黒の戦士物語 
  β版


      改定: 2013/3/25
      改定: 2013/3/22
      作製: 2013/3/21
食糧難の中、給食を盗み食いして他の人の
 分まで食べたシーシュポスが与えられた
 罰は、無農薬有機栽培の農業の手伝いを
 することだった
201X 年、世界各地で土壌劣化による砂漠
 化や、森林破壊のための異常気象が進み
 、食糧不足に苦しんでいた。日本でも化
 学肥料や農薬の使いすぎによる土壌の劣
 化が深刻になり、化学肥料は高騰してい
 た。
森が荒廃していたため、山から川、川から
 農地、海 への循環は断絶し、自然の栄養
 分は流れなくなった。食糧生産が難しく
 なっていて食糧価格は高騰していた。世
 界的な食糧不足で輸入も絶えた。そんな
 中なんとか作られていた作物も、安全性
 や健康志向を満たすものではなかった。
農業に興味がなく、外仕事も大嫌いなシー
 シュポスにとって、毎日の地味な草取り
 などの作業は辛かった。
しかも収穫できたのは驚くほどわずかな量
 だった。もはや十分な化学肥料を与える
 こともできず、土壌劣化のために微生物
 が少ないためだ。
この農場には、シーシュポスと同じ年のア
 ポロが働いていた。マオリの血を引く無
 口なアポロは無理矢理押し込められたシ
 ーシュポスと違い、無農薬有機農家とな
 り、日本の農業を救うことを目標として
 いて一生懸命に働いていた。
そんなアポロにとってこの収穫量の少なさ
 や品質の悪さは夢が砕け散る現実をつき
 つけられたようだった。目は潤んでいた
 。

そんなアポロの腕には、「 Kia Kaha 」とい
 う謎の言葉の書かれたタトゥーが力強い
 マオリハーブの模様とともに描かれてい
 た。
シーシュポスは「 Kia Kaha とはどういう意
 味だ?」と聞いた。

アポロは真っ赤に潤ませた目で軽蔑の眼差
 しを向け、「お前が持っていないものの
 ことだ!」と吐き捨てるように言った。
逆上したシーシュポスはアポロにつかみか
 かるが、農場での仕事で鍛えられたアポ
 ロには叶わなかった。組み伏せられたシ
 ーシュポスにアポロは、「辞めちまえ!
 」と告げた。

打ちひしがれて農場を後にするシーシュポ
 スの背中に向かい、アポロは「教えてや
 ろう。お前が持っていないもの、それは
 「本当の強さ」そして「くじけない心だ
 」」。
自室に戻り、ベッドに潜り込むが眠れない。
 ふと気がつくと、鞄から黄色いものが見
 えていた。盗み食いの罪を犯して農場に
 送り込まれるときに、中島監督がシー
 シュポスに渡したものだ。中島監督は
 シーシュポスのラグビーの監督で、品性
 の悪いシーシュポスに対しても、「前
 へ!」や「信は力なり」の精神と優しさ
 と情熱で導こうとしていた。




         信は力なり
封筒の中身は英文の雑誌の切り抜きとその
 翻訳だった。中島監督は博学で様々な知
 識を持ち、その中の気になった情報を
 シーシュポスに伝えようとしていたのだ
 ろう。雑誌の記事はナショナルジオグラ
 フィックマガジンで、内容はエル・ド
 ラードの伝説だった。
スペインのコンキスタドールであるフランシスコ
 ・デ・オレリャーナは黄金郷(エル・ドラード
 )を見つけ出すためにアマゾン川流域に入った
のは、 1542 年のことだった。彼は黄金を発見
することはできなかったが、数十万人もの人口
を抱える巨大な都市を見つけた。しかし、後に
続いた探検家たちはその都市を見つけることが
できず、幻の都市と言われるようになった。
現代の人類学者もその存在を否定している
 。アマゾン川流域の土壌は、激しい日差
 しや豪雨のため、地球上でもっとも農業
 に適さない土地だった。多くの密集した
 人口を養うことは不可能だと考えられて
 いた。
それから 400 年後。オラン
 ダの土壌学者であるビム・
 ソンブルクは、 1950 年代
 に、アマゾン川流域で「テ
 ラ・プレタ」と呼ばれる黒
 い土を見つけた。
この黒い土は、地球上でもっ
 とも極端な気候条件のアマ
 ゾンでも何千年、何百年の
 古代から全く手入れをする
 ことなく、豊かな収穫がで
 きた。
ソンブルグは、痩せ地を豊かな土地に変え
 る秘密が、テラ・プレタにかくされてい
 るのではないかと考えた。そのなぞを解
 くことで、もともと痩せた土地で、それ
 が貧困の一因となっている土地を豊かな
 土地にすることで、最貧国の人々が自立
 できると信じていた。


しかし彼はその夢の実現を目にすることな
く、 2003 年に死ぬ。
しかし、テラ・プレタは現代に蘇りつつあ
 る。その豊かさと回復力のカギを握りの
が、炭だった。アマゾンに紀元前 4000
年も前から、高い技術を持つ文明が存在
し、炭を土壌に混ぜて使っていたと考え
られている。
はじめはマユツバものだったが、食えるの
 ならと思い、シーシュポスは竹炭ブーム
 の頃にじいちゃんが購入し、押入れに眠
 らせたままになっていた竹炭を砕き、密
 かに農地にいれた。
翌年、今までの倍以上の収穫ができた。詳
 しく聞くと、炭の力で微生物を活発化し
 、今まで分解されなかった有機物を分解
 し肥料にしたという。
アポロはそんなシーシュポスをいくぶんか
 見直したようだったが、相変わらず口を
 聞いてはくれなかった。
シーシュポスはこれを広めることで、また
 好きなだけご飯が、盗み食いをしなくて
 もいいくらいに食べられると思った。そ
 して炭を使えば荒れ果てて川を通して農
 地や海にまで栄養分が届かなくなった森
 も再生できて、ご飯も魚も食い放題にで
 きると思った。
しかし現実は厳しかった。農家にはもはや炭を
 購入して使うような体力も気力も残ってはい
 なかった。農作物の価格も上げることができ
 ない上、石油や資材の値上がりなどで経費は
 かさんでいた。いいとはわかっていても、使
 うことができない現実が立ちふさがっていた
 。
 ■ 現在の農家が1反あたりから得られる収入
 ・農協の米の買取価格 1俵(60kg) 約 14,000 円
 ・1反から8俵取れるとすると、 112,000 円が反あたりの収入。

 ■ 1反あたりにかかるコスト
 種苗代1.5万/反
 肥料  1.5 万円/反
 除草剤・農薬  1 万円/反
 用水路整備や灌漑などにかかる土地改良費  2 万円/反
 機械 2万円/反
 (トータル800万円を8年償却で5町の水田を耕作した場合。年間
 100万円 ÷ 50反=2万円)

 収入 112,000 -コスト 80,000 =残り 32,000 円
シーシュポスは、農家や家庭菜園者が自分
 で簡単に作れる炭焼きの方法を研究し公
 開した。その他のシンプルな炭化器具を
 みつけては、少しずつ広めていった。こ
 れによって、行政を中心とした大型バイ
 オマス活用には入らないものを小規模で
 多くの人たちが活用でき、山に手が入る
 。
しかしそれでも不十分だった。農業にはす
 でに多くの労力がかかり、特に有機農業
 にかかる労力は大きいものだった。
シーシュポスはどうしたら炭を
 安く作ることができるか、ど
 うしたら農家が炭代を吸収で
 きる値段で販売しブランド化
 できるか考えた。


しかしうまくはいかなかった。
 改善方法はわかっているのに
 自分の能力が足らないことを
 憎んだ。
そんなときに中島監督は、「問題は、その
 問題が発生したときと同じ考え方では解
 決しない」と言った。シーシュポスは少
 しわかったような気がした。市場経済の
 中で起きた問題を、同じ市場経済で解決
 しようとしても解決しないのか。
ある日、農場のみんなとの毎日のような質
 素な食事のとき、アポロが頭を抱え、涙
 を流しながら地域中のほかの農家の土壌
 のこと、将来の子供たちの食べ物のこと
 まで心配していた。それを見て、シーシ
 ュポスは土壌への責任は土地を持ってい
 る農家だけが負担するものではなく社会
 全体で未来へ守っていくべきと感じた。
シーシュポスは気がついた。嫌々ながらも
 罰としての農業の手伝いをしていると、
 周りで農業や家庭菜園をしている人たち
 が多くの食べものをくれた。


シーシュ ポスは食べ物を買わなくてももら
 いものだけで食べていけるようになって
 いた。
シーシュポスには返すものが炭しかないた
 め、炭をお返しにすると土壌改良にな る
 と喜んでくれて、よりおいしく、より多
 くの食べ物をくれた。市場経済とは別の
 経済が成り立っていた。シーシュポスは
 知らなかったが、それは「贈与経済」 と
 呼ばれるものだった。
しかしそれでも不十分だった。農業にはす
 でに多くの労力がかかり、特に有機農業
 にかかる労力は大きいものだった。

そんなある日、有機農家が頭を抱えながら
 地域中のほかの農家の土壌のことまで心
 配していた。それを見て、シーシュポス
 は土壌への責任は農家だけが負担するも
 のではなく社会全体で未来へ守っていく
 べきと感じた。
シーシュポスは気がついた。炭が買えない
 のなら物々交換すればいいんだ。
それで、炭を作る人と農家が炭と食べ物を
 物々交換でき、それを金銭的にサポートし
 てくれる人へできた農作物をおすそ分けを
 するシステム「炭 .ex 」を立ち 上げた。
炭を作る人と農家が炭と食べ物を物々交換
 でき、それを金銭的にサポートしてくれ
 る人へできた農作物をおすそ分けをする
 システム「炭 .ex 」を立ち上げた。これで
 農家は炭を土に入れるのにお金をかけず
 に済み、農作物の一部をお裾分けするだ
 けでよくなる。
米は販売するものの一部を提供するが、野
 菜などは取れ過ぎて捨てていたものなど
 をお裾分けすることができ、有効活用が
 できる。農家にとっては直接販売の固定
 客を得るきっかけにもなり、サポーター
 にとっては安全な食べ物を購入できるマ
 イ農家とつながる機会になる。今まで炭
 を作ってもなかなか使ってもらえなかっ
 た炭焼きの人たちの炭も動くようになる
 だろう。
しかし、最初はうまくいかなかった。栄養
 分が入っているわけではない黒い無機物
 の塊である炭自体の効果も疑われること
 もあった。薬を飲んだらすぐに治るよう
 な、問題が起きたときに犯人探しをして
 しまうような、長い物質的な、直線的な
 思考の時代を過ごしてきたため、「場を
 作る」役割の炭に対する理解は難しかっ
 た。
ましてや物物交換など、新手な詐欺の手口
 と思われることもあった。農家もサポー
 ターも協力者は現れなかった。何より、
 シーシュポス自身が前へ一歩踏み出すこ
 とを恐れていた。そんな中でも着実に日
 本中の土壌は劣化していき、食糧不足は
 ますます深刻になっていった。
「 Kia Kaha 」。シーシュポスがかつてアポ
 ロに「お前が持っていないものだ」と言
 われた言葉。

くじけぬ心。今、シーシュポスは真にそれ
 が欲しいと思った。
それを助けてくれたのがアポロだった。す
 でに自分の農場を持って独立したばかり
 のアポロは、シーシュポスの炭を土壌改
 良に使い、その代金の代わりに自分の農
 場で収穫できたものの一部を、シーシュ
 ポスに譲り、シーシュポスはそれ炭代を
 支援してくれたサポーターに渡すことが
 できる。
多くの人から信頼されているアポロが関わ
 ってくれたことで、動き始めた。サポー
 ターはひとりひとり増えていき、炭を受
 け入れてくれる農家も、炭を作ってくれ
 る炭焼きも少しずつ全国に広がっていっ
 た。そしてこの年、各地で土壌が再生し
 はじめ、安定した収穫ができるようにな
 ってきた。食糧難は過去のものになった
 ように思えた。
アポロは土壌を良くしてくれたシーシュポ
 スに、シーシュポスは一歩を踏み出すき
 っかけを作ってくれたアポロに感謝をし
 、ついに握手を交わした。

そしてアポロはシーシュポスに、「お前は
 Kia Kaha の精神を持った真の男だ。お前を
 誇りに思う」と言い、お互いに過去の非
 礼を詫びた。そして一緒に炭を広めてい
 くことを誓い合った。
この頃には全国各地でシーシュポスたちの
 動き以外でも各地で炭を使った土壌改良
 に一生懸命取り組んでいる人たちの努力
 も成果がでてきていて、炭は少しずつ普
 及していっていた。

それにシーシュポスは炭 .ex の仕組みをオー
 プンソースとしていたため、同様の仕組
 みの活動が様々な地域でも始まっていっ
 た。シーシュポスも全国の炭焼きの人た
 ちから多くを学び、自分の活動にも取り
 入れていった。お互いに連携した全国的
 な運動も始まった。
日本中の土壌は確実に豊かになり、食卓が
 豊かになった。人々の心も豊かさや明る
 さを取り戻していった。山から川、川か
 ら農地や海への栄養分の流れも取り戻し
 ていき、微生物も人も喜んだ。
すべてがうまく周りはじめているように感
 じていたある年、過去最大規模の干ばつ
 や豪雨が世界を襲った。炭を入れていた
 農地はなんとか収穫をすることができた
 が、それ以外はほぼ全滅だった。特に発
 展途上国での餓えは深刻だった。
もともと、世界の人口の70億人のうち、
 約10億人が飢餓状態だった。飢餓が原
 因で亡くなる人の数は、年間で1500
 万人。1日に4万人(うち子ど もが約3
 万人)もの人が亡くなっていた。
軍隊に入れば食べられるので子どもたちは
 少年兵となり、人を殺し、紛争は止まら
 ない。生きるために、自分の子供を 人身
 売買する、などシーシュポスは食べ物が
 不足することによって様々な不幸が生ま
 れていることを知った。その上、近年で
 は、世界各地で干ばつや洪水などの 自然
 災害が多発している。
途上国ではもともと食糧が生産しにくい痩
 せた土地に住んでいることや、豊かな土
 壌であったとしても植民地化で商品経済
 に組み込まれて支配国の需要のために 森
 林を切り開き商品作物を作り、伝統的な
 農業が失われ、土壌劣化や砂漠化してき
 て自給能力を失い、飢餓や貧困の一因に
 なっている。
さらに世界の耕作地のう ち、15億ヘク
 タール近く(米国、メキシコを合わせた
 面積より広い)で、土壌劣化が起きてい
 て年間に、500万ヘクタール以上の農
 地が砂漠化していて、食 糧問題はさらに
 厳しくなっていることを知った。
  異状気象や砂漠化の原因のひとつが森
 の減少。途上国では焼畑農業や輸出木材
 生産だけでなく、今でも 30 億人が非効率
 なかまどで調理をしているために 森林破
 壊が止まらない。森が破壊されることで
 、森が保水能力を失い、雨が降れば洪水
 や土砂崩れが起き、降らないときは干し
 あがるようになる。
  
  地下水が枯れ、砂漠化が進み、木々が
 なくなることで気温も上昇。土壌がやせ
 衰え、激しい雨で洗い流され、太陽の熱
 で焼かれ、農地が砂漠化する。
森が枯れ、砂漠化が進めば気候変動や異常
 気象は日本の食糧生産にも影響する。日
 本だけで自給自足を目指したところで子
 ども達の食の未来を守ることはできない
 。何よりも世界のこの状態を放っておけ
 るだろうか。
シーシュポスはもはや今までのシーシュポ
 スではなかった。自然の中での肉体労働
 で優しさをとりもどしていた上に、それ
 らに現実を知ることで、自分だけが人 の
 分を奪ってでも食べられればいいという
 気持ちはすでになくなっていて、世界中
 の人たちと食べる喜びを分かち合いたい
 と感じ始めていた。
それらの問題を少しでも軽減していくため
 のヒントが日本人が昔から山の中で行
 なってきた炭焼きや、炭を使った農業、
 そして調理器具のぬか釜などのアナログ
 テクノロジーにあると思った。


失われつつある先祖から受け継いできた日
 本の文化や伝統がこのまま廃れてしまう
 のではなく、世界を少しでもいいものに
 できる 可能性があることがわかってきて
 いる以上、活用することは責任でもある
 と思った。
多くの炭焼きたちが、山村テクノロジーを
 担いで世界各地に旅立っていった。シー
 シュポスもそのうちのひとりだった。そ
 れらが世界中ですでに炭を関わっていた
 人たちともつながっていった。
これは「大地を黒く染めよう」という世界
 的なチャコニズム運動となっていった。
 そして希望の黒のさざ波は勇気とエネル
 ギーとなり、人種を超え、民族を超え、
 国境を超えてひろがり、つながり合って
 いった。
21XX 年。世界は終わっていなかった。人
 類は食糧危機を乗り越えていた。人々は
、 21 世紀の始め、炭を使って世界を食糧
問題から救った人たちのことを、「黒の
戦士たち」と呼んだ。
そして伝説のアマゾンの古代文明が初めて
 炭焼きをしたと言われている7月26日
 を、黒の革命記念日として祝日とした。

黒の戦士物語