1. 69
カテゴリーⅡ[木材学会誌 Vol. 58, No. 2, p. 69−73(2012)]
木質構造の重量床衝撃音の心理音響評価*1
末吉修三*2,宇京斉一郎*2,菅沼一希*3,立和名悠介*3,塩田正純*3
Psychoacoustical Evaluation of Heavy Floor-impact Sounds
of a Wood Structure*1
Shuzo SUEYOSHI*2, Seiichiro UKYO*2, Kazuki SUGANUMA*3,
Yusuke TACHIWANA*3 and Masazumi SHIODA*3
Because heavy floor-impact sounds generated in wood buildings might cause noise problems, they
should be evaluated by using an index expressing the auditory sense from a resident s perspective. To
find such an index, conventional and psychoacoustical evaluations of loudness, and also subjective eval-
uation of loudness based on the Magnitude Estimation Method were conducted for several heavy floor
impact sounds generated in a wooden model floor. The floor featured flooring, sound insulating materi-
als and shock absorbing materials used on a wood frame structure. Consequently, it was clarified that
nonstationary loudness, which was one of the psychoacoustical indices, showed a higher correlation
with the subjective evaluation than the maximum A-weighted sound pressure level, which was one of
the common indices of loudness.
: psychoacoustical evaluation, heavy floor-impact sound, wood structure.
木質構造内で発生する重量床衝撃音は,騒音問題の原因となる場合があるので,聴感に合った
指標を用いて,居住者の観点に立って評価されるべきである。このような指標を見出すため,木
造軸組構造にフローリング,衝撃緩衝材,および遮音材を面材として用いた木造モデル床で発生
させた各種の重量衝撃音について, 「音の大きさ」に関わる従来からの音響評価,心理音響評価
ならびに ME(Magnitude Estimation)法による主観評価を行い,各指標を比較検討した。その
結果,「音の大きさ」の指標として通常用いられている「最大A特性音圧レベル」より心理音響
指標の「非定常ラウドネス」のほうが,主観評価と高い相関を示すことが明らかになった。
がある。快適な居住環境を実現するためには,とり
1. 緒 言
わけ音響エネルギーの大きな重量床衝撃音を抑える
木質構造は,鉄筋コンクリート構造などと比較し ことが肝要である。これまで,居住者の観点から床
て軽量で剛性が低いため,遮音性が問題となること 衝撃音の印象や人への生理的影響を評価するため,
SD(Semantic Differential)法による主観評価およ
び自律神経系や中枢神経系の生理応答を指標として
*1
Received August 30, 2011 ; accepted November 25, 被験者を使った実験を行ってきた。そこでは,床衝
2011. 本 研 究 の 一 部 は 第59回 日 本 木 材 学 会 大 会
撃音に対する主観評価の「快適感」では有意差がな
(2009年3月,松本)で発表した。
い場合でも,生理応答では有意差が認められる結果
*2
森林総合研究所構造利用研究領域 Department of
が得られた1−4) 。
Wood Engineering, Forestry and Forest Products
Research Institute, Tsukuba 305−8687, Japan また,制振材を貼付したコンクリートスラブ5)や
*3
工 学 院 大 学 工 学 部 Faculty of Engineering, 木造住宅6)の床衝撃音の心理音響評価を試みた。そ
Kogakuin University, Tokyo 163−8677, Japan の結果,心理音響指標の一つである「非定常ラウド
2. 70 末吉修三,宇京斉一郎,菅沼一希,立和名悠介,塩田正純 [木材学会誌 Vol. 58, No. 2
ネス」は,「最大A特性音圧レベル」と比較して,
床衝撃音レベルのより広い範囲で床構造の仕様の違
いに対応して変化することが明らかになった。
本研究では,これらの結果の一部を踏まえ,木造
軸組構造の上に,フローリング,衝撃緩衝材および
遮音材を積層複合化した木造モデル床で発生させた
各種の重量衝撃音の大きさについて,従来からの音
響 評 価, 心 理 音 響 評 価 な ら び に ME(Magnitude
Estimation)法による主観評価を行い,各指標を比
較検討することによって,居住者の感覚に近い評価
指標を見いだすことを目的とした。
2. 実 験
2.1 木造モデル床
木造モデル床は, 鉄筋コンクリート構造 (2815 mm Fig. 1. Schematic diagram of the binaural recording
system of floor-impact sounds.
×3725 mm×高さ3000 mm)の上面の開口部に設置
した。木造モデル床の軸組構造は, 6)と同様で,
既報
居間等の比較的大きな部屋の上階の床を想定して, 析装置(B&K Pulse Type 3560C)を用いて,WAV
桁(105 mm×240 mm)をボルトで鉄筋コンクリー 形式で収録した。ここで,中央は木造モデル床の対
ト構造に固定し, 長手方向に2本の梁(桁と同寸法) 角線の交点で,端部は対角線の4等分点のうち北西
を1820 mm 間隔で設置した。木造モデル床の面材 の1点に定めた。バイノーラル録音については,
は,上から順番にスギ単層フローリング (製品寸法: Fig. 1 では省略しているが,マイクロホンを耳に装
幅150 mm,厚さ15 mm,長さ4000 mm),衝撃緩衝 着した人が,受音室の中央から約70 cm 北寄りで,
材(スギ樹皮ボード,910 mm×1820 mm,厚さ20 壁から約70 cm 離れた位置の椅子に座って静止した
mm,密度0.23 g/cm3),遮音材(アスファルト系, 状態で行った。この受音点は,壁からの反射音の直
製品寸法:455 mm×900 mm,厚さ12 mm,密度 3 接的影響が少ない位置として選んだ。
g/cm3) およびスギ単層フローリング(製品寸法:
, また,ME 法の基準刺激音として用いるため,音
幅190 mm, 厚さ30 mm,長さ4000 mm)で構成され, 響解析装置から増幅器(B&K Type2716)とスピー
梁と桁に長さ75 mm と50 mm の木ねじを併用して カー(B&K Type4296)を介してホワイトノイズ
固定した。このように,木造モデル床は下階の天井 (64 dB,72 dB,77 dB,82 dB,86 dB,および91 dB
を施工しない梁あらわしの構造とした。 の6段階)を発生させて,同様に収録した。
2.2 音源の収録 2.3 呈示音
Fig. 1 に音源の収録システムを模式的に示す。 インパクトボール落下や大人の床への飛び降りに
JIS A 1418−2:2000に規定されている衝撃力特性 よる衝撃音については,単発の床衝撃音の継続時間
(2)のインパクトボール(RION Type YI−01)の が約1秒となることから,1秒間隔で2回呈示し,
ほか,大人(20代の男性,体重約60 kg)の床への 前後に1秒の無音時間をとり,合計で5秒に編集し
飛び降りと歩行によって,重量床衝撃音を発生させ て呈示音とした。歩行音および基準刺激音となるホ
た。インパクトボールの落下高さは,25 cm,50 ワイトノイズについては,収録音の任意の部分の5
cm,75 cm,100 cm,125 cm および150 cm で,落 秒間を呈示音として用いた。
下位置は中央と端部に定めた。大人の床への飛び降 2.4 主観評価
り の 高 さ は,25 cm,50 cm,75 cm,100 cm お よ 「音の大きさ」に関わる主観評価は,ME 法によ
び125 cm で,飛び降り位置は,インパクトボール って行った7) 。すなわち,ヘッドホン(Sennheiser,
の落下と同様,中央と端部とした。落下あるいは飛 HD600)を通して各呈示音を被験者(19∼23才の男
び降りは2回ずつ行った。大人の歩行音は,靴履き 子大学生12名と女子大学生2名)にランダムに聞か
と靴無しの状態で,それぞれ時速約 5 km で歩いて せ,それぞれの「音の大きさ」について,各自の判
約10秒間発生させた。これらの床衝撃音をバイノー 断基準(例えば1∼10や1∼100の範囲)による数
ラル・マイクロホン(B&K Type 4101)と音響解 値を回答させた。呈示音ごとに幾何平均して主観評
4. 72 末吉修三,宇京斉一郎,菅沼一希,立和名悠介,塩田正純 [木材学会誌 Vol. 58, No. 2
ドネス」の算出に対応する時刻の極大値の算術平均 は,いずれも主観評価と高い相関関係を示している
値として「最大A特性音圧レベル」を求めた。 が,「非定常ラウドネス」のほうが,「最大A特性音
なお,音響解析で得られた各指標と主観評価の相 圧レベル」より主観評価との相関が高かった。この
関関係は,汎用統計解析ソフトウェア(JMP 9.0.2, 結果については,以下のように推察できる。音圧レ
SAS Institute Japan 株式会社)を用いて求めた。 ベルに関わらず一定の聴感補正回路を通して求めら
れる「最大A特性音圧レベル」と比較して, 「非定
3. 結果と考察
常ラウドネス」は,時間領域と周波数領域のマスキ
Fig. 2 と Fig. 3 に,それぞれ「音の大きさ」に関 ング,あるいは「音の大きさ」に及ぼす音の継続時
わる主観評価と「最大A特性音圧レベル」あるいは 間の影響など聴覚の特性を模擬した信号処理に基づ
「非定常ラウドネス」との関係を示す。図中の実線 いているため,主観評価との相関がより高くなる。
と破線は,それぞれ回帰直線と95%信頼区間を示し Table 2 に,音の大きさ」
「 に関わる主観評価と「最
ている。 「音の大きさ」に関わる単一評価指標であ 大A特性音圧レベル」 あるいは「非定常ラウドネス」
る「最大A特性音圧レベル」と「非定常ラウドネス」 との相関係数を呈示音ごとに示す。インパクトボー
ルの落下や大人の飛び降りによって発生する単発の
Fig. 2. Relationship between the subjective evaluation Fig. 3. Relationship between the subjective evaluation
of floor-impact-sound loudness and maximum of floor-impact-sound loudness and nonstation-
A-weighted sound pressure level. ary loudness.
Note : The subjective evaluation was conducted using Note : The subjective evaluation was conducted using
the Magnitude Estimation Method. is the the Magnitude Estimation Method. is the
correlation coefficient. Continuous line is the correlation coefficient. Continuous line is the
regression. Dashed lines show the 95% confi- regression. Dashed lines show the 95% confi-
dence interval. dence interval.
Table 2. Correlation coefficients of subjective evaluations and single-number indices on floor-impact sounds and
white noise.
Correlation coefficients of subjective evaluations and single-number indices
Sound sources
Maximum A−weighted sound pressure level(dB) Nonstationary loudness(sone)
Impact ball(Center) 0.975 0.976
Impact ball(Side) 0.961 0.962
Human jump(Center) 0.914 0.937
Human jump(Side) 0.960 0.970
Human walk 0.841 0.902
White noise(6 levels) 0.976 0.902
5. 2012年3月] 木質構造の重量床衝撃音の心理音響評価 73
重量床衝撃音については,非定常ラウドネス」「最
「 と 特性音圧レベル」より,「非定常ラウドネス」のほ
大A特性音圧レベル」は,いずれも主観評価と相関 うが主観評価との相関が高い。したがって,床への
が高く,有効な単一評価指標と言える。大人の歩行 重量物の落下あるいは飛び降りや歩行など日常の動
音については,いずれの指標も主観評価との相関が 作で発生する種々の重量床衝撃音については,聴感
低くなる傾向が見て取れるが,「非定常ラウドネス」 との相関が高い「非定常ラウドネス」を「音の大き
のほうが「最大A特性音圧レベル」より主観評価と さ」の評価指標とすることに利点があることが明ら
の相関が高い。単発の重量床衝撃音と比較して,大 かとなった。
人の歩行音に関わる相関係数が低くなる傾向から,
文 献
比較的音圧レベルの低い床衝撃音が断続的に発生す
る歩行音は,「音の大きさ」を判断する明確な印象 1)Sueyoshi, S., Miyazaki, Y. :
を被験者に与えにくいことが窺える。 41, 293−300(1995) .
以上の結果から,「非定常ラウドネス」は,イン 2)Sueyoshi, S., Morikawa, T., Miyazaki, Y. :
パクトボールの落下から大人の床への飛び降りや歩 50, 490−493(2004) .
行まで,音響特性の異なる重量床衝撃音に対応する 3)Sueyoshi, S., Morikawa, T., Miyazaki, Y. :
「音の大きさ」の評価指標となりうることが示された。 50, 494−497(2004) .
なお,重量床衝撃音については,高音域の床衝撃 4)末吉修三:木材学会誌 50, 285−293(2004) .
音レベルが変わると遮音等級は同じでも聴感が大き 5)末吉修三, 山本耕三, 小林真人, 山口道征:日
く変わることが報告されている10−12)
。本研究の木造 本建築学会技術報告集 5, 229−232(2003).
モデル床では,低周波数成分が主体の歩行音に,副 6)Sueyoshi, S. : 54, 285−288
次的に発生する「きしみ音」が所々に含まれる。周 (2008) .
波数が相対的に高い「きしみ音」の主観評価に及ぼ 7)難波精一郎, 桑野園子: “音の評価のための心
す影響については,本報では未解明の部分である。 理学的測定法” 日本音響学会編, コロナ社, 東
,
また,今回の実験では歩行の速さは一定であった 京, 2002, pp. 46−72.
が,実際の生活で発生する歩行音は不規則で断続的 8)Fastl, H., Zwicker, E. : Psychoacoustics-facts
に発生するため,その大きさやうるささを評価する and models , Springer, Berlin Heidelberg
場合には,床衝撃音の極大値だけでなく,その継続 New York, 2007, pp. 203−264.
時間や周波数成分にも注目して,被験者の判断基準 9)Fastl, H., Zwicker, E. : Psychoacoustics-facts
がどこにあるかを検討する必要がある。 and models , Springer, Berlin Heidelberg
New York, 2007, pp. 149−173.
4. 結 論
10)山下恭弘, 長瀬知之, 財満健史, 大脇雅直:日
心理音響指標の「非定常ラウドネス」は,インパ 本建築学会学術講演梗概集, 1999, pp. 123−124.
クトボールの落下や大人の飛び降りによって発生す 11)長瀬知之, 財満健史, 大脇雅直, 山下恭弘:日
るような単発の重量床衝撃音については,「音の大 本建築学会学術講演梗概集, 1999, pp. 125−126.
きさ」に関わる主観評価との相関が高く,「最大A 12)財満健史, 長瀬知之, 大脇雅直, 山下恭弘:日
特性音圧レベル」と同様,有効な単一評価指標とな 本建築学会学術講演梗概集, 1999, pp. 127−128.
りうる。また,大人の歩行音については,「最大A