テロ組織に対する共通 3 条の適用解釈
テロ組織に対するジュネーヴ条約共通 3 条の適用
—― 9・11 同時多発テロ事件を契機とした
アフガニスタン紛争における米国の主張の検討 —―
2016 年 11 月 26 日(土)
愛知大学 国際法ゼミ 人道法班
1
目次
(発表者)
I. 序章···············································P.2 木俣
II. 共通 2 条と共通 3 条とテロ組織 ······· P.3~P.4 酒井
III. 発表の争点·······································P.5 中島
IV. 共通 3 条の解釈‐起草過程‐ ·········· P.6~P.7 中島・村上
V. まとめ ············································P.8 村上
VI. 考察···············································P.9 森脇
* 参考文献 * ··································· P.10 あ
2
I. 序章
○ 研究目的
武力紛争法は、本来国家間の武力紛争を想定し、戦時中に各国の遵守すべき規則
を定めたものである。その武力紛争の中でも人道的性質を発展させてきたのが 1949 年ジ
ュネーヴ四条約(以下、ジュネーヴ諸条約)である。このジュネーヴ諸条約は、「傷病者
の保護」、「海上傷病者の保護」、「捕虜の待遇」及び「文民の保護」の 4 つの条約からな
り、戦争犠牲者の保護を規定している。
武力紛争法では、想定されなかった国家対非国家主体(反政府組織 etc.)の武力
紛争において保護規則がなかったため、戦時の状況が凄惨になっていた。そこで、その凄
惨な状況を防ぐために共通 3 条(全文、資料編 p.4)が考え出された。同条では、国家対
非国家主体及び非国家主体同士の武力紛争におけるジュネーヴ諸条約の適用要件を定めて
いる。
しかし、ここで問題を生じさせるのは昨今世界各地で起こっている国際テロリズ
ムをきっかけに国家とテロ組織の間で武力衝突が発生していることである。そもそも国家
とテロ組織の間の武力衝突が武力紛争であるかという議論*
もあるが、仮に両者の間で武力
紛争が生じていると認定できた場合、果たして前述の戦争犠牲者同様、ジュネーヴ諸条約
の保護を受けることが可能であるのかという疑問が生じる。
そこで我々は今回、紛争当事者の一方である米国が当該武力衝突が「武力紛争」
であることを容認した 2001 年の 9・11 同時多発テロ事件を契機として発生したアフガニス
タン紛争(資料編 p.2)に焦点を当てこの課題に取り組む。
※ 今回の発表では、国家対テロ組織の武力衝突によって武力紛争を構成するかどうかの
議論はしないものとする。
3
II. 共通 2 条と共通 3 条とテロ組織(資料編 P.3)
1. 共通 2 条とは
① :ジュネーヴ諸条約の締約国である二以上の国家間で生じる武力紛争
② :人民の自決権(right of self-determination)の行使として植民地支配や外国による
占領および人種差別体制と戦うことを含んだ武力紛争(同条約第 1 追加議定書 1 条 4
項)
③ :軍隊の介入の存在
※ 紛争当事国の意図を問わない『武力紛争』の存在(藤田久一)
2. 共通 3 条とは
or
④ :一締約国の内側で発生している紛争
⑤ :締約国と反政府組織、もしくは反政府組織間の武力紛争
(=国家主体 vs 非国家主体、非国家主体 vs 非国家主体)
※ 「長期化した」暴力行為の存在(新井京)
国家主体 国家主体
国家主体 非国家主体
非国家主体 非国家主体
4
3. 小活
〔各条文の適用対象(ジュネーヴ諸条約が適用される対象)〕
共通 2 条
⇒ ジュネーヴ諸条約の締約国
共通 3 条
⇒ ジュネーヴ諸条約の締約国及び当該国の領域内に存在する非国家主体
国際テロを企て実行する国際テロ組織(すなわち国境を越えて武力攻撃を行うが国際法を
履行する意思がない武装組織)と国家主体の間に武力紛争が生じた場合、ジュネーヴ諸条約
は適用されるのか?
つまり、武力紛争時においてテロリストへの人権保護は認められないのか?
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III. 発表の争点
○ 米国の主張
※ 非政府間テロ組織
多数の国の出身者からなる多数の国で活躍するテロ組織
ジュネーヴ諸条約の規定は当該武力紛争において適用されない。
○ 問題点
上記のように米国がアルカイダとの武力紛争においてジュネーヴ諸条約の適用がないこと
の示すこととは?
⇒ 共通 2 条における正規の軍事構成員が持つ捕虜資格もなく、また共通 3 条にあるよう
な最低限の人権保障を得られなくなる。
※ 事実、グァンタナモ基地を初めとして、米国は捕えたアルカイダ戦闘員だけでなくアル
カイダ戦闘員の疑いがある民間人をも拘留し、拷問していた。
○ 争点
米国の主張のように、共通 2 条と共通 3 条の文言上の解釈から適用の可能性が読
み取れないという理由で、捕えられたアルカイダ戦闘員が武力紛争中に得られる最低限の
人権保障まで否定されることは可能なのであろうか?
我々は、最低限の人権保障を規定する共通 3 条の起草過程に遡り、改めて条文の
文言の意図を検討し、米国とアルカイダの間で生じた武力紛争において、テロリストに対し、
非人道的行為は許容されうるのかを検討していく。
共通 2 条 共通 3 条
米
国
の
主
張
アルカイダは、非政府間テロ組織
*であって国家ではない
ジュネーヴ諸条約は、共通 2 条か
ら
「2 以上の締約国の間に生ずる」宣
言された戦争やその他の武力紛争
に適用されるのであり、アルカイ
ダには適用されない
共通 3 条の規定は、当該紛争が「国
際的性質を有する」紛争であるが
ゆえに、アルカイダに対して適用
されない。
6
IV. 共通 3 条の解釈―起草過程―
1. 「国際的性質を有しない武力紛争」
【新井京】
適用範囲が不当に狭められることを避けるため意図的に定義されず、または具体的列挙も
されなかった。そのうえで、共通 3 条にいう紛争は可能な限り広いものを強調し、「いずれ
の側が敵対行為に従事している軍隊間の武力紛争、すなわち多くの意味で国際的戦争と同
じであるがただ一国の内側で発生している紛争」を指す。
【藤田久一】
草案 2 条 4 項
国際的性質を有しない武力紛争のすべての場合、とくに一またはいくつかの締約国の領域
内に生ずる内戦、植民地紛争、宗教戦争の場合には、各敵対者は本条約の諸規定を適用し
なければならない。このような状況下における条約の適用は、いかなる方法によっても紛
争当事者の法的地位に左右されずかつその地位に影響を及ぼすものではない
“とくに一またはいくつかの締約国の領域内に生ずる内戦、植民地紛争、宗教戦争の場合”
という表現の削除。
⇒ あまり詳しく定義しようとすると、所与の紛争が明記されている定義の一つに当て嵌
まらないという口実の下に条約の適用が妨げられる危険性があるため。
あまり限定されたものではなくかなり広く融通性のある意味を与えようと意図されたもの。
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2. 人道の諸原則
【藤田久一】
「国際的性質を有しない武力紛争」の性質にいかなる条件または制限もつけずに条約全体
の適用を認めようとする考えも否定された結果、両者の妥協として、「国際的性質を有しな
い武力紛争」の性質につき条件または制限をつけないかわり、それに対して条約全体ではな
くきわめて限定された人道的諸原則のみが適用される。
【1949 年ジュネーヴ外交会議】
共通 3 条 1 項及び 2 項=“きわめて限定された人道的諸原則”
⇒ 国内刑法上の犯罪人にも当然認められなければならないような基本的な最低限の人権
保障であって、捕虜の待遇のような特権的性質のものではない。
【ICJ ニカラグア事件判決】
「米国の行動は人道法の基本的一般原則にしたがって判断することができる。……ジュネ
ーヴ諸条約共通 3 条は、ある意味ではそのような原則の発展であり、また他の意味ではそ
のような原則の表現に過ぎない」
本件判決で初めて、共通 3 条の適用を「人道法の基本的一般原則」という文言で表現され
た。
 存在根拠
「マルテンス条項」⇒ジュネーヴ条約廃棄条項
「人道の基本的考慮」とは「人道の諸原則」に包含されるきわめて限定されたもので、か
つ「人道の諸原則において遵守されるべき最低限の基準」である。
共通 3 条は「人道の基本的考慮」、「きわめて限定された人道の諸原則」、を明確に表現した
規則。
人道の諸原則 ジュネーヴ 4 条約
人道の基本的考慮 共通 3 条
8
3. 共通 3 条の適用範囲
共通 3 条の適用範囲は…
あまり限定されたものではなくかなり広く融通性があり、同条は「人道の基本的考慮」、す
なわち「きわめて限定された人道の諸原則」を明確に表現した規則であるから、武力紛争の
性質を問わずあらゆる武力紛争に適用される。
V. まとめ
共通 3 条の適用範囲の検討より、共通 3 条の規定は限りなく広く武力紛争を認め、
かつ、『きわめて限定された人道の諸原則』が明確に適用されることを確認している。すな
わち、今回の争点となった米国とアルカイダの武力紛争であっても、その性質を問わず、『き
わめて限定された人道の諸原則』、つまり共通 3 条の 1 項と 2 項の規定の遵守を紛争当事者
に義務付けている、と解することができる。
従って、米国が自軍の基地においてアルカイダの戦闘員及びその疑いがある者を
拘留し、拷問することはジュネーヴ諸条約の規定を蔑ろにしていると捉えられる。
9
VI. 考察
本発表では、我々は米国とアルカイダの間の武力紛争においてジュネーヴ諸条約
が適用されない、すなわちテロリストに対して共通 3 条に規定されている最低限の人権保
障ですら認められないという当時の米国政府の主張に対し、共通 3 条の起草過程に立ち返
り、同条の文言に含まれる意味と根幹に存在する国際法の一般原則から当該紛争において
ジュネーヴ諸条約が適用可能かを検討した。
テロリストや所属するテロ組織には国際法上法的地位は与えられておらず、また
各国家も国内の政治的な事由から、積極的にその地位を認めることは困難であることが伺
える。しかし、テロリストとはいえ人である彼らに対し同条約の適用が認められないという
事は、問題である。
さらに、国家が拷問を始めとした非人道的な行為を容認しているならば、その行為
は著しく人道の諸原則に反すると考えられる。
従って、我々は当該武力紛争において共通 3 条が、非国際的武力紛争時と同様に
適用されるものと考え、米国軍事構成員だけでなく、アルカイダの戦闘員に対しても、同条
の各条項によって最低限の人権保障が存在すると考える。
後に、アメリカも我々の結論と同じように、対テロ戦争において共通 3 条の規定
が適用され、テロリストが最低限度の人権保障を受けることを認めている。しかし、現在に
至るまでその規定の履行が完全に確保されているとは言い難い。従って、これからテロリス
トの最低限度の人権保障がどう履行確保されていくのか、その動向を注視したい。
10
*参考文献*
【書籍】
 岩沢雄司編『国際法条約集(2016 年度)』(有斐閣)2016 年
 西谷元編『国際法資料集』(日本評論社)368 頁、417 頁
 杉原高嶺著『基本国際法〈第 2 版〉』(有斐閣)2014 年 333-351 頁
 酒井啓亘・寺谷広司ほか著『国際法』(有斐閣)2011 年 552-582 頁
 藤田久一『(新版)国際人道法(再増補)』(有信堂)2003 年 216-220 頁、288-297 頁
 榎本重治・足立純夫共訳『赤十字国際委員会発行 ジュネーヴ諸条約解説Ⅰ』(朝雲
新聞社)1973 年 49~50 頁
 横田洋三「コルフ海峡事件-本案に関する判決」波多野里望・松田幹夫編『国際司法裁
判所 判決と意見・第 1 巻〉(国際書院) 1999 年 27-38 頁
 広部和也「ニカラグアにおけるおよび同国に対する軍事的・準軍事的活動事件―本案
に関する判決」波多野里望・尾崎重義編『国際司法裁判所 判決と意見・第 2 巻』
(国際書院)1996 年 247-312 頁
 ボブ・ウッドワード著、伏見威蕃訳『オバマの戦争』(日本経済新聞社)2011 年 551
-553 頁
【論文】
 新井京「「テロとの戦争」における武力紛争の存在とその性質」『同志社法学 61 巻 1
号』(同志社大学)1-54 頁
 森川幸一「「対テロ戦争」への国際人道法の適用――「テロリスト」の取扱いをめぐ
る米国での議論と日本の捕虜法制を中心に」『ジュリスト(No.1299)』(有斐閣)2005
年 73-83 頁
 樋口一彦「内戦に適用される国際人道法の適用条件」『琉大法学 64 号』(琉球大学)
2000 年 1-43 頁
 川岸伸「ジュネーヴ諸条約共通第三条の成立過程―ジュネーヴ外交会議以前をめぐっ
て―」『法政研究 20 巻 2 号』2015 年 193 頁-268 頁
 藤田久一「国際的性質を有しない武力紛争(一)―― 一九四九年ジュネーヴ諸条約
第三条をめぐって――」『金沢法学』 14 巻 1-33 頁
 藤田久一「国際的性質を有しない武力紛争(二)―― 一九四九年ジュネーヴ諸条約
第三条をめぐって――」『金沢法学』 16 巻 1・2 合併号 70-102 頁
【WEB】
 United States ENSURING LAWFUL INTERROGATIONS Executive Order 13491
(White House 2009)
https://www.whitehouse.gov/the_press_office/EnsuringLawfulInterrogations
(最終閲覧日 2016 年 11 月 26 日)

テロ組織に関するジュネーヴ条約共通3条の適用

  • 1.
    テロ組織に対する共通 3 条の適用解釈 テロ組織に対するジュネーヴ条約共通3 条の適用 —― 9・11 同時多発テロ事件を契機とした アフガニスタン紛争における米国の主張の検討 —― 2016 年 11 月 26 日(土) 愛知大学 国際法ゼミ 人道法班
  • 2.
    1 目次 (発表者) I. 序章···············································P.2 木俣 II.共通 2 条と共通 3 条とテロ組織 ······· P.3~P.4 酒井 III. 発表の争点·······································P.5 中島 IV. 共通 3 条の解釈‐起草過程‐ ·········· P.6~P.7 中島・村上 V. まとめ ············································P.8 村上 VI. 考察···············································P.9 森脇 * 参考文献 * ··································· P.10 あ
  • 3.
    2 I. 序章 ○ 研究目的 武力紛争法は、本来国家間の武力紛争を想定し、戦時中に各国の遵守すべき規則 を定めたものである。その武力紛争の中でも人道的性質を発展させてきたのが1949 年ジ ュネーヴ四条約(以下、ジュネーヴ諸条約)である。このジュネーヴ諸条約は、「傷病者 の保護」、「海上傷病者の保護」、「捕虜の待遇」及び「文民の保護」の 4 つの条約からな り、戦争犠牲者の保護を規定している。 武力紛争法では、想定されなかった国家対非国家主体(反政府組織 etc.)の武力 紛争において保護規則がなかったため、戦時の状況が凄惨になっていた。そこで、その凄 惨な状況を防ぐために共通 3 条(全文、資料編 p.4)が考え出された。同条では、国家対 非国家主体及び非国家主体同士の武力紛争におけるジュネーヴ諸条約の適用要件を定めて いる。 しかし、ここで問題を生じさせるのは昨今世界各地で起こっている国際テロリズ ムをきっかけに国家とテロ組織の間で武力衝突が発生していることである。そもそも国家 とテロ組織の間の武力衝突が武力紛争であるかという議論* もあるが、仮に両者の間で武力 紛争が生じていると認定できた場合、果たして前述の戦争犠牲者同様、ジュネーヴ諸条約 の保護を受けることが可能であるのかという疑問が生じる。 そこで我々は今回、紛争当事者の一方である米国が当該武力衝突が「武力紛争」 であることを容認した 2001 年の 9・11 同時多発テロ事件を契機として発生したアフガニス タン紛争(資料編 p.2)に焦点を当てこの課題に取り組む。 ※ 今回の発表では、国家対テロ組織の武力衝突によって武力紛争を構成するかどうかの 議論はしないものとする。
  • 4.
    3 II. 共通 2条と共通 3 条とテロ組織(資料編 P.3) 1. 共通 2 条とは ① :ジュネーヴ諸条約の締約国である二以上の国家間で生じる武力紛争 ② :人民の自決権(right of self-determination)の行使として植民地支配や外国による 占領および人種差別体制と戦うことを含んだ武力紛争(同条約第 1 追加議定書 1 条 4 項) ③ :軍隊の介入の存在 ※ 紛争当事国の意図を問わない『武力紛争』の存在(藤田久一) 2. 共通 3 条とは or ④ :一締約国の内側で発生している紛争 ⑤ :締約国と反政府組織、もしくは反政府組織間の武力紛争 (=国家主体 vs 非国家主体、非国家主体 vs 非国家主体) ※ 「長期化した」暴力行為の存在(新井京) 国家主体 国家主体 国家主体 非国家主体 非国家主体 非国家主体
  • 5.
    4 3. 小活 〔各条文の適用対象(ジュネーヴ諸条約が適用される対象)〕 共通 2条 ⇒ ジュネーヴ諸条約の締約国 共通 3 条 ⇒ ジュネーヴ諸条約の締約国及び当該国の領域内に存在する非国家主体 国際テロを企て実行する国際テロ組織(すなわち国境を越えて武力攻撃を行うが国際法を 履行する意思がない武装組織)と国家主体の間に武力紛争が生じた場合、ジュネーヴ諸条約 は適用されるのか? つまり、武力紛争時においてテロリストへの人権保護は認められないのか?
  • 6.
    5 III. 発表の争点 ○ 米国の主張 ※非政府間テロ組織 多数の国の出身者からなる多数の国で活躍するテロ組織 ジュネーヴ諸条約の規定は当該武力紛争において適用されない。 ○ 問題点 上記のように米国がアルカイダとの武力紛争においてジュネーヴ諸条約の適用がないこと の示すこととは? ⇒ 共通 2 条における正規の軍事構成員が持つ捕虜資格もなく、また共通 3 条にあるよう な最低限の人権保障を得られなくなる。 ※ 事実、グァンタナモ基地を初めとして、米国は捕えたアルカイダ戦闘員だけでなくアル カイダ戦闘員の疑いがある民間人をも拘留し、拷問していた。 ○ 争点 米国の主張のように、共通 2 条と共通 3 条の文言上の解釈から適用の可能性が読 み取れないという理由で、捕えられたアルカイダ戦闘員が武力紛争中に得られる最低限の 人権保障まで否定されることは可能なのであろうか? 我々は、最低限の人権保障を規定する共通 3 条の起草過程に遡り、改めて条文の 文言の意図を検討し、米国とアルカイダの間で生じた武力紛争において、テロリストに対し、 非人道的行為は許容されうるのかを検討していく。 共通 2 条 共通 3 条 米 国 の 主 張 アルカイダは、非政府間テロ組織 *であって国家ではない ジュネーヴ諸条約は、共通 2 条か ら 「2 以上の締約国の間に生ずる」宣 言された戦争やその他の武力紛争 に適用されるのであり、アルカイ ダには適用されない 共通 3 条の規定は、当該紛争が「国 際的性質を有する」紛争であるが ゆえに、アルカイダに対して適用 されない。
  • 7.
    6 IV. 共通 3条の解釈―起草過程― 1. 「国際的性質を有しない武力紛争」 【新井京】 適用範囲が不当に狭められることを避けるため意図的に定義されず、または具体的列挙も されなかった。そのうえで、共通 3 条にいう紛争は可能な限り広いものを強調し、「いずれ の側が敵対行為に従事している軍隊間の武力紛争、すなわち多くの意味で国際的戦争と同 じであるがただ一国の内側で発生している紛争」を指す。 【藤田久一】 草案 2 条 4 項 国際的性質を有しない武力紛争のすべての場合、とくに一またはいくつかの締約国の領域 内に生ずる内戦、植民地紛争、宗教戦争の場合には、各敵対者は本条約の諸規定を適用し なければならない。このような状況下における条約の適用は、いかなる方法によっても紛 争当事者の法的地位に左右されずかつその地位に影響を及ぼすものではない “とくに一またはいくつかの締約国の領域内に生ずる内戦、植民地紛争、宗教戦争の場合” という表現の削除。 ⇒ あまり詳しく定義しようとすると、所与の紛争が明記されている定義の一つに当て嵌 まらないという口実の下に条約の適用が妨げられる危険性があるため。 あまり限定されたものではなくかなり広く融通性のある意味を与えようと意図されたもの。
  • 8.
    7 2. 人道の諸原則 【藤田久一】 「国際的性質を有しない武力紛争」の性質にいかなる条件または制限もつけずに条約全体 の適用を認めようとする考えも否定された結果、両者の妥協として、「国際的性質を有しな い武力紛争」の性質につき条件または制限をつけないかわり、それに対して条約全体ではな くきわめて限定された人道的諸原則のみが適用される。 【1949 年ジュネーヴ外交会議】 共通3 条 1 項及び 2 項=“きわめて限定された人道的諸原則” ⇒ 国内刑法上の犯罪人にも当然認められなければならないような基本的な最低限の人権 保障であって、捕虜の待遇のような特権的性質のものではない。 【ICJ ニカラグア事件判決】 「米国の行動は人道法の基本的一般原則にしたがって判断することができる。……ジュネ ーヴ諸条約共通 3 条は、ある意味ではそのような原則の発展であり、また他の意味ではそ のような原則の表現に過ぎない」 本件判決で初めて、共通 3 条の適用を「人道法の基本的一般原則」という文言で表現され た。  存在根拠 「マルテンス条項」⇒ジュネーヴ条約廃棄条項 「人道の基本的考慮」とは「人道の諸原則」に包含されるきわめて限定されたもので、か つ「人道の諸原則において遵守されるべき最低限の基準」である。 共通 3 条は「人道の基本的考慮」、「きわめて限定された人道の諸原則」、を明確に表現した 規則。 人道の諸原則 ジュネーヴ 4 条約 人道の基本的考慮 共通 3 条
  • 9.
    8 3. 共通 3条の適用範囲 共通 3 条の適用範囲は… あまり限定されたものではなくかなり広く融通性があり、同条は「人道の基本的考慮」、す なわち「きわめて限定された人道の諸原則」を明確に表現した規則であるから、武力紛争の 性質を問わずあらゆる武力紛争に適用される。 V. まとめ 共通 3 条の適用範囲の検討より、共通 3 条の規定は限りなく広く武力紛争を認め、 かつ、『きわめて限定された人道の諸原則』が明確に適用されることを確認している。すな わち、今回の争点となった米国とアルカイダの武力紛争であっても、その性質を問わず、『き わめて限定された人道の諸原則』、つまり共通 3 条の 1 項と 2 項の規定の遵守を紛争当事者 に義務付けている、と解することができる。 従って、米国が自軍の基地においてアルカイダの戦闘員及びその疑いがある者を 拘留し、拷問することはジュネーヴ諸条約の規定を蔑ろにしていると捉えられる。
  • 10.
    9 VI. 考察 本発表では、我々は米国とアルカイダの間の武力紛争においてジュネーヴ諸条約 が適用されない、すなわちテロリストに対して共通 3条に規定されている最低限の人権保 障ですら認められないという当時の米国政府の主張に対し、共通 3 条の起草過程に立ち返 り、同条の文言に含まれる意味と根幹に存在する国際法の一般原則から当該紛争において ジュネーヴ諸条約が適用可能かを検討した。 テロリストや所属するテロ組織には国際法上法的地位は与えられておらず、また 各国家も国内の政治的な事由から、積極的にその地位を認めることは困難であることが伺 える。しかし、テロリストとはいえ人である彼らに対し同条約の適用が認められないという 事は、問題である。 さらに、国家が拷問を始めとした非人道的な行為を容認しているならば、その行為 は著しく人道の諸原則に反すると考えられる。 従って、我々は当該武力紛争において共通 3 条が、非国際的武力紛争時と同様に 適用されるものと考え、米国軍事構成員だけでなく、アルカイダの戦闘員に対しても、同条 の各条項によって最低限の人権保障が存在すると考える。 後に、アメリカも我々の結論と同じように、対テロ戦争において共通 3 条の規定 が適用され、テロリストが最低限度の人権保障を受けることを認めている。しかし、現在に 至るまでその規定の履行が完全に確保されているとは言い難い。従って、これからテロリス トの最低限度の人権保障がどう履行確保されていくのか、その動向を注視したい。
  • 11.
    10 *参考文献* 【書籍】  岩沢雄司編『国際法条約集(2016 年度)』(有斐閣)2016年  西谷元編『国際法資料集』(日本評論社)368 頁、417 頁  杉原高嶺著『基本国際法〈第 2 版〉』(有斐閣)2014 年 333-351 頁  酒井啓亘・寺谷広司ほか著『国際法』(有斐閣)2011 年 552-582 頁  藤田久一『(新版)国際人道法(再増補)』(有信堂)2003 年 216-220 頁、288-297 頁  榎本重治・足立純夫共訳『赤十字国際委員会発行 ジュネーヴ諸条約解説Ⅰ』(朝雲 新聞社)1973 年 49~50 頁  横田洋三「コルフ海峡事件-本案に関する判決」波多野里望・松田幹夫編『国際司法裁 判所 判決と意見・第 1 巻〉(国際書院) 1999 年 27-38 頁  広部和也「ニカラグアにおけるおよび同国に対する軍事的・準軍事的活動事件―本案 に関する判決」波多野里望・尾崎重義編『国際司法裁判所 判決と意見・第 2 巻』 (国際書院)1996 年 247-312 頁  ボブ・ウッドワード著、伏見威蕃訳『オバマの戦争』(日本経済新聞社)2011 年 551 -553 頁 【論文】  新井京「「テロとの戦争」における武力紛争の存在とその性質」『同志社法学 61 巻 1 号』(同志社大学)1-54 頁  森川幸一「「対テロ戦争」への国際人道法の適用――「テロリスト」の取扱いをめぐ る米国での議論と日本の捕虜法制を中心に」『ジュリスト(No.1299)』(有斐閣)2005 年 73-83 頁  樋口一彦「内戦に適用される国際人道法の適用条件」『琉大法学 64 号』(琉球大学) 2000 年 1-43 頁  川岸伸「ジュネーヴ諸条約共通第三条の成立過程―ジュネーヴ外交会議以前をめぐっ て―」『法政研究 20 巻 2 号』2015 年 193 頁-268 頁  藤田久一「国際的性質を有しない武力紛争(一)―― 一九四九年ジュネーヴ諸条約 第三条をめぐって――」『金沢法学』 14 巻 1-33 頁  藤田久一「国際的性質を有しない武力紛争(二)―― 一九四九年ジュネーヴ諸条約 第三条をめぐって――」『金沢法学』 16 巻 1・2 合併号 70-102 頁 【WEB】  United States ENSURING LAWFUL INTERROGATIONS Executive Order 13491 (White House 2009) https://www.whitehouse.gov/the_press_office/EnsuringLawfulInterrogations (最終閲覧日 2016 年 11 月 26 日)