伊藤浩志(日本リスク学会発表, 2022年11月).pdf3. ・ 安心:主観的なリスク認知の問題
→客観的な科学的事実とは異なる
→あやふやな心の問題 / 市民の感じ方の問題
・ 安全:客観的なリスクアセスメントの問題
→科学は、リスクを物質に還元し、定量化できる
→専門家は、リスクを正しく理解可能
「リスクアセスメント」と「科学(リスク)コミュニケーション」の関係
安心・安全二元論
・ 科学を、正しく理解できさえすれば、
→「過剰」な不安/風評被害は、払拭できる
・ 科学を分かりやすく伝えるコミュニケーションが重要
7. ü 2000年以前: 理性中心主義
• 客観的なリスク(統計学的な規範解)と、一般人の主観的なリスク認知
(不安の感じ方)のズレを明らかにする
※ いまでも、多くのリスクコミュニケーションは、この学説を前提にしている
ü 2000年以降: 意思決定における情動や直感の役割を重視
• スロビック自ら学説を修正
→ 2つの思考システムを尊重する「二重過程理論」を提唱
(Slovic, 2007; Slovic et al., 2004)
① 経験的システム: 素人的(日常生活ではこれで十分)
大雑把だが、素早い
感情、直感や経験を頼りにし、無意識的
② 分析的システム: 専門家的
精確だが、時間がかかる
理性、論理を重視し、意識的
リスク認知研究の流れ
2000年以降
一般市民の「過剰」な不安の背後にある合理性を尊重するようになった
9. a
① 知的能力は正常/感情が平坦(情動反応の障害)
→ 後悔/反省しない(不快感を感じないから)
→ 社会行動を自分で制御できない
・ リスク認知の異常(自分に不利な選択をする)
・ ルール無視/計画性なし/無謀な借金/罪悪感なし
② 実験室(理想的条件)では正常だが実生活(不確実性高い)ではダメ
→ 情動反応(快/不快)がないので、多数の断片的な情報の中から、
重要な情報を素早く優先的に選び出すことができない
A
あ
<情動関連部位(前頭前皮質腹内側部)に障害のある人の特徴>
(Bechara A et al., 2000)
(Damasio AR, 2005)
ダマシオの発見とは
ダマシオの研究成果:
・ 感情がないと理性は働かなくなる → 意思決定の主役は「不安」(情動反応)
・ 理性による判断は後付けに過ぎない
理性中心主義的な安心安全二元論(現在のリスクコミュニケーションの大前提)は
21世紀の脳科学によって完全に否定された
10. 脳科学から見た「不安」(扁桃体の機能)
生命の警報装置:
・ 危険が身に迫ると扁桃体が活性化
→ 不安を感じる
→ 集中力高まり、対処行動(戦う/逃げる)
→ 記憶力向上(学習し、同じ過ちを犯さないよう将来に備える)
・ 他のことに集中していても、扁桃体は無意識に恐怖刺激に反応する
・ 高度な情報処理を行う皮質を取り除いても、扁桃体は活性化する(動物実験)
・ 大雑把でときに間違うが、素早く反応する
長い進化の歴史の中で保存されてきた機能:爬虫類/鳥類/哺乳類…
・ 安全/危険を見分ける扁桃体は、生存に必須
・ 扁桃体が機能しなくなると、危険を察知できず適切な行動が取れない
a
(Feinstein JS et al., 2011年 他)
Evans GW et al., 2016 を改変
11. 脳科学から見た「不安」(扁桃体の機能)
生命の警報装置:
・ 危険が身に迫ると扁桃体が活性化
→ 不安を感じる
→ 集中力高まり、対処行動(戦う/逃げる)
→ 記憶力向上(学習し、同じ過ちを犯さないよう将来に備える)
・ 他のことに集中していても、扁桃体は無意識に恐怖刺激に反応する
・ 高度な情報処理を行う皮質を取り除いても、扁桃体は活性化する(動物実験)
・ 大雑把でときに間違うが、素早く反応する
長い進化の歴史の中で保存されてきた機能:爬虫類/鳥類/哺乳類…
・ 安全/危険を見分ける扁桃体は、生存に必須
・ 扁桃体が機能しなくなると、危険を察知できず適切な行動が取れない
a
(Feinstein JS et al., 2011年 他)
Evans GW et al., 2016 を改変
12. 脳科学から見た「不安」(扁桃体の機能)
生命の警報装置:
・ 危険が身に迫ると扁桃体が活性化
→ 不安を感じる
→ 集中力高まり、対処行動(戦う/逃げる)
→ 記憶力向上(学習し、同じ過ちを犯さないよう将来に備える)
・ 他のことに集中していても、扁桃体は無意識に恐怖刺激に反応する
・ 高度な情報処理を行う皮質を取り除いても、扁桃体は活性化する(動物実験)
・ 大雑把でときに間違うが、素早く反応する
長い進化の歴史の中で保存されてきた機能:爬虫類/鳥類/哺乳類…
・ 安全/危険を見分ける扁桃体は、生存に必須
・ 扁桃体が機能しなくなると、危険を察知できず適切な行動が取れない
a
(Feinstein JS et al., 2011年 他)
Evans GW et al., 2016 を改変
13. 脳科学から見た「不安」(扁桃体の機能)
生命の警報装置:
・ 危険が身に迫ると扁桃体が活性化
→ 不安を感じる
→ 集中力高まり、対処行動(戦う/逃げる)
→ 記憶力向上(学習し、同じ過ちを犯さないよう将来に備える)
・ 他のことに集中していても、扁桃体は無意識に恐怖刺激に反応する
・ 高度な情報処理を行う皮質を取り除いても、扁桃体は活性化する(動物実験)
・ 大雑把でときに間違うが、素早く反応する
長い進化の歴史の中で保存されてきた機能:爬虫類/鳥類/哺乳類…
・ 安全/危険を見分ける扁桃体は、生存に必須
・ 扁桃体が機能しなくなると、危険を察知できず適切な行動が取れない
a
(Feinstein JS et al., 2011年 他)
Evans GW et al., 2016 を改変
二重過程理論の
経験的システムと同じ
14. 脳科学から見た「不安」(扁桃体の機能)
生命の警報装置:
・ 危険が身に迫ると扁桃体が活性化
→ 不安を感じる
→ 集中力高まり、対処行動(戦う/逃げる)
→ 記憶力向上(学習し、同じ過ちを犯さないよう将来に備える)
・ 他のことに集中していても、扁桃体は無意識に恐怖刺激に反応する
・ 高度な情報処理を行う皮質を取り除いても、扁桃体は活性化する(動物実験)
・ 大雑把でときに間違うが、素早く反応する
長い進化の歴史の中で保存されてきた機能:爬虫類/鳥類/哺乳類…
・ 安全/危険を見分ける扁桃体は、生存に必須
・ 扁桃体が機能しなくなると、危険を察知できず適切な行動が取れない
a
(Feinstein JS et al., 2011年 他)
Evans GW et al., 2016 を改変
過剰な不安とは
火災報知器原理:最善の防御システムとしての正常な誤作動 (Nesse RM, 2005)
15. ü 理性中心主義(安心安全二元論)からの転換
• 2000年以降、相次いで提唱された二重過程理論
→ 社会心理学(スロビック)/ 行動経済学(カーネマン)/ 道徳哲学(グリーン)
ü リスク論も発想の転換が必要ではないか
• 現実世界は複雑:
→ 入り乱れる社会的役割/利害関係(家族/親戚/友人/知人/職業/地域/国)
→ 情報が不十分で、よく分からない中で意思決定しなければならない
→ それなりに良い決定を導く経験的システム(情動反応)が有効
※ これまで、ひとくくりにバイアス(「過剰」な不安)扱いされていた
• 以下の両者の関係を問い直す必要あり:
安全 / 安心
科学 / 不安
リスクアセスメント(理性) / リスクコミュニケーション(感情)
ダマシオの発見で学問分野に何が起こったか
17. 心と身体(安心と安全)は一体
ü 心の痛み/精神疾患 ⇄ 身体の痛み/生活習慣病
• がん→うつ病のリスク↑ / うつ病→がんのリスク↑
(Spiegel D & Giese-Davis J, 2003)
• 心臓病→うつ病のリスク↑ / うつ病→心臓病↑
(Baune BT et al., 2012)
ü 心の痛みとは、社会的排除の問題(その人の内面の問題ではない!)
• 社会的排除:
① 社会経済格差、 ② 孤立、 ③ 胎児/幼少期の厳しい環境
• 社会的排除→心理社会的ストレス→慢性炎症反応→慢性炎症疾患
※ 生活習慣病/精神疾患ともに慢性炎症疾患
25. ü 納得づくの医療被曝/自然放射線との比較は、有効か
• たとえ、放射線の物理的影響は同じでも…
• 被災者は、一方的に被曝させられた
→受け身の状態に置かれ続けると、生活習慣病/精神疾患のリスク↑
原因:心理社会的ストレスによる炎症性サイトカインの過剰発現(Marmot M et al., 1997)
→放射線も、電離作用で水分子をイオン化、ラジカル発生、炎症性サイトカイン↑
(ICRP Publication 118, 2011)
→10年間、受け身の状態に置かれ続けることによるサイトカインの過剰発現に、
被曝によるサイトカインの過剰発現が上乗せ
→シンデミック:さまざまな疾患リスクが上昇
一方的に被曝させられた
被災者の不安は「過剰」なのか
不安が「過剰」に見えるのは、放射線の物理的影響しか見ていないから
「社会的排除」による健康リスクを見逃している
26. ü 被災者の置かれた状況: 社会から排除された(サイトカイン過剰発現)の状態
• 爆発時の恐怖/故郷喪失/避難先での過酷な体験/孤立/経済的困窮
→被災者の4割がPTSDの可能性(辻内拓也ら, 2021)
※ PTSD患者: 炎症性サイトカイン(IL-6)の血中濃度が高いことで知られている
• 一連の政策: 強制避難区域の避難指示解除/ALPS処理水など
→常に頭越しに物事が決まっていく、と被災者は感じている(受け身の状態)
• あいまいな事故責任の所在
→自然災害より人災で健康被害( PTSDなど )が甚大になる原因
(Hull AM et al., 2002; Neria Y et al., 2008; Arnberg FK et al., 2011)
一方的に被曝させられた
被災者の不安は過剰ではない
28. 再考: リスク認知に関わる2つの因子(P Slovic, 1987)
ü 「恐ろしさ」因子:実際に生活習慣病/うつ病のリスクが高まる
• 不公平: 心理社会的ストレスにより炎症性サイトカイン↑
• 非自発性: 同上
ü 「未知性」因子:生物は不確実性高いものには過剰に反応する(合理性あり)
• 火災報知器原理: 最善の防御制御システムにおける正常な誤作動(Nesse RM, 2005)
→チャンス1回しかないと客観的確率から外れる賭け方をする
→チャンス100回と分かると、客観的確率通りの賭け方になる
(Keren G & Wagenaar WA, 1987)
ü 正しい科学理解を阻むもの
• 脳の扁桃体が活性化→不安を感じやすい/バイアスかかりやすい
• 扁桃体が活性化しやすい人: 社会経済弱者
→彼らはストレスによるサイトカイン過剰発現で、健康状態悪い
→実際に、放射線の影響受けやすい(強い不安に合理性あり)
参) 米国の黒人:新型コロナワクチンに対する不信感が強い(Balasuriya L et al., 2021)
客観(科学)からズレた主観(不安)の背後にある合理性を科学する方が生産的
29. 参考⽂献:
Fischhoff & Kadvany, 2011; ISO/IEC GUIDE 51, 2014
科
学
コ
ミ
ュ
ニ
ケ
−
シ
ョ
ン
リスクアセスメントの3段階
① ハザードの同定
② リスクの見積もり
③ リスクの評価
<国際的に提唱されている両者の関係> 現在の関係
・ 福島原発事故では、
ここが強調されている
・ しばしば、専門家から
一般市民への一方通行
・ 目的:
住民の不安 / 風評被害払拭
まとめ
求められる科学(リスク)コミュニケーション
30. 参考⽂献:
Fischhoff & Kadvany, 2011; ISO/IEC GUIDE 51, 2014
科
学
コ
ミ
ュ
ニ
ケ
−
シ
ョ
ン
リスクアセスメントの3段階
① ハザードの同定
② リスクの見積もり
③ リスクの評価
<国際的に提唱されている両者の関係>
・ すべての段階に住民参加が必要
リスクの社会的決定要因の有無
→住民からの聞き取り調査が必須
まとめ
求められる科学(リスク)コミュニケーション
リスクの社会的決定要因の無視
→社会的排除による屈辱感
→放射線被ばくリスクの増幅
→困難なコミュニケーション
負
の
ス
パ
イ
ラ
ル
・ 欠けていた視点(住民参加の意義)
見逃されていたハザードの発見
→リスクに対する正当な評価
→リスクの削減
→信頼関係の構築
→円滑なコミュニケーション