生産者が正しい知識を持つことで難産や離乳までの病気や事故を減らすことができます。

1. 母子の絆を尊重した分娩管理
ノーザンファーム獣医師
津田 朋紀

2. 講演の機会をいただきありがとうございます
• 牧場獣医の本分は“予防獣医療”
病気を治すことよりも、病気にならない走る馬を育てるために何ができるか
を考える。
実際にお産に立ち会う人が正しい知識を身につけるだけで、難産がなくなり、
仔馬の病気が軽くなる。『人が産ませるお産』から立ち返り、『自然な馬の行
動』を尊重することが、種付け・分娩・仔馬の育成・妊娠馬の管理、色々な見
直しにつながる。
過去１０年で２０００頭以上のお産に立ち会い、遭遇した事故や失敗した試
みから得た経験を共有することで、一頭でも仔馬が無事に産まれ母馬が健
康に管理されるきっかけになるようにしたい。

3. みなさんは、どうしていますか？
• 普通のお産は２０分～３０分かかる？
• 羊膜は人が破る？
• 出てきた子馬は、いつ引っ張り始める？
• 臍帯は人が切る？
• お産の途中で引っかかって死んでしまう原因は？
• 人に馴らすために、『刷り込み』をしている？
• 母馬をウォーキングマシンにかけないと酸欠の仔馬や難産が増える？
• 産まれた時は元気そうだった子馬が、半日してから急に弱ってくる『酸
欠』の原因は？
• 弱そうだから、母馬の乳を搾って飲ませた？

4. 健全な分娩は妊娠末期から
見えない胎仔を育てる
• ウォーキングマシンで運動させなくても、難産は増えないし酸
欠の仔馬は増えませんでした。
• 大牧場の陥りやすい失敗…管理のマニュアル化
 1頭1頭の個性に合わせた餌や運動の管理
 その日の天気や馬の表情に合わせた管理
適切な餌や運動の黄金則はない。
個体管理に牧場の規模は関係ありません。

5. 以前の分娩風景 “助産”の意識が強すぎる例
 子馬の肢/母馬の子宮・産道は大丈夫？
 新生子心拍数の上昇不足（＜60/bpm）
⇒胎子循環のまま産まれて来ている！？
 母馬が緊張して直ぐに立ち上がる
⇒臍帯破綻 失血・臍帯炎 、母馬の疝痛
 母子認識不足による育子拒否の発生
正常産では、牽引介助は不要
過剰な分娩介助は、母子に悪影響

6. いつも引っ張っていると自然なお産の流れを見失う
過剰牽引
母馬オーバーコンディションと胎子過大が伏線
子馬の胸部が産道でつかえて死ぬかもという不安
人為的な難産（ヒップロック型）
体勢が整わない内に引き出されるので、子馬
の腰・後膝が母胎の骨盤に引っかかる。
引っ張ってなかったら死んでいた？
？

7. 自然なお産の流れを知る
…胎子が子宮から押し出されるイメージを持つ
肩が片方ずつ出てくるため両肢は揃わない。
頭が出たところで時間が経過しても大丈夫。
肩を娩出すると、大抵、母馬は一息いれる。
胸腔の圧迫と 高pCO2 は、子馬が胎子循環か
ら新生子循環に切り替わる大切なイベント。
押し出されると、後肢はスムーズに出てくる。
羊膜は完全に分娩が終わるまで破れなくても
大丈夫。
臍帯は切らなくても良い。

8. 母馬がリラックスして分娩、産後痛も激減。
通常のお産であれば、馬は自力で無事出産できる。
→では、普通ではないお産とは？
子馬を引っ張り出さなくなった結果・・・
介助群（306頭） 非介助群（480頭）
分娩時間 16分 13分
臍帯切断時間 2分 6分
母馬の分娩直後の起立 17%(52頭) 5%(22頭)
後産脱落 41分 35分
育児拒否 5頭 1頭

9. 子馬を助けるためのお産の見守り方
健康な胎子が死産に。一番の原因は窒息死
・胎盤早期剥離により、臍帯血からの酸素供給↓
•分娩中の臍帯の捻じれ・破綻による酸素供給↓
•肩が出てから腰までの娩出に数分以上を要し、新生子循環への切り替
えと肺呼吸が開始したにも関わらず、胸部圧迫のため吸気できない時。
子馬が途中で引っかかってから獣医を呼んでも、子馬は助からない。
胎盤・胎子に異常がある時に自然分娩に執着しては、子馬は助からない。
破水を見逃さず、羊水・羊膜・胎位 ﾁｪｯｸと10分ルール！

10. 破水を見逃さない
胎子の後肢が入っている子宮角が、妊角となる。
胎子は、白色半透明の羊膜に包まれている。羊膜は胎子を
滑り出すために重要。むやみに破ってはならない。
下胎向から、上体を捻りながら前肢蹄尖で胎盤（絨毛膜）を
突き破るのが一期破水
このような時は応援を呼び、産科チェーン・酸素・タオルを準備。
のんびりお産をすると手遅れに！
胎盤が変色して妙に厚い。（胎盤循環障害が疑われる）
子馬が胎盤を自力で破れない（Red Bag）
絨毛膜が肢に纏わりついて一緒に出てくる
（胎盤早期剥離）かなりの難産になる覚悟を。
羊水が血様（臍帯破綻の可能性）
羊水が便まみれ（胎子がストレスで排便。胎子仮死）
なるべく早く引っ張り出す。誤嚥性肺炎注意。

11. 産道に腕を入れて鼻面と2本の前肢の位置関係を確認。
10分間お産が進まない時は胎位の再確認（10分ルール）
胎位の異常だけでは子馬は死なない。焦って引っ張らず、応援を呼び、難産に備える。
母馬の唸り声が大きい時は、難産や子宮動脈出血を疑う。
10分以上変化がないのは、陣痛微弱か失位の可能性があり、正常ではない。
触れた蹄が上下反対向きでも焦らない。母馬を寝起きさせると胎躯は回転してくる。

12. 頭を押し込んでスペースを作り、腕節
を押してテコの原理で肢を伸ばす。
無理に引っ張ると胸部からお産が進
まずに死亡する、後肢蹄の入り込み
娩出中にへその緒が切れるので、一
気に引っ張り出さないと助からない。
鼻と肢の位置関係。一旦奥まで肩先
を押し込んでスペースを作り整復。
子馬だけでなく母馬の予後のためにも
20分で整復できなければ、病院へ！

13. 最も危険な瞬間
肩～腰の娩出
確実に失位がない状態を確認しな
いと、牽引介助をしてはならない。
産道狭小/胎子過大、胎盤早期剥
離が疑われる時は、潤滑剤を用い、
産科チェーンを肢に掛ける。
胸部で引っかかると数分で子馬は死亡する。
母馬が気張っても進まない時は、後肢の入り込みが無いか確認
しながら、腹まで引っ張り出す。

14. Question ?

15. 妻のお産を傍観していて感じたこと・・・
• 新生子集中治療室（ＮＩＣＵ）に運搬された子に対する育児放
棄率は通常の5-6倍
• 幼鳥や産まれたての子猫を人が触ると、親が育てなくなって
しまうことがある。
• 出生直後の子馬への人の過剰な関与が、育子拒否に及ぼ
す影響はないのだろうか？
• カンガルーケアとＡＰＧＡＲスコアリングを馬にも活用できない
であろうかと考えた。

16. カンガルーケアとは？
• 産まれた子を母親の乳房の間で抱っこさせるケア
＝分娩後の親子を臍の緒が繋がったままそっとしておくことに
共通するのではないか？
人で実証されている効果
 子の体温・心拍・呼吸数・血糖値の安定化
 子の啼泣時間短縮
 母の泌乳量増加
 母性愛惹起による育児拒否の減少
リスク
容体急変による新生児仮死の悪化

17. カンガルーケアのリスクを減らす
酸欠・ダミーフォール・野獣病対策
低酸素虚血性脳症【HID】
 治療・救命には、NICUへの搬送と24時間体制の看護を要す
るが、経済的・人的負担が非常に大きい。
 原因は、新生子仮死
数時間～1日経ってから発病しているのではなく、
出生直後の新生子仮死の見逃し・対処の遅れ。
難産によるＨＩＤの症状は、12時間遅れて発症。油断禁物！

18. 新生仔仮死【neonatal asphyxia】
胎盤炎・難産等、様々な原因による出生直後の呼吸循環障害
獣医を呼んだり注射したり変な治療をする前に、
①気道確保②酸素吸入③タオルマッサージ
軽度～重度の“仮死”がある。
 仮死の程度を迅速に判断し、誰でもできる応急処置を行うことが最も重要。
それで改善しない時には、迷わず獣医を呼び、病院へ運ぶと、たいてい数
日で退院できる。
 では、誰にでもタダで簡単にできる、仮死の程度を評価する方法はないだ
ろうか？
⇒ＡＰＧARスコアを導入しよう
では、新生子仮死とは何か？
どうやって判断するの？

19. • APGARはヒト新生児仮死の程度を評価する基準1で
馬にも応用され始めている。2
• ウマ生産牧場で実用化し、新生仔管理の変化を検証
した報告はない。
• ノーザンファームにて6年間、2052頭の分娩記録から、
APGAR導入による新生仔管理の改善効果を検証した。
1：.V Apgar :Anesthesia & Analgesia, (1953)
2：Vaala W.E. & Sertich P.L. (1994) Veterinary Clinics of North America:EquinePractice 10,237–265
APGARスコアリング

20. •測定はシンプル。大まかで良い。
•分娩直後に10点満点で判定
（津田、海外では粘膜を除く8点）
• 8-10/10 人は速やかに馬房より退室
• 1-7/10 呼吸・循環改善のための応急処置
 処置後APGAR再測定
 8/10に回復しなければNICU へ
心拍数
（/min）
呼吸
（/min）
筋緊張 鼻/臀部刺激 可視粘膜
0 触知困難 困難 弛緩 なし 灰色、青
1 <60 <60 頭が起こせない 少し反応 薄いピンク
2 >60 >60 体を起こす 嫌がる ピンク
APGARの測定
Simple APGAR Score*を改編 *(Derek C. Knottenbelt ;Equine stud farm medicine and surgery:361-Table11-4)

21. 検証① APGAR導入前後での新生仔管理の変化
• 対照群 627頭 （APGAR導入前 2006-7年度）
• APGAR群 1425頭 （APGAR導入後 2008-11年度）
NICU 搬送率
新生仔死亡率
 奇形馬の経済的理由による廃用を除く
育仔拒否の発生率
統計処理はχ2乗検定

22. 0.0%
0.5%
1.0%
1.5%
2.0%
2.5%
3.0%
NICU搬送率 新生仔死亡率
2.7%
0.8%
1.2%
0.3%
対照群
APGAR群
検証① NICU搬送率および新生仔死亡率
•NICU搬送率の低下の要因
新生仔仮死が早期診断できた
早期診断に基づく速やかな治療開始
牽引介助で出生するとAPGARが低い
（心拍数＜60/分）
*
*:P＜0.05
(n)
(17) (17) (5) (4)

23. 無理に乳を飲ませないで！
栄養点滴の重要性
• 弱く産まれて自分で乳を飲めない子馬に乳を飲ませること
が、状態を悪化させることも。弱かった子馬が数日後に下痢
をするのは、飲ませたミルクを消化できる状態ではなかった
証拠です。
• 母乳は子馬にとって水分ではなく食物。
腸炎で食欲がない時に、無理に食べるとどうなりますか？
水分補給はとても重要ですが、母乳を飲むことで腸管に血液が
集中して全身状態が悪化したり、消化不良で腸炎が悪化してさ
らにＨＩＤを重篤化させることがあります。
◎乳を飲む⇒元気な証拠 ≠ ✖乳を飲ませたら元気になる
これは普段の下痢治療でも同じです。

24. 検証① 育子拒否の発生率
1.40
%
0.07
%
0.00%
0.20%
0.40%
0.60%
0.80%
1.00%
1.20%
1.40%
1.60%
対照群 APGAR群
•サラブレッドの育児拒否発生率は0.5％以下
（Kusunose et al:- Equine veterinary Journal, 1998 ）
•対照群：
虚弱を想定したケアを予防的に全頭に実施。
人の干渉が母子認識を妨害？
•APGAR群：低APGAR馬のみにケアを限定。
APGARから正常と判断した際、母子に干渉せず。
*:P＜0.01
(n)
*
(9) (1)

25. 高スコア群（95.8％）
母仔への干渉を控え、処置なし
APGAR群 1325頭
• 高スコア（8-10）群 1269頭
• 中スコア（5-7）群 54頭
• 低スコア（1-4）群 2頭
検証② APGARと予後の相関
NICU搬送率
新生仔死亡率
育成期死廃率
中スコア群（4.1％）
O2
タオルマッサージ
+/-血漿輸液
10分後APGAR＜8
⇒NICUへ
低スコア群（0.2％）
昇圧剤（エピネフリン 1mg IV）
O2（+/- 陽圧換気）
タオルマッサージ
輸液（血漿）
⇒NICUへ

26. 0.6%
0.3%
2.6%
22.2%
7.4%
15.0%
0.0%
10.0%
20.0%
30.0%
40.0%
50.0%
60.0%
70.0%
80.0%
90.0%
100.0%
NICU搬送率 新生仔死亡率 育成期死廃率
高スコア群
中スコア群
低スコア群
(34)
 NICU搬送率
高スコア群：
出生後罹患した腸炎。原因は哺乳瓶だった！
中スコア群：3/4は重症化せずAPGAR↑
 育成期廃用の主因
低体重出生馬の成長不良
足根骨形成不全（tarsal collapse）
検証② APGARと予後の相関
* :P＜0.01
**:P＜0.05
*
**
*
**
*
*
*
100％
50％
(7) (2)(12) (3)(4) (1)
(8) (0)

27. 高APGAR
8~10/10
新生仔仮死による
HID 発症なし
呼吸循環ケアは不要
周産期ケアの見直し
分娩介助↓
新生仔の観察
母仔への過干渉↓
育仔拒否の発生率
中APGAR
5~7/10
生産者による応急処置
（タオルマッサージ・酸素吸入）
HID発症
APGAR再測定⇒NICU搬送
往診依頼の指標？
低APGAR
1~4/10
NICU搬送
救命出来れば
競走馬となり得る
育成期廃用率↑
NICUにおける長期治療
患馬の経済的価値や出生体重・骨成熟に基づいた
予後リスクに対するインフォームド・コンセント
ＡＰＧＡＲ導入の効果

28. 中APGARスコアの応急処置の一例
分娩後 APGAR測定 10点中7点以下！
↓
タオルで身体を強く擦る。部屋を暖める。
もう一人は酸素を準備。
↓
5分後APGARを再測定 まだ7点以下！
↓
酸素吸入を始めてマッサージを続ける。
↓
5分後APGARを再測定
まだ7点以下なら獣医に往診依頼をして酸素を続ける。
点滴や入院の準備を！

29. サラブレッド乳母でも30分で終わる乳母つけ
分娩後の母子認識行動との共通点
乳母の前処置
①鎮静 Ace(20mg),Detomidine(3mg)+/- Butorphanol
②5分後ＰＧＦ2α i.m(アナログ、通常の2～3倍量）
+/-子宮頸管マッサージ（行わなくても良いことも）
③5分後遮眼メンコ、鼻翼にメンソール塗布
子馬の前処置
①絶食 2～4時間
②鎮静 拒絶サインを出させない Ａｃｅ
③あれば乳母の羊水を顔・尻・飛節に塗布
なければ 希釈尿+メンソール塗布
顔合わせ
 母馬の前に子馬を持ってくる。
子馬が暴れると乳母は警戒して拒絶する。
 母馬の表情に注意。
耳や首の動き・声が子馬を許容していれば、乳
を飲ませてメンコを外す。フリーにして終了。
 母馬が攻撃する仕草を少しでも見せたら、乳母
つけは中止。サラブレッドは特に、一旦拒絶する
と不可能。
 乳母つけの時、乳馬を叱らないで！なだめて、
あせらず、リラックスさせてください。
ホルモン処置空胎サラブレッドの例

30. おまけ ２週齢以降の病気
腸炎について。胃穿孔を防ぐ。
仔馬の下痢・疝痛⇒小腸炎か大腸炎かで対処が変わる。
厩舎で腹部エコーをすれば簡単に判明
小腸炎・・・ロタウイルスなど。不要な抗生物質を与えると二次
的な大腸炎を併発するので注意。胃粘膜保護は重要。疝痛
があるときは、厩舎にてカテーテルで胃の減圧をするだけで
も胃穿孔による死亡事故が無くなった。
大腸炎・・・大腸炎の時は、便の細菌検査による適切な投薬と
脱水予防が重要。急死することは少ないが、長引くとヒネ馬
になってしまうので、収まらない時は積極的治療を。

31. • ロドコッカス肺炎
早期発見すれば怖い病気ではない。
咳などの症状がなくても、朝夕の検温で微熱が続くときは
獣医に診てもらう。検温だけでも見逃しはなくロドコッカス
肺炎で死亡した馬はいない。
• ローソニア腸炎
ワクチンを離乳前に投与すれば発症しない。
おまけ ２週齢以降の病気
肺炎も知識があれば怖くない。

32. 鼻水・咳・聴診でゴロゴロ・・・（肺胞性）肺炎
気管に粘液が染み付き、空気で揺れて聴診でゴロゴロ鳴る。治癒期は粘液が硬くなっ
ていくので、聴診ラ音もヒューヒューに変わる。
呼吸が速い・・・間質性肺炎
肺胞の壁が腫れ上がり、換気できないため呼吸が速くなる。
腫れた状態が数日続くと壁が硬くなり、元に戻らなくなる。
ガス交換ができなくなって、窒息。気道粘液が増えず、
鼻水や咳、わかり易い聴診の異常がないのが特徴。
間質性肺炎を見逃さないポイント
 離乳前後の高熱
 呼吸が速い、頭が下がる、腹に線が浮き上がる。
 すぐに獣医に相談！1日治療が遅れると手遅れに。
おまけ ２週齢以降の病気
肺炎で急死・・・間質性肺炎

33. 自然なお産の流れを観察する。人が産ませるのでは
なく、産むのも育てるのも母馬。
ＮＦも特別な事はしていない。他牧場より病気や事故
が多い時は、お金をかけたり手間を増やす前に、ポイ
ントを押さえてしっかりと馬を観察できているか見直し
てください。
破水を見逃さず羊水・胎位を確認
正常なお産の時は、人が邪魔しない
見守る時の10分ルール
難産整復の時の20分ルール
ＡＰＧＡＲスコアと酸素・タオルの用意
http://www.foalinmare.com/
order.php