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邦訳版ストレスマインドセット尺度の
信頼性・妥当性の検討
〇大久保慧悟(ディップ株式会社)
竹橋洋毅(関西福祉科学大学)
<発表概要>
☑ストレスに対する信念を測定するための「ストレスマ
インドセット尺度」(Crumら, 2013)の邦訳版を作成
☑基準関連妥当性の検証では、予備調査で先行研究と一
致する結果が得られたが、本調査では不一致
☑サンプルに問題がある可能性があり、再調査が必要
日本社会心理学会第57回大会 ポスター発表 資料(WEB公開 2016/10/04)
問題と目的
ストレスは有害?有用?
・ストレスに関する多くの研究では、ストレスが心身に
有害な影響があると指摘(e.g., Blythe, 1973)
・一方、ストレスには健康や生産性を向上させるという
有益な側面もあることが報告されている(e.g., Chaillら, 2003)
「ストレスマインドセット」(Crumら, 2013)
・ストレスが有害であると信じる人ほどストレスの悪影響
を受けやすく、ストレスが有用であると信じる人ほど健
康状態や職務遂行で良好な影響を影響を受けるとされる。
・ストレス量、コーピング方略とは独立に、
健康状態やパフォーマンスを説明する。
ストレスマインドセットは、学術的にも応用的にも重要
なテーマであるが、日本では研究されていない。
⇒邦訳版を作成し、信頼性・妥当性の検討を行う
「ストレスマインドセット尺度」
・ストレスの有害性/有用性を計8項目で測定。
確証的因子分析により1因子を見出されている。
予備調査:方 法
• 対象者:子ども向けイベントに参加した保護者92人
(女性59人、平均年齢38.88歳、標準偏差8.63)
• 手続き
– 各項目について計3回のバックトランスレーション
– 最終的に表現が原文と意味的に相違ないことを原著
者に確認し、邦訳版SMMの試作版とした
• 測定変数
– ①主観的健康指標 3項目、②ストレス量(Crumら,
2013)1項目、③日本語版Brif COPE尺度(大塚,
2008)より7項目
妥当性の検討
主観的健康を目的変数としてstep1でストレス量・接近/
回避コーピング、step2では加えてSMM-J得点を投入し
た段階的重回帰分析を行った(表2)。
予備調査:結 果
因子構造の確認
-Crumら(2013)と同様に1因子モデルの確証的因子分析
を行ったが、適合度が良好ではなかった
GFI =.88, AGFI =.75, CFI =.88, RMSEA=.13
-探索的因子分析で固有値1の基準で2因子が見出された
為、2因子モデルの確証的因子分析を行ったところ、
適合度が良好であった(表1)
GFI = .92, AGFI =.85, CFI = .96, RMSEA =.08
-信頼性係数α 因子1 .82, 因子2 .77, 因子間相関 -.78
Step 1 .40 ** .38 **
 ストレス量 .49 **
 接近コーピング -.35 **
 回避コーピング .21 *
Step2 .43 ** .40 **
 ストレス量 .51 **
 接近コーピング -.29 **
 回避コーピング .19 *
ストレスマインドセット -.18 *
β R 2 △R 2
表2 主観的健康を目的変数とした重回帰分析
表1 SMMの日本語版項目および因子負荷量
尺 度 項 目 因子1 因子2
7.ストレスがあると、私のパフォーマンスや生産性が低くなる .83
5.ストレスがあると、私の学びや成長が妨げられる .74
3.ストレスがあると、私の健康や活力が悪くなる .70
1.ストレスは悪影響があり、避けるべきだ .64
4.ストレスがあると、私のパフォーマンスや生産性が高まる .82
8.ストレスは良い影響があり、利用すべきだ .76
6.ストレスがあると、私の健康や活力がより良くなる .71
2.ストレスがあると、私の学びや成長の助けとなる .44
注) 数値は因子負荷量(標準化係数)
本調査:方 法
• 対象者:リサーチ会社に登録している男女434人
(女性218人、平均年齢40.25歳、標準偏差10.75)
• 手続き
– 予備調査で作成した項目を邦訳版ストレスマインド
セット尺度の試作版として用いた。
• 測定変数
– ①多次元性抑うつ不安症状尺度(佐藤ら, 2001)45
項目、②ストレス量(Crumら, 2013)1項目、③日本
語版Brif COPE尺度(大塚, 2008)より14項目
本調査:結 果
因子構造の確認
– Crumら(2013)と同様に1因子モデルの確証的因子
析を行ったが、適合度が良好ではなかった
GFI =.78, AGFI =.61, CFI =.76, RMSEA=.20
– 探索的因子分析で固有値1の基準で2因子が見出された
為、2因子モデルの確証的因子分析を行ったところ、
適合度が良好であった(表1)
GFI = .95, AGFI =.90, CFI = .95,RMSEA =.09
– 信頼性係数α 因子1 .84, 因子2 .80, 因子間相関 -.61
⇒SMM-Jとして採用
– 多次元抑うつ不安症状尺度得点を目的変数として
step1でストレス量・接近/回避コーピング、step2で
は加えてSMM-J得点を投入した段階的重回帰分析を行
った(表4)。
妥当性の検討
– SMM-J得点はストレス量やコーピング方略の個人差と
は独立に健康状態の分散を説明した。
– しかし、 説明率・接近コーピングが健康に与える影響
が、 Crum(2013)とは一致していない。
表3 SMMの日本語版項目および因子負荷量
尺 度 項 目 因子1 因子2
1.ストレスは悪影響があり、避けるべきだ .80
7.ストレスがあると、私のパフォーマンスや生産性が低くなる .79
5.ストレスがあると、私の学びや成長が妨げられる .76
3.ストレスがあると、私の健康や活力が悪くなる .69
6.ストレスがあると、私の健康や活力がより良くなる .78
4.ストレスがあると、私のパフォーマンスや生産性が高まる .77
8.ストレスは良い影響があり、利用すべきだ .75
2.ストレスがあると、私の学びや成長の助けとなる .55
注) 数値は因子負荷量(標準化係数)
Step 1 .79 ** .80 **
 ストレス量 .33 **
 接近コーピング .55 **
 回避コーピング .19 **
Step2 .93 ** .13 **
 ストレス量 .03 **
 接近コーピング .97 **
 回避コーピング .08 **
ストレスマインドセット -.51 **
β R 2 △R 2
表4 多次元抑うつ不安症状尺度を目的変数とした重回帰分析
11
考 察
• 予備調査では、ストレスマインドセットは、他尺度
とは独立であり、かつ、関連する尺度との関係性が
先行研究と一貫する結果が得られた。
• しかし、本調査においては、SMM-Jの基準関連妥
当性が支持されなかった。
• 原因の一つとして、データの質の問題が考えられる
ため、再調査が必要とされる。

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