いろは假名とその周邊
IS
岡田一祐
(北海道大學)
第21回TwiFULL札幌言語學ミーティング
Aug 5, 2013
Quaerenda
• いろは歌手本のなかでは,使ってゐる假名が
同じらしい…… それをいろは假名と呼ばう
• さて,歷史的に見て,ふつうの(平)假名っ
て……なんだったっけ? いろは假名?
• いろは假名の擴がりはどんなものであったの
だらうか
• 活字をのぞき窻にして探ってみよう
平假名史のおさらひ
• 1900年に平假名の字體が整理されるまでは,
現在使はれてゐないかたちがたくさんあった
• これらを異體假名といふ
• 異體假名は 字をむやみに崩したものではな
く,それじたい獨立した形狀を持つ
• 區別がこまかいといふこと
平假名史の勘違ひ
• 異體假名は自然淘汰された
• 以下見るやうに,現代の假名は異論の餘地なく
できあがったものではない
• 現代の假名は人爲的に異體假名を切り捨てて
できた
• 異論の餘地があるのはそんなにない
Some Technical Terms
• 字體
• Okada (2013)參照
• ざっと,「筆劃の動かしかたが同じもの」と
定義しておく(ぬとめは最後のくるんで違ふよ
ね??)
Some Technical Terms
• 音 假名
• 音との對應・語彙との對應において同樣に用ゐ
られる假名の集合
• たとへば,「は」「は」「は」はおなじ音 假名で
あるが,「は」は中世末期の一時期に「わ」で
あった可能性もある(迫野,2005)
Some Technical Terms
• 現代の假名
• 小學校令施行規則(明治33年文部省令第14號)
で規定された假名字體の集合
• いちわうの定義として
• いろは假名
• つぎに見る
いろは假名とはなにか
• いろは假名とは,「平假名書きいろは歌手本
に特徵的な假名の字體集合」のこと
• その起源ははっきりしないが,鎌倉期の俗用
字體を集めてできたのではないかとされる
(矢田,1995)
いろは假名とはなにか
• いろは歌手本は,江戸期に入るまでには固定
され,平假名の導入教材としてほとんど唯一
の存在であった
• 明治期にも引き續き用ゐられたが,しだいに
五十音圖に取って代はられるやうに(吉田,
1983)
いろは假名とはなにか
• いろは假名は,教育における唯一の安定した
集合であった
• 同時代,いろは歌手本に代るものとしては五十
音圖,君臣歌などがあるが,いづれも字體は安
定しない
• 明治期の五十音圖もいろは假名に據ったもの
いろは假名とはなにか
• いろは歌手本( 知古往來』往來物大系21)
いろは假名とはなにか
• いろは假名の字體は,現行の字體とほとんど
變るところがない
• おほざっぱに言へば,「と・そ・お・え」が
異る
• こまかな書き方は,時代によって變化がある。
岡田(2013,投稿中)參照
いろは假名は“ふつう”の
假名だったか
• いろは假名が時代を通じて用ゐられてゐたこ
とは分った
• では,同樣に,時代を通じて,これがいちば
ん“ふつう”の假名であったとは言へるだら
うか?
“ふつう”の假名ってなん
だらう
• ふつう”の假名とは,みんながもっとも共
通に使ってゐる假名字體だと考へることがで
きる
• ふつう”の假名が1種 とはかぎらない
• ひとつの假名だけが優位とはかぎらないし,ぜ
んぜん使はれないけどどこにでも現れる假名
も“ふつう”でないとは言へない
“ふつう”の假名ってなん
だらう
• ふつう”の假名をどうやって捉へるか
• いろんな資料を見て共通する字體を抽出
• 資料ごとの 度を出す方法と出現資料數を出す
方法
• 當時のひとが“ふつう”の假名をまとめたも
のを探す
いろんな資料を見る試み
• 資料の 度を見合はせる
• 資料によって字體の 度がまったく異るとき基準
が作れない
• 出現資料數を見合はせる
• 度がどの資料でもきはめて低い字體も取り上げ
てしまふことがある(わるいことではないかもし
れない?)
いろんな資料を見る試み
• 矢田(1995)
• いろは假名の假名字體が中世假名文書における獨
草的書記とはふかく係りを持つ
• 矢田(1998)
• 平安・鎌倉期の世俗文書において主用字體が二字
體以上のものはかなりあり,一音一字體のものは
そこまで多くない
いろんな資料を見る試み
• 浜田(1979)
• 文藝作品を中心に江戸期のふつうの假名を檢
討,いろは假名とは重なり合はないことを指摘
• どんなに字體がすくない文獻でも,1音1字體に
はならない
いろんな資料を見る試み
• ふつうの平假名は時代とともに移らふ
• 度を基準とした通時代的な尺度はいまだ
成ってをらず,計量的な手法の確立が求めら
れる
• できたらよいな∼と思ふけれどいまはもうひ
とつの手法によって檢討したい
活字におけるふつうの假
名の系譜
• 活字印刷においては活字を使はなければ(い
ちいち繪を起さなければ)文字を印刷するこ
とはできない
• なるべくふつうの假名で濟ましたい
• とくに小規模な活字のひとそろひではどんな
平假名が見られるか?
活字におけるふつうの假
名の系譜
• たんに活字であれば少ない字體しか用意しない
わけではない
• 後期キリシタン版ぎや・ど・ぺかどる
• 嵯峨本伊勢物語
• 近代明治中葉の本文用活字
• 100を越える厖大な字體數を誇る(生きてるうちに數
へたい)
前期キリシタン版におけ
るふつうの假名
• キリシタン版は1591年から1620年ごろにかけ
てのイエズス會日本管區の出版物のことをい
ふ
• 前後期に分けられ,前期は日本で活字の製造
がはじめられる1597年までを指す
前期キリシタン版におけ
るふつうの假名
• 前期キリシタン版は,ヨーロッパで活字を製作し,それを日
本に持ち込んだものであって,試作的製作の性格が強い
• したがって,製作された活字もそんなに潤澤ではなかった
(白井,2005)
• ひとつの字體に複數の活字があるものはひとつとして,複數の字
體に活字がある音 假名をまとめるとつぎの表のとほり
•
字體數 音 假名種數
1字體
2字體
3字體
24
23
1
前期キリシタン版におけ
るふつうの假名
• 清音でいちばん使はれてゐる平假名の字體( どちりい
な・きりしたん』と『病 を扶くる心得』の合算; 白井,2005による)
• いろは假名と同じ 30
• いろは假名の字體の活字がない 6(え,お,ね,ほ,り,
る)
• 現代の假名と同じ 32
• 現代の假名の字體の活字がない 5(ね,ほ,り,る,ゑ)
前期キリシタン版におけ
るふつうの假名
• 前期キリシタン版において,いろは假名も現
行の假名もふつうの平假名とは言へない
• 總體としては一致するが,それはどんな假名に
も異體が多いわけではないことから見れば當然
• いろは假名や現行の假名がほとんど用ゐられな
い音 假名も若干は存在する
前期キリシタン版におけ
るふつうの假名
• 用數の3割を超えるやうな字體がふたつ以上
ある音 假名は,8種 ある
• 手書き文獻と同樣の狀態
• ここからふつうの假名の複數性pluralityを見いだ
すのは容易であらう
近代活字印刷草創期にお
けるふつうの假名
• 進藤(1961)
• 前島密主宰『まいにちひらかなしんぶんし
(1873–4)
• 獨自の活字による印刷であって,字體が一音一
字體でありながら,いろは假名とも現行のもの
とも異る
近代活字印刷草創期にお
けるふつうの假名
• 平野活版四號續き假名見本帖(1876年。小宮
山,2009)
• 單體活字と連綿の上中下用の活字からなる
• 1字體 ろちぬよむゐえん(8)
• 2字體  いへりれうおくやまふこあさきゆめしゑひも
せ(21)
• 3字體 はにほとをわかたそねならのけてみす(17)
• 4字體 るつ(2)
• 「は」が「わ」にあり,「え」が「ゑ」にある
近代活字印刷中期におけ
るふつうの假名
• 三好(1977)
• 明治22年前後より印刷所において活字整理がは
じまった(ととくに例證なしに)
• どのやうな整理であったかは問ひなほす餘地があら
う……
• それは現代の假名への整理であったのか
近代活字印刷中期におけ
るふつうの假名
• 中川(2005)
• 1898年(異體假名廢止の2年まへ)の『太陽』では,
ほとんど現代の假名に統一
• 異體假名の倂用はまだ部分的に見られる
• 1字體になってゐれば現代の假名になってゐるわけ
ではなく,いろは假名を用ゐるものもいくつかある
近代活字印刷中期におけ
るふつうの假名
• 銭谷(2008; 2010a, b; 2012)
• 明治10年代でもかなり統一されてゐるが,明治20
年代にはかなりが現代の假名に統一されてゐる
• これは活版印刷が動機なのではないか
• しかし,たとへ統一の進んだ印刷所でも,1900年以
前に現代の假名に統一したところはないことも分る
近代活字印刷におけるふ
つうの假名
• どうもいろは假名も現代の假名も當代の假名
を代表する存在ではないうたがひが高まる
• 「代表」するとは,もっとも性質をよく表すとい
ふことだから,あんまり使はれないものが代表
するといふことは考へにくい
• べつの觀點からこれを示すことができないだら
うか
活字見本帖における代表
字體の變遷
• 活字見本帖とは,活字販賣會 が所有する活
字を見本として刷りだしたもの
• 明治期のばあひは,すべての活字をならべて出
すことも少なくなかった(このやうなものをと
くに全數見本といふ)
• 平假名の排列としてはいろは順が主
活字見本帖における代表
字體の變遷
• いろは順に竝べるときの原理?
• 高木(2010: §4.4)
• いろは假名に從ふ傾向にある
• いろは假名に對する異體假名を揭載しないばあひ,
別置するばあひと組み込むばあひがあり,最後のば
あひ,いろは假名を示してからほかの假名を示す順
序が見られる
活字見本帖における代表
字體の變遷
• いろは假名をさきにし,異體假名をあとにす
るのにも2種 ある
• いろは假名の部分と異體假名の部分を分ける
• いろは假名を一字揭出したらすぐに關係の假名
を揭出する
『活版見本』東京築地活版
製造所,1903(近代デジ
タルライブラリによる)
いろは假名
『活版見本』東京築地活版
製造所,1903(近代デジ
タルライブラリによる)
異體假名
別置
いろは假名
『活版見本』東京築地活版
製造所,1903(近代デジ
タルライブラリによる)
異體假名
別置
いろは假名
異體假名
組込み
『活版見本』東京築地活版
製造所,1903(近代デジ
タルライブラリによる)
いろは假名
異體假名
組込み
活字見本帖における代表
字體の變遷
• ひとつの見本帖に複數の書體が示されること
は珍しくない
• おのおのの書體の例示で排列や字體が異なる
こともままある
• それぞれの書體ごとにどのやうな排列が行は
れてゐるか,どのやうな字體が用ゐられてゐ
るか調査
活字見本帖における代表
字體の變遷
• 調査對象
• 管見に入った明治・大正期に年代の確定できる
見本帖を刊行した活字製造會 の1945年以前の
見本帖
• 同一の發行 はひとつに代表させた
活字見本帖における代表
字體の變遷
刊行 書體數(資料數)
東京築地活版製造所 53 (10)
製文堂 28 (9)
印刷局活版部 10 (2)
西村七平(京都) 4 (1)
大阪國文 3 (1)
寶文堂 3 (2)
活版製造所(大阪) 2 (2)
活字見本帖における代表
字體の變遷
0
5
10
15
20
1877 1882 1887 1892 1897 1902 1907 1912 1917 1922 1927 1932
從ふ 從はない
活字見本帖における代表
字體の變遷
0
5
10
15
20
1877 1882 1887 1892 1897 1902 1907 1912 1917 1922 1927 1932
從ふ 從はない
1900年以降もいろは
假名に從ふことはある
活字見本帖における代表
字體の變遷
0
5
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15
20
1877 1882 1887 1892 1897 1902 1907 1912 1917 1922 1927 1932
東京築地活版製造所y 製文堂y 寶文堂y 東京築地活版製造所n 製文堂n
寶文堂n
活字見本帖における代表
字體の變遷
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1877 1882 1887 1892 1897 1902 1907 1912 1917 1922 1927 1932
東京築地活版製造所y 製文堂y 寶文堂y 東京築地活版製造所n 製文堂n
寶文堂n
活字見本帖における代表
字體の變遷
• いろは假名に從ふ書體は1/3ほどしかない
• 從ふ : 從はない = 35 : 70
• かといって,全面的に從はないものはすくな
く,「そ」のみ異なるものが40%弱
• いろは假名と現行の假名の相違として問題に
なる「とおえ」はいろは假名のものが壓倒的
活字見本帖における代表
字體の變遷
• 現行の假名が用ゐられた書體(すべて製文堂)
• 明朝貳號活字摘要錄(1912): い號,ろ號,は號
• 明朝六號活字見本帳(假)(1926): 平假名,太字平
假名,ゴヂック平假名
• 一號明朝活字見本帳(1926)
• 明朝四號活字見本帳(假)(1928?): 平假名,太平
假名
• 明朝初號活字見本帳(1929)
• 明朝三號活字見本帳(1929): 平假名,太字平假名
活字見本帖における代表
字體の變遷
• 1900年を過ぎれば現行の假名に從ふわけでは
ない
• 築地はつひぞ見られない
• 「と」は1900年以降も改作されないことが多い
• 1900年以降では,基本は別置でありながら,か
ぎられた異體のみ揭示するばあひが增えてゐる
明朝風壹號活字摘要錄』
寶文堂活版製造所,1916
明朝風壹號活字摘要錄』
寶文堂活版製造所,1916
明朝風壹號活字摘要錄』
寶文堂活版製造所,1916
活字見本帖における代表
字體の變遷
• そもそも,別置するばあひは,基本の假名と
それ以外の假名といふ對比が生まれるものと
想像される
• これをたしかめるには活字の販賣數を調べねば
ならない(が,割愛)
• かぎられた異體が揭げられることは,基本の
假名が複數的なものであることを示す
いろは假名はふつうの假
名だったか(再)
• ふつうの假名といふものは,そもそも一音一
字體を前提とする存在ではない
• いろは假名がふつうの假名に近かった時代は
鎌倉期であって,後世はだんだんと離れて
いった
いろは假名はふつうの假
名だったか(再)
• 前世紀に入るまで,現代の假名も,いろは假
名もふつうの假名ではなかった̶̶が,
• 近代中葉に入ってふつうの假名ではなかった
いろは假名がふつうの假名の顔をし出し,現
代の假名として定 した
Ōrātiō fīnis est;
Valēte!
• 御來場ありがたうございました。
メールはk-okada@let.hokudai.ac.jpまで。
• 次回は2012/10/22(火)にvoice0726さんをお
招きして開催します
• 12月以降の發表 募集!  上記メールアドレ
スまで,そしてまた來て/見てね!!
參考文獻
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Irohagana and the Surroundings