 それでも 四ッ谷 ……先生、僕はわらしべ好きです。終わらせたくありません 陣矢 ……ありがとうございます 四ッ谷 …… 陣矢 …… 四ッ谷 ……僕、漫画が終わるのって嫌なんです。小さい頃からどんなに綺麗 な終わり方をしても、最終回は悲しくなってました。もうこのキャラ クター達とはお別れなんだって。世界が救われてストーリーが終わっ ても、僕はキャラクターには生きていてもらいたい。その後に怒濤の 展開がなくても、その救われた世界の中で、キャラクター達がただ日 常を生きているってだけの内容で充分だから、人気がなくてもずっと 続いてもらいたいって思ってます 陣矢 ……商業誌の編集とは思えないですね 四ッ谷 それでも、それが僕の夢です。漫画くらいですよ、作品によって長さ がここまで違うメディアって。映画やドラマじゃありえないんです。 長さがこんなに自由な漫画は、永遠に続けられるメディアだって信じ
  • 40. 40 てます。こんな夢のあるものがありますか。 四ッ谷、カバンから手紙の束を出す。 四ッ谷 ファンレターです。最近、打ち切りになるんじゃないかって噂が立っ て、一気に数が増えてきてます。こんなに読者は楽しみにしてます 陣矢 …… 四ッ谷 陣矢先生 陣矢 四ッ谷さん、僕は、終わりを見た人の解釈に委ねるって終わり方、好 きじゃないんです。その話を始めたのは作者なんだから、どんな終わ り方だろうと作者が決めた終わり方、答えを出すべきだって思ってる んです。その終わり方が見た人に受け入れられなくても、それが作品 に対する責任だと思ってます 四ッ谷 ……はい 陣矢 確かに僕は商業誌で書いてて、アーティストではないです。求められ るものを作る責任があります。でも、ここでこの漫画を無理に続けた ら、絶対に読者が納得する終わり方はできません。僕も読者も後悔し ます。 あの時で終わっておけばって。 その時に最高のものを出すのも、 連載漫画家の責任だと思ってます。作者が本気じゃないのは読者は簡 単に見抜きます。だから打ち切りが決まってから、必死で僕なりの終 わらせ方を考えて、それに向かって話は進み始めたんです。僕が納得 する、ちゃんとした形で読者に提示できるように。それが他の誰にも できなくて、僕だけが出来ることだと思ってます。…商業にあるまじ き考えかもしれませんが 四ッ谷 …… 陣矢 四ッ谷さん言ってました。終わったらもうキャラクター達と会えない って。僕はそうは思わないです。逆です。コミックスを読み返せば、 いつでもキャラクター達はそこで生きているんです。僕の仕事は、そ うやっていつでも帰ってこれる、変わらない過去をつくることだと思 うんです。未来を描いていくことも大事だけど、僕にはそれ以上に過 去ってものも大事だと思ってます。その過去をちゃんと守る為にも、 作品に真摯に向き合いたいんです。お願いします
  • 41. 41 四ッ谷 ……わかりました。編集長は僕からなんとか説得しておきます。陣矢 先生の思うように書いてください 陣矢 ありがとうございます 四ッ谷 ただ、ちゃんとハッピーエンドでお願いします。優作と葵は毎回ケン カしてその度に世界は救われてますけど、最後くらいは2人のハッピ ーエンドが見たいです。それが、僕を含めたファンが一番見たい最終 回です 陣矢 考えておきます 四ッ谷 じゃあ、お願いします 陣矢 あ、四ツ谷さん、このファンレター、元々あったのと一緒にスキャン しといてくれますか。消えちゃうの嫌なんで 四ッ谷 ……それ凄い大変ですよね 陣矢 お願いします 四ッ谷 ……わかりました ○29 病院 漫画を読んでいる綾。 相澤、隣で体温計をチェックしている。 綾、漫画を読み終わる。 綾 ふー 相澤 読み終わった? 綾 うん 相澤 次の巻、楽しみね 綾 このマンガね、やっぱりそろそろ終わるんだって 相澤 え? そうなの? 綾 うん、連載してる雑誌でそろそろ、終わりそうらしくて 相澤 そう…… 綾 そしたらさ、最終回読めないの、 「雨」のせいにしていいかな。紙が無く なっちゃったら、漫画にならないでしょ? 私コミックスで読んでるか ら、きっと別の形で出るとしても、もう生きてないかもしれない
  • 42. 42 相澤 そんなこと言わないの 綾 でもいいの。この優作と葵はね、ケンカばかりだけどお互いのことをち ゃんと考えてる。だから絶対に幸せになって、それで世界も完璧に救わ れるラストになるはずなの。それに私、この漫画を読み終わりたくない って気持ちもあるんだ。読み終わらなければ、登場人物達は永遠に私の 中で生きていく。だから、もしかしたら「雨」が降ってよかったのかも。 お父さんも言ってたし。雨が降ってくれたらスッキリするって 相澤 大丈夫、望月先生や世界の研究所の人達が一生懸命治し方を探してくれ てるの。今まで人が病気に完全に負けたことなんてないのよ 綾 うん。……相澤さん、ファンレターって書いたことある? 相澤 ファンレター? ……あー、ないなぁ 綾 私もなくて、でも書いてみようかなって。この漫画家さんに 相澤 いいじゃない。それなら早く書こう ○30 図書館 松浦が作業をしている。 そこに卓哉がやってくる。 卓哉 こんにちは 松浦 あ、こんにちは 卓哉 ちょっとお聞きしたいんですけど 松浦 短編集! 卓哉 あ、そうなんですけど、やっぱり短編集でも読む時間なさそうで。漫画 が延びてるんです 松浦 ああ、そうですか。全然いいですよ 卓哉 すいません 松浦 でも今のうちに借りとけばね、どうせなくなっちゃうし、返す手間はぶ けるんですけどね 卓哉 ああ、たしかに 松浦 綾ちゃんに読んで欲しい本、いっぱいあったなぁ
  • 43. 43 卓哉 ……え? 松浦 はい? 卓哉 ……、……あっ、ああ、 「雨」のことですよね。消えちゃいますもんね、 紙… 松浦 ? ……はい 卓哉 銀行に預金する人多いみたいだし、なんか世間って用心深いですよね 松浦 もし紙がなくなったら、 色々困りますよね。 人間は紙に依存してるから。 歴史も希薄になって、情報元が消えたら、噂や伝言ゲームみたくすり替 わっちゃったり 卓哉 そうですね 松浦 長い時間かけて、失われていくと思うんです 卓哉 紙は偉大ですよね 松浦 オーストラリアのお札って、プラスチックで出来てるんですよ。だから 濡れても大丈夫なんです 卓哉 へぇー 松浦 だからいざとなっても、クリアファイルにでもサインペンで書けばなん とかなりますよ 卓哉 やっぱり頼もしいですね、松浦さん 樋口が入ってくる。 樋口 ども 卓哉 あ、こんにちは 松浦 おす 卓哉 今日はおやすみですか? 樋口 はい 松浦 ん、卓哉さん、樋口くんのこと知ってるんだっけ 樋口 最近、結構会いますよ 卓哉 はい、朝に 樋口 前まで会わなかったですよね。出勤早くなったんですか? 卓哉 はい、ちょっと用が入るようになったんで。じゃあ、僕はこれで
  • 44. 44 出て行く卓哉。 松浦 卓哉さん、お子さんが入院してるの。朝そのお見舞いに行ってるんだ 樋口 ……悪いこと言っちゃった? 松浦 大丈夫。悪気ないんだし 樋口 ……そういう、人の気持ちって、苦手だな。あんまりわからなくて 松浦 そんな考え過ぎることないって 樋口 ……でも今さ、小学生から相談受けててさ 松浦 相談? 樋口 相談っていうか、一緒に遊んでるかんじなんだけど、その子好きな女の 子がいるらしくて、ラブレターの書き方教えてくれって 松浦 へー。今時ラブレターなんて 樋口 手伝ってあげたくなってさ。俺ラブレター推奨派だから 松浦 あー……、そうだったね 樋口 好きな女の子が本好きみたいで、絶対文章の方がいいと思って 松浦 ……それ、私に言うわけ?笑 樋口 俺は、絶対それの方がいいって信じてる 松浦 本好きの美少女だった私は、直接言って欲しかったけど 樋口 美少女? 松浦 え? 美少女だから話したこと無いのにラブレター書いたんでしょ? 樋口 いや、運動会の出し物でソーラン節めっちゃ上手く踊ってたのがかっこ 良かったからだよ。え、それもラブレターに書いたじゃん。返事もくれ てないし 松浦 ……全然覚えてないけど、ラブレター云々じゃなくて、問題は内容だっ たみたいだね 樋口 えー? 松浦 大丈夫なの? そんなんで小学生の大事なラブレターの相談受けて。そ の子は本気なんでしょ? 樋口 俺だって本気だよ! 松浦 さっき遊んでるカンジって言ってたじゃん 樋口 じゃあもしあの時、直接言ってたらさ、笑未ちゃん、俺と結婚してた? 松浦 話飛び過ぎでしょ。わかんないよそんなの
  • 45. 45 樋口 そっか 松浦 樋口くんはもらったことないの、ラブレター 樋口 ないねー。もらってみたいなぁ 松浦 別に、あげないよ 樋口 えー 松浦 本、予約してるんだっけ 樋口 ううん、棚で探そうと思って 松浦 あ、そういう人、結構増えてるの 樋口 やっぱり? 松浦 うん。樋口くんも、仕事どうなるんだろうね 樋口 運ぶものが少なくなるからね、楽勝ですよ 松浦 一番最初にクビにならなきゃいいね 樋口 実はさ、ウイルスに感染しちゃったんだよね 松浦 ……え? 樋口 体調はどうってことないんだけどさ、やっぱり、いつ発症して死んじゃ うかわかんないって 松浦 ……なにそれ 樋口 びっくりだよね。それで月並みなんだけど、この世になんか生きた証み たいなもの残してみたいなーなんて 松浦 …… 樋口 ごめんね、びっくりさせて。でも、おれ、日々悔いなく生きてるからさ、 気にしないで 松浦 そんなこと出来るわけないでしょ 樋口 だよね ○31 研究所 デスクに座ったまま、榊が眠っている。 ○32 病院
  • 46. 46 望月の部屋に相澤が入ってくる。 相澤 望月先生。厚生労働省からの定期報告書です 望月 ああ、ありがとう 相澤 ……ちゃんと動いてくれてるんですか、国は。雨にばっかり目がいって 望月 しょうがない。人間は紙に依存している。情報の電子化が進んでいる 時代でも、紙は最も信用の於ける媒体だ。紙がなくなれば、全てが混乱 する。紙幣、契約書、写真、人はまだ電子化への完全な信用をおいてい ない。だからアナログな紙がここまで残っている。その紙を、国はどこ まで守る気があるのか、僕たちにはわからないよ 相澤 それはそうですけど、こだわってこっちがしわ寄せを食うのはあっちゃ 駄目です。一日に何人の犠牲者が出てるのか。感染した方々はいつ自分 が発症するかって怯える毎日を送っているのに。 望月 そうだね 相澤 綾ちゃん、雨が降って欲しいそうです 望月 雨が? なぜ 松浦 そうすれば、お父さんが他人だっていう証明ができないからだそうです。 綾ちゃんは頭いいからわかってるみたいでしたけどね。家族の証明なん て必要ないんですよ。何かに記さなくても、結局本人達がそう信じれば いいだけだから。どんな事柄も、結局記した人の手、人間同士が繋いで いくんです ○33 研究所 眠っている榊、ビクン、と目を覚ます。 目をこすり、眠そうな顔のままパソコンに向かう。 しばらくパソコンをいじっているが、何かの異変に気づく。 榊 ……ん? パソコンを操作し続ける。
  • 47. 47 榊 ……おい……ふざけるなよ…… 研究のデータが全て削除されている。 榊 ちくしょう……。……ちくしょおおおお!!! デスクを叩いて立ち上がる榊。 そのまま収まらない怒りに辺りを歩き回る。 息も荒く、なかなか興奮が収まらない。 しばらくして、少し冷静になり、電話をかける。 ○34 病院 望月の元に、榊から着信が入る。 すぐに出る望月。 望月 もしもし 榊 (呼吸を整える)……先生、すいません、やられました 望月 やられた? 榊 クラッキングです。研究データを消されました 望月 なんだって? 榊 本当にすいません、僕の不注意です 望月 ……内部からか 榊 ここのパソコンは研究所の外とはオフラインです。博士の誘拐を援護し た人間はまだ捕まっていません 望月 研究は、振り出しなのか 榊 いえ、国木田さんの配慮で研究所は早い段階で紙媒体のデータ化を済ま せてますが、まだ紙の資料は残っています。それでも復元には時間が必 要です。今のままじゃ国木田さんが許可しても、臨床試験を行える段階 じゃありません。被験者に危険が及びます。それでは望月先生との約束 を破ることになる 望月 榊くん
  • 48. 48 榊 全部僕の責任です。大口叩いておいてすいません。必ず国木田さんの許 可が出るまでに、元に戻します ○35 研究所 通話を切る榊。 ○36 病院 通話の切れた電話を見つめる望月。 相澤 ……どうされたんですか 望月 全ての紙媒体の情報をデータに移したとしても、ネット上の情報は膨大 だ。一つの事柄に主観的な見解、意見、解釈が入り、それに真の情報と いうものは埋もれていく。誰かの都合の良いように情報が更新されてい く。いずれ、国を挙げての過去の改ざん、インターネットという無限の 空間の利便性が、完璧に裏目に出るんだ。将来、本当の情報はどれかわ からなくなる。長い時間をかけて、人類の過去は消滅していくんだ ○37 研究所 榊、再び怒りがこみ上げ、パソコンを掴み、床に叩き付ける。 榊の携帯に着信が入る。 非通知である。 通話に出る榊。 榊 ……もしもし 備前島 ……私だ 榊 !!! 備前島 久しぶりだな、榊 榊 博士…… 備前島 私を、探しているんだろ
  • 49. 49 榊 ……博士、いまどこに 備前島 …… 榊 博士、なぜ 備前島 榊、時間がない 榊 なにがですか 備前島 榊 榊 わからない。博士がなぜあんなことを 備前島 榊、時間がないんだ。直接話す 榊 ……直接? 備前島 お前には直接話す必要がある ○38 一太 一太、手紙を書いている。 ○39 厚生労働省 国木田が歩いてくる。 それを待っていた榊。 国木田 どうした 榊 研究データが全て消えました。内部からのクラッキングです 国木田 ……なに? 榊 時間があれば紙の資料から復帰はできますが、膨大な資料です。雨が 降るまでには完了しません 国木田 なんていう…… 沈黙してしまう国木田。 榊 ……備前島博士から連絡がありました。 驚愕する国木田。
  • 50. 50 国木田 ……なんだって? 榊 会ってきます 国木田 いつだ 榊 …… 国木田 言うんだ、榊。 榊 国木田さん、一人で来いと言われています。行かせてください。博士 と話してなんとか解決させます。信じてください 国木田 駄目だ 榊 博士にもなにか考えがあってなんです。電話で軽く話しただけですけ ど、やっぱり俺には博士が変わってしまったとは思えません。きっと なにかあるんです。だから行かせてください 国木田 ……いや、やはり 榊 国木田さん、私はあなたを一人の人として信用して尊敬もしている。 口が過ぎることもありましたが、それは国木田さんを信頼しているか らこそです。一度はあと一歩のところまで来たんです。時間をかけれ ばワクチンを完成させる自信はあります。でも雨が降れば完成させれ るかはわかりません。最後の砦は博士なんです。必ず、必ずなんとか します 国木田 …… 榊 国木田さん、お願いします 国木田 ……わかった。だが、場所と時間だけは教えておけ。万が一、お前に なにかあった時の為だ。絶対に邪魔はしないから 榊 わかりました。……ありがとうございます ○40 榊、紙の束をデスクに運び込み、慌ただしく目を通していく。 一太、手紙を書いている。 一太と同じように必死な姿で、原稿を書いている陣矢。 四ッ谷、ファンレターを一枚一枚、スキャンしている。
  • 51. 51 樋口、街の中、郵便を配達していく。 松浦、紙の沢山入った段ボールの中身を漁り、なにかを探している。 目当ての手紙が見つかり、読む。 綾、ファンレターを書き、相澤は隣で見守っている。 卓哉、望月の元に出向き、何かを聞く。 望月は首を横に振る。 卓哉、やるせない様子で帰って行く。 望月、それを見送り、電話をかける。 美咲、ただ座っている。 ○41 国木田家 帰ってくる国木田。 美咲がいる。 国木田 ただいま 美咲 …… 国木田 …… 美咲 戻って来たよ、離婚届 国木田 ああ 間。 国木田 いま役所もデータのバックアップで混乱してて、行政サービスは一部 に限定してるから、書類の受付は…… 美咲 そういうことじゃないでしょ? 国木田 …… 美咲 そんな手続きのことじゃないでしょ、問題は。問題はあなたがサイン しなかったってことなの。 「雨」を言い訳にしないで 国木田 そんなつもりはない 美咲 帰って来れないのも「雨」のせいだって言えると思ってんでしょ?
  • 52. 52 国木田 思ってない 美咲 なんでそうやって逃げるの?私が話したがってるのわかるでしょ 国木田 わかるよ。わかるから帰って来たんだ 美咲 …… 国木田 なんで離婚なんだ。離婚じゃないとダメなのか? 美咲 ダメ 国木田 一太はどうするんだ。離婚して働くつもりか? 無理だよ。働くつも りなら一太は俺が連れてく 美咲 違うでしょ 国木田 二人で生活なんて出来な…… 美咲 そこじゃないよ。違う 国木田 ……なんだ 美咲 私のこと、考えないでしょ、そうやって 国木田 考えてるよ 美咲 なんで私が離婚したいかって、考えた?ううん、離婚したいかじゃな くてなんで「離婚したいって言ったか」ってとこ。そういうとこだよ 国木田 …… 美咲 理解して欲しいの。話をしたいの。自分が自分である証拠がどこにも ないの。あなたと結婚して過ごした時間が、私のものじゃない気がし てならないの。いらなくなったの 国木田 ……一太もか 美咲 話逸らさないで。一太は関係ない。いま私のことについて話してるの 国木田 何が気に入らないんだ。俺は充分家族に貢献したつもりだ。家にはな かなか帰れなかったけど、それでもお前達のために 美咲 わかってるよ。必死に働いてくれてるのは知ってる。見てるから。仕 事も大変なのわかってる。けど、家族ってさ、何々したからいいとか、 悪いとか、そんな打算的なやりとりって違うよ。ポイント制じゃない からさ。そういう作業だけで、家族ってもの繋いでいるのって、違う じゃん。何かに決めてもらうんじゃない。いちいち家族の証明なんて 必要ない。自分たちがわかっていればいいの。そうすれば何度だって 始められるから。それが私たちにある? 国木田 ……自分たちがわかってれば、何度でも?
  • 53. 53 美咲 結局、全部、人なんだよ 国木田 そうだ、そうだったんだ 美咲 え? 国木田 美咲、すまん 国木田、時計を見てから、外に走り出す。 ○42 病院 望月、榊への電話が通じず、国木田にかける。 ○43 国木田 走っている国木田の元に、望月からの着信が入る。 出る国木田。 国木田 もしもし 望月 俺だ。榊くんが電話に出ないんだが 国木田 やはりか 望月 やはり? 国木田 亜真の目的は、研究データの消去だったんだ 望月 ……最初から研究所が狙い? 国木田 研究所のコンピュータをクラッキングした上で雨を降らせれば、ほと んどの資料を消失できる。そして残った情報端末は一つしかない 望月 人 国木田 ああ、これが雨の真の狙いだったんだ。最後の砦は備前島なんかじゃ ない。榊だったんだ 望月 それで、榊くんはいまどこに? 国木田 ……榊が危ない ○44 邂逅
  • 54. 54 歩いてくる榊。辺りを見回す。時計を見る。 しばらくすると、遠くに人影が現れる。 備前島である。 榊 ……博士 備前島 久しぶりだな、榊 榊 …… 備前島 元気そうだ 榊 …… 備前島 すまんな、こんなところまで 榊 ……博士、聞かせてください、全て 備前島 …… 榊 …… 備前島 ……榊。お前はとても優秀な部下だ 榊 …… 備前島 いや、仲間だ。そして私は息子のようだと、そう思っていた 榊 …… 備前島 お前は優秀だ。お前は、いつでも私を信じてくれていた 榊 今もです 備前島 ……あのウイルスに関しては、お前を失望させてしまったと思ってい る 榊 なにがですか。あれはテロに利用されただけでしょう。博士はそんな ことしていない 備前島 ああ、そうだ。私はあんなこと望んでなんかいなかった 榊 なら、なんで亜真総会なんかに 備前島 ……仕方がなかった 榊 そんなわけないでしょう! なにが仕方ないですか。なにがあって研 究を悪用されたテロ集団に加担するんですか。 「雨」のせいで、ウイル スへの対抗策さえも失われようとしています 備前島 やはり、ワクチンの開発を? 榊 しかし、博士が作ったものです。元々のデータがあったところで、俺 がすぐに追いつけるはずがありません
  • 55. 55 備前島 お前はそれを、聞きにきたのか 榊 そうです。そして、博士に戻って来てもらいたいです 備前島 それはできない。必要もない 榊 なぜですか 備前島 お前らしくないな。教えたろう。冷静に、単純に、物事を見極めるん だ 榊 え? 備前島 榊、雨は降るんだ 榊 …… 備前島 ……「雨」は、降る 榊 ……まさか ○45 一太 一太 うーん…… 手紙をがんばって書いている一太。 そして、書き上げる。 一太 ょっしゃああああ! 完成だあ! やったあ ひとしきり喜ぶ一太。 一太 はーあぁ。あ、切手 棚を探す一太。 一太 あれ? あれ? しかし切手が見つからない。 一太 切手ない! 急いで買わなきゃ!
  • 56. 56 外に出る一太。しかしそこには樋口がしゃがんでいる。 一太 …… 樋口 「僕、『超高速ポスト』!僕に手紙を預けたら、事業所や地域区分局を 通さないで、直接届け主にお手紙を届けるんだよ!」 一太 …… 樋口 「切手だっていらないんだ!」 一太 …… 樋口 「あーあ、どこかにお手紙早く届けたい人いないかなぁ」 一太 樋口 樋口 「あ! そこのキミ! もしかしてお手紙を早く届けたいんじゃない?」 一太 うん 樋口 「それならボクに任せてよ! 急いでお手紙届けるよ!」 一太 …… 樋口 「ほら!」 一太 …… 樋口 ほらマジ遅れるから! 「雨」降っから! 一太 ああ! 一太、部屋に手紙を取りに大急ぎで戻り、取ってくる。 一太 樋口! 樋口 任せろ! 確かに預かった! 全速力で届けに向かう樋口。 一太 樋口ーーーーーーたのんだーーーーーーーーーーー! ○46 病院 望月の元に来る卓哉。
  • 57. 57 卓哉 先生 望月 ……卓哉さん、臨床試験なんですが、少々遅れるかもしれません 卓哉 ……え? 望月 ……榊くんのパソコンが、クラッキングされました。データが失われた 状態です 卓哉 え…… 望月 ただ、データは紙では残っています。時間はかかりますがすぐに復元に とりかかるそうです 卓哉 ……なんで 望月 ……なので、国木田の許可が降りても臨床試験をすぐには…… 卓哉 なんでですか 望月 綾ちゃんの安全を考えれば 卓哉 あんたのせいだ 望月 …… 卓哉 あの時、無視して臨床試験をすれば良かったんだ。それで結果が出てい たかもしれないのに。これで遅れて綾が死んだらどうするんですか。紙 で残ってるって、雨が降ったらそれさえも消えるでしょう! 綾はもう 助からない! あんたのせいだ! 望月 ……そうすれば、綾ちゃんに危険が及んでいたかもしれません 卓哉 でも、救われたかもしれないんだ 望月 …… 卓哉 あの時、無理にでも頼んでおけばよかった 望月 …… 卓哉 いくら払ってでも、殴ってでも…… 望月 …… 卓哉 あんたの…… 崩れ落ちる卓哉。 望月 卓哉さんっ
  • 58. 58 望月、卓哉を支える。 卓哉、泣いている。 何も言えないでいる望月。 卓哉 すいません…… 望月 いいんです 卓哉 ほんとうにすいません 望月 気にしないでください 卓哉 ……罰が当たったんです。望んでしまっていたんです、 「雨」が降ってく れたら良いって。それで天罰が下ったんです 望月 卓哉さん 卓哉 過去にこだわって、馬鹿みたいに 望月 …… 卓哉 「雨」なんて、望んじゃいけなかったんです。あんなことをした連中と 同罪なんです 望月 過去にすがりつくのは人間として当然です。過去は掛け買いのないもの です。絶対、いままで私たち学者が築いてきたものは無駄にならず、綾 ちゃんを救うはずです。 卓哉 …… 望月 いま、榊くんががんばっています。彼は必ずなんとかします。私は信じ てます ○47 邂逅 榊と備前島、対峙している。 榊、激しく動揺している。 榊 そんな…… 備前島 頼んだぞ、榊 榊 でも、博士……
  • 59. 59 国木田 榊! 息を荒げた国木田がやってくる。 榊 ……国木田さん 国木田 ……久しぶりですね。備前島博士 備前島 …… 榊 ……なんで来たんですか 国木田 ……博士、外で警察が待っています 榊 国木田さん 国木田 榊を、どうする気ですか 備前島 …… 国木田 身柄を拘束させてもらいます 備前島 ……君にそんな権限はないはずだ 国木田 権限なんて、あとからどうにでもできます 榊 国木田さん……! 国木田 手荒な真似はしたくありません 榊 国木田さん! なんで! 国木田 許せ 備前島 …… 国木田 博士 備前島 国木田君。もう時間がないんだ。行かせてくれ 国木田 駄目です 突如、国木田につかみかかる榊。 国木田 !? 榊 博士! 備前島 榊! 榊 行ってください! 国木田 榊……! 離せ……! 備前島 榊……
  • 60. 60 榊 早く!!! 走り去って行く備前島。 榊と国木田、しばらくもみ合う。 インドア派同士の見苦しい泥仕合消耗戦は榊がバテて終わる。 国木田、すぐに電話をして指示を出す。 榊は倒れている。 国木田 くそっ! 榊 …… 国木田 …… 榊 …… 国木田 ……なんの真似だ 榊 …… 国木田 榊! 榊 ……博士でした 国木田 …… 榊 俺の知ってる、博士でした。なにも変わってません 国木田 ……あの人は変わった 榊 変わっていません 国木田 榊! 榊 国木田さん、 「雨」は降ります 国木田 ! ……お前まで、何を言っているんだ 榊 違います。 「雨」は降らなきゃいけないんです。世界のためにも 国木田 榊、目を覚ませ、 「雨」を降らしてはいけない 榊 いえ、降ります。博士が降らします 国木田、榊の胸ぐらを掴む。 国木田 いい加減にしろ!!! 榊 ……
  • 61. 61 何も言い返さない榊。 異変に気づく国木田。 国木田 ……榊? 榊 …… 榊、泣いている。 掴む手を離す国木田。 ○48 病院 屋上に望月が一人、空を見上げている。 そこに相澤が来る。 相澤 あ、望月先生。屋上なんて珍しいですね。なにしてるんですか 望月 雨をね、待ってるんだ。どんなもんなんだろうって。相澤さんは? 相澤 綾ちゃんから借りたマンガ、読んでみようと思って。綾ちゃんが消える まで持ってていいって 望月 そうか 相澤 いよいよ、終わりますね、いろんなものが 望月 そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない 相澤 そうですか? 望月 なにかを失う代わりに、 なにかを得る気がするんだ、 なんとなくだけど。 過去を失ったら、もう未来へ進むしかないからね ○49 厚生労働省 国木田 あの「雨」は、……ワクチンなんです 回想。 備前島と榊のシーン。
  • 62. 62 備前島 あの雨は、ウイルスのワクチンだ 榊 ……! 備前島 完璧なものへと完成はできなかった。副作用として紙は消滅する。だ がそれを完成させるのにどれだけ時間がかかるかわからない。その間 に犠牲者は増えていく。なら副作用に目をつむり、 「雨」を降らせるこ とにした。しかし紙の情報を残す猶予が必要と考え、それを一週間と した 榊 しかし、それを公言すれば 備前島 私は亜真にマークされていたし、 「雨」がワクチンとわかれば亜真は当 然私を殺していただろう。 「雨」は阻止される。それは絶対にあっては ならない。だったら、亜真総会に加担したフリをし、 「雨」を世界崩壊 の引き金と思わせて組織のネットワークを利用すれば、目的は達成さ れる 榊 ワクチンと判明すれば博士は 備前島 元々、あのウイルスをつくった私がいけないのだ。この身をもって責 任を取るべきだ 榊 それでは博士は 備前島 雨が降れば、情報はネットの海に沈んでいくだけで、正しいものなん て引き上げられやしない。 そしていずれ、 真実の過去は失われていく。 結局、私は人類の歴史を消した戦犯でしかない。それでも、私は過去 ではなく、未来を守りたかった 榊 …… 備前島 そうだ。それで、 「雨」が降った後のことを、榊、お前に任せたい。言 った通り、あのワクチンはまだ未完成だ。別の副作用、自然への影響 などを調べて、紙を消さない、完璧なものに仕上げてくれ 榊 そんな… 備前島 いつも面倒ばかり、すまんな 何も言えないでいる榊。 榊 ……「雨」は、降らなければいけないんですか
  • 63. 63 備前島 頼んだぞ、榊 榊 博士…… 国木田の声 榊! 回想終わり。 国木田 榊はいま、雨の準備につきっきりです。ウイルス対策センターについ ては、 「雨」が降り、その効果が証明されたら解散します。……それと 国木田、美咲(一太)との電話になっている。 国木田 仕事、辞めることにした。俺も仕事に全てを注ぎ過ぎたんだ。美咲の 言っていた通り、俺はなにかを見失っていた 美咲 …… 国木田 だから、離婚届、もう一度送ってくれないか 美咲 ……間に合うの。雨で 国木田 あー……そうだな。……わかった、一旦帰るよ 一太の声 ただいまー 一太帰ってくる。 国木田 一太か 美咲 代わる? 国木田 ああ 美咲、一太に携帯を渡す。 美咲 一太、パパ 一太 父ちゃん! 国木田 おお、一太、元気だな 一太 父ちゃん! おれ、ラブレター出した! 国木田 ラブレター?
  • 64. 64 一太 樋口が手伝ってくれてね! そいでね、世界で一番のラブレター書い たんだ! 国木田 そっか 一太 父ちゃんラブレター書いたことある?? 国木田 あるぞー。父ちゃんの時代の方がラブレターたくさんあったんだから 一太 でもね、ぜったいおれのラブレターの方が最強だよ 国木田 そうだな、一太のやつは強そうだな 一太 うん 国木田 レベルは? 一太 543! 国木田 それは強いなぁ 一太 うん 国木田 でも、ラブレターなんてよく知ってるな 一太 母ちゃんがね 国木田 母ちゃん? 一太 うん、母ちゃんが父ちゃんにだって手紙書いてたの。 「あ、ラブレター だ」って思って。それで、真似して書いてみた 国木田 ……そっか 一太 父ちゃんもらったの、そのラブレター?? 国木田 うん、もらったよ 一太 失くしちゃだめだよ! 国木田 そうだな 通話を切り、外に出る国木田。 ○50 国木田家 国木田との通話を終え、携帯を閉じる美咲。 封筒が置いてある棚に向かう。 しかし、そこに封筒がない。 美咲 一太、ここにあった封筒は?
  • 65. 65 一太 おん? えー? 樋口に渡した。ギリギリだったー 美咲 それ、お母さんのお手紙なんだけど 一太 えーちがうよー。俺いっしょうけんめー書いたんだよー 美咲、もう一つの手紙の封筒を見つける。 美咲 一太書いたやつ、これじゃないの? 一太 ……っえっ? 封筒を手に取る一太。 一太 ……えーーーーーーーーー! 部屋を飛び出す一太。 一太 樋口ーーーーーーー! それを見送る美咲。 美咲、時計を見る。 部屋を出る。 ○51 病院 病室でベッドに寝ている綾。 側には卓哉が付き添っている。 卓哉 綾 綾 んー? 卓哉 お父さんな、お母さんと腕相撲して負けたんだ 綾 うそ?
  • 66. 66 卓哉 ほんと。お母さん、強い男が好きだって知ってたから、ギャップ狙いで ワザと負けたんだ。すっごい上手く演技して 綾 バカみたい(笑) 卓哉 でも、負けた後で「好きだ」って言ったら、OK だったんだ 綾 なにそれ(笑) 卓哉 作戦成功したんだよ。すごいだろ 綾 すごい(笑)でもそれ、お母さん気づいてたと思うよ 卓哉 えー? そうかー? 綾 だって、お父さん、強いじゃん 卓哉 ……そうかな? 綾 うん 樋口、飛び込んでくる。 綾 きゃっ?! 卓哉 えっ?! 樋口 (息切れ) 卓哉 ……郵便の? 樋口 綾……、ちゃん……? 綾 ……はい 樋口 こ、れ、……。 樋口、綾に封筒を渡す。 綾 ありがとうございます 卓哉 ……プライベートでも、配達してるんですか? 樋口 ええ、まあ 綾、封筒を開ける。中から見知らぬ離婚届が出てくる。 綾 離婚届? 卓哉 離婚届?
  • 67. 67 樋口 離婚届? 綾 うん 間。 樋口 ……こう、考えられないかな。全てのことには終わりがくる。だからそ の終わりを見据えた上で一緒に始めよう的な 卓哉 どういうことですか? 樋口 うーん…… ○52 陣矢の仕事場 四ッ谷、仕事部屋に入ってくる。 四ッ谷 お疲れ様です 陣矢 お疲れ様です 四ッ谷 できましたか? 陣矢 はい 四ッ谷 先生にしては珍しいですね、締め切り当日まで書くなんて 陣矢 最終回ですから。これ、原稿です 四ッ谷に原稿を渡る陣矢。 四ッ谷 え? データは編集部に送ってないんですか? 陣矢 送りましたよ。でもなんか、原稿にしたんですから四ッ谷さんに直接 渡さないとなんか気持ち悪いんで。消えてもいいんで持ってってくだ さい 四ッ谷 ……じゃあ、お預かりします 陣矢 よろしくお願いします 四ッ谷 はい 陣矢 ……四ツ谷さん、僕の漫画ってものも、いいように訂正されていくん ですかね、データになったら
  • 68. 68 四ッ谷 そうですね、でもそれを防ぐのが我々の仕事ですから 陣矢 最悪ぼくは、 「感動」だけが残ってくれればいいです。その体験が残れ ば 四ッ谷 それなら、たぶん大丈夫です 陣矢 ……そうですかね 四ッ谷 感動はいくらでも残っていきます。古来からある伝達方法です。口承 です 陣矢 口承? 四ッ谷 結局、最後は人と人との直接の会話には勝てません。感動は必ず伝播 し ます。演劇とか、ライブとかって言ったことありませんか? 陣矢 あります 四ッ谷 舞台芸術の感動はその場でしか体験できません。それでもその感動は 口コミでこんなに長く残っている。漫画だって同じです。ものが消え たって感動は消えませんよ 陣矢 ……そうですね 四ッ谷 ……あ! すいませんあとこれファンレターです、忘れてましたすい ません! 陣矢 こんなにですか。読み終わる前に消えちゃいますよ 四ッ谷 すいません、スキャンもやってないので… 陣矢 そしたら、自分でやっておきます 四ッ谷 すいません、失礼します 四ッ谷、出て行く。 残った陣矢。 四ッ谷、帰る途中で気になって原稿を読み始める。 ○53 わらしべ白書 優作と葵、電車に乗ってくる。 席に座り、次の駅で満員になる。
  • 69. 69 優作 混んで来た 葵 うん 優作 (バッグのデザインをさして)あ、ふくろうなんだ、これ 葵 そうなのー。ここね、ふくろうがのぞいてる見たいなデザインかと思っ たらそうじゃなかったっていう 優作 そうじゃないっぽいね 葵 鳥すきなの 優作 ペンギン 葵 ぺんぎん 優作 ペンギンって鳥だっけ 葵 うん、あれ、ほ乳類? 優作 どっちかね 葵 調べて調べて 優作、調べる。 優作 あ、鳥だね。鳥類 葵 ほつれちゃってこれ 優作 あほんとだ 葵 その時計いいね 優作 でしょ 葵 え、それ裏って金属? 優作 あここまでベルトこれ 葵 友達が金属アレルギーでさ、プレゼントで時計あげたいんだけど 優作 ああ、そうね、普通の時計は 葵 かっこいいね 優作 これあれ、大学の入学祝いに 葵 へー 優作 ほんとは文字盤にデジタルの、秒針が出るんだけど 葵 あ、私も同じメーカーの持ってる 優作 ほんと?