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その他の確率過程
11
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(Moran, Yule, Dirichlet 過程,セルオートマトン、
エージェントシミュレーション)
Moran	過程
2
有限集団における淘汰を調べるための最も単純な確率モデル
個体の種類は A と B の2種類で、個体は同じ速度で繁殖 (選択に関して
中⽴な変異体) 全ての単位時間ステップにおいて、1 個体がランダムに選
択されて繁殖し、かつ 1 個体がランダムに選択されて除去されるとする。
ここでは復元抽出 (同⼀個体が繁殖と死亡に選ばれることも起こり得る) 、
かつ繁殖は突然変異することなく起こると仮定する (A は A、B は B を
⽣産する)。
この確率過程は、オーストラリアの集団遺伝学者 P.A.P. Moran に 1958
年に考案された。Moran 過程と呼ばれている。
各時間ステップで常に 1 個体の出⽣と1個体の死亡が起こるため、集団
サイズは必ず⼀定にあることが保証されている。確率変数は個体 A の
個体数のみであり,ここでは i と表そう。なお、個体 B の個体数は N-
i である。
進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
Moran	過程
3
定義
状態空間 i=0,1,…,N で定義される。個体 A を (出⽣または死亡で) 選択
する確率は i/N。⼀⽅、個体 B を選択する確率は (N-i)/N。各ステップ
では、次の4つの事象が起こる可能性がある。
(i) A の1個体が繁殖と死亡の両⽅に選択される。この事象の確率は
(i/N)2 であるが、この事象が起こった後の A の個体数は変化しない。
(ii) B の1個体が繁殖と死亡の両⽅に選択される。この事象の確率は
(N-i/N)2 であるが、この事象が起こった後の B の個体数は変化しない。
(iii) A の1個体が繁殖に、B の 1 個体が死亡に選択される。この事象の
確率は (i(N-i)/N)2 であり、この事象が起こった後の A の個体は i から
i+1 へと変化する。
(iv) B の1個体が繁殖に、A の 1 個体が死亡に選択される。この事象の
確率は (i(N-i)/N)2 であり、この事象が起こった後の A の個体は i から
i-1 へと変化する。
進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
Moran	過程
4
任意のある状態 i から別の状態 j へと移る確率 (遷移⾏列): P={pij}
遷移確率⾏列の具体型は
他のすべての成分は 0 (三重対⾓⾏列)。
Moran 過程のような
出⽣死亡過程の場合
状態 i=0 と i=N は吸収状態 (⼀度この状態になればとどまり続ける)、⼀⽅、
i=1,…,N-1 は⼀時的とよばれる。最終的に1種のみとなり、2種の共存はない
進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
Moran	過程
5
i=1 i=2 i=3
i=0 i=N
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p2,3
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2つの吸収状態
進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
特殊な場合の解析
6
問. A が i 個体与えられたとき,最終的に集団全体が個体 A で構成される
確率はどうなるのか?
状態 i から始まったとき,最終的に状態 N となる確率を xi
このとき
確率 xi は、(i) 状態 i から状態 i-1 へ遷移する確率と状態 i-1 に吸収さ
れる確率との積、(ii) 状態 i にとどまっている確率と i に吸収される確率
との積、および (iii) 状態 i から 状態 i+1 へ遷移する確率と i+1 に吸収
される確率との積の和で表される漸化式の解として求まる。
なので、解は
全て個体は均⼀なので、集団を専有する確率
は等しく 1/N であり、初期状態で A が i 個
体存在するため、i/N となる。
進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
⼀般の場合の解析
7
状態 i から状態 i+1 へ遷移する確率を 𝛼i 状態 i から状態 i-1 へ遷移する確率
を 𝛽i とする。ここで 𝛼i+ 𝛽i ≤1。
遷移⾏列は
状態 i から始まったとき,最終的に状態 N となる確率 xi は
⾏列・ベクトル表記すると
P は確率⾏列なので、最⼤固有値 1 を
もち、吸収確率は最⼤固有値に属する右
固有ベクトルによって与えられる
(Perron-Frobenius の定理)
進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
⼀般の場合の解析
8
(続き) 変数 を導⼊する。このとき
とおくと、以下の性質が成り⽴つ:
したがって
(続き) さらに
進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
固定確率
9
(続き) したがって
を得る。
A が 1 個体と B が N-1 個体からなる
集団で、A が集団全体を占める確率は
A の固定確率と呼ばれる。全て B の
集団から、突然変異によって A が 1
個体⽣まれてた後、突然変異の⼦孫が
集団全体を占めることを意味している。
A, B の固定確率はそれぞれ右で与えられる
固定確率の⽐は
固定確率の⽐は 𝛾i の⽐の積で与えられることがわかる。
進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
淘汰圧を考慮
10
B の適応度 1 に対して A の適応度を r と仮定する。r>1 ならば A が有利、
r=1 であれば中⽴的浮動になる。このとき、A が繁殖に選ばれる確率は
ri/(ri+N-i) で与えられ,B が繁殖に選ばれる確率は (N-i)/(ri+N-i) で与えら
れる。A が除去に選ばれる確率は i/N であり、B が除去に選ばれる確率は
(N-i)/N である。
i=1 i=Ni=0
𝜌
1- 𝜌
進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
淘汰圧を考慮
11
固定確率 xi は以下で与えられる:
固定確率 xi (状態 i からはじめて状態 N に到達する確率) を計算する。
とおく。
遷移⾏列の成分は
進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
解釈
12
有利な A が 1 個体 (r>1) が⼤きな集団 (N>>1) に侵⼊した場合、以下
の近似が得られる:
たとえ有利な変異であっても、集団を専有する保証がないことを⽰している。
したがって、A が 1 個体である場合の固定確率は
A が N-1 個体である場合の B の固定確率は
したがって、固定確率の⽐は
進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
進化速度
13
繁殖を⾏なうサイズ N の個体 A の集団を考えよう。繁殖時に稀な確率で突然
変異 B が⽣じると仮定する (突然変異率 u)。突然変異 B が⽣じるまで、⼀体
どのくらいかかるを考察する。 集団に突然変異 B が⽣じる速度は Nu であり、
平均 1/Nu の指数分布に従うと仮定する。
変異 B の A に対する相対適応度を r とすると、固定確率は
集団全体が A から B に置き換えられる速度 (進化速度) R は
進化速度は、突然変異が⽣じる率 Nu と、それが定着する確率 𝜌 の積となる。
もし進化が中⽴である場合 𝜌=1/N であるから、進化速度は
R=u (⽊村資⽣の進化の中⽴説)
中⽴な進化は分⼦時計の元となっている (分⼦系統樹、クジラとカバは近縁)
進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
Memo
14

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  • 3. Moran 過程 3 定義 状態空間 i=0,1,…,N で定義される。個体 A を (出⽣または死亡で) 選択 する確率は i/N。⼀⽅、個体 B を選択する確率は (N-i)/N。各ステップ では、次の4つの事象が起こる可能性がある。 (i) A の1個体が繁殖と死亡の両⽅に選択される。この事象の確率は (i/N)2 であるが、この事象が起こった後の A の個体数は変化しない。 (ii) B の1個体が繁殖と死亡の両⽅に選択される。この事象の確率は (N-i/N)2 であるが、この事象が起こった後の B の個体数は変化しない。 (iii) A の1個体が繁殖に、B の 1 個体が死亡に選択される。この事象の 確率は (i(N-i)/N)2 であり、この事象が起こった後の A の個体は i から i+1 へと変化する。 (iv) B の1個体が繁殖に、A の 1 個体が死亡に選択される。この事象の 確率は (i(N-i)/N)2 であり、この事象が起こった後の A の個体は i から i-1 へと変化する。 進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
  • 4. Moran 過程 4 任意のある状態 i から別の状態 j へと移る確率 (遷移⾏列): P={pij} 遷移確率⾏列の具体型は 他のすべての成分は 0 (三重対⾓⾏列)。 Moran 過程のような 出⽣死亡過程の場合 状態 i=0 と i=N は吸収状態 (⼀度この状態になればとどまり続ける)、⼀⽅、 i=1,…,N-1 は⼀時的とよばれる。最終的に1種のみとなり、2種の共存はない 進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
  • 5. Moran 過程 5 i=1 i=2 i=3 i=0 i=N p1,2 p2,1 p2,3 p3,2 2つの吸収状態 進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
  • 6. 特殊な場合の解析 6 問. A が i 個体与えられたとき,最終的に集団全体が個体 A で構成される 確率はどうなるのか? 状態 i から始まったとき,最終的に状態 N となる確率を xi このとき 確率 xi は、(i) 状態 i から状態 i-1 へ遷移する確率と状態 i-1 に吸収さ れる確率との積、(ii) 状態 i にとどまっている確率と i に吸収される確率 との積、および (iii) 状態 i から 状態 i+1 へ遷移する確率と i+1 に吸収 される確率との積の和で表される漸化式の解として求まる。 なので、解は 全て個体は均⼀なので、集団を専有する確率 は等しく 1/N であり、初期状態で A が i 個 体存在するため、i/N となる。 進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
  • 7. ⼀般の場合の解析 7 状態 i から状態 i+1 へ遷移する確率を 𝛼i 状態 i から状態 i-1 へ遷移する確率 を 𝛽i とする。ここで 𝛼i+ 𝛽i ≤1。 遷移⾏列は 状態 i から始まったとき,最終的に状態 N となる確率 xi は ⾏列・ベクトル表記すると P は確率⾏列なので、最⼤固有値 1 を もち、吸収確率は最⼤固有値に属する右 固有ベクトルによって与えられる (Perron-Frobenius の定理) 進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
  • 9. 固定確率 9 (続き) したがって を得る。 A が 1 個体と B が N-1 個体からなる 集団で、A が集団全体を占める確率は A の固定確率と呼ばれる。全て B の 集団から、突然変異によって A が 1 個体⽣まれてた後、突然変異の⼦孫が 集団全体を占めることを意味している。 A, B の固定確率はそれぞれ右で与えられる 固定確率の⽐は 固定確率の⽐は 𝛾i の⽐の積で与えられることがわかる。 進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
  • 10. 淘汰圧を考慮 10 B の適応度 1 に対して A の適応度を r と仮定する。r>1 ならば A が有利、 r=1 であれば中⽴的浮動になる。このとき、A が繁殖に選ばれる確率は ri/(ri+N-i) で与えられ,B が繁殖に選ばれる確率は (N-i)/(ri+N-i) で与えら れる。A が除去に選ばれる確率は i/N であり、B が除去に選ばれる確率は (N-i)/N である。 i=1 i=Ni=0 𝜌 1- 𝜌 進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
  • 11. 淘汰圧を考慮 11 固定確率 xi は以下で与えられる: 固定確率 xi (状態 i からはじめて状態 N に到達する確率) を計算する。 とおく。 遷移⾏列の成分は 進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
  • 12. 解釈 12 有利な A が 1 個体 (r>1) が⼤きな集団 (N>>1) に侵⼊した場合、以下 の近似が得られる: たとえ有利な変異であっても、集団を専有する保証がないことを⽰している。 したがって、A が 1 個体である場合の固定確率は A が N-1 個体である場合の B の固定確率は したがって、固定確率の⽐は 進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章
  • 13. 進化速度 13 繁殖を⾏なうサイズ N の個体 A の集団を考えよう。繁殖時に稀な確率で突然 変異 B が⽣じると仮定する (突然変異率 u)。突然変異 B が⽣じるまで、⼀体 どのくらいかかるを考察する。 集団に突然変異 B が⽣じる速度は Nu であり、 平均 1/Nu の指数分布に従うと仮定する。 変異 B の A に対する相対適応度を r とすると、固定確率は 集団全体が A から B に置き換えられる速度 (進化速度) R は 進化速度は、突然変異が⽣じる率 Nu と、それが定着する確率 𝜌 の積となる。 もし進化が中⽴である場合 𝜌=1/N であるから、進化速度は R=u (⽊村資⽣の進化の中⽴説) 中⽴な進化は分⼦時計の元となっている (分⼦系統樹、クジラとカバは近縁) 進化のダイナミクス M.A. Nowak 著 共⽴出版 6 章