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妊娠期の母マウスの食餌の異なるPFC比が
出生後の仔のインスリン分泌に及ぼす影響
山梨大学大学院 医工農学総合教育部
生命環境学専攻 バイオサイエンスコース
山下紗輝
胎児期低栄養による生活習慣病発症機構
• エネルギー低栄養
• 過度なダイエット
• PFC比が偏った食事(糖
質制限ダイエット、菜食
主義) =
胎児期低栄養
低出生体重児
• インスリン分泌低下
出生
出生後、インスリンを正常に分泌させる
食事指導や治療が必要となる
2型糖尿病発症
成人期
過食
しかし……
• どのような機構によって胎生期低栄養で生まれた子どもがインスリン分泌能が
低下するのか分かっていない。
• また、どの程度の糖質・タンパク質制限によって出生児が発育不全になるのか
も明らかになっていない。
• 胎生期低栄養状態で生まれたマウスのインスリン分泌能を調査する。
• 妊娠期の母マウスの食餌のPFC比の違いによる変化も調べる。
糖質
50-65%
脂質
20-30%
PFC比タンパク質
13-20%
日本人の食事摂取基準(2015年版)
食事および食品におけるタンパク質、脂
質、糖質のエネルギー比率
低糖質食:糖質制限ダイエット
低タンパク質食:菜食主義、発展途上国
方法
妊娠2日目 妊娠18.5日目
出産
18 28 46,47
完全離乳
マウス SlcICR(妊娠2日目)
群分け(母親)
• AIN-93G群(n=4)
• 軽度低糖質食(C34)群(n=4)
• 重度低糖質食(C24)群(n=4)
• 軽度低タンパク質食(P10)群(n=4)
• 重度低タンパク質食(P5)群(n=4)
仔マウスは18,28,46,47日齢で解剖した。
試験食 AIN93-G食
測定項目
• 膵臓 qRT-PCR
膵島で特異的に発現する転写因子
(Glis3,NeuroD,Islet-1)
インスリン遺伝子の転写因子
(HNF1a,HNF1b,HNF4a)
インスリン遺伝子
(Insulin-1,Insulin-2)
• 血清 インスリン濃度
64%16%
20%
AIN-93G食(対照食)
34%
34%
32%
軽度低糖質食
試験食のPFC比
24%
42%
34%
重度低糖質食
74%
16%
10%
軽度低タンパク質食
79%
16%
5%
重度低タンパク質食
マウスの妊娠期や成長期で標準的な食餌
0
0.00001
0.00002
0.00003
0.00004
AIN-93G P10 P5
Islet-1
0
0.00002
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0.00006
0.00008
0.0001
0.00012
AIN-93G P10 P5
Glis3
0
0.00002
0.00004
0.00006
AIN-93G C34 C24
Islet-1
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0.00015
AIN-93G C34 C24
Glis3
RT-PCR 膵島で特異的に発現する遺伝子 (46日齢 オス)
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0.00004
0.00006
0.00008
0.0001
AIN-93G C34 C24
NeuroD
0
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AIN-93G P10 P5
NeuroD
RelativemRNAlevel(/18s)
RelativemRNAlevel(/18s)
• 糖質制限
• タンパク質制限
タンパク質制限食群においてインスリン発現関連転写因子の発現が低下した
RT-PCR インスリン遺伝子転写因子(46日齢 オス)
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AIN-93G C34 C24
HNF1a
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0.0003
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AIN-93G P10 P5
HNF1b
a ab
b
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AIN-93G P10 P5
HNF1a
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AIN-93G C34 C24
HNF4a
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0.0006
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AIN-93G P10 P5
HNF4a
RelativemRNAlevel(/18s)RelativemRNAlevel(/18s)
• 糖質制限
• タンパク質制限
タンパク質制限食群においてインスリン発現関連転写因子の発現が低下した
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AIN-93G C34 C24
Insulin-1
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AIN-93G C34 C24
Insulin-2
a
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AIN-93G P10 P5
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AIN-93G P10 P5
Insulin-2
RT-PCR インスリン遺伝子 (46日齢 オス)
RelativemRNAlevel(/18s)RelativemRNAlevel(/18s)
• 糖質制限
• タンパク質制限
糖質制限、タンパク質制限食群においてインスリン遺伝子の発現が低下した
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AIN-93G C34 C24
46日齢♂
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AIN-93G P10 P5
46日齢♂
a
a
b
血清中インスリン濃度
血清インスリン(pg/mL)
• 糖質制限 • タンパク質制限
タンパク質制限食群において非絶食時の血清中のインスリン濃度が低下した。
結果まとめ
• 糖質制限食およびタンパク質制限食を摂取した母マウスから生まれた46
日齢の雄仔マウスにおいて、インスリン遺伝子のmRNA発現量が、母マウ
スがAIN93G食を摂取した群と比較して低下した。
• タンパク質制限食群において膵島で特異的に発現する転写因子(Glis3,
Islet-1, NeuroD)および非絶食下の血清中インスリン濃度が減少した。
考察
• 母マウスへのタンパク質制限は、雄の仔マウスの膵臓におけるインスリン
遺伝子および関連する転写因子の発現を低下させるとともに、血中インス
リン濃度を低下させる。
• 母マウスへの糖質制限は、雄の仔マウスの膵臓におけるインスリン遺伝
子の発現を低下させるが、血中インスリン濃度には影響は与えない。

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研究内容

Editor's Notes

  1. 私は、妊娠期の母マウスの食餌の異なるPFC比が出生後の仔のインスリン分泌に及ぼす影響というテーマで研究を進めています。
  2. 近年、胎生期の低栄養状態が出生後の2型糖尿病や冠動脈疾患などの生活習慣病の発症を促進するということが分かってきています。 妊娠期の母親が過度なダイエットや偏った食事をすることによって、お腹の中の胎児も低栄養状態となってしまします。このような胎生期に低栄養状態にさらされた子供は低体重出生児として生まれ、インスリン分泌が低下してしまいます。 しかし、出生後成長する過程で過食をするとインスリン分泌が低下しているため糖尿病を発症しやすくなってしまいます。 よって、出生後にインスリンを正常に分泌させるような食事指導や治療が必要となります。
  3. しかし、どのような機構よって胎生期低栄養で生まれた子供がインスリン分泌能が低下するか分かっていません。また、どの程度の糖質・タンパク質制限によって出生児が発育不全になるかということも明らかになっていません。 よって、私は胎生期低栄養状態で生まれたマウスのインスリン分泌能とインスリン分泌能が妊娠期の母マウスの食餌のPFC比によってどのように変化するかということを調査しました。 PFC比とは、三大栄養素であるたんぱく質(Protein)、脂質(Fat)、炭水化物(Carbohydrate)のそれぞれのエネルギー量が、食品および食事全体のエネルギー量に対して、何(%)にあたるかを示したものです。 左の円グラフは日本人の食事摂取基準(2015年版)で策定された望ましいとされるPFC比です。P(たんぱく質)は13-20%、F(脂質)は20-30%、C(炭水化物)は50-65%となっています。 今回の実験では、このPFC比が妊娠期の母親で偏り、低糖質・低たんぱく質状態となったことを低栄養とします。
  4. 実験方法を説明します。 妊娠2日目の雌SlcICRマウスをAIN93G食群(対照食群)、軽度低糖質食群、重度低糖質食群、軽度低たんぱく質食群、重度低たんぱく質食の5群に分け、試験食を出産するまで与えました。 出産後は、すべての母マウスと仔マウスにAIN93G食(対照食)を与えました。仔マウスは28日齢で強制的に完全離乳させ、18、28、46、47日齢で解剖しました。 解剖後、仔マウスの膵臓からRNA抽出を抽出し、cDNA合成しました。そして、qRT-PCRでインスリン遺伝子の転写因子や膵島で特異的に発現する転写因子、インスリン遺伝子のmRNA発現量を測定しました。さらに血清中のインスリン濃度も測定しました。
  5. 試験食のPFC比はこのようになっています。AIN93G食は妊娠期や成長期のマウスで標準的な食餌です。軽度低糖質食は糖質34%、重度低糖質食は糖質24%になっています。次に軽度低たんぱく質食は、タンパク質10%、重度低たんぱく質食はタンパク質5%になっています。
  6. qRT-PCRの結果です。 グラフでは、上段が糖質を制限した母マウスから生まれた仔マウスの結果、下段がたんぱく質制限をした母マウスから生まれた仔マウスの結果を表しています。46日齢の雄仔マウスにおいて、膵島で特異的に発現する転写因子については糖質制限食群でNeuroDが減少傾向にありました。たんぱく質制限食群ではGlis3,Islet-1,NeuroDでmRNAの発現量に減少傾向がありました。
  7. インスリン遺伝子の転写因子についてはタンパク質制限食群でHNF1a,HNF1b,HNF4aのmRNAの発現量に減少傾向がありました。 また、HNF1aとHNF1bでAIN93G食群と比べて重度低たんぱく質食群で有意にmRNAが減少しました。
  8. Insulin-1,Insulin-2遺伝子については糖質制限、タンパク質制限食群においてmRNA発現量に減少傾向がありました。また、AIN93G食群と比べて重低糖質食群でInsulin-1,Insulin-2でmRNA発現量が有意に減少しました。
  9. 血清インスリン濃度を測定した結果です。 血清インスリン濃度はタンパク質制限食で減少傾向があり、重度低タンパク質食群とAIN93G食群を比べて有意に減少しました。
  10. これまでの結果をまとめると、糖質制限食およびタンパク質制限食を摂取した母マウスから生まれた46日齢の雄仔マウスにおいて、インスリン遺伝子のmRNA発現量が、母マウスがAIN93G食を摂取した群と比較して低下しました。また、タンパク質制限食群において膵島で特異的に発現する転写因子(Glis3, Islet-1, NeuroD)および非絶食下の血清中インスリン濃度が減少しました。 この結果から母マウスへのタンパク質制限は、雄の仔マウスの膵臓におけるインスリン遺伝子および関連する転写因子の発現を低下させるとともに、血中インスリン濃度を低下させる戸いうことと母マウスへの糖質制限は、雄の仔マウスの膵臓におけるインスリン遺伝子の発現を低下させるが、血中インスリン濃度には影響は与えないということが分かりました。 よって、低下したインスリン分泌を増加させる食餌が必要であることが分かりました。中鎖脂肪はこれまでの研究でインスリン分泌を増加させると報告されています。そこで私は中鎖脂肪を構成する脂肪酸である中鎖脂肪酸を膵β細胞様細胞であるMIN6に添加し、インスリン遺伝子の転写因子やインスリン遺伝子の発現量を測定しました。