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1
PP10:民主主義(A)
公共哲学
Ver.2022SS
「デモクラシーは望ましい政治制度である」
2
デモクラシーを支持する直観(1)
「民主的である」 「善い」「正しい」
「非民主的」 「悪い」「正しくない」
3
デモクラシーを支持する直観(2)
4
今週と来週のテーマ
デモクラシーに理論的に挑戦する
・この直観を支える<理論的な根拠>は?
・この根拠が支持できないなら、他にはどのような
オルタナティブがあるのか?

・より望ましいデモクラシーのためには?
なぜいまさらデモクラシーを考え直すの?
5
・現代デモクラシーの歴史は浅い(1)
1788年 国政レベルの普通選挙(アメリカ)
 1925年 日本での普通選挙開始、1945年 日本での女性の参政権
・デモクラシーはどうも最近は人気がない
アメリカやヨーロッパで若年層を中心にデモクラシーを採用する
国家で暮らすことは「決定的でない」と考えるひとが増えている
→デモクラシーの<脱定着化>(2)
現代社会とデモクラシー
6
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8
・日本人の15%、与党支持者の3割が「民主主義は
大事じゃない」と思っている?(3)
9
・デモクラシーは昔からそこまで人気がない
・古代ギリシャ期:<衆愚政>(プラトン)
 他の都市国家での政治の失敗
・近代勃興期:<多数者の暴政>、<民主的専制>
 (アレクシ・ド・トクヴィル、ジョン・スチュアート・ミル)
 イギリスやフランスでの政治の失敗
→一般市民が政治的決定に影響をもつことは、社会にとって必ず
しも望ましいとは限らないかもしれない?
デモクラシーとその歴史的な懐疑
10
今週:直観は支持できない

来週:直観は支持できる
11
Brennan, J. (2016). Against Democracy. Princeton University Press
.

(『アゲインスト・デモクラシー』勁草書房、2022年8月刊行予定) 
 
→デモクラシーに対して初めて体系的な挑戦をした研究
(a) リバタリアニズム
・個人の(経済的)自由を重視せよ
・国家の政治的権力には注意せよ
(b) PPE(政治学、哲学、経済学)アプローチ
・望ましい政治制度は経験的なデータ
を踏まえて検討されるべき
J.ブレナンによる民主主義への挑戦
 

12
13
J.ブレナンの問い
・今のアメリカにおいてデモクラシーが望ましいのか?
・デモクラシーが個人の自由にとって望ましいのか?
市民であればどんな人でも政治に参加できる
(a) 投票
みんなの選好(望んでいること)を集計する
(b) 熟議 (4)
みんなの意見を交換したり説得されたりする
e.g. 議会のようなフォーマルな制度の他、インフォーマルな社会実践も含む
→<平等な政治的権利>を保障する政治制度
 こうした制度が個人の自由にとって望ましいのか?
デモクラシーとは何なのか?
14
ホビット: 無知、無関心
 

e.g. 投票を棄権するひと、投票にはいちおう行くひと
フーリガン: 偏った知識、熱狂
e.g. 政治に熱心に参加するひと、政党員、政治家
ヴァルカン:  合理性、冷静さ
→ほとんど存在しない
J.ブレナンの民主主義に対する評価
・経験的なデータを踏まえると民主的な社会は、ホビットとフー
リガンから構成される
・ホビットとフーリガンに<平等な政治的権力>を保障しても、
個人の自由を保障するためには役に立たない
15
16
・まともな決定をするためには<知識>が必要
・しかし<知識>がない
・よってまともな政治的決定を期待できない
* 現代の選挙民における政治的情報の分布(…)の単純な真理
は、平均の低さと分散の大きさである
* 少なくとも投票者の35%が「何もしらない」、非投票者はさ
らにひどいと予測できる
* 政治について大半の人々が有している知識の乏しさほど、世
論やデモクラシーを学ぶ学生に衝撃を与えるものはない
「政治的無知」とその合理性(5)
・個人の投票がもつ影響力はほぼない
・政治的無知(や投票棄権)は合理的である=<合理的無知>
ホビット:政治的無知とその合理性
17
「多様性は能力を勝る(DTA)」定理
・個人の知識は乏しい
・意見の多様性がある
・他人の意見に誠実に耳を傾ける
→これらの条件を満たすとき、その集団は
<集合知>として高い問題解決能力をもつ
J. ランデモアによるデモクラシーの擁護
個人としての政治的知識は乏しいが、多様な意見をもった市
民が集まって意見を交換してゆけば、その熟議は個人の自由
を保障するために役に立つようになる(Landemore 2017)(6)
18
「スポーツ・ファン」・「政治に詳しいひと」の類似性
スポーツ・ファン: 一定の知識あり、応援にいく
政治に詳しいひと: 一定の知識あり、投票にいく
ファンの行動は(贔屓クラブや政党の勝利にとって)合理的ではない
では、この非合理性を乗り越えるものは?
(1) 単純に自己満足、(2) コミュニティの存在
→この集団には<バイアス>(偏った知識や判断)が発生しやすい(7)
(a) 自分が所属している集団かそれ以外かで考えてしまう
(b) 集団が良く見えるデータを重視して逆のデータを重視しない
フーリガン:偏った知識とその非合理性
19
20
・集合知の成立のためには以下の条件を満たす必要

 ーー意見の多様性がある
 ーー他人の意見に誠実に耳を傾ける

・この条件は満たさない

・よって集合知は成立しない

 やっぱりまともな政治的決定を期待できない
ブレナンは安易な解決案を退けている

「教育は大事」説:

アメリカの教育レベルは明らかに上がっている
が、政治的無知は改善されていない
「政治参加は大事」説:

ホビットをフーリガンにするだけでまともな決定
を期待できるわけではない
では民主主義はどうするべきなのか?(1)
21
ではどのようなオルタナティブを提案するのか?
22
<知識>に基づく免許制とその不平等さ
e.g. 裁判官、弁護士、医者は誰でもなれるわけではない
・法的決定や医学的判断は他者の人生に影響を与える場合がある
・こうした決定や判断には知識が要求される
・これらに関わる権利はその知識に応じて不平等に分配される
→同じことが政治的決定に関わる権利も該当する
23
 × <平等な>政治的権利 、○ <不平等な>政治的権利
→市民であればどんな人でも政治に参加できるというのは誤り
(1) 試験により有能な投票者の「選別」
・選挙の免許制
・複数投票制度
(2) 有能な投票者の「育成」(8)
a. くじ引きで投票候補者
b. この候補者のみ一定期間の教育
「知者の支配(エピストクラシー)」
24
25
J.ブレナンの提案
・<知識>による政治的権利の<不平等な>分配

cf. 政治・経済に関する基本的な知識
・少なくとも今よりまともな決定が行われる期待できる
→デモクラシーはこの挑戦に敗北するのか?
戦略1: エピストクラシーを批判する
不平等な分配は実際はまともな決定を期待できない
戦略2: デモクラシーの優位性を擁護する
・平等な分配はまともな決定を期待できない…
・そうだとしても、こうした平等な分配は、それ自
体として私たちの価値ある政治制度なのだ
では民主主義はどうするべきなのか?(2)
26
「人口構成による批判(demographic objection)」(9)

・知識は社会のなかにランダムに分散していない

・試験の結果は、白人で、中産階級以上で、学歴があり、
有職者の男性というすでに恵まれた集団に偏ってくる

・この集団に人種や階級や
ジ
ェン
ダ
ーに関するバイアスが
見られる場合、まともな決定が期待できない
知者にまともな決定を期待できるのか?
27
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考えられる応答

(1) この集団にバイアスは存在するかもしれないが、それで
もデモクラシーの平均的な投票者よりはマシである(10)
(2) 人口構成による批判は、あらゆる知識による免許制を掘
り崩す可能性がある(ので再検討するべき主張である)(11)
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まとめ
デモクラシーvs.エピストクラシー
・知識がないとまともな決定を期待できない
・知識により政治的権利を分配するのは問題かもし
れない
29
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