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全学体験ゼミナール
火山との共生:箱根火山を知ろう
2019 年度秋学期
火山活動とその観測
青木陽介(東京大学地震研究所)
Email: yaoki@eri.u-tokyo.ac.jp
1 はじめに
火山噴火は火口周辺にのみ影響を及ぼす小さなものから全地球に影響を及ぼすようなものまで様々
なものが存在する.たとえば 2014 年御嶽山噴火は,噴火としては小さなものであったが,火口周
辺に多くの人がいたために甚大な被害が生じた.ここ数 10 年で最も大きな噴火は 1991 年ピナツ
ボ火山(フィリピン)噴火であり,この噴火は噴煙を 40km もの高さまで吹き上げる爆発的な噴火
であった.この噴火により,約 10 km3(マグマ換算で約 4 km3,東京ドームは 0.00124 km3)も
のマグマが放出され,火口から 75 km 離れた米軍スーピック海軍基地と 40km 離れた米軍クラー
ク空軍基地も大きな被害を受け,米軍はそのままフィリピンから撤退した.なお,この噴火では
300 人以上の死者が発生したが,火山観測により噴火のピークを予測し,周辺地域から数万人を
避難させ多くの人命を救うことに成功した事例としても有名である.詳細は Volcano Cowbows:
The Rocky Evolution of a Dangerous Science(by Dick Thompson, St. Martin’s Griffin, 邦訳:
火山に魅せられた男たち–噴火予知に命がけで挑む科学者の物語,山越幸江訳)に詳しい.
過去には,1991 年ピナツボ噴火よりもさらに大きな噴火が発生している.薩摩硫黄島(鹿児
島県)を含む鬼界カルデラでは,約 7300 年前に 100 km3(マグマ換算)近くものマグマを放出す
る大きな噴火が発生し,九州・西日本の初期縄文文明が絶滅したと考えられえている.また,阿蘇
山(熊本県)では,約 27 万年前から 9 万年前にかけて 4 回の大噴火(マグマ換算で 30-400 km3)
が発生し,その中で最も大きい約 9 万年前の噴火では火砕流が九州全域を覆った上で山口県にま
で達し,火山灰は朝鮮半島や北海道にまで達した.
火山の噴火には様々な様式があるが,大きく分けて爆発的噴火・非爆発的噴火に分けられる
(図 1).非爆発的噴火は,溶岩ドームを形成したり溶岩流を放出したりする噴火である(図 1).
爆発的噴火は噴煙柱を放出する噴火であり,その高さはしばしば数 km に達し,1991 年ピナツボ
火山噴火のような大噴火の場合は 20 km を越えることも珍しくない.噴煙柱が成層圏に達する
と,放出された大量の二酸化硫黄が成層圏で水と反応して形成された雲が太陽光を反射し,気候
変動をもたらす.実際に,1991 年ピナツボ火山噴火は 1993 年の日本での記録的な冷夏がもたら
された.また,過去 1600 年で最大の 1815 年のタンボラ(インドネシア)火山の噴火は 1816 年
の「夏のない年」をもたらし,ヨーロッパ・北米で凶作をもたらし,それにより飢饉・暴動の発
生を引き起こした.1783 年ラキ(アイスランド)火山噴火は北半球全体で気温の低下をもたら
し,欧州は凶作をもたらし,フランス革命(1789 年)の大きな原因となった.日本では,このラ
1
Figure 1: 爆発的噴火(左:1991 年ピナツボ火山噴火)と非爆発的噴火(右:1986 年伊豆大島火
山噴火)の例.
キ火山の噴火に加え,1783 年に浅間山(長野県・群馬県)天明噴火が発生し,これらの噴火のも
たらした冷害が,1782 年から発生していた天明の大飢饉をさらに悪化させた.
このように,火山噴火には様々な様式があるために,それによって発生しうる災害も多様であ
る.非爆発的噴火の場合,溶岩流や火砕流による災害の可能性がある.溶岩流は,マグマの粘性
などにもよるが,せいぜい時速数 km 程度であり,適切な避難行動をとっていれば人間に及ぼす
被害はない.しかし,家屋など建築物に被害を及ぼす可能性がある.火砕流は,マグマと高温の
火山ガスが混合して流れてくるために地面との摩擦が少なく,流速は 100 km/h を上回ることも
ある.しかし,溶岩流や火砕流は,重力の作用により低い場所へ流れていくため,地形が分かっ
ていれば進路の予想は難しくない.そのため,適切な避難行動をとることにより,被害はある程
度抑えることができる.
爆発的噴火が発生する際には,マグマが破砕し火口から高く巻き上げられ,火山灰となる.火
山灰は風にのって,粒子が細かいほど遠くに伝搬する.1707 年富士山宝永噴火では,爆発的噴火
にともない巻き上げられた火山灰が偏西風に乗って東方に伝搬し,横浜付近で 20 cm,江戸(東
京)付近で 3 cm ほどの降灰があった.降灰量の分布は風向きに大きく左右されることに注意され
たい.1707 年富士山(静岡県・山梨県)宝永噴火の際には風向きが東向きで横浜方面に吹いてい
たため,江戸(東京)よりも横浜で多く降灰した.火山灰は木や紙を燃やしてできる灰とは違い,
マグマが急速に冷やされて細かく砕かれてできたものであり,尖った形をしている(図 2).そ
Figure 2: リダウト火山(アメリカ合衆国アラスカ州)で採取された火山灰の顕微鏡写真.
2
のため,呼吸などで体内に取り込むと呼吸器などに障害をもたらす可能性がある.また,火山灰
は高温で融解するために,飛行機などのエンジンなどに取り込まれるとエンジンに障害をもたら
す.そのため,火山灰が飛んでいる時には飛行機の運航ができない.実際,2010 年エイヤフィア
トラヨークトル(アイスランド)火山の際には,大量の火山灰がヨーロッパ大陸に滞留し,ヨー
ロッパの航空交通に重大な影響をもたらした.さらに,降灰は農作物にも被害をもたらす.また,
微細な火山灰がコンピューターシステムに入り込むとコンピューターシステムに障害をもたらす
可能性も考えられ,1707 年富士山宝永噴火のような噴火が現代の日本で発生すれば,甚大な被
害は免れないであろう.
火山灰は粒子が細かく,水と混じると火山灰が水の流れに取り込まれ,水と火山灰が一体化
し,周囲の古い堆積層も巻き込んで流れることがある.そのため,噴火により火山灰が堆積した
後に降雨があると,泥流が発生することがある.実際に,1707 年富士山宝永噴火後には各地で
数十年にわたり泥流が発生した.また,1991 年ピナツボ火山噴火後も,現地が雨季に入ったこと
もあり,降雨による泥流が多数発生した.
また,雪に覆われた火山が噴火すると,噴火にともなう火砕流などの熱によって周辺の雪が
溶かされ,溶かされた水と火山灰が一体化して融雪泥流が発生する.1926 年十勝岳(北海道)噴
火では大規模な融雪泥流が発生し,泥流は 25 km 離れた上富良野市街にまで到達し,100 名以上
の死者が発生した.日本では冬季には雪で覆われる火山が多く,融雪泥流は日本の多くの火山で
発生する可能性がある.
このように,火山はひとたび噴火すると様々な被害を及ぼしうるが,多くの火山では活動期
は静穏期と比べてごく短く,多くの期間は静穏である.火山が静穏である間は,温泉・肥沃な土
地・美しい景観などの恩恵を受けている.また,火山の地下に存在するマグマは地表に熱を運ぶ
ために,地熱発電が可能な地域もある.
2 火山のできる場所とプレートテクトニクス
火山は地球上にまんべんなく分布しているわけではない.図 4 に示すように,世界の火山は太平
洋を取り囲むように分布する環太平洋火山帯(Ring of Fire)と呼ばれる地域やインドネシア・東
アフリカ・大西洋などに偏在している.このように火山が偏在している理由は,プレートテクト
ニクスの存在にある.地球の表面は,10 数枚のお互いに相対運動するプレートで覆われているた
め,2 つのプレートの境界ではプレート同士が離れていく場所(発散境界)・ぶつかっていく場所
(収束境界)・および横ずれする場所がある.火山はこのうち,発散境界および収束境界でできる.
また,プレート境界の位置とは無関係に,ホットスポットと呼ばれる場所でできる火山もある.
2.1 プレート発散境界の火山
現在の地球で最も大規模な火山活動が起きているのはプレート発散境界である.プレート発散
境界は,アイスランドや大地溝帯(東アフリカ)などを除いて多くは海底にあり,地球内部から
高温の物質が湧き上がっている.地上のプレートはお互いに遠ざかる方向に動いているためにス
ペースができ,そのスペースを埋めるために大量のマグマが噴出する(図 5).このプロセスは
3
Figure 3: 世界の火山の分布とプレート境界.
Figure 4: プレート運動と火山活動の関係の模式図.Ridley (U. S. Geological Survey Scientific
Investigations Report, 2012) より抜粋.
Figure 5: プレート発散境界における火山の生成の概念図.
4
多くが海底で発生しているためにあまり注目されることはないが,プレート発散境界で産出され
るマグマはおよそ 20 km3/yr で,地球上で産出されるマグマの 80–90 %をしめる.
2.2 プレート収束境界の火山
海洋プレートと大陸プレートが収束する境界では,密度のより高い海洋プレートが大陸プレート
の下に沈み込む.海洋プレートが沈み込む際には海水を引きずり込んで含水鉱物を形成している
が,深さ約 100 km および 150 km の温度・圧力条件で水を放出する.周囲のマントルは,放出さ
れた水のために融点が下がり,部分溶融する.これがマグマの起源となる.溶融したマグマの密
度は周囲の岩石よりも低くなるため浮力を得て上昇し,地表に達し火山を形成する(図 6).マ
Figure 6: プレートの沈み込みにともなう火山の形成の概念図.Richards (Ore Geol. Rev., 2011)
より転載.
グマの生成が沈み込んだプレートがある深さに達した場所であるために,地表での火山の分布は
線状になる.沈み込んだプレートが 100 km および 150 km 付近の深さに達したところでマグマ
が形成されるため,火山の分布は 2 列の線状になるが,深さ 100 km 付近で生成されるマグマの
ほうが多いため,プレート境界に近い側(前孤側)の火山のほうが数が多く,総体積も大きい.
日本列島には 111 の活火山がある(7)が,全てプレートの沈み込みにともなう火山である.
北海道から本州・伊豆諸島に連なる火山列は,太平洋プレートの東北日本への沈み込みにともな
う火山である.九州から薩南諸島へ連なる火山列は,フィリピン海プレートの西日本への沈み込
みにともなう火山である.背孤側の火山列の一つとして雲仙があるのがみてとれる(図 7).な
お,フィリピン海プレートは近畿・中国・四国地方の下へも沈み込んでいるが,これらの地方に
は活火山がない.それは,フィリピン海プレートが若いプレートで沈み込んでいるプレートの長
さが短く,かつこれらの地方の下では浅く沈み込んでいるために 100 km の深さまで達していな
いことが理由である.フィリピン海プレートは九州地方では高角で沈み込んでいるため,沈み込
んだプレートが 100 km 以上の深さにまで達している.
5
Figure 7: 日本列島の火山の分布
2.3 ホットスポット
地球内部のマントルは短い時間スケールでは固体的に振る舞う,すなわち地震波の S 波を通すが,
長い時間スケールでは流体的に振るまう.そのため,マントル対流が発生している.マントル対
流が地表に達する場所では高温の物質が湧き上がり火山を形成している(図 8).典型的なホッ
トスポットはハワイ諸島(アメリカ合衆国)・イエローストーン(アメリカ合衆国)・ガラパゴス
諸島(エクアドル)・レユニオン島(フランス領)などである.アイスランドはホットスポット
とプレート発散境界が重複した場所である.
ホットスポットは地球内部で位置を変えないと考えられている(が,最近ホットスポットが
移動した可能性が指摘されている).地球表面ではプレート運動が発生しているため,ホットス
ポットの地球表面での位置は動いていく.たとえば,ハワイ諸島は西北西–東南東方向に線状に分
布しており現在活動中のハワイ島が東南東の端に位置している(図 9)が,これはハワイプレー
トをのせた太平洋プレートが西北西に移動していることを示している.ハワイ島のさらに西北西
方向ではかつての火山は海底下に沈んだ海山となっているが,海山列は途中で北北西方向に向き
を変え,カムチャッカ半島(ロシア)方面に伸びている.これは,4000 万年ほど前まではプレー
ト運動の向きが北北西方向だったのが,それ以降西北西方向に向きを変えたことを表している.
なお,北北西–南南東方向に伸びる海山列は天皇海山群,西北西–東南東方向に伸びる海山列をハ
ワイ海山群と呼ばれている.
6
Figure 8: ホットスポットの概念図
Figure 9: ハワイ諸島・天皇海山列の分布.
7
3 マグマのだまりの形成とマグマの上昇
上に述べたように火山のでき方は大きく 3 つに分けられるが,どの種類の火山であっても上昇し
てきたマグマが停止せずにそのまま地表に噴出することは稀である.マグマ上昇の主な原動力は,
マグマと周囲の岩石(母岩)との密度差による浮力であるが,マグマが浅部に移動すると母岩の
密度も減少するため,マグマ上昇への推進力を得られなくなるためである.マグマが浮力を得ら
れなくなると,その場で停滞し,マグマだまりを形成する.その後なんらかの理由による上昇と
停滞を繰り返し,複数のマグマだまりを作りつつ地表に至ることが普通である(図 10).
Figure 10: 地表から上部マントルにかけてのマグマだまりの模式図.低粘性マグマの入ったマグ
マだまりは黄色で,高粘性マグマの入ったマグマだまりは赤色で示している.母岩の温度は薄茶
になるほど低く,濃茶になるほど高い.Cashman et al. (Science, 2017) より転載.
マグマだまりで停留しているマグマは,周囲の岩石に冷やされていく.マグマが冷やされる
にしたがいマグマからは結晶が析出する.析出する結晶の化学組成は元のマグマの化学組成とは
異なるので,残されたマグマの化学組成も変化していく.これを結晶分化という.図 10 に示す
8
ように,結晶分化が進むとともにマグマの粘性は高くなっていく.日本列島の火山のような島弧
火山は,上盤側(プレートに沈み込まれる側)が大陸地殻や島弧地殻になっており海洋地殻より
も平均的な密度が低いためにマグマの浮力を得にくく,マグマは多くのマグマだまりを作りなが
ら長い時間をかけて地表に噴出する.そのため日本列島の火山のような島弧火山には粘性の高い
マグマを産出する火山が多いが,例外もある.例えば,伊豆大島や富士山は主に粘性の低い玄武
岩質の溶岩を噴出する.
なお,溶岩の粘性は岩石中の二酸化ケイ素(SiO2)の割合によって決まる.SiO2 の割合が低
いと岩石の色が黒っぽくなり粘性は低くなる.反対に SiO2 の割合が低いと岩石の色が白っぽく
なり粘性が高くなる.マグマの粘性に応じて低い方から玄武岩(basalt)・安山岩(andesite)・デ
イサイト(dacite)・流紋岩(rhyolite)などと呼ばれる(図 11,12).
Figure 11: SiO2,Na2O,K2O の含有量と岩石名の関係.Ridley (U. S. Geological Survey Scientific
Investigations Report, 2012) より転載.
4 火山噴火の種別
火山の噴火は爆発的噴火・非爆発的噴火に分けられるだけではなく,新鮮なマグマが放出される
マグマ噴火,帯水層にマグマが貫入することによって大量の水蒸気が急激に発生することによっ
て発生するマグマ水蒸気爆発,マグマが帯水層を間接的に熱し気化・膨張することによって発生
する水蒸気爆発,に分類される.また,マグマ噴火はその噴火様式によりハワイ式・ストロンボ
リ式・ブルカノ式・プリニー式などに分類される.
9
Figure 12: 様々なマグマの温度と粘性の関係.Lesher and Spera (The Encyclopedia of Volcanoes,
2015) より転載.
4.1 マグマ噴火
マグマ噴火は火山の地下に存在する新鮮なマグマが地表に放出される現象である.マグマには水
蒸気や二酸化炭素などの揮発性物質を溶解しているが,マグマが浅部に移動することによりマグ
マにかかる圧力が下がり,これらの揮発性物質が脱ガスする.この脱ガスの様式が噴火の爆発性
を左右する.一般的に,マグマの粘性が高いほうがより爆発性の高い噴火を起こす傾向にある.
噴火様式は,噴出物の分散度と破砕度によって分類される.噴火によって放出される火砕物
Figure 13: 分散度(横軸)と破砕度(縦軸)による噴火の分類.Walker (Geol. Rundsh., 1973) よ
り転載.
の厚みは火口から遠ざかるごとに減少するが,同じ厚さの地点を結ぶと,風下の方向を主軸とし
た楕円状の図ができる(たとえば図 14).分散度は最大層厚の 1/100 の等層厚線で囲まれる面
積と定義する.この分散度は,噴火が爆発的であるほど大きくなる.破砕度は,等層厚線の主軸
上の最大層厚の 1/10 の地点で堆積物中に占める直径 1 mm 以下の粒子の量比(%)で定義する.
噴火が爆発的であるほど破砕度は大きくなる.
10
Figure 14: 1707 年富士山宝永噴火にともない堆積した火砕物の厚みの分布.Miyaji et al. (J.
Volcanol. Geotherm. Res., 2011) より転載.
11
図 13 にみるように,分散度と破砕度はおおむね正の相関にある.とりわけ,マグマ噴火に関
しては相関が高い.爆発性の低い順にハワイ式・ストロンボリ式・準プリニー式・プリニー式と
分類される(図 13).
ハワイ式噴火は,マグマのしぶきや溶岩が連続的に流れる非爆発的噴火である(図 15).キ
Figure 15: ハワイ式噴火の例.キラウエア火山 1969–1971 年噴火.
ラウエア・マウナケアなどハワイ島の火山で多く見られることから名付けられた.粘性の低い玄
武岩質溶岩を持つ火山で発生することが多く,日本では伊豆大島や三宅島でよく見られる.
ストロンボリ式噴火は,ハワイ式噴火を起こす溶岩よりはやや高い粘性の玄武岩質マグマの
間欠的爆発による噴火である(図 16).ストロンボリ火山(イタリア)でよく見られることから
Figure 16: ストロンボリ火山において 2014 年 8 月に発生したストロンボリ式噴火.
名付けられた.日本では伊豆大島・諏訪之瀬島(鹿児島県)などで見られる.
マグマの粘性がやや高い安山岩質になると,ブルカノ式噴火が発生する(図 17).マグマの
12
Figure 17: 桜島において 2016 年 5 月 1 日に発生したブルカノ式噴火.
13
粘性が高くなると,閉塞された火道の地下でガスの圧力が高まり,爆発的な噴火になる.ブルカ
ノ火山(イタリア)でよく発生する噴火であるために名付けられ,日本では浅間山や桜島でよく
発生する.
プリニー式噴火は西暦 79 年に発生したベスビウス(イタリア)火山の噴火を調査・記録し,
住民の救出活動中に殉職したガイウス・プリニウス・セクンドゥスにちなんで名付けられた.プ
リニー式噴火では,大量の軽石や火山灰を火口から噴出し,成層圏に達する噴煙柱が立ち上がる.
風下では軽石や火山灰が広範囲に降下し,火砕流をともなうこともある(図 18).粘性の高いマ
Figure 18: サリチェフ火山(ロシア)で 2009 年 6 月 12 日に発生したプリニー式噴火.スペース
シャトルから撮影された.
グマの噴火において見られることが多いが,粘性が低くても発生することがある.1980 年セン
トヘレンズ火山(アメリカ合衆国)噴火や 1991 年ピナツボ火山噴火がよく知られたプリニー式
噴火である.日本では,1929 年に北海道駒ケ岳においてプリニー式噴火が発生した.2011 年霧
島新燃岳(鹿児島県・宮崎県)噴火はこれらの噴火よりはやや規模が小さい準プリニー式噴火が
発生した(図 19).
4.2 マグマ水蒸気爆発
火山の地下に地下水があったり火山自体が海面下にあってマグマが水に触れやすい環境にあった
りすると,水の加熱による蒸発が急激な体積膨張をもたらすために爆発的な噴火になる.このよ
うな,水の液体から気体への相変化が原動力になる爆発を一般的に水蒸気爆発というが,マグマ
が直接地下水や海水に触れることによる爆発をマグマ水蒸気爆発,マグマが水に触れることなく,
水を間接的に温めることによる爆発を水蒸気爆発という.
マグマ水蒸気爆発は,その強い爆発力により,噴火規模に比べてマグマの破砕度が大きい,す
なわち細粒の火山灰が相対的に多くなる(図 13).マグマ水蒸気爆発の例としては,2000 年有珠
14
Figure 19: 霧島新燃岳で 2011 年 1 月 26 日に発生した準プリニー式噴火.
山噴火や 2015 年口永良部島噴火がある(図 20).
4.3 水蒸気爆発
上に述べたように,マグマが地下水を間接的に温め,温められた地下水が気化し急激に膨張する
ことが原動力となる噴火を水蒸気爆発という.水蒸気爆発は直接マグマが噴出する噴火ではない
が,爆発力が大きく,1888 年磐梯山(福島県)噴火のように大規模な山体崩壊をもたらすことも
ある.とはいえ水蒸気爆発は小規模なものが多いが,小規模噴火でも 2014 年御嶽山噴火のよう
に大きな被害をもたらすことがあるのはいうまでもない.
また,地下から新鮮なマグマが輸送され噴出するマグマ噴火と比べ,地下水が枯渇すると噴
火の原動力を失う水蒸気爆発は長期間続かないことが多い.2014 年御嶽山噴火がその一例であ
るが,2010–2011 年霧島新燃岳噴火のように水蒸気噴火からマグマ噴火に移行し火山活動が長期
間継続することもあるため,発生した噴火が水蒸気爆発であったからといって火山活動が短期間
で収束すると予測することはできない.
5 火山観測
火山活動の現状を理解し今後を予測することは,地下でのマグマの動きを観測によって理解する
という意味で科学的に重要であるだけでなく,噴火が発生した際の被害を最小限に抑えるという
点で社会的にも重要である.このことから,火山観測は 19 世紀から盛んに行われてきた.世界
最古の火山観測はベスビウス火山(イタリア)で 1841 年に始まったが,20 世紀になり,日本で
も 1911 年に日本最古の火山観測所が浅間山西南西山腹に設立され(図 21),ハワイでも 1912 年
に米国地質調査所ハワイ火山観測所がキラウエア火山に設立された.
15
Figure 20: 2015 年 5 月 29 日に口永良部島で発生したマグマ水蒸気爆発.
Figure 21: 浅間山に 1911 年に設立された日本最古の火山観測所.
16
火山活動は下に述べるように複雑であるため,火山活動を理解するためには様々な観測を行
わなくてはならない.活火山では,マグマの動きにともない周囲の岩石で発生する地震やマグマ
地震の振動によって発生する地震を観測しているほか,噴火の際にもたらされる空気振動,マグ
マの輸送にともなう周囲の岩石の変形,マグマ輸送にともなう岩石の密度変化,火山性ガス,岩
石の電磁気的性質の変化,などの観測を行っている.ここでは,このうち地震観測および地殻変
動観測について述べる.
5.1 地震観測
地震観測は最も古くから行われている観測項目の一つであり,火山観測の基本となる観測項目で
ある.地震発生回数の時間変化や低周波地震の発生の有無は,火山活動の消長の評価の有力な指
標となる(図 22).火山においては,非火山地域で発生する地震と類似した波形を持つ地震(火
Figure 22: カサトチ火山(米国アラスカ州)2008 年噴火に先行して観測された地震波形の例.1
本の線が 30 分に相当する.8 月 6 日 6 時頃から地震活動が始まり次第に活動が高まっている.8
月 7 日 11 時ごろには低周波微動(LF tremor と記されている)が発生し,14 時頃に噴火が始まっ
た.White and McCausland (J. Volcanol. Geotherm. Res., 2016) より転載.
山構造性地震)や非火山地震で発生する地震よりも低周波の信号が卓越した低周波地震,連続的
に振動が続く火山性微動,など様々な地震が発生し,観測される地震の波形によって,様々な分
類がなされている(図 23).ここで全てを紹介するのは不可能なので,ここではいくつかの代表
17
Figure 23: 2014 年御嶽山噴火の際に観測された地震波形の例.(a) は火山構造性地震,(b) は低周
波地震である.両者とも同規模(M0.2–0.3)の地震であるが,信号に卓越する周波数が異なるこ
とがわかる.Kato et al. (Earth Planet. Space, 2015) より転載.
的な例について述べる.
5.1.1 火山構造性地震
活火山においても,非火山地域で発生する地震のように P 波や S 波の到達が明瞭に見えて相対的
に高周波成分の卓越した地震が見られる.観測される波形が非火山地域で見られるそれと類似し
ているため,断層すべりによる地震が多いと推測され,実際に断層すべりによって観測波形をう
まく説明できる例も多いが,必ずしも断層すべりによって火山構造性地震が発生しているとは限
らない.
火山性構造性地震が発生するメカニズムの一つとして,マグマ貫入にともなう応力擾乱によ
るものが考えられる(図 25).マグマが浅部に貫入する際には,シート状の形状で貫入するのが
最も有利であるため,特に粘性の低いマグマの場合はシート状のマグマ貫入(ダイク貫入)が見
られる(??).なお,ダイクの走向は最小主応力に垂直の方向がエネルギー的に最も有利になる.
ダイクが貫入すると,ダイク先端部に応力が集中する.これは紙に切り込みを入れて,その切り
込みに垂直な方向に引っ張ると切れ目が拡大していくことから理解できるだろう.この場合は切
れ目の両端に応力が集中しているため,切れ目の先端から紙が破れて切れ目が拡大していってい
る.ダイク先端部に応力が集中すると,その応力を解放しようとして地震が発生する.雑駁な言
い方をすると,貫入したダイクが周囲の岩石をバキバキ割っているというものである.このよう
に発生する地震は,ダイク先端で発生するためにダイクの進展に従い一直線にならぶことになる.
実際に,1983 年にキラウエア火山で発生した群発地震は一直線に並び,上に述べたようなメカ
18
Figure 24: ダイク貫入にともなう地震発生の概念図.灰色で記した部分がダイクの中のマグマあ
る.この場合最小主応力は上下方向で,ダイクは上下に開く.それにともなう応力擾乱により,
図中の 1,2,3 で地震が発生する.Rubin and Gillard (J. Geophys. Res., 1998) より転載.
ニズムで発生したことが分かる(図 26).
ここまで述べた火山構造性地震のメカニズムは観測されている火山構造性地震の一部を説明
することができるが,全部を説明できるわけではない.実際に発生する地震は直線上に分布する
わけではなく,マグマ貫入域から離れたところで地震が発生することもある.このような地震が
なぜ発生するのかは理解されていない.
5.1.2 低周波地震
火山で発生する地震の大きな特徴は,通常の地震よりも低い周波数成分を持つ地震が発生するこ
とである.観測される波形は様々である(27)ので,観測される波形に応じて様々な分類がなさ
れている.また,観測波形に主に含まれる周波数帯域に応じて低周波地震・超低周波地震などと
呼び分けられることもある.これらの地震波形が観測され解析されるようになった背景には,低
周波から高周波までの地震波を観測できる広帯域地震計が近年開発されて世界中の火山に設置さ
れるようになったことがある.
観測される低周波地震は図 28 に示すように,クラック状の容器の振動,円柱状の容器の振
動,球状の容器の振動,球状の容器からダイクへの物質の移動,円柱から水平クラック(シル)
への物質の移動,など様々なモデルで説明できる.低周波地震のメカニズムは,これまでに世界
中の火山で研究され,様々なメカニズムが提唱されてきたが,たとえば観測された低周波地震が
クラックの中に満たされた流体の振動で説明できる場合は,その振動の卓越周波数や振動の減衰
の速さから,クラックの中に満たされている流体の性質を推定できる.すなわち,クラックの中
で振動している流体が水蒸気や二酸化炭素などの気体であるか,発泡した水やマグマであるか,
もしくはマグマと気体の混合であるか,などが推定できる.
19
Figure 25: レイキャネス半島で見られるダイク貫入の跡.Rubin (Ann. Rev. Earth Planet. Sci.,
1995) より転載.
20
Figure 26: キラウエア火山で 1982 年 12 月 30 日から 1983 年 1 月 11 日まで発生したダイク貫入
にともなう群発地震にともなう震央分布(x で記している).ほぼ一直線上に並んでいることが
わかる.Rubin et al. (J. Geophys. Res., 1998) より転載.
Figure 27: 様々な火山で観測される低周波地震の波形の例.Chouet (in Modeling Volcanic Process:
The Physics and Mathematics of Volcanism edited by S. A. Fagents et al., Cambridge Univ. Press,
2013) より転載.
21
Figure 28: 火山性地震にともない観測される波形を説明するための様々なモデル.(a) は左から,
クラック,円柱,球状の容器を示す.(b) は左から球状の容器からダイクへの物質の移動,円柱か
らシルへの物質の移動を表す.Ohminato (Geol. Soc. Lond. Spec. Publ., 2008) より転載.
5.1.3 噴火にともなう微動・地震
活火山では,噴火が近づくとマグマの動きにともない振動が連続的に継続する.これを連続微動
という.連続微動が観測されると,噴火が近いことを意味する.図 29 に示すように,噴火が近
づくにつれて観測される微動の周波数成分が変わっていくこともある.
火山が噴火すると,爆発にともない地震波を励起する(図 29).火山の爆発は図 30 の P で
表される質量の放出で表される.噴火の際は,まず質量にかぶさっている蓋が吹き飛ばされるの
で,質量と蓋の間(図 30 の AB)にかかっていた力は一瞬で解放される.質量と側壁や下部にか
かっている力(図 30 の FS や FB)は,爆発の継続時間に応じて解放される.このモデルは 1980
年代に提唱されたものであるが,観測された地震波形をよく説明できることが多いため,現在で
も様々な火山の爆発にともなう地震のメカニズムを説明するためによく用いられている.
5.1.4 地震波を用いた地下構造の解明
ここまで,地震観測により火山で発生する地震のメカニズムを明らかにできることを述べてきた
が,地震観測は,火山の地下構造を明らかにすることもできる.地下で発生する地震を地上の観
測点で観測すると,地上では,震源と観測点の間の地下構造の情報を持って地震波が観測される
ことになる.そのため,多数の地震・地震観測点の組み合わせを用いることにより,地下構造を
求めることができる.地震波は震源から観測点まで直接到達するだけでなく,構造境界で反射し
たり,微細な構造の不均質性により散乱したりして様々な波動場を形成するため,これらの波動
場を使うことにより,火山の地下構造について豊かな情報を引き出すことができる.医学の世界
では CT スキャン(コンピューター断層撮影)により人体内部の構造を知ることができるが,技
22
Figure 29: スフリエールヒルズ火山(英国領)で 1999 年 1 月 7 日に発生したブルカノ式噴火にと
もなう観測地震波形の例.上段に波形を,下段にスペクトログラムを表している.噴火に向かっ
て観測波形の卓越周波数が上昇していることがわかる.Sparks (Earth Planet. Sci. Lett., 2003) お
よび Neuberg (Phil. Trans. R. Soc. Lond. A., 2000) より転載.
Figure 30: 火山爆発にともない発生する地震を説明するためのモデル.爆発により吹き飛ぶ物質
を P,P と周囲の岩石との接触にともない働く力を FT ,FS,FS で表す.Kanamori et al. (1984)
より転載.
23
術的には類似したものである.ただ,CT スキャンの場合には「震源」の場所などをコントロー
ルすることができるが,地震観測の場合は,多くの場合震源の場所や発生時刻を観測者によって
コントロールすることはできない.
地震波を用いた火山の地下構造の研究は世界中で行われているが,ここでは,富士山につい
ての例を示す.富士山では,地下 15 km 付近で低周波地震が発生しているが,この付近では P
波速度・S 波速度が共に周囲よりも低くなっている(図 31).これは,低周波地震が発生する領
Figure 31: 富士山を通る東北東ー西南西断面の地震波速度構造.(a) P 波速度,(b) S 波速度を表
す.富士山直下の低周波地震を赤点で,その他の地震を黒点で表している.低周波地震が発生す
る領域では相対的に低速度であることがわかる.Nakamichi et al. (J. Geophys. Res., 2007) より
転載.
域で火山性流体などが存在することを示している.富士山のマグマだまりは深さ 20 km 付近に
あると考えられるが,図 31 ではマグマだまり周辺の地下構造については不明であるため,地震
波速度の空間勾配に敏感なレシーバー関数解析と呼ばれる手法を用いることにより,マグマだま
りによるものと思われる低速度領域が深さ 15–25 km 付近に発見された.これらの結果を踏まえ
て,現在の富士山のマグマ供給経路は図 32 のように理解されている.
5.2 地殻変動観測
活火山が活発化する際には,マグマだまりや熱水の増圧,マグマの輸送がともなうことが多い.
これらの現象が発生する際には,マグマや熱水が周囲の岩盤を押し広げるなどして力を加え,そ
れが地表の変形として観測される.
活火山における観測が行われはじめたのは 20 世紀初頭のことであったが,地殻変動観測は当初
から重要な観測項目であった.1980 年代後半以降に全地球航法衛星システム(Global Navigation
Satellite System; GNSS)や合成開口レーダー(Synthetic Aperture Radar; SAR)などの衛星測
地技術が登場するまでは,水準測量・三角測量・光波測量といった測量技術や傾斜計・ひずみ計
24
Figure 32: 地震観測から得られた富士山地下のマグマ供給経路の概念図.(a) は富士山を中心と
した南北断面,(b) は北東ー南西断面を表す.まぐまだまりは 15–25 km 付近に存在し,さらに
深さ 40 km 付近にさらに深部からのマグマ供給経路を示すと思われる地震波速度異常がある.
Kinoshita et al. (J. Geophys. Res., 2015) より転載.
を用いて火山活動にともなう地表の変形を計測していた.
衛星測地観測技術が登場する前は,火山活動にともなう地殻変動を長期にわたり安定して高
い時間分解能で観測することは困難であった.水準測量や三角測量は短い時間間隔で観測を行う
ことが困難であるし,傾斜計やひずみ計による観測は時間分解能に優れるものの,計器と岩盤の
カップリングに起因するドリフトの存在から,観測の長期安定性に問題があるからである.この
ような問題は,全地球測位システム(Global Positioning System; GPS)をはじめとした GNSS
の登場によって解決されることになる.GNSS による観測は水準測量による観測ほどの精度はな
く,またひずみ計・傾斜計による観測ほどの感度もないが,これらの観測よりも時間分解能もし
くは計測の長期安定性に優れているため,火山活動にともなうマグマ輸送を高い時間分解能で明
らかにすることができるようになった.なお,傾斜計やひずみ計による観測は,GNSS による観
測よりも長期安定性に問題があるものの感度に優れるために,場合によってはマグマ輸送過程を
明らかにするための強力な手段となる.
なお,火山における地殻変動観測については,青木(火山, 2016)が詳細なレビューをまとめ
ている.
25
5.2.1 観測技術
上に述べたように,火山活動にともなう地殻変動の観測から地下での火山過程について深い理解
を得るためには,性質の異なる様々な種類の観測が必要であり,現在でも様々な種類の観測が行
われている.ここでは主な観測技術について概要を述べる.
水準測量
水準測量は,測量路線に沿ってある観測点と隣の観測点との標高の違いを計測していき,2 つ
の時刻における高さの差を計測するものである.測量には手間がかかるために時間分解能は悪い
が,上下変動の計測精度は GNSS を上回る.
傾斜計・ひずみ計
傾斜計・ひずみ計は,それぞれ地表の傾斜およびひずみを計測するものである.火山観測に
用いる傾斜計・ひずみ計は非常に精密で,潮汐による 10−9 程度のひずみ,10−9 rad 程度の傾斜
を計測することができる.
傾斜計やひずみ計による計測は感度が非常に高いが,長期安定性は高くない.そのため,傾
斜計やひずみ計は,地震や噴火といった短期的な現象による変形の計測には優れているが,地下
でのマグマの蓄積など長期的な現象にともなう変形を計測するには優れていない.それは,傾斜
計やひずみ計の記録には,計器と地殻との不完全なカップリング,降雨や気温変化の影響などに
起因するドリフトが含まれるからである.
GNSS
GNSS 観測は,地上に設置したアンテナで米国によって打ち上げられた GPS やロシアによっ
て打ち上げられた GLONASS といった GNSS 衛星からの電波を受信し,観測点の座標を時々刻々
決定する.データのサンプリングレートは一般的に 30 秒もしくはより短い時間であり,1 日ご
と,もしくはより短い時間間隔ごとに観測点の座標を水平成分で 2–3 mm,鉛直成分で 5–8 mm
の精度で決定する.GNSS 観測は傾斜計・ひずみ計による観測よりも微小変動を感知する能力は
低いが,長期安定性に優れ,また,ボアホール・横穴などを掘る必要がないことから観測点あた
りに必要なコストも少なく,1990 年代より地殻変動観測の主役となっている.日本列島において
は,現在 GEONET と呼ばれる,約 20 km 間隔で約 1200 点の GNSS 観測点が国土地理院によっ
て整備されている.Aoki et al. (Science, 1999) は,1997 年伊豆半島東方沖群発地震にともないこ
の観測網や傾斜系・水準測量により観測された地殻変動を板状岩脈(ダイク)の貫入および群発
地震中に発生した M 5.7 の地震による地殻変動によって説明し,群発地震中のマグマの移動およ
び停止を時々刻々追跡していくことが可能であることを示した(図 33).しかし,GEONET の
約 20 km 間隔の観測網は火山観測にとっては十分な観測密度ではない.そのため,いくつかの火
山ではさらに空間的に密な観測が行われている.例えば浅間山においては GEONET の観測網を
補完するように東京大学地震研究所および防災科学技術研究所による観測網が整備され,2004,
2008, 2009 年噴火をはじめとした火山活動にともなう地殻変動を観測している(図 34).
26
Figure 33: (左)1997 年伊豆半島沖群発地震にともない GPS および傾斜系により観測された地
殻変動.水準測量の観測点も黄緑色で記している.観測された地殻変動を説明する岩脈(ダイク)
を赤四角で,群発地震期間中に発生した M 5.7 地震にともなう断層を青線で記す.(右)群発地震
活動中のダイクの開口レートの時間変化.Aoki et al. (Science, 1999) より転載.
Figure 34: (左)浅間山 2004 年噴火にともない GPS 観測網でとらえられた水平変位.赤は観測
を説明するダイクの位置を,緑は山頂の位置を示す.(右)浅間山 2009 年噴火にともない GPS 網
で観測された水平変位.Aoki et al. (Geol. Soc. London Spec. Publ., 2013) より転載.
27
SAR
SAR 観測は,衛星から放射されるマイクロ波の後方散乱を 2 つの時刻で観測することにより
衛星から地表のターゲットまでの距離を計測し,観測された時刻の間の地殻変動を抽出するもの
である(図 35).
Figure 35: SAR 観測の概念図.SAR 衛星は移動方向に対して右側もしくは左側に電波を照射し,
後方散乱してきた電波を観測して衛星からターゲットまでの距離を計測している.
地殻変動の大きさが充分小さく地表の散乱特性が火山灰・土砂崩れ・液状化などで変化して
いない場合には,観測された信号の位相差に注目することにより地殻変動を抽出する.これを干
渉 SAR(InSAR)という.地殻変動が大きく地表の散乱特性が変化していない場合には,観測さ
れる信号の振幅に注目して,画像の「位置合わせ」のような形で地殻変動を抽出する.この場合,
InSAR よりも計測精度が悪くなる.
5.2.2 非噴火時の地殻変動
マグマだまりにマグマが注入されると,マグマだまりが増圧し山体は膨張する.この段階では顕
著な地震活動が観測されない場合もある.活動源近傍に地震計が設置されていない活火山におい
ては,実際には発生している地震活動が観測されない場合もあるだろう.また,GNSS・傾斜計・
ひずみ計などによる観測が火山近傍でなされていない場合には,地殻変動を観測できない.その
ような場合でも,地上での観測機材が必要ない SAR を用いることによって地殻変動を検出でき
る.たとえば,南米の多くの火山ではアクセスが困難であったりインフラの整っていない地域に
あり,地上での観測網を構築するには多大な労力を要するのだが,InSAR を用いて,実はマグマ
蓄積による山体膨張が進行していたということが明らかになっている(図 36).
非噴火時のマグマ蓄積にともなう山体膨張は,SAR などの人工衛星による観測だけでなく,
地上観測からも数多く観測されている.しかし,噴火に先立つ膨張期間は 1 年もしくはそれ以下
から数 10 年もしくはそれ以上にわたることがあり,まちまちである.たとえば,2004, 2008, 2009
年浅間山噴火に先立つ山体膨張期間は数ヶ月程度,2011 年霧島新燃岳噴火に先立つ山体膨張期
28
Figure 36: 今まで活動的でなかったと思われていた火山において変動が観測された例.Pritchard
& Simons (Nature, 2002) から転載.
29
間は 1 年ほど(図 37)であるのに対して,Campi Flegrei 火山(イタリア)では 2005 年以降現
在まで 10 年以上に隆起が継続し,Long Valley カルデラ(アメリカ合衆国)では,1978 年以降
30 年以上にわたり間欠的に山体膨張が継続しているが,噴火は発生していない.姶良カルデラで
Figure 37: 霧島新燃岳周辺の GNSS 観測網(左)といくつかの観測点間の距離変化(右).2011
年噴火に先立つ急激な膨張と噴火にともなう瞬間的な収縮,噴火後の再膨張などが見てとれる.
Nakao et al., (Earth Planet. Space, 2013) より転載.
は,少なくとも 1940 年代から現在に至るまで消長を繰り返しながら隆起が継続し,その間に多
くの噴火が発生している.また,Santorini 火山(ギリシャ)や Laguna del Maule 火山(チリ)
のように長期間の静穏期の後に急速なマグマ蓄積が 1 年から数年継続するが噴火には至らない例
もある.
活火山において非噴火時に生じる地殻変動は山体膨張だけではなく,山体収縮が発生するこ
ともある.山体収縮のメカニズムはかならずしも広く研究されているわけではなく,そのメカニ
ズムも明確になっているわけではないが,熱水や火山ガスの放出による球状圧力源の減圧やマグ
マの冷却によって生じていると解釈されることが多い.浅間山においても,噴火間には山体収縮
がみられる.開口型火山の浅間山では静穏期でも火山ガスの放出が見られるが,放出された火山
ガスの量から期待されるマグマ体積変化は地殻変動観測から期待されるそれよりも遥かに大きく,
30
他のいくつかの火山と同じく火道内でマグマ対流が発生していると考えられる.
活火山においては,噴火や地震活動が大地震により誘発されることが知られているが,最近
の SAR 観測の発展により,大地震が火山地域の地殻変動を誘発することが明らかになった.具
体的には,2011 年東北地方太平洋沖地震や 2010 年 Maule 地震(チリ)が近隣の活火山を沈降さ
せたことが明らかになった(図 38).近隣の GNSS 観測と比較すると,この沈降が東北地方太平
Figure 38: 2011 年東北地方太平洋沖地震にともなう,東北地方の火山の局所的な沈降の空間分
布.秋田駒ケ岳(b),栗駒山(c),蔵王(d),吾妻山(e),那須岳(f)で沈降が見られる.
なお,東北地方太平洋沖地震そのものにともなう広域的な地殻変動は除去している.Takada &
Fukushima (Nat. Geosci., 2013) より転載.
洋沖地震の発生とほぼ同時に起きたと考えられる.SAR によるこれらの観測は明確なものである
が,これらの沈降を引き起こしたメカニズムについてはかならずしも明確ではない.観測された
沈降が地震により火山地域がより大きく引き伸ばされたことによるという見方や.地震による動
的もしくは静的応力変化によりマグマだまりもしくは熱水だまりからマグマや熱水が放出され減
圧し,それにより沈降が観測されたと主張がある.
その他に,過去に貫入した溶岩ドームが収縮することによる沈降が観測されることもある.
Wang & Aoki (J. Geophys. Res. Solid Earth, 2019) は,1992 年から 2017 年にかけて SAR 衛星か
ら撮像された画像を整理し,有珠山において 1943–1945 年, 1977–1982 年,2000 年に貫入した溶
岩ドーム部分が沈降していることを発見した(図 39).彼らは,観測された沈降が貫入したマグ
31
Figure 39: SAR 衛星により観測された有珠山周辺の地殻変動.概ね寒色系が沈降,暖色系が隆起
を表す.左列(Ascending paths)が西側の観測,右列(Descending paths)が東側の観測を表す.
上段(JERS)が 1992–1998 年,中段(ALOS-1)が 2006–2011 年,下段(ALOS-2)が 2014–2017
年の平均速度をしめす.図中 SS は 1943–1945 年噴火の際に貫入した溶岩ドームの場所を,OU
は 1977–1982 年噴火の際に貫入した溶岩ドームの場所をしめす.2000 年噴火の際には KC およ
び NC に溶岩ドームが貫入した.Wang & Aoki (J. Geophys. Res. Solid Earth, 2019) より転載.
32
マの熱収縮によるものであると解釈し,適切な熱パラメータを用いて観測された沈降をその時間
変化も含めて説明することに成功した.
5.2.3 火山活動にともなう地殻変動
火山噴火は火山体内部からの質量の放出であるので,基本的には,噴火にともない火山は収縮す
る.実際に,噴火にともなう山体収縮は世界中の火山で観測されている.しかし,近年の地殻変
動観測の発展により,様々な現象が観測され,多くの知見が得られ,噴火にともなう地殻変動に
は様々な様式があることがわかってきた.ここでは,2011 年霧島新燃岳噴火を例にとり解説する.
2011 年の霧島新燃岳噴火では,3 回の準プリニー式噴火が発生したのち,溶岩ドームを形成
する非爆発的噴火へと移行した.この火山活動にともない,傾斜計は準プリニー式噴火にともな
うステップ的な傾斜変動と溶岩ドーム形成にともなう緩やかな傾斜変動を観測した(図 40).
Figure 40: 2011 年霧島新燃岳噴火にともない観測されたいくつかの観測点における傾斜変動.噴
火にともなうステップ的な傾斜変動が見られる.また,SAR 画像の撮像時期も記してある.Ozawa
& Kozono (Earth Planet. Space., 2013) より転載.
溶岩ドーム形成前後に撮像された多数の SAR 画像の強度画像から,適切な仮定を用いて溶岩
ドームの体積の時間変化を求めると,1.5 × 107 m3 の溶岩ドームがほぼ一定速度で約 2 日間かけ
て形成されたことも明らかになった(図 41).このように求められた溶岩流出体積と傾斜変動の
関係から準プリニー式噴火にともなう溶岩噴出率を求め,過去に発生したプリニー式噴火および
溶岩ドーム形成にともなう溶岩噴出量と噴出率と比較することにより,溶岩噴出率の若干の低下
が噴火様式の大きな変化をもたらしたことが示された.
図 40 は活動期全体の傾斜変動を示しているが,より短い時間スケールで見ると,様々な信号
が見られる.たとえば,2011 年 1 月 29 日から 31 日までの溶岩流出期には,山体膨張および収縮
を示す傾斜変動が繰り返し起こっている(図 42).このうち山体膨張が山体内での増圧,収縮が
溶岩流出に相当するとみられる.
33
Figure 41: 2011 年 1 月 18 日から 3 月 29 日まで様々な SAR 観測で撮像された新燃岳山頂付近の
SAR 画像.(a) から (ll) へ時間順に並んでいる.火口内への溶岩流出は 1 月 27 日(b)より始ま
り,2 月 1 日ごろ(g)には火口を満たし,2 月 7 日ごろ(k)から火口内を満たした溶岩内部に火
口ができ,そこから噴火が始まったことがわかる.Ozawa & Kozono (Earth Planet. Space., 2013)
より転載
34
Figure 42: 2011 年 1 月 29 日から 31 日までに霧島新燃岳火口周辺で観測された傾斜変動.火口
への溶岩流出にともなう山体収縮およびそれに先行する山体膨張が繰り返されていることがわか
る.Takeo et al. (J. Geophys. Res., 2013) より転載.
35

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2019-11-14 東京大学教養学部2019年度全学体験ゼミナール「火山との共生:箱根火山を知ろう」講義資料

  • 1. 全学体験ゼミナール 火山との共生:箱根火山を知ろう 2019 年度秋学期 火山活動とその観測 青木陽介(東京大学地震研究所) Email: yaoki@eri.u-tokyo.ac.jp 1 はじめに 火山噴火は火口周辺にのみ影響を及ぼす小さなものから全地球に影響を及ぼすようなものまで様々 なものが存在する.たとえば 2014 年御嶽山噴火は,噴火としては小さなものであったが,火口周 辺に多くの人がいたために甚大な被害が生じた.ここ数 10 年で最も大きな噴火は 1991 年ピナツ ボ火山(フィリピン)噴火であり,この噴火は噴煙を 40km もの高さまで吹き上げる爆発的な噴火 であった.この噴火により,約 10 km3(マグマ換算で約 4 km3,東京ドームは 0.00124 km3)も のマグマが放出され,火口から 75 km 離れた米軍スーピック海軍基地と 40km 離れた米軍クラー ク空軍基地も大きな被害を受け,米軍はそのままフィリピンから撤退した.なお,この噴火では 300 人以上の死者が発生したが,火山観測により噴火のピークを予測し,周辺地域から数万人を 避難させ多くの人命を救うことに成功した事例としても有名である.詳細は Volcano Cowbows: The Rocky Evolution of a Dangerous Science(by Dick Thompson, St. Martin’s Griffin, 邦訳: 火山に魅せられた男たち–噴火予知に命がけで挑む科学者の物語,山越幸江訳)に詳しい. 過去には,1991 年ピナツボ噴火よりもさらに大きな噴火が発生している.薩摩硫黄島(鹿児 島県)を含む鬼界カルデラでは,約 7300 年前に 100 km3(マグマ換算)近くものマグマを放出す る大きな噴火が発生し,九州・西日本の初期縄文文明が絶滅したと考えられえている.また,阿蘇 山(熊本県)では,約 27 万年前から 9 万年前にかけて 4 回の大噴火(マグマ換算で 30-400 km3) が発生し,その中で最も大きい約 9 万年前の噴火では火砕流が九州全域を覆った上で山口県にま で達し,火山灰は朝鮮半島や北海道にまで達した. 火山の噴火には様々な様式があるが,大きく分けて爆発的噴火・非爆発的噴火に分けられる (図 1).非爆発的噴火は,溶岩ドームを形成したり溶岩流を放出したりする噴火である(図 1). 爆発的噴火は噴煙柱を放出する噴火であり,その高さはしばしば数 km に達し,1991 年ピナツボ 火山噴火のような大噴火の場合は 20 km を越えることも珍しくない.噴煙柱が成層圏に達する と,放出された大量の二酸化硫黄が成層圏で水と反応して形成された雲が太陽光を反射し,気候 変動をもたらす.実際に,1991 年ピナツボ火山噴火は 1993 年の日本での記録的な冷夏がもたら された.また,過去 1600 年で最大の 1815 年のタンボラ(インドネシア)火山の噴火は 1816 年 の「夏のない年」をもたらし,ヨーロッパ・北米で凶作をもたらし,それにより飢饉・暴動の発 生を引き起こした.1783 年ラキ(アイスランド)火山噴火は北半球全体で気温の低下をもたら し,欧州は凶作をもたらし,フランス革命(1789 年)の大きな原因となった.日本では,このラ 1
  • 2. Figure 1: 爆発的噴火(左:1991 年ピナツボ火山噴火)と非爆発的噴火(右:1986 年伊豆大島火 山噴火)の例. キ火山の噴火に加え,1783 年に浅間山(長野県・群馬県)天明噴火が発生し,これらの噴火のも たらした冷害が,1782 年から発生していた天明の大飢饉をさらに悪化させた. このように,火山噴火には様々な様式があるために,それによって発生しうる災害も多様であ る.非爆発的噴火の場合,溶岩流や火砕流による災害の可能性がある.溶岩流は,マグマの粘性 などにもよるが,せいぜい時速数 km 程度であり,適切な避難行動をとっていれば人間に及ぼす 被害はない.しかし,家屋など建築物に被害を及ぼす可能性がある.火砕流は,マグマと高温の 火山ガスが混合して流れてくるために地面との摩擦が少なく,流速は 100 km/h を上回ることも ある.しかし,溶岩流や火砕流は,重力の作用により低い場所へ流れていくため,地形が分かっ ていれば進路の予想は難しくない.そのため,適切な避難行動をとることにより,被害はある程 度抑えることができる. 爆発的噴火が発生する際には,マグマが破砕し火口から高く巻き上げられ,火山灰となる.火 山灰は風にのって,粒子が細かいほど遠くに伝搬する.1707 年富士山宝永噴火では,爆発的噴火 にともない巻き上げられた火山灰が偏西風に乗って東方に伝搬し,横浜付近で 20 cm,江戸(東 京)付近で 3 cm ほどの降灰があった.降灰量の分布は風向きに大きく左右されることに注意され たい.1707 年富士山(静岡県・山梨県)宝永噴火の際には風向きが東向きで横浜方面に吹いてい たため,江戸(東京)よりも横浜で多く降灰した.火山灰は木や紙を燃やしてできる灰とは違い, マグマが急速に冷やされて細かく砕かれてできたものであり,尖った形をしている(図 2).そ Figure 2: リダウト火山(アメリカ合衆国アラスカ州)で採取された火山灰の顕微鏡写真. 2
  • 3. のため,呼吸などで体内に取り込むと呼吸器などに障害をもたらす可能性がある.また,火山灰 は高温で融解するために,飛行機などのエンジンなどに取り込まれるとエンジンに障害をもたら す.そのため,火山灰が飛んでいる時には飛行機の運航ができない.実際,2010 年エイヤフィア トラヨークトル(アイスランド)火山の際には,大量の火山灰がヨーロッパ大陸に滞留し,ヨー ロッパの航空交通に重大な影響をもたらした.さらに,降灰は農作物にも被害をもたらす.また, 微細な火山灰がコンピューターシステムに入り込むとコンピューターシステムに障害をもたらす 可能性も考えられ,1707 年富士山宝永噴火のような噴火が現代の日本で発生すれば,甚大な被 害は免れないであろう. 火山灰は粒子が細かく,水と混じると火山灰が水の流れに取り込まれ,水と火山灰が一体化 し,周囲の古い堆積層も巻き込んで流れることがある.そのため,噴火により火山灰が堆積した 後に降雨があると,泥流が発生することがある.実際に,1707 年富士山宝永噴火後には各地で 数十年にわたり泥流が発生した.また,1991 年ピナツボ火山噴火後も,現地が雨季に入ったこと もあり,降雨による泥流が多数発生した. また,雪に覆われた火山が噴火すると,噴火にともなう火砕流などの熱によって周辺の雪が 溶かされ,溶かされた水と火山灰が一体化して融雪泥流が発生する.1926 年十勝岳(北海道)噴 火では大規模な融雪泥流が発生し,泥流は 25 km 離れた上富良野市街にまで到達し,100 名以上 の死者が発生した.日本では冬季には雪で覆われる火山が多く,融雪泥流は日本の多くの火山で 発生する可能性がある. このように,火山はひとたび噴火すると様々な被害を及ぼしうるが,多くの火山では活動期 は静穏期と比べてごく短く,多くの期間は静穏である.火山が静穏である間は,温泉・肥沃な土 地・美しい景観などの恩恵を受けている.また,火山の地下に存在するマグマは地表に熱を運ぶ ために,地熱発電が可能な地域もある. 2 火山のできる場所とプレートテクトニクス 火山は地球上にまんべんなく分布しているわけではない.図 4 に示すように,世界の火山は太平 洋を取り囲むように分布する環太平洋火山帯(Ring of Fire)と呼ばれる地域やインドネシア・東 アフリカ・大西洋などに偏在している.このように火山が偏在している理由は,プレートテクト ニクスの存在にある.地球の表面は,10 数枚のお互いに相対運動するプレートで覆われているた め,2 つのプレートの境界ではプレート同士が離れていく場所(発散境界)・ぶつかっていく場所 (収束境界)・および横ずれする場所がある.火山はこのうち,発散境界および収束境界でできる. また,プレート境界の位置とは無関係に,ホットスポットと呼ばれる場所でできる火山もある. 2.1 プレート発散境界の火山 現在の地球で最も大規模な火山活動が起きているのはプレート発散境界である.プレート発散 境界は,アイスランドや大地溝帯(東アフリカ)などを除いて多くは海底にあり,地球内部から 高温の物質が湧き上がっている.地上のプレートはお互いに遠ざかる方向に動いているためにス ペースができ,そのスペースを埋めるために大量のマグマが噴出する(図 5).このプロセスは 3
  • 4. Figure 3: 世界の火山の分布とプレート境界. Figure 4: プレート運動と火山活動の関係の模式図.Ridley (U. S. Geological Survey Scientific Investigations Report, 2012) より抜粋. Figure 5: プレート発散境界における火山の生成の概念図. 4
  • 5. 多くが海底で発生しているためにあまり注目されることはないが,プレート発散境界で産出され るマグマはおよそ 20 km3/yr で,地球上で産出されるマグマの 80–90 %をしめる. 2.2 プレート収束境界の火山 海洋プレートと大陸プレートが収束する境界では,密度のより高い海洋プレートが大陸プレート の下に沈み込む.海洋プレートが沈み込む際には海水を引きずり込んで含水鉱物を形成している が,深さ約 100 km および 150 km の温度・圧力条件で水を放出する.周囲のマントルは,放出さ れた水のために融点が下がり,部分溶融する.これがマグマの起源となる.溶融したマグマの密 度は周囲の岩石よりも低くなるため浮力を得て上昇し,地表に達し火山を形成する(図 6).マ Figure 6: プレートの沈み込みにともなう火山の形成の概念図.Richards (Ore Geol. Rev., 2011) より転載. グマの生成が沈み込んだプレートがある深さに達した場所であるために,地表での火山の分布は 線状になる.沈み込んだプレートが 100 km および 150 km 付近の深さに達したところでマグマ が形成されるため,火山の分布は 2 列の線状になるが,深さ 100 km 付近で生成されるマグマの ほうが多いため,プレート境界に近い側(前孤側)の火山のほうが数が多く,総体積も大きい. 日本列島には 111 の活火山がある(7)が,全てプレートの沈み込みにともなう火山である. 北海道から本州・伊豆諸島に連なる火山列は,太平洋プレートの東北日本への沈み込みにともな う火山である.九州から薩南諸島へ連なる火山列は,フィリピン海プレートの西日本への沈み込 みにともなう火山である.背孤側の火山列の一つとして雲仙があるのがみてとれる(図 7).な お,フィリピン海プレートは近畿・中国・四国地方の下へも沈み込んでいるが,これらの地方に は活火山がない.それは,フィリピン海プレートが若いプレートで沈み込んでいるプレートの長 さが短く,かつこれらの地方の下では浅く沈み込んでいるために 100 km の深さまで達していな いことが理由である.フィリピン海プレートは九州地方では高角で沈み込んでいるため,沈み込 んだプレートが 100 km 以上の深さにまで達している. 5
  • 6. Figure 7: 日本列島の火山の分布 2.3 ホットスポット 地球内部のマントルは短い時間スケールでは固体的に振る舞う,すなわち地震波の S 波を通すが, 長い時間スケールでは流体的に振るまう.そのため,マントル対流が発生している.マントル対 流が地表に達する場所では高温の物質が湧き上がり火山を形成している(図 8).典型的なホッ トスポットはハワイ諸島(アメリカ合衆国)・イエローストーン(アメリカ合衆国)・ガラパゴス 諸島(エクアドル)・レユニオン島(フランス領)などである.アイスランドはホットスポット とプレート発散境界が重複した場所である. ホットスポットは地球内部で位置を変えないと考えられている(が,最近ホットスポットが 移動した可能性が指摘されている).地球表面ではプレート運動が発生しているため,ホットス ポットの地球表面での位置は動いていく.たとえば,ハワイ諸島は西北西–東南東方向に線状に分 布しており現在活動中のハワイ島が東南東の端に位置している(図 9)が,これはハワイプレー トをのせた太平洋プレートが西北西に移動していることを示している.ハワイ島のさらに西北西 方向ではかつての火山は海底下に沈んだ海山となっているが,海山列は途中で北北西方向に向き を変え,カムチャッカ半島(ロシア)方面に伸びている.これは,4000 万年ほど前まではプレー ト運動の向きが北北西方向だったのが,それ以降西北西方向に向きを変えたことを表している. なお,北北西–南南東方向に伸びる海山列は天皇海山群,西北西–東南東方向に伸びる海山列をハ ワイ海山群と呼ばれている. 6
  • 7. Figure 8: ホットスポットの概念図 Figure 9: ハワイ諸島・天皇海山列の分布. 7
  • 8. 3 マグマのだまりの形成とマグマの上昇 上に述べたように火山のでき方は大きく 3 つに分けられるが,どの種類の火山であっても上昇し てきたマグマが停止せずにそのまま地表に噴出することは稀である.マグマ上昇の主な原動力は, マグマと周囲の岩石(母岩)との密度差による浮力であるが,マグマが浅部に移動すると母岩の 密度も減少するため,マグマ上昇への推進力を得られなくなるためである.マグマが浮力を得ら れなくなると,その場で停滞し,マグマだまりを形成する.その後なんらかの理由による上昇と 停滞を繰り返し,複数のマグマだまりを作りつつ地表に至ることが普通である(図 10). Figure 10: 地表から上部マントルにかけてのマグマだまりの模式図.低粘性マグマの入ったマグ マだまりは黄色で,高粘性マグマの入ったマグマだまりは赤色で示している.母岩の温度は薄茶 になるほど低く,濃茶になるほど高い.Cashman et al. (Science, 2017) より転載. マグマだまりで停留しているマグマは,周囲の岩石に冷やされていく.マグマが冷やされる にしたがいマグマからは結晶が析出する.析出する結晶の化学組成は元のマグマの化学組成とは 異なるので,残されたマグマの化学組成も変化していく.これを結晶分化という.図 10 に示す 8
  • 9. ように,結晶分化が進むとともにマグマの粘性は高くなっていく.日本列島の火山のような島弧 火山は,上盤側(プレートに沈み込まれる側)が大陸地殻や島弧地殻になっており海洋地殻より も平均的な密度が低いためにマグマの浮力を得にくく,マグマは多くのマグマだまりを作りなが ら長い時間をかけて地表に噴出する.そのため日本列島の火山のような島弧火山には粘性の高い マグマを産出する火山が多いが,例外もある.例えば,伊豆大島や富士山は主に粘性の低い玄武 岩質の溶岩を噴出する. なお,溶岩の粘性は岩石中の二酸化ケイ素(SiO2)の割合によって決まる.SiO2 の割合が低 いと岩石の色が黒っぽくなり粘性は低くなる.反対に SiO2 の割合が低いと岩石の色が白っぽく なり粘性が高くなる.マグマの粘性に応じて低い方から玄武岩(basalt)・安山岩(andesite)・デ イサイト(dacite)・流紋岩(rhyolite)などと呼ばれる(図 11,12). Figure 11: SiO2,Na2O,K2O の含有量と岩石名の関係.Ridley (U. S. Geological Survey Scientific Investigations Report, 2012) より転載. 4 火山噴火の種別 火山の噴火は爆発的噴火・非爆発的噴火に分けられるだけではなく,新鮮なマグマが放出される マグマ噴火,帯水層にマグマが貫入することによって大量の水蒸気が急激に発生することによっ て発生するマグマ水蒸気爆発,マグマが帯水層を間接的に熱し気化・膨張することによって発生 する水蒸気爆発,に分類される.また,マグマ噴火はその噴火様式によりハワイ式・ストロンボ リ式・ブルカノ式・プリニー式などに分類される. 9
  • 10. Figure 12: 様々なマグマの温度と粘性の関係.Lesher and Spera (The Encyclopedia of Volcanoes, 2015) より転載. 4.1 マグマ噴火 マグマ噴火は火山の地下に存在する新鮮なマグマが地表に放出される現象である.マグマには水 蒸気や二酸化炭素などの揮発性物質を溶解しているが,マグマが浅部に移動することによりマグ マにかかる圧力が下がり,これらの揮発性物質が脱ガスする.この脱ガスの様式が噴火の爆発性 を左右する.一般的に,マグマの粘性が高いほうがより爆発性の高い噴火を起こす傾向にある. 噴火様式は,噴出物の分散度と破砕度によって分類される.噴火によって放出される火砕物 Figure 13: 分散度(横軸)と破砕度(縦軸)による噴火の分類.Walker (Geol. Rundsh., 1973) よ り転載. の厚みは火口から遠ざかるごとに減少するが,同じ厚さの地点を結ぶと,風下の方向を主軸とし た楕円状の図ができる(たとえば図 14).分散度は最大層厚の 1/100 の等層厚線で囲まれる面 積と定義する.この分散度は,噴火が爆発的であるほど大きくなる.破砕度は,等層厚線の主軸 上の最大層厚の 1/10 の地点で堆積物中に占める直径 1 mm 以下の粒子の量比(%)で定義する. 噴火が爆発的であるほど破砕度は大きくなる. 10
  • 11. Figure 14: 1707 年富士山宝永噴火にともない堆積した火砕物の厚みの分布.Miyaji et al. (J. Volcanol. Geotherm. Res., 2011) より転載. 11
  • 12. 図 13 にみるように,分散度と破砕度はおおむね正の相関にある.とりわけ,マグマ噴火に関 しては相関が高い.爆発性の低い順にハワイ式・ストロンボリ式・準プリニー式・プリニー式と 分類される(図 13). ハワイ式噴火は,マグマのしぶきや溶岩が連続的に流れる非爆発的噴火である(図 15).キ Figure 15: ハワイ式噴火の例.キラウエア火山 1969–1971 年噴火. ラウエア・マウナケアなどハワイ島の火山で多く見られることから名付けられた.粘性の低い玄 武岩質溶岩を持つ火山で発生することが多く,日本では伊豆大島や三宅島でよく見られる. ストロンボリ式噴火は,ハワイ式噴火を起こす溶岩よりはやや高い粘性の玄武岩質マグマの 間欠的爆発による噴火である(図 16).ストロンボリ火山(イタリア)でよく見られることから Figure 16: ストロンボリ火山において 2014 年 8 月に発生したストロンボリ式噴火. 名付けられた.日本では伊豆大島・諏訪之瀬島(鹿児島県)などで見られる. マグマの粘性がやや高い安山岩質になると,ブルカノ式噴火が発生する(図 17).マグマの 12
  • 13. Figure 17: 桜島において 2016 年 5 月 1 日に発生したブルカノ式噴火. 13
  • 14. 粘性が高くなると,閉塞された火道の地下でガスの圧力が高まり,爆発的な噴火になる.ブルカ ノ火山(イタリア)でよく発生する噴火であるために名付けられ,日本では浅間山や桜島でよく 発生する. プリニー式噴火は西暦 79 年に発生したベスビウス(イタリア)火山の噴火を調査・記録し, 住民の救出活動中に殉職したガイウス・プリニウス・セクンドゥスにちなんで名付けられた.プ リニー式噴火では,大量の軽石や火山灰を火口から噴出し,成層圏に達する噴煙柱が立ち上がる. 風下では軽石や火山灰が広範囲に降下し,火砕流をともなうこともある(図 18).粘性の高いマ Figure 18: サリチェフ火山(ロシア)で 2009 年 6 月 12 日に発生したプリニー式噴火.スペース シャトルから撮影された. グマの噴火において見られることが多いが,粘性が低くても発生することがある.1980 年セン トヘレンズ火山(アメリカ合衆国)噴火や 1991 年ピナツボ火山噴火がよく知られたプリニー式 噴火である.日本では,1929 年に北海道駒ケ岳においてプリニー式噴火が発生した.2011 年霧 島新燃岳(鹿児島県・宮崎県)噴火はこれらの噴火よりはやや規模が小さい準プリニー式噴火が 発生した(図 19). 4.2 マグマ水蒸気爆発 火山の地下に地下水があったり火山自体が海面下にあってマグマが水に触れやすい環境にあった りすると,水の加熱による蒸発が急激な体積膨張をもたらすために爆発的な噴火になる.このよ うな,水の液体から気体への相変化が原動力になる爆発を一般的に水蒸気爆発というが,マグマ が直接地下水や海水に触れることによる爆発をマグマ水蒸気爆発,マグマが水に触れることなく, 水を間接的に温めることによる爆発を水蒸気爆発という. マグマ水蒸気爆発は,その強い爆発力により,噴火規模に比べてマグマの破砕度が大きい,す なわち細粒の火山灰が相対的に多くなる(図 13).マグマ水蒸気爆発の例としては,2000 年有珠 14
  • 15. Figure 19: 霧島新燃岳で 2011 年 1 月 26 日に発生した準プリニー式噴火. 山噴火や 2015 年口永良部島噴火がある(図 20). 4.3 水蒸気爆発 上に述べたように,マグマが地下水を間接的に温め,温められた地下水が気化し急激に膨張する ことが原動力となる噴火を水蒸気爆発という.水蒸気爆発は直接マグマが噴出する噴火ではない が,爆発力が大きく,1888 年磐梯山(福島県)噴火のように大規模な山体崩壊をもたらすことも ある.とはいえ水蒸気爆発は小規模なものが多いが,小規模噴火でも 2014 年御嶽山噴火のよう に大きな被害をもたらすことがあるのはいうまでもない. また,地下から新鮮なマグマが輸送され噴出するマグマ噴火と比べ,地下水が枯渇すると噴 火の原動力を失う水蒸気爆発は長期間続かないことが多い.2014 年御嶽山噴火がその一例であ るが,2010–2011 年霧島新燃岳噴火のように水蒸気噴火からマグマ噴火に移行し火山活動が長期 間継続することもあるため,発生した噴火が水蒸気爆発であったからといって火山活動が短期間 で収束すると予測することはできない. 5 火山観測 火山活動の現状を理解し今後を予測することは,地下でのマグマの動きを観測によって理解する という意味で科学的に重要であるだけでなく,噴火が発生した際の被害を最小限に抑えるという 点で社会的にも重要である.このことから,火山観測は 19 世紀から盛んに行われてきた.世界 最古の火山観測はベスビウス火山(イタリア)で 1841 年に始まったが,20 世紀になり,日本で も 1911 年に日本最古の火山観測所が浅間山西南西山腹に設立され(図 21),ハワイでも 1912 年 に米国地質調査所ハワイ火山観測所がキラウエア火山に設立された. 15
  • 16. Figure 20: 2015 年 5 月 29 日に口永良部島で発生したマグマ水蒸気爆発. Figure 21: 浅間山に 1911 年に設立された日本最古の火山観測所. 16
  • 17. 火山活動は下に述べるように複雑であるため,火山活動を理解するためには様々な観測を行 わなくてはならない.活火山では,マグマの動きにともない周囲の岩石で発生する地震やマグマ 地震の振動によって発生する地震を観測しているほか,噴火の際にもたらされる空気振動,マグ マの輸送にともなう周囲の岩石の変形,マグマ輸送にともなう岩石の密度変化,火山性ガス,岩 石の電磁気的性質の変化,などの観測を行っている.ここでは,このうち地震観測および地殻変 動観測について述べる. 5.1 地震観測 地震観測は最も古くから行われている観測項目の一つであり,火山観測の基本となる観測項目で ある.地震発生回数の時間変化や低周波地震の発生の有無は,火山活動の消長の評価の有力な指 標となる(図 22).火山においては,非火山地域で発生する地震と類似した波形を持つ地震(火 Figure 22: カサトチ火山(米国アラスカ州)2008 年噴火に先行して観測された地震波形の例.1 本の線が 30 分に相当する.8 月 6 日 6 時頃から地震活動が始まり次第に活動が高まっている.8 月 7 日 11 時ごろには低周波微動(LF tremor と記されている)が発生し,14 時頃に噴火が始まっ た.White and McCausland (J. Volcanol. Geotherm. Res., 2016) より転載. 山構造性地震)や非火山地震で発生する地震よりも低周波の信号が卓越した低周波地震,連続的 に振動が続く火山性微動,など様々な地震が発生し,観測される地震の波形によって,様々な分 類がなされている(図 23).ここで全てを紹介するのは不可能なので,ここではいくつかの代表 17
  • 18. Figure 23: 2014 年御嶽山噴火の際に観測された地震波形の例.(a) は火山構造性地震,(b) は低周 波地震である.両者とも同規模(M0.2–0.3)の地震であるが,信号に卓越する周波数が異なるこ とがわかる.Kato et al. (Earth Planet. Space, 2015) より転載. 的な例について述べる. 5.1.1 火山構造性地震 活火山においても,非火山地域で発生する地震のように P 波や S 波の到達が明瞭に見えて相対的 に高周波成分の卓越した地震が見られる.観測される波形が非火山地域で見られるそれと類似し ているため,断層すべりによる地震が多いと推測され,実際に断層すべりによって観測波形をう まく説明できる例も多いが,必ずしも断層すべりによって火山構造性地震が発生しているとは限 らない. 火山性構造性地震が発生するメカニズムの一つとして,マグマ貫入にともなう応力擾乱によ るものが考えられる(図 25).マグマが浅部に貫入する際には,シート状の形状で貫入するのが 最も有利であるため,特に粘性の低いマグマの場合はシート状のマグマ貫入(ダイク貫入)が見 られる(??).なお,ダイクの走向は最小主応力に垂直の方向がエネルギー的に最も有利になる. ダイクが貫入すると,ダイク先端部に応力が集中する.これは紙に切り込みを入れて,その切り 込みに垂直な方向に引っ張ると切れ目が拡大していくことから理解できるだろう.この場合は切 れ目の両端に応力が集中しているため,切れ目の先端から紙が破れて切れ目が拡大していってい る.ダイク先端部に応力が集中すると,その応力を解放しようとして地震が発生する.雑駁な言 い方をすると,貫入したダイクが周囲の岩石をバキバキ割っているというものである.このよう に発生する地震は,ダイク先端で発生するためにダイクの進展に従い一直線にならぶことになる. 実際に,1983 年にキラウエア火山で発生した群発地震は一直線に並び,上に述べたようなメカ 18
  • 19. Figure 24: ダイク貫入にともなう地震発生の概念図.灰色で記した部分がダイクの中のマグマあ る.この場合最小主応力は上下方向で,ダイクは上下に開く.それにともなう応力擾乱により, 図中の 1,2,3 で地震が発生する.Rubin and Gillard (J. Geophys. Res., 1998) より転載. ニズムで発生したことが分かる(図 26). ここまで述べた火山構造性地震のメカニズムは観測されている火山構造性地震の一部を説明 することができるが,全部を説明できるわけではない.実際に発生する地震は直線上に分布する わけではなく,マグマ貫入域から離れたところで地震が発生することもある.このような地震が なぜ発生するのかは理解されていない. 5.1.2 低周波地震 火山で発生する地震の大きな特徴は,通常の地震よりも低い周波数成分を持つ地震が発生するこ とである.観測される波形は様々である(27)ので,観測される波形に応じて様々な分類がなさ れている.また,観測波形に主に含まれる周波数帯域に応じて低周波地震・超低周波地震などと 呼び分けられることもある.これらの地震波形が観測され解析されるようになった背景には,低 周波から高周波までの地震波を観測できる広帯域地震計が近年開発されて世界中の火山に設置さ れるようになったことがある. 観測される低周波地震は図 28 に示すように,クラック状の容器の振動,円柱状の容器の振 動,球状の容器の振動,球状の容器からダイクへの物質の移動,円柱から水平クラック(シル) への物質の移動,など様々なモデルで説明できる.低周波地震のメカニズムは,これまでに世界 中の火山で研究され,様々なメカニズムが提唱されてきたが,たとえば観測された低周波地震が クラックの中に満たされた流体の振動で説明できる場合は,その振動の卓越周波数や振動の減衰 の速さから,クラックの中に満たされている流体の性質を推定できる.すなわち,クラックの中 で振動している流体が水蒸気や二酸化炭素などの気体であるか,発泡した水やマグマであるか, もしくはマグマと気体の混合であるか,などが推定できる. 19
  • 20. Figure 25: レイキャネス半島で見られるダイク貫入の跡.Rubin (Ann. Rev. Earth Planet. Sci., 1995) より転載. 20
  • 21. Figure 26: キラウエア火山で 1982 年 12 月 30 日から 1983 年 1 月 11 日まで発生したダイク貫入 にともなう群発地震にともなう震央分布(x で記している).ほぼ一直線上に並んでいることが わかる.Rubin et al. (J. Geophys. Res., 1998) より転載. Figure 27: 様々な火山で観測される低周波地震の波形の例.Chouet (in Modeling Volcanic Process: The Physics and Mathematics of Volcanism edited by S. A. Fagents et al., Cambridge Univ. Press, 2013) より転載. 21
  • 22. Figure 28: 火山性地震にともない観測される波形を説明するための様々なモデル.(a) は左から, クラック,円柱,球状の容器を示す.(b) は左から球状の容器からダイクへの物質の移動,円柱か らシルへの物質の移動を表す.Ohminato (Geol. Soc. Lond. Spec. Publ., 2008) より転載. 5.1.3 噴火にともなう微動・地震 活火山では,噴火が近づくとマグマの動きにともない振動が連続的に継続する.これを連続微動 という.連続微動が観測されると,噴火が近いことを意味する.図 29 に示すように,噴火が近 づくにつれて観測される微動の周波数成分が変わっていくこともある. 火山が噴火すると,爆発にともない地震波を励起する(図 29).火山の爆発は図 30 の P で 表される質量の放出で表される.噴火の際は,まず質量にかぶさっている蓋が吹き飛ばされるの で,質量と蓋の間(図 30 の AB)にかかっていた力は一瞬で解放される.質量と側壁や下部にか かっている力(図 30 の FS や FB)は,爆発の継続時間に応じて解放される.このモデルは 1980 年代に提唱されたものであるが,観測された地震波形をよく説明できることが多いため,現在で も様々な火山の爆発にともなう地震のメカニズムを説明するためによく用いられている. 5.1.4 地震波を用いた地下構造の解明 ここまで,地震観測により火山で発生する地震のメカニズムを明らかにできることを述べてきた が,地震観測は,火山の地下構造を明らかにすることもできる.地下で発生する地震を地上の観 測点で観測すると,地上では,震源と観測点の間の地下構造の情報を持って地震波が観測される ことになる.そのため,多数の地震・地震観測点の組み合わせを用いることにより,地下構造を 求めることができる.地震波は震源から観測点まで直接到達するだけでなく,構造境界で反射し たり,微細な構造の不均質性により散乱したりして様々な波動場を形成するため,これらの波動 場を使うことにより,火山の地下構造について豊かな情報を引き出すことができる.医学の世界 では CT スキャン(コンピューター断層撮影)により人体内部の構造を知ることができるが,技 22
  • 23. Figure 29: スフリエールヒルズ火山(英国領)で 1999 年 1 月 7 日に発生したブルカノ式噴火にと もなう観測地震波形の例.上段に波形を,下段にスペクトログラムを表している.噴火に向かっ て観測波形の卓越周波数が上昇していることがわかる.Sparks (Earth Planet. Sci. Lett., 2003) お よび Neuberg (Phil. Trans. R. Soc. Lond. A., 2000) より転載. Figure 30: 火山爆発にともない発生する地震を説明するためのモデル.爆発により吹き飛ぶ物質 を P,P と周囲の岩石との接触にともない働く力を FT ,FS,FS で表す.Kanamori et al. (1984) より転載. 23
  • 24. 術的には類似したものである.ただ,CT スキャンの場合には「震源」の場所などをコントロー ルすることができるが,地震観測の場合は,多くの場合震源の場所や発生時刻を観測者によって コントロールすることはできない. 地震波を用いた火山の地下構造の研究は世界中で行われているが,ここでは,富士山につい ての例を示す.富士山では,地下 15 km 付近で低周波地震が発生しているが,この付近では P 波速度・S 波速度が共に周囲よりも低くなっている(図 31).これは,低周波地震が発生する領 Figure 31: 富士山を通る東北東ー西南西断面の地震波速度構造.(a) P 波速度,(b) S 波速度を表 す.富士山直下の低周波地震を赤点で,その他の地震を黒点で表している.低周波地震が発生す る領域では相対的に低速度であることがわかる.Nakamichi et al. (J. Geophys. Res., 2007) より 転載. 域で火山性流体などが存在することを示している.富士山のマグマだまりは深さ 20 km 付近に あると考えられるが,図 31 ではマグマだまり周辺の地下構造については不明であるため,地震 波速度の空間勾配に敏感なレシーバー関数解析と呼ばれる手法を用いることにより,マグマだま りによるものと思われる低速度領域が深さ 15–25 km 付近に発見された.これらの結果を踏まえ て,現在の富士山のマグマ供給経路は図 32 のように理解されている. 5.2 地殻変動観測 活火山が活発化する際には,マグマだまりや熱水の増圧,マグマの輸送がともなうことが多い. これらの現象が発生する際には,マグマや熱水が周囲の岩盤を押し広げるなどして力を加え,そ れが地表の変形として観測される. 活火山における観測が行われはじめたのは 20 世紀初頭のことであったが,地殻変動観測は当初 から重要な観測項目であった.1980 年代後半以降に全地球航法衛星システム(Global Navigation Satellite System; GNSS)や合成開口レーダー(Synthetic Aperture Radar; SAR)などの衛星測 地技術が登場するまでは,水準測量・三角測量・光波測量といった測量技術や傾斜計・ひずみ計 24
  • 25. Figure 32: 地震観測から得られた富士山地下のマグマ供給経路の概念図.(a) は富士山を中心と した南北断面,(b) は北東ー南西断面を表す.まぐまだまりは 15–25 km 付近に存在し,さらに 深さ 40 km 付近にさらに深部からのマグマ供給経路を示すと思われる地震波速度異常がある. Kinoshita et al. (J. Geophys. Res., 2015) より転載. を用いて火山活動にともなう地表の変形を計測していた. 衛星測地観測技術が登場する前は,火山活動にともなう地殻変動を長期にわたり安定して高 い時間分解能で観測することは困難であった.水準測量や三角測量は短い時間間隔で観測を行う ことが困難であるし,傾斜計やひずみ計による観測は時間分解能に優れるものの,計器と岩盤の カップリングに起因するドリフトの存在から,観測の長期安定性に問題があるからである.この ような問題は,全地球測位システム(Global Positioning System; GPS)をはじめとした GNSS の登場によって解決されることになる.GNSS による観測は水準測量による観測ほどの精度はな く,またひずみ計・傾斜計による観測ほどの感度もないが,これらの観測よりも時間分解能もし くは計測の長期安定性に優れているため,火山活動にともなうマグマ輸送を高い時間分解能で明 らかにすることができるようになった.なお,傾斜計やひずみ計による観測は,GNSS による観 測よりも長期安定性に問題があるものの感度に優れるために,場合によってはマグマ輸送過程を 明らかにするための強力な手段となる. なお,火山における地殻変動観測については,青木(火山, 2016)が詳細なレビューをまとめ ている. 25
  • 26. 5.2.1 観測技術 上に述べたように,火山活動にともなう地殻変動の観測から地下での火山過程について深い理解 を得るためには,性質の異なる様々な種類の観測が必要であり,現在でも様々な種類の観測が行 われている.ここでは主な観測技術について概要を述べる. 水準測量 水準測量は,測量路線に沿ってある観測点と隣の観測点との標高の違いを計測していき,2 つ の時刻における高さの差を計測するものである.測量には手間がかかるために時間分解能は悪い が,上下変動の計測精度は GNSS を上回る. 傾斜計・ひずみ計 傾斜計・ひずみ計は,それぞれ地表の傾斜およびひずみを計測するものである.火山観測に 用いる傾斜計・ひずみ計は非常に精密で,潮汐による 10−9 程度のひずみ,10−9 rad 程度の傾斜 を計測することができる. 傾斜計やひずみ計による計測は感度が非常に高いが,長期安定性は高くない.そのため,傾 斜計やひずみ計は,地震や噴火といった短期的な現象による変形の計測には優れているが,地下 でのマグマの蓄積など長期的な現象にともなう変形を計測するには優れていない.それは,傾斜 計やひずみ計の記録には,計器と地殻との不完全なカップリング,降雨や気温変化の影響などに 起因するドリフトが含まれるからである. GNSS GNSS 観測は,地上に設置したアンテナで米国によって打ち上げられた GPS やロシアによっ て打ち上げられた GLONASS といった GNSS 衛星からの電波を受信し,観測点の座標を時々刻々 決定する.データのサンプリングレートは一般的に 30 秒もしくはより短い時間であり,1 日ご と,もしくはより短い時間間隔ごとに観測点の座標を水平成分で 2–3 mm,鉛直成分で 5–8 mm の精度で決定する.GNSS 観測は傾斜計・ひずみ計による観測よりも微小変動を感知する能力は 低いが,長期安定性に優れ,また,ボアホール・横穴などを掘る必要がないことから観測点あた りに必要なコストも少なく,1990 年代より地殻変動観測の主役となっている.日本列島において は,現在 GEONET と呼ばれる,約 20 km 間隔で約 1200 点の GNSS 観測点が国土地理院によっ て整備されている.Aoki et al. (Science, 1999) は,1997 年伊豆半島東方沖群発地震にともないこ の観測網や傾斜系・水準測量により観測された地殻変動を板状岩脈(ダイク)の貫入および群発 地震中に発生した M 5.7 の地震による地殻変動によって説明し,群発地震中のマグマの移動およ び停止を時々刻々追跡していくことが可能であることを示した(図 33).しかし,GEONET の 約 20 km 間隔の観測網は火山観測にとっては十分な観測密度ではない.そのため,いくつかの火 山ではさらに空間的に密な観測が行われている.例えば浅間山においては GEONET の観測網を 補完するように東京大学地震研究所および防災科学技術研究所による観測網が整備され,2004, 2008, 2009 年噴火をはじめとした火山活動にともなう地殻変動を観測している(図 34). 26
  • 27. Figure 33: (左)1997 年伊豆半島沖群発地震にともない GPS および傾斜系により観測された地 殻変動.水準測量の観測点も黄緑色で記している.観測された地殻変動を説明する岩脈(ダイク) を赤四角で,群発地震期間中に発生した M 5.7 地震にともなう断層を青線で記す.(右)群発地震 活動中のダイクの開口レートの時間変化.Aoki et al. (Science, 1999) より転載. Figure 34: (左)浅間山 2004 年噴火にともない GPS 観測網でとらえられた水平変位.赤は観測 を説明するダイクの位置を,緑は山頂の位置を示す.(右)浅間山 2009 年噴火にともない GPS 網 で観測された水平変位.Aoki et al. (Geol. Soc. London Spec. Publ., 2013) より転載. 27
  • 28. SAR SAR 観測は,衛星から放射されるマイクロ波の後方散乱を 2 つの時刻で観測することにより 衛星から地表のターゲットまでの距離を計測し,観測された時刻の間の地殻変動を抽出するもの である(図 35). Figure 35: SAR 観測の概念図.SAR 衛星は移動方向に対して右側もしくは左側に電波を照射し, 後方散乱してきた電波を観測して衛星からターゲットまでの距離を計測している. 地殻変動の大きさが充分小さく地表の散乱特性が火山灰・土砂崩れ・液状化などで変化して いない場合には,観測された信号の位相差に注目することにより地殻変動を抽出する.これを干 渉 SAR(InSAR)という.地殻変動が大きく地表の散乱特性が変化していない場合には,観測さ れる信号の振幅に注目して,画像の「位置合わせ」のような形で地殻変動を抽出する.この場合, InSAR よりも計測精度が悪くなる. 5.2.2 非噴火時の地殻変動 マグマだまりにマグマが注入されると,マグマだまりが増圧し山体は膨張する.この段階では顕 著な地震活動が観測されない場合もある.活動源近傍に地震計が設置されていない活火山におい ては,実際には発生している地震活動が観測されない場合もあるだろう.また,GNSS・傾斜計・ ひずみ計などによる観測が火山近傍でなされていない場合には,地殻変動を観測できない.その ような場合でも,地上での観測機材が必要ない SAR を用いることによって地殻変動を検出でき る.たとえば,南米の多くの火山ではアクセスが困難であったりインフラの整っていない地域に あり,地上での観測網を構築するには多大な労力を要するのだが,InSAR を用いて,実はマグマ 蓄積による山体膨張が進行していたということが明らかになっている(図 36). 非噴火時のマグマ蓄積にともなう山体膨張は,SAR などの人工衛星による観測だけでなく, 地上観測からも数多く観測されている.しかし,噴火に先立つ膨張期間は 1 年もしくはそれ以下 から数 10 年もしくはそれ以上にわたることがあり,まちまちである.たとえば,2004, 2008, 2009 年浅間山噴火に先立つ山体膨張期間は数ヶ月程度,2011 年霧島新燃岳噴火に先立つ山体膨張期 28
  • 30. 間は 1 年ほど(図 37)であるのに対して,Campi Flegrei 火山(イタリア)では 2005 年以降現 在まで 10 年以上に隆起が継続し,Long Valley カルデラ(アメリカ合衆国)では,1978 年以降 30 年以上にわたり間欠的に山体膨張が継続しているが,噴火は発生していない.姶良カルデラで Figure 37: 霧島新燃岳周辺の GNSS 観測網(左)といくつかの観測点間の距離変化(右).2011 年噴火に先立つ急激な膨張と噴火にともなう瞬間的な収縮,噴火後の再膨張などが見てとれる. Nakao et al., (Earth Planet. Space, 2013) より転載. は,少なくとも 1940 年代から現在に至るまで消長を繰り返しながら隆起が継続し,その間に多 くの噴火が発生している.また,Santorini 火山(ギリシャ)や Laguna del Maule 火山(チリ) のように長期間の静穏期の後に急速なマグマ蓄積が 1 年から数年継続するが噴火には至らない例 もある. 活火山において非噴火時に生じる地殻変動は山体膨張だけではなく,山体収縮が発生するこ ともある.山体収縮のメカニズムはかならずしも広く研究されているわけではなく,そのメカニ ズムも明確になっているわけではないが,熱水や火山ガスの放出による球状圧力源の減圧やマグ マの冷却によって生じていると解釈されることが多い.浅間山においても,噴火間には山体収縮 がみられる.開口型火山の浅間山では静穏期でも火山ガスの放出が見られるが,放出された火山 ガスの量から期待されるマグマ体積変化は地殻変動観測から期待されるそれよりも遥かに大きく, 30
  • 31. 他のいくつかの火山と同じく火道内でマグマ対流が発生していると考えられる. 活火山においては,噴火や地震活動が大地震により誘発されることが知られているが,最近 の SAR 観測の発展により,大地震が火山地域の地殻変動を誘発することが明らかになった.具 体的には,2011 年東北地方太平洋沖地震や 2010 年 Maule 地震(チリ)が近隣の活火山を沈降さ せたことが明らかになった(図 38).近隣の GNSS 観測と比較すると,この沈降が東北地方太平 Figure 38: 2011 年東北地方太平洋沖地震にともなう,東北地方の火山の局所的な沈降の空間分 布.秋田駒ケ岳(b),栗駒山(c),蔵王(d),吾妻山(e),那須岳(f)で沈降が見られる. なお,東北地方太平洋沖地震そのものにともなう広域的な地殻変動は除去している.Takada & Fukushima (Nat. Geosci., 2013) より転載. 洋沖地震の発生とほぼ同時に起きたと考えられる.SAR によるこれらの観測は明確なものである が,これらの沈降を引き起こしたメカニズムについてはかならずしも明確ではない.観測された 沈降が地震により火山地域がより大きく引き伸ばされたことによるという見方や.地震による動 的もしくは静的応力変化によりマグマだまりもしくは熱水だまりからマグマや熱水が放出され減 圧し,それにより沈降が観測されたと主張がある. その他に,過去に貫入した溶岩ドームが収縮することによる沈降が観測されることもある. Wang & Aoki (J. Geophys. Res. Solid Earth, 2019) は,1992 年から 2017 年にかけて SAR 衛星か ら撮像された画像を整理し,有珠山において 1943–1945 年, 1977–1982 年,2000 年に貫入した溶 岩ドーム部分が沈降していることを発見した(図 39).彼らは,観測された沈降が貫入したマグ 31
  • 32. Figure 39: SAR 衛星により観測された有珠山周辺の地殻変動.概ね寒色系が沈降,暖色系が隆起 を表す.左列(Ascending paths)が西側の観測,右列(Descending paths)が東側の観測を表す. 上段(JERS)が 1992–1998 年,中段(ALOS-1)が 2006–2011 年,下段(ALOS-2)が 2014–2017 年の平均速度をしめす.図中 SS は 1943–1945 年噴火の際に貫入した溶岩ドームの場所を,OU は 1977–1982 年噴火の際に貫入した溶岩ドームの場所をしめす.2000 年噴火の際には KC およ び NC に溶岩ドームが貫入した.Wang & Aoki (J. Geophys. Res. Solid Earth, 2019) より転載. 32
  • 33. マの熱収縮によるものであると解釈し,適切な熱パラメータを用いて観測された沈降をその時間 変化も含めて説明することに成功した. 5.2.3 火山活動にともなう地殻変動 火山噴火は火山体内部からの質量の放出であるので,基本的には,噴火にともない火山は収縮す る.実際に,噴火にともなう山体収縮は世界中の火山で観測されている.しかし,近年の地殻変 動観測の発展により,様々な現象が観測され,多くの知見が得られ,噴火にともなう地殻変動に は様々な様式があることがわかってきた.ここでは,2011 年霧島新燃岳噴火を例にとり解説する. 2011 年の霧島新燃岳噴火では,3 回の準プリニー式噴火が発生したのち,溶岩ドームを形成 する非爆発的噴火へと移行した.この火山活動にともない,傾斜計は準プリニー式噴火にともな うステップ的な傾斜変動と溶岩ドーム形成にともなう緩やかな傾斜変動を観測した(図 40). Figure 40: 2011 年霧島新燃岳噴火にともない観測されたいくつかの観測点における傾斜変動.噴 火にともなうステップ的な傾斜変動が見られる.また,SAR 画像の撮像時期も記してある.Ozawa & Kozono (Earth Planet. Space., 2013) より転載. 溶岩ドーム形成前後に撮像された多数の SAR 画像の強度画像から,適切な仮定を用いて溶岩 ドームの体積の時間変化を求めると,1.5 × 107 m3 の溶岩ドームがほぼ一定速度で約 2 日間かけ て形成されたことも明らかになった(図 41).このように求められた溶岩流出体積と傾斜変動の 関係から準プリニー式噴火にともなう溶岩噴出率を求め,過去に発生したプリニー式噴火および 溶岩ドーム形成にともなう溶岩噴出量と噴出率と比較することにより,溶岩噴出率の若干の低下 が噴火様式の大きな変化をもたらしたことが示された. 図 40 は活動期全体の傾斜変動を示しているが,より短い時間スケールで見ると,様々な信号 が見られる.たとえば,2011 年 1 月 29 日から 31 日までの溶岩流出期には,山体膨張および収縮 を示す傾斜変動が繰り返し起こっている(図 42).このうち山体膨張が山体内での増圧,収縮が 溶岩流出に相当するとみられる. 33
  • 34. Figure 41: 2011 年 1 月 18 日から 3 月 29 日まで様々な SAR 観測で撮像された新燃岳山頂付近の SAR 画像.(a) から (ll) へ時間順に並んでいる.火口内への溶岩流出は 1 月 27 日(b)より始ま り,2 月 1 日ごろ(g)には火口を満たし,2 月 7 日ごろ(k)から火口内を満たした溶岩内部に火 口ができ,そこから噴火が始まったことがわかる.Ozawa & Kozono (Earth Planet. Space., 2013) より転載 34
  • 35. Figure 42: 2011 年 1 月 29 日から 31 日までに霧島新燃岳火口周辺で観測された傾斜変動.火口 への溶岩流出にともなう山体収縮およびそれに先行する山体膨張が繰り返されていることがわか る.Takeo et al. (J. Geophys. Res., 2013) より転載. 35