沼津の大火

1. 沼津市の大火
大正一五年・（一九二六)一二月一〇日の午後一一時四〇分頃、市内西宮後町(末広町字山
神道)の空き家から発生した火災は、同二年三月の沼津町の大火に次ぐ規模の大火災となっ
た。この地域特有の南西の烈風(風速が一〇メートルから最高時には一二・五メートルに及
んだ。)にあおられた猛火は、たちまちに八幡町一帯に及び、さらに上本通りや上土町方面
に飛び火し、追手町、条内町、添地町、三枚橋町上ノ段などへと広がった。沼津の市街地
の主要な区域約五万七〇〇〇坪を焦土と化したこの大火災は、翌日の午前六時三〇分頃漸
く鎮火した。
この大火によって焼失した建物は、市役所や警察署、郵便局、税務署、旧駿東郡役所、
職業紹介所、土木出張所などの公共施設を始め、病院や旅館、商店、会社、工場と多数の
一般住宅であった。焼失戸数は七八二戸(全焼七六三、半焼一五、工場四)で、これは市の全
戸数の約三分の一にあたる。罹災人口は三五九四人、損害総額は約七○○万円に上った。
不幸中の幸いはこれだけの大火にも関わらず死傷者が一人も出なかったことである(史料編
近代 2.二六〇～二六五ページ)。
復興へ市区改正事業の進行
市では仮事務所(臨時市役所)を沼津尋常高等小学校(男子部)に設置するとともに、上色モ
スリン会社の寄宿舎や蓮光寺など六寺院を借り受けて避難所とし、罹災者の救護を行なっ
た。市長の大場藤五郎はかねて健康がすぐれず辞表提出中であったが、この緊急事態に辞
意を撤回し、病躯をおして仮事務所に詰め、救護の陣頭指揮にあたった。

2. 大火の翌日一一日に急きょ開催された市会では、罹災地域の区画整理を基本とした市街
地の道路拡張.復興計画が協議された。復興委員には、一四日の市会では沼津市復興委員会
規程が制定された。復興委員には、市長の推薦で市会議員から森川泰次郎ら一五名、市公
民から和田伝太郎ら一五名の計一〇名が選出された。一二月二六日(前日に大正天皇が死去
し昭和と改元された。)には市区改正並復興事業を執行する部署として復興部が設置された
(部長は名取栄一)。
大正二年(一九一三）の大火後の市区改正事業では焼失区域の主要道路の拡張がはかられ
たものの、起債の滅額や反対運動のため当初の計画通りには進まず、不徹底な部分が残さ
れた。そのため市街地での不規則で狭小な道路や乱雑な家屋に起因する火防・水利の不便
が、再度の大火の発生につながったのである。
そうした反省に立って今回の市区改正復興事業では、徹底した区画整理と新たな道路拡
張の断行が課題とされた当時の沼津市は都市計画法による指定都市でなかったため、復興
に向けての区画整理は、計画区域が三枚橋耕地整理組合の地区に接している関係で、区域
を便宜上同組合に編入して換地処分を行ない、事業は市が主体となって施行する方式が採
用された。区画整理はこうして耕地整理法によって進められた。市は昭和二年(一九二七)
二月から市街地建築物法の適用区域となったが、このことは改正事業の進行を大いに助け
た。
新道路拡張計画では、大幹線を一三問半(約二四・五メートル)に、幹線を一〇間半、準幹
線を八間と大きく拡幅し、補助線も六間、四間、三間の幅とした。従来の道路幅が幹線六
間、補助線は一間内外であったことを考えれば画期的なものであった。特に大幹線は車道
と歩道を区分した上で、将来の市電敷設を想定して中央の「八尺へ約五・四五メートル)を
軌道敷にあて、その左右の各一九・五尺を車道に、その両側各一二尺を歩道に設定して、

3. 路面は舗装を施すという計画であった。とりわけ駅前を起点とする停車場通りの大幹線に
は、歩道に街灯を設置し街路樹を植えるなど、近代的都市としての街路環境の整備が図ら
れた(史料編近代 2 二七三～四ページ、「沼津市復興事業概要し)。車道と歩道の区別は幹線
と準幹線でも行なわれた。
大火焼失区内道路改良・区画整理総事業費は、当初の計画では四〇〇万円(実行予算は二
〇〇万円、半額は受益者負担とされた。)であったが、市の財政状況から三〇〇万円に減額
された。実行予算一五〇万円は昭和四年度までの継続事業として支出された。工事は昭和
二年四月に着手され、三年後の昭和五年三月に竣工をみた。
市街地の拡大 大火で焼失した市役所は、第一尋常小学校内に仮事務所を設置した後、
翌年一月には女子尋常小学校の一部焼け跡にバラック建築を建てて移転した。
現在の地、上香貫に新しい市庁舎が完成するのは昭和三年六月のことである。同年七月
一日、沼津市は市政五周年記念の祝賀会を新市庁舎で挙行した。祝賀会は、第四尋常小学
校と職業紹介所の落成も記念し、大火から復興を祝福する盛大な催しとなった。この日は
正午から千本松原で開催され、芸妓手踊りや打ち上げ花火、レコードコンサートなどの企
画が組まれ、夜まで市をあげての祝賀ムードに包まれた。（史料編近代２二七一～二頁）。
昭和四年 5 月、狩野川に新たに三園橋が完成すると、大火後の市区改正事業の進行とと
もに、この頃区画整理が成った上香貫方面へと市街地の拡大が進んでいった。商工都市・
遊覧都市・田園都市としての沼津の新たなる発展がはかられていく。翌昭和五年五月の際
の森田泰次郎市長の「奏上文（沼津市復興の状況）には、大火から復興を機に県東部の中
核都市として歩みつつある沼津市の現状が報告されている（史料編近代２二七二頁）。
【沼津市史 通史編 近代】
大正十五年昭和元年沼津市役所事務報告書
一二 大火災ニ関スル件
十二月十日午後十一時四十分市内本字山神道七四番地ヨリ発火シ、折柄ノ西南ノ烈風ニテ
飛火及延焼ノタメ西宮、山神道、八幡、片端、追手、条内、上ノ段、横宿ノ一部七五五戸
ヲ鳥有ニ帰シ、市役所、警察署、郵便局、税務署、女子部小学校ノ一部ノ外、室賀病院、
稲玉病院、桑原病院、成田病院、楠医院、大和館、大富旅館、山本旅館、松風軒、森永製
菓工場、名取商会、鈴木商会、職業紹介所等消失、翌十一日午前六時鎮火セリ、罹災人員
三、五九四名、損害推算五百八十万六千二百円ニシテ、市役所ニ於テハ直チニ上毛モスリ
ン会社寄宿舎、連光寺、東方寺、乗運寺、本光寺、大聖寺、永明寺ヲ借リ受ケ避難所ニ宛
テ、部所ヲ定メ炊出シ貧困罹災者ノ収容、罹災人員調査ヲ開始シ、極力救護ニ尽シ、尚日
本赤十字静岡支部、静岡県庁及静岡市ヨリハ救護班ヲ派遣セラシ市ニ於テモ伝染病院内ニ
救護所ヲ設置シ、罹災者ノﾐナラズ一般市民ニシテ貧救ノモノヲ無料診断セリ、本県ニ於テ
モ十数人出帳アリ、三万三千円ノ県罹災救助金支出ノ令達アリ、大正十五年十二月二十四
日二万四百二十九円二十八銭配分ヲナス

4. （史料編近代２二六五頁）