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コロナウイルス感染拡大の
シミュレーション
東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻
飯野 雄一
生物化学科/生物科学専攻「定量生物学」講義資料改訂版
追加版
ー 「変異型コロナウイルスが爆発的感染拡大を生む
(改訂版)」 の続編 ver.2 ー
東京都の現状により近いモデル
<結果のサマリーを先に記載する>
• これまで用いていたモデルには遅れの要素があるため、
新たなモデルを用いて東京都の感染拡大状況に合わせ
たシミュレーションを行った結果、以前の推定より早
く、少数の変異型ウイルスが輸入されただけで2、3
カ月後には目に見えて増加してくることが分かった
(スライド4ページ、6ページ)。
• できるだけ早期に強い行動抑制を掛けることにより変
異型ウイルスを根絶できる可能性がある。しかし遅く
なればなるほど成功率が下がる(スライド8ページ)。
東京都の現状に合わせたシミュレーション
• 東京都の11/29~12/28の新規感染者数の増加率を計算する
と、約30日で2倍になっている。一方、ここまでに示した
シミュレーションでの従来型ウイルスの増加率はこれより
も低い。
• これまでのシミュレーションはSEIRモデルをベースにして
いたが、このモデルは感染伝播に時間がかかる性質を持つ。
この点を考慮し、異なるモデルによる結果を以下に示す。
0
100
200
300
400
500
600
700
800
900
1000
10/7/2020
10/9/2020
10/11/2020
10/13/2020
10/15/2020
10/17/2020
10/19/2020
10/21/2020
10/23/2020
10/25/2020
10/27/2020
10/29/2020
10/31/2020
11/2/2020
11/4/2020
11/6/2020
11/8/2020
11/10/2020
11/12/2020
11/14/2020
11/16/2020
11/18/2020
11/20/2020
11/22/2020
11/24/2020
11/26/2020
11/28/2020
11/30/2020
12/2/2020
12/4/2020
12/6/2020
12/8/2020
12/10/2020
12/12/2020
12/14/2020
12/16/2020
12/18/2020
12/20/2020
12/22/2020
12/24/2020
12/26/2020
12/28/2020
東京都新規感染者数
(東京都発表)
• イギリス変異株(VUI-202012/01, VOC-202012/01, 20B/501Y.V1, lineage
B.1.1.7など複数の名称がある)は従来型ウイルスに対して”growth
rateが1.7倍”とされている*1 。これは感染者の増加を指数曲線(正
確にはロジスティック曲線)で近似した際の指標*1なので、指数増
加モデルで推定を行った。前の資料で示したモデル(SEIRモデル)よ
り急激に変異型ウイルスの感染者が増加している。
指数増加モデル
<60日時点で、
従来型(青)新規感染者300人、
変異型(赤)新規感染者100人
とした場合>
注:実際は指数増加ではなく、全市民
の何割かがすでに感染し免疫ができた
時点で増加の程度が鈍ってくる。
*1) “New evidence on VUI-202012/01 and
review of the public health risk assessment".
Novel Variant Incident Management Team,
Public Health England, p10
(このモデルはシンプルすぎる
ので以降用いないが参考まで)
• 前の資料で用いたSEIRモデルは感染を受けてから人にうつす感染性
をもつまでの時期(≒潜伏期, “Exposed”)を設定しているが、
COVID-19の場合にはこの期間が極めて短いことが示唆されている。
• 人からうつされてから人にうつすまでの期間を発症間隔(Serial
interval)といい、この分布についていくつかの推定がある。よく用
いられているBiらの推定*2を用い、SIR確率モデルによりシミュレー
ションを行った。実効再生産数を1.16とすることで、東京都の
11/29~12/28の増加率とほぼ同じ増加率が得られる。
SIRモデル
使用した発症間隔関数
(平均=6.3, 偏差=4.2)
実効再生産数を1.16として予想される
従来型ウイルス感染の推移
*2) Bi et al. “Epidemiology and
transmission of COVID-19 in
391 cases and 1286 of their
close contacts in Shenzhen,
China: a retrospective cohort
study”
https://www.thelancet.com/jo
urnals/laninf/article/PIIS1473-
3099(20)30287-5/fulltext
(以下、SIR確率モデル
によるシミュレー
ションを用いる)
<従来型ウイルスに対する行動削減効果>
グレーの期間(30日間)に全員が人との接触を以下の割合で減らした場合
80%に接触削減
(60日の時点で新規感染者数が約2000人の場合)
70%に接触削減 50%に接触削減
グレーの期間(60日間)に全員が人との接触を以下の割合で減らした場合
80%に接触削減 70%に接触削減 50%に接触削減
<変異型ウイルスの感染拡大予測>
60日の時点で10人が変異型ウイルスに感染した場合の推
移の例(青:従来型ウイルス、赤:変異型ウイルス)
(変異型ウイルスの
実効再生産数が従来型の
1.48倍とした場合*3)
(変異型ウイルスの
実効再生産数が従来型の
0.39増しとした場合*3)
(変異型ウイルスの
実効再生産数が従来型の
0.93増しとした場合*3 )
A B C
*3) 前出の英国公衆衛生庁のレポートでこれら3つの評価指標が使われている。
“New evidence on VUI-202012/01 and review of the public health risk assessment".
Novel Variant Incident Management Team, Public Health England, p17
拡大速度はC>A>B。
次頁ではAの
条件を用いた
60日の時点で10人が変異型ウイルスに感染し、グレーの期間に
全員が人との接触をそれまでの50%に減らした場合
(10試行中10回、
変異型を根絶)
同、グレーの期間に全員が人との接触をそれまでの20%に減らした場合
(10試行中9回、
変異型が残る)
(10試行中6回、
変異型を根絶)
(10試行中10回、
変異型を根絶)
(10試行中10回、
変異型が残る)
(10試行中10回、
変異型が残る)
(10試行中9回、
変異型を根絶)
(10試行中10回、
変異型が残る)
30日間 60日間
30日間
30日間
30日間60日間
60日間
60日間
注意
• 今回のシミュレーションは東京都の11/29-12/28の新
規感染者数の増加率を基準としているので、「50%に
接触削減」、「20%に接触削減」はこの時期を100%
とした割合である。
• 今回用いたSIRモデルは潜伏期を表現していないため、
行動制限開始時、即時に新規感染者数が低下している
が、実際は潜伏期や感染確認にかかる日数などのため
遅れが出ることに注意。
• この遅れは発症間隔関数に盛り込まれているため最終
的な感染増加の推定には影響しない。
)()(
),(
)),((0)(;)()(
)}({)(
1))1(and)(|)1(and)1((
)())(and)1(and)1((
,
),(
,
,
maxmax
,


wRta
jid
rjidtatata
tatA
FalsetITruetIFalsetITruetRP
taTruetSFalsetSTruetIP
jej
jjij
rjid
ji
ji
iiii
j
jiiii
j








• 今回はSIR確率モデルを用いている。E(Exposed)は用いない。
• w(τ)を発症間隔確率密度関数とする。 w(τ) =0 (τ>τmax)とする。
*2) に従いmean=6.3 days, SD=4.2 daysのガンマ分布を用いた。
• (例) Ii=Trueはi番目の人がI (infectious)の状態であることを示す
感染確率マトリクス
i番目の人とj番目の人の距離
j番目の人の換算後τ日での感染伝播期待値/day(実効再生産数から計算)
今回用いたモデル
シミュレーションイメージ
人
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
S I R
各時点で感染力のある人i(Ij=True、赤色)がjの人に感染確率aijに従って感
染させる。
発症間隔関数=その日の感染性
モデルの詳細
• 人を碁盤の目状(間隔1)に配置。これは各人の平均的な存在場所を表す。地理的な
場所と考える際には、必ずしも自宅の位置ではなく、最も感染を起こしやすい平均の
位置と考える。
• Reの確率分布は下図の通りでほぼ均一。東京の現状を反映させ、従来型ウイルスの
Re=1.16とした。
• 感染させる可能性のある相手の数kも対数正規分布より抽出し各人に割り当てる(Re
の値とは独立に抽出)。(この値はあまり結果に影響しない)
• 行動範囲rを対数正規分布より抽出し各人に割り当てる(行動範囲が大きいほど感染
拡大しやすくなる。)
• 感染力のある個人(j)から半径rj以内にいる人のうちkj人をランダムに選び、合計aj =R0j
wjになるよう感染確率aijを割り振る。一度感染を受けて回復した人は二度と感染しな
いとした(集団免疫の形成)。
用いたプログラム
• Pythonコード
Virus_Infection_Network_SIR_ver1.ipynb
• GitHubで公開予定
https://github.com/yuichiiino1/virus_transmission_simulator

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変異型コロナウイルスが爆発的感染拡大を生む(続編ver2)

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