集合的記憶
社会的存在として「想い出す」ということ
2015-11-18東工大・吉立
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一分間スピーチ
もう想い出の中にしかないが,あなたにとって大切なものを教えてください
2015-11-18東工大・吉立
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自己紹介
• 名前:吉立開途
• 所属:東京工業大学社会理工学研究科
• 普段は進化シミュレーションを行っています
• 必ずしも集合的記憶を専門にしているわけではありません
(記憶の研究はしていますが)
(もっといえば博士課程に進めれば集合的記憶をやりたい)
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1. 集合的記憶って何?
• 集合的記憶とは,戦前のフランスで活躍したデュルケームの弟子である
社会学者モーリス・アルヴァックス(Maurice Halbwachs)が提唱した概念。
• もともと,師のデュルケームは『集合意識(集合表象)』などの概念を提唱しており,
それを発展させたものでもある(集合意識は,多くの人びとに共有されるイメージ)
• 集合的記憶を非常に乱暴に要約すれば,
「人間が想い出すとき,彼/彼女は必ず社会的な存在として想い出す」
ということ。
• たとえば,とても典型的な例では「修学旅行の想い出」などが挙げられよう。
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1.1. M. アルヴァックスについて
• 先にも述べたとおり,社会学の泰斗エミール・デュルケームの直弟子。
• 社会主義者であったこともあり,ナチスドイツに占領されたフランスで
ゲシュタポに逮捕され,強制収容所で無惨に殺された。
なお,その後ナチスの犯罪などに関して彼の理論が援用されたことは,
少々感慨深いものがある。
• 日本語表記には(少数派だが)『アルブヴァクス』も。
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1.2. 集合的記憶自体は古い理論?
• たしかに,もう半世紀以上前の,それもかなりバーバルな理論ではあるが,
それでも未だにその可能性は汲み尽くされていない。
• 少なくとも,現在私の知る限りで
政治学,社会学,文化人類学,歴史学,哲学,認知心理学,
など人文学・社会科学の広い範囲で応用が試みられている。
• 今回の発表では,それらのうちでも特に実際の事例研究をいくつか紹介し,
集合的記憶が人間と人間社会の分析・理解において果たす役割について考察したい。
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1.3. 集合的記憶の詳細
• アルヴァックスがその遺著『集合的記憶』の中で主張したのは以下の二点;
純粋に個人的な記憶はない。
集団も個体と同様に想起し忘却する。
• これらの主張についてそれぞれ少し見ていきたい。
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1.4.1. 純粋に個人的な記憶はあるか
• たとえば,アルヴァックス自身が挙げている例としては,
「ロンドンの街を一人旅する」というものがある。
• 一人で歩いているように見えても,実際にはかつて友人がロンドンについて
教えてくれたことを想起することによりその友人と思考/想起し,
あるいは案内書を通じて案内書の著者と思考/想起している。
• 集合的記憶のとくに強い主張/解釈としては,人間が想起する契機は『常に』
外部から与えられる,というものがある。
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1.4.2. 普通,記憶は個人的では?
• 実は,アルヴァックスは『純粋に個人的な記憶』の可能性についても示唆している。
たとえば,幼児期の記憶などはその可能性がある。
• しかしながらアルヴァックスはその可能性を棄却する。
普通,言語を得る以前の幼児期の記憶は,我々が持つところではない。
それは言語を得ないことには記憶を参照できないことを示しており,
そして言語はすぐれて社会的なものである。
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1.5. 集団も想起し忘却する?
• さらに踏み込んでアルヴァックスは「集団の記憶」と呼びうる存在があるとした。
• 集団の記憶=(狭義の)集合的記憶は,過去の単なる写像ではなく,
極めて選択的かつ再構成的である。
また,ある社会的な集団を凝集させる作用を持っている。
• 集合的記憶は単に社会的に共有されるのみならず,社会を構成しもする。
• アルヴァックスはこれを(当時は公平で中立的と看做されていた)歴史と対比した。
ただし,現在の研究では歴史さえも公平・中立とは限らず,
歴史もまた集合的記憶の一形態であるという観方が強い。
• とくに,Assmann の『蓄積的記憶』『機能的記憶』はアルヴァックスの
集合的記憶vs歴史,という図式を発展的に継承したものである。
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1.6. まとめ
• 「集合的記憶」を提唱したのはアルヴァックス。彼の主張するところによれば,
実は想起という一見個人的な営為はすぐれて社会的であり,
また集団それ自体が想起し忘却する主体になる可能性を示唆した。
• アルヴァックス自身は志半ばで無惨な死を遂げたが,
その後彼の理論は多くの後続によって発展させられた。
• 以上でアルヴァックスとその理論の紹介は終わり。
次セクション以降,実際の研究事例での集合的記憶について見ていきたい。
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2.1. 集合的記憶と歴史
• まず,先にも少しだけ触れた集合的記憶と歴史というものの錯綜した関係について。
• アルヴァックスは歴史と集合的記憶概念を対立するもの,
あるいは相補的な関係にあるものとして捉えていたが,
実際には両者の関係性は一筋縄ではいかない。
• たとえば,歴史とは何だろう。仮に正史に書かれたものが歴史だとすると,
既に正史に書かれる時点である種のバイアスがかかっている。
• また,アルヴァックスは歴史の要件として唯一性をも挙げているが,
実際には東アジアの『歴史認識問題』に明らかなように,
歴史はひとつとは言い難い。
• このセクションでは記憶と歴史について掘り下げたい。
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2.2. 記憶と歴史Ⅰ
• 主に参照した論文は,
安川『「記憶」と「歴史」』2008
• なお,これに先立ってアルヴァックスの論点を紹介すれば,
集合的記憶と歴史の相違は少なくとも二つ。
歴史は唯一性を持つが,集合的記憶は複数存在しうる。
集合的記憶は強く個人の記憶と関わってくるが,歴史は中立性を持つ。
• だが,このセクションでは必ずしも二つを峻別するのは簡単ではないと断っておく。
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2.3. 記憶と歴史Ⅱ
• アルヴァックスが集合的記憶論を提起して以来,(戦後の忘れられていた一時期を
除き)「歴史」と「記憶」の関係性については議論があった。
• アルヴァックス自身は先に述べたように,
歴史と集合的記憶は対照的な二つの極であると考えていた。
その流れを汲む者はピエール・ノラなどである。
• 一方で,歴史と集合的記憶は必ずしも峻別できない,
つまり歴史もまた間主観性の産物であると考える者も当然いた。
日本人の学者の多くはそうであった。
• そして両者を止揚し実用に堪えうるコンセプトを提唱している者もいる。
アスマン夫妻などはその典型である。
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2.4. 記憶と歴史Ⅲ
• まず,ピエール・ノラの立場から見ていこう。
彼は,『記憶の場』プロジェクトで知られる。
記憶の場とは彼が編纂した浩瀚な論文集で,「集合的記憶を表象する場」の
分析を通じフランスの『国民意識』の在り方を探る,というものである。
• 彼自身は,記憶と歴史を「どの観点から見ても対立している」としている。
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2.5. 記憶と歴史Ⅳ
• 一方で,記憶と歴史は峻別しがたいとし,その上で実用的な概念を作ろうとする
研究者もいる。
• ここではアスマン夫妻(Jan Assmann, Aleida Assmann)を取り上げたい。]
• 彼らの説によれば,集合的記憶は『コミュニケーション的記憶』『文化的記憶』
の二種類に分けうるという。
• とくに,文化的記憶は「伝統」と一般に言われる概念と重なる部分が大きい。
• 誤解を恐れずに言えば,前者は社会/共同体の「短期記憶」,
後者は「長期記憶」とでも喩えることができる。
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2.6. 記憶と歴史Ⅴ
• さらに,アライダ・アスマンは文化的記憶≒伝統を分析するために,
『機能的記憶』『蓄積的記憶』という文化的記憶の更なる下位概念を提唱した。
• 機能的記憶は言うなれば社会のアイデンティティを形成することに寄与し,
それは人びとを結び,また集団を分断する。
• 他方,蓄積的記憶は例えばアーカイブのような,
「既に過ぎ去った過去の比較的中立的な記憶」である。
• ただし,これらの区別は必ずしも厳密に行われるものではないし,
また両者を行き来する記憶もある。
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2.7. 記憶と歴史Ⅵ
• 結局,どちらの立場が正しいのか?
• 発表者個人としてはアスマン夫妻の観方に近いそれを取る。
一方で,歴史を完全に間主観性の産物とすることは,
『史実』を蔑ろにする危険性を孕んでしまう。
• 両者の観方の間で,上手く舵取りをする必要もあろう。
とはいえ,そのためのチャートは現在のところなさそうでもある。
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3.1. 研究事例Ⅰ
• ここからは,実際の社会的な事象を対象とした研究で,
いかに集合的記憶概念が利用されているかを一例であるが見たいと思う。
• 参照する論文は,
粟津『媒介される行為としての記憶――沖縄における遺骨収集の現代的展開』2010
• 沖縄は,太平洋戦争末期,地上戦が行われて以降,多くの遺骨は今なお眠っている。
沖縄の人びとは,遺骨に関して様々な思いを抱きつつも,収集事業に携わってきた。
• 紹介する研究はフィールドワークを通じその中で集合的記憶が生成される様を
浮き彫りにしようと試みる。
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3.2. 研究事例Ⅱ
• まず,論文の著者はいくつかの他の論に依拠して,集合的記憶の分析単位としての
『ナラティヴ』を提示する。ナラティヴは,平たく言えば「物語」である。
• そのうえで,遺骨収集事業の前史を紹介した後,改めて本題に入る。
• 1995年,大規模な遺骨収集それ自体は終了したが,いまだに100万以上の
様々な理由から収集困難な遺骨が残されている。
• 著者は,そういった遺骨を収集するNPO法人のひとつ,「ガマフヤー」を紹介する。
具志堅隆松氏が代表。
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3.3. 研究事例Ⅲ
• 具志堅氏をそのハブとするガマフヤーが近年成功を収めたプロジェクトとして,
「市民参加型遺骨収集」がある。
• 参加条件は,個人参加のみ,及び会場内での所属団体のアピールを行わないこと。
• また,別のプロジェクトで「遺骨収集で雇用支援を」という計画もある。
これは,「沖縄戦で酷い死を強いられた人に対する尊厳ある遺骨収集を今を生きる
人たちの尊厳を重んじた就労の場にする」というもの。
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3.4. 研究事例Ⅳ
• 具志堅氏の言葉;
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3.5. 研究事例Ⅴ
• 参加者の言葉
• 「壕の周りを掘ると普通に遺骨が出てきて,生々しさを感じた」(24歳,学生)
• 「少し掘るだけでどんどん遺骨が出てきた。60年以上たっても収集は終わらないん
だと思った」(28歳)
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3.6. 研究事例Ⅵ
• どのあたりが集合的記憶なのか?
• 遺骨収集事業を通じ,先ほどの参加者のような若年層にも戦争という,
彼らが生まれる以前の出来事の「生々しさ」を感じることができた。
• 言うなれば,これは先に述べたアスマンの『機能的記憶』が作動している,
まさにその現場である。
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4.1. まとめ
• 以上,集合的記憶とそれに纏わる諸々について,
拙いながらも一応のレビューを試みた。
• この発表を聞くだけでは判然としないかもしれないが,
集合的記憶は様々な場面において適用され,また議論を惹起しつづける,
とてもアクチュアルな概念的枠組みであるという点だ。
その幅は純粋に理論的なものから極めて現実的にセンシティブな課題までと,広い。
• そして,個人的に最も魅惑的だと感じる点は,
集合的記憶の,人が一人で生きているのではない,
とする前提の部分のような気がする。
• もしご興味を持たれた方がいらっしゃれば,
是非ともアルヴァックスを一読されることをお薦めする。
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ご清聴ありがとうございます。
あなたの想い出を,あなたの愛する人と
一緒に育まれることを切に願います。
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集合的記憶三文会20151118

Editor's Notes

  • #11 なぜ『集団の記憶』なのかこのスライドでは不明瞭