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テクノロジーと音楽 : 音楽のデザイン
2007年5月7日 - 第一回
徳井直生 (国際メディア研究財団研究員/DJ)
www.naotokui.com
今回は歴史を振り返
る.次回は現在行われ
ている様々な取り組み
と未来を考える
1
徳井直生 - 自己紹介
• 国際メディア研究財団 研究員 (2006∼)
• 音楽メディアの未来に関する研究
• 東京大学工学系研究科 博士課程修了 工学博士
• 人工知能研究
• DJ ( op.disc, PROGRESSIVE FOrM )
ちなみに祖父母
は長岡出身です
2
テクノロジーは音楽にどのような影響を
与えてきたか?
未来の音楽像とは?
テクノロジーは
「音楽」そのもの
の定義すらも変え
てきた
3
テクノロジーと音楽 : 一例
• 17世紀後半 ピアノの発明
• 当時 二つの似たような楽器
チェンバロ ○音量 ×強弱
クラビコード ×音量 ○強弱
• 鉄鋼加工技術が進歩 → クラビ
コードをもとに、弦により強い張
力を持たせ、それに耐えられるフ
レームを用意.
• 十分な音量で強弱のある新しい音
楽表現が可能になった
ピアノの当時の正式名称 グ
ラヴィチェンバロ・コル・ピ
アノ・エ・フォルテ
4
現代の音楽
• 無数のアーティスト,楽曲,ジャンル etc....
• これらに共通するのは ???
5
現代の音楽
• 無数のアーティスト,楽曲,ジャンル etc....
• これらに共通するのは ???  
• 制作の過程で コンピュータ (少なくとも何らかの電子機器) を利用
• 技術による新しい音楽/音楽観の獲得
• ex.) ノイズ音楽 / John Cage 4’33” 4’33”は273秒 -
絶対零度 -273度
とかけた?
6
トピック
• 音楽メディアの歴史
• コンピュータ音楽の歴史
• コンピュータで音を扱うとは
• 音楽の新しい制作手法/ジャンル/演奏方法
• 音楽の制作と消費 /未来の音楽
7
凡例
• 重要な人名 
• John Cage 
• 制作手法,音楽ジャンルなどのキーワード 
• サンプリング
それぞれ緑とピンクの
太字で示す.ビデオに
もでてくるので覚えて
おくように.
8
予備知識
9
音とは
• (一般には) 空気の疎密波 (密度の変動で伝わる)
• スピーカーの振動を思いうかべてみよう
• 人間は 20Hzから20000Hzの音を聞ける(個人差あり)
波形表示は密度の高低の変化
10
音楽に最も影響を与えたテクノロジーとは??
11
録音技術
12
録音技術が与えた変化
• 同じ演奏を繰り返し聴ける
• 空間的/時間的に不可能だった演奏を聴ける
• 音楽を作り込める cf.) 映画と演劇の関係
• 演奏をはじめから想定しない音楽の誕生
• 所有/コレクションの対象としての音楽 (音楽 = CD)
• 音楽産業の誕生 - スターの誕生
映画: 一つのシーンを
複数のカメラから初衛
視,編集.
音楽: 演奏を複数のマ
イクで録音,編集
13
音楽を記録したい! - 音楽メディアと録音技術
14
• 19世紀末 - レコード
• 1960年代 カセットテープ --- 1979 SONY Walkman
• 1980年代 - CD
• 1990年代 - MD, DVD Audio
• 1990年代後半 mp3 --- 2001 iPod
録音技術/音楽メディアの歴史
15
録音技術の発展
• アナログレコード
• 1859年 「フォノオートグラフ」レオン・スコット (仏) - 初めて音を可視化
• 1877年 「フォノグラフ」エジソン (米) - 最初の録音再生機
• 1887年「グラモフォン」ベルリナー (独) -
16
レコードの歴史 : フォノオートグラフ
• 「フォノオートグラフ」 - スコット (仏) - 1859年
• メガホンで集めた音で膜を振動させる.
• 円筒状の筒にブラシで波形を描く
• 音を可視化
17
• 「フォノグラフ」 - エジソン (米) - 1877年
• 錫箔をはった真鍮の円筒に針で音を刻む
• 最初に吹き込んだのは「メリーさんの羊」
• 一回ごとに録音する必要あり (複製不可)
• 1978年 The Edison Speaking Phonograph
Company 設立
• 口述筆記のための記録用として
レコードの歴史 : フォノグラフ (1)
18
レコードの歴史 : フォノグラフ(2)
• エジソンが考えた用途 (1978年 North American Review誌)
1. 速記者なしの口述筆記
2. 目の見えない人のための”本”
3. 話し方教室の教則本
4. 音楽の再生
5. 思い出の記録として
6. オルゴールの代替品
7. 話す時計
8. 滅び行く言語の記録
9. 教育用途 : 授業の記録
10. 電話とつないで (大事なメッセージを残す)
比較: ベルの電話 - 当
初は遠隔地にコンサー
トの音を伝えることを
目的としていた.
19
• 「グラモフォン」 - ベルリナー (独) - 1887年
• 円盤形のレコードを採用
• レコードの複製が可能になる
• ベルリナー方式が標準に
• The Victor Talking Machine Company
設立
• その後,レコード会社に→ HMV
• 第二次大戦後 日本ビクター独立
レコードの歴史 : グラモフォン
20
おまけ: “His Master’s Voice” -犬のニッパー
Victor Talking Machineの広告
オリジナル
ベルリナーが購入・改変後
日本以外のHMV
日本のHMV
21
三つの録音方式
*実際には45度傾けられたもの
エジソン ベルリナー 後のステレオ
22
デジタルメディア
• CD (Compact Disc)
• 1982年 最初のCDプレイヤー - ソニー
• 収録時間 74分 - 大賀ソニー社長とカラヤンとの会話から
• ベートーベンの9番が収録できる時間
• PCM記録方式 - 44.1kHz標本化 16ビット量子化
• 標本化定理: 標本化周波数の1/2まで完璧に再現
人間の可聴域 ∼20kHz
23
PCM方式によるデジタル化
標本化- 細かい時間間隔で測定
量子化 -
連続値を離散値で近似
この図の場合 4ビット
PCM コンピュータ上で音を扱う際の基本技術
24
音楽制作技術
25
誰も聴いたことのない音を作りたい! - 音色合成
26
• 音を電子的に合成する楽器
アナログシンセサイザー (19世紀末∼)
テルミン
1920年代∼
Moogシンセサイザー
1920年代∼
27
• 最初のコンピュータ音楽
• 1951 CSIRAC (オーストラリア) Geoff Hill
• 実際は外付けのアナログシンセサイザーを
コントロール (後のMIDIのようなもの)
コンピュータ音楽の黎明期 (1950年代∼)
overriding considerations of the logical design were
engineering and programming simplicity, as this
or the loudspeaker. Each 20-bit digital word was
partitioned into a 5-bit destination, a 5-bit source,
Figure 1. CSIRAC as dis-
played for its 50th birthday
celebration, Museum Victo-
ria, 25 November 1999. Note
the speaker near the bottom
of the right-hand door of the
console.
28
• “In a silver scale” 1957年 Max Mathews 
• Music I - 最初のコンピュータ音楽のためのソフトウェア. 最初の商用コン
ピュータ IBM 704
• MUSIC II, III, IVと続き,
種々の人工知能研究,
オブジェクト指向プログラミング
などの基礎となった
コンピュータ音楽の黎明期 (1950年代~)
IBM 704
29
様々な音響合成方式
• AM変調 (Amplitude Modulation) -振幅変調
• FM変調 (Frequency Modulation) - 周波数変調
• サンプリング
• アナログモデリング - アナログシンセサイザーの部品一つ一つ(コンデンサ,抵
抗 etc)の振る舞いをソフトウェア上でシミュレーション
30
世の中にすでにある音を使って作曲したい!!
- サンプリング
31
ミュージック・コンクレート (1950年代∼)
• Musique Concréte ミュージック・コンクレート (具体音楽)
• 楽音以外の音(人の声,街の雑踏,自然の音,機械の雑音,鳥の声などな
ど)を,電気的に変質させ,編集して作った音楽
• Pierre Schaeffer, Pierre Henry (仏) - 二人のピエールが創始 (1950年代)
• 磁気テープの編集(切り貼り)で作成
サンプル: Étude aux Objects - P. Schaeffer (195?)
まだ磁気テープ自体が
めあたらしかったころ
32
ミュージック・コンクレート - その後
• ポップミュージックの世界にも大きな影響
• The Beatles “Revolution Number” 9 1968年
• 松任谷由実 “まぶしい草野球” - フィールドレコーディングの利用
• 手法の進歩
• テープの切り貼り (Miles Davisなども多用) → サンプラーの利用
Ono Yokoの影響が大き
い.ポール・マッカー
トニーはこの曲が大嫌
いだった
33
サンプラー (1970年代∼)
• Sampler サンプラー
• レコードなどの音を録音し、音程をつけてならすことができる機材.音を記
憶するメモリが必要.
•
1970年代
Fairlight CMI
1981年
Emu Emulator
1990年
Akai S-Series
34
サンプラー
• Sampler サンプラー
• レコードなどの音を録音し、音程をつけてならすことができる機材.音を記
憶するメモリが必要.
•
0.5秒 (64kB) 1秒 (128kB) 数十秒 (数MB)
35
サンプラー
• Sampler サンプラー
• レコードなどの音を録音し、音程をつけてならすことができる機材.音を記
憶するメモリが必要.
•
3000万円 300万円 30万円
36
サンプリング (1980年代∼)
• Sampling / サンプリング
• サンプラーを使って,既存の曲の一部を使って
• ヒップホップなどの制作手法として一般化
• サンプラーが安価に - IC技術が急速に進歩. メモリが安価になった.
• 過去の音楽にいかに焦点を当てるか / レコードを”掘る” digging
• 著作権の問題 vs 新しい表現手法
37
より細かく編集したい! - エディタソフトウェア
38
• MIDIシーケンサー = 演奏情報の記録
/編集のための装置
• コンピュータ上で、シーケンス情
報を扱うことで、自由度/操作性
が大幅に向上。より細かいエ
ディットが可能に ← PCの性能の
向上と普及が要因
• ジャングル,ドラムンベースなどの
高速な音楽
MIDIシーケンスソフトウェア (1990年代∼)
39
DAWソフトウェア (2000年代∼)
• DAW (Digital Audio Workstation)ソフトウェア
• 演奏情報(MIDI)だけではなく実際の音を直接コンピュータ上で扱える
← PCの更なる高速化
• ソフトウェアのサンプラー,シンセサイザー → コンピュータ一台で制作が
完結
• z
40
作曲の技法そのものを変える - アルゴリズム
41
• 1980年代以降 - コンピュータを使った様々な処理が可能になった
• 確率モデルを使った作曲
• 従来の音楽的文法を否定
• シュトックハウゼン,クセナキスなど
実験音楽 / 電子音楽 (特に1980年代以降∼)
クセナキス - UPICシステム
42
プログラミングによる作曲 (1990年代後半∼)
• Max/MSP,SuperColliderのような音楽のためのプログラミング言語
• Autechereなどのエレクトロニカと呼ばれる新しいジャンル
• 単に複雑なだけではなく,リズムやハーモニーなどのポップな要素がある点
が前述の実験的電子音楽とは異なる
Max/MSP SuperCollider
43
新しい演奏形態の模索! - インタフェース
44
• 従来の「演奏」の枠にあてはまらない「演奏」「ライブパフォーマンス」の形
態が誕生
• DJ / ラップトップミュージック
• これらは演奏といえるのか?
新しい演奏形態
44
VS
DJ : 普通にかけ
るだけだったら
だれでもできる
それまでの演奏
45
新しい演奏形態/新しい楽器
• AudioVisual パフォーマンス
• 物理インタフェース
• ライブコーディング / コードジョッキー
• 参加型パフォーマンス
• 日々新しい研究成果が発表されている
45
46
SONASPHERE
徳井直生 (東大)
機能単位を仮想3D物理空間に浮か
ぶオブジェクトとして表現
座標とパラメータの関係づけ
オブジェクト間の相互作用から複
雑な音響効果が生まれる
46
VJとの違い
パフォーマン
ス + 楽曲制作
47
AudioPad
James Patten (MIT)
• ループを用いたライブパフォーマン
スのためのシステム
• テーブル上のオブジェクトとグラ
フィクスでループを表現
• 複数の人が同時に操作可能
47
48
• コンピュータの画面を見せながら、
リアルタイムにプログラミングを行
う
• 複雑なアルゴリズムを直接操作で
きる
• DJにとっての「レコード」のか
わりに「プログラム」を準備
• マニアにしかわからない...
ライブコーディング
48
コードジョッキー
ラップトップライブは
何をやってるか分から
ないという批判にたい
する答え
49
BlockJam
Henry-Newton Dunn (Sony CSL)
• ブロックを組み合わせて音楽のシー
ケンスを作る
• ブロックごとに選んだ音がなる
• だれでも楽しめる
• 自由度は低い
49
 演奏というよりゲー
ムにちかい
練習すると熟達すると
いうものでもない
50
前半のまとめ
51
テクノロジーと音楽
• テクノロジーによって
• 新しい音色/作曲技法/演奏形態が生まれる
• 音楽そのものの概念が少しずつ変わってきた
• 次回は音楽を楽しむ消費者の立場から音楽の未来について考える.
52

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