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数学史 黎明期

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静岡Developers勉強会とShizuoka.pyの数学史の資料となります。

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数学史 黎明期

  1. 1. 数学史 黎明期 やじゅ@静岡Developers勉強会
  2. 2. はじめに 機械学習を学ぼうとすると数式が多く出てきます。 数式が嫌いな人は先ずは数学の見方を変えること。 その為に数学を歴史から学んでみましょう。 17世紀までの資料が間に 合わないので10世紀まで。 資料:数学探訪「数学の歴史」 NHK 「テストの花道」タイトルバック
  3. 3. 自己紹介  やじゅ@静岡・・・漢字名は「八寿」 平口 八寿人(Twitter:yaju) http://yaju3d.hatenablog.jp/ 、http://qiita.com/yaju 歳のせいか、歴史や経緯を知りたくなってしまう。  なぜ機械学習にPythonが選ばれるのか  押下(おうか)にまつわる話  @ アットマークにまつわるお話  1バイトが8bitに定まったのは2008年  Pokémon GO(ポケモンGO)を作った男、ジョン・ハンケ氏の歩んだ道のり  AlphaGoを作った天才デミス・ハサビスの経歴
  4. 4. アジェンダ  数学の語源  文明の誕生  古代文明  数を知る  数の概念  数の対応(1対1)  位取り記数法  位取り記数法(60進法)  桁記号記数法
  5. 5. アジェンダ  計算器具  アラビア数字  ゼロの発明  暦(太陰暦)  暦(太陽暦)  古代バビロニアの数学  古代ギリシアの数学  中国の数学  アラビアの数学
  6. 6. 数学の語源  数学(mathmatics)の語源 「数学」は中国伝来の言葉、ヨーロッパでの語源はギリシア語の 「学ぶことができるもの」を意味する「マテーマタ(mathema)」  幾何学の語源 幾何学の英語は「geometry」 "geo":土地、"metry":測量 日本は中国語の「幾何 (キーホ) 」を輸入し「キカ」に。 geo(ジーホ)→キーホという音訳した説があるが、音訳は間違い (数学的対象の量一般を意味)の論文がある。 日本は江戸時代初期までハ行がなかった。関数の語源
  7. 7. 文明の誕生  狩猟・採集による移動生活から、農耕・牧畜により 定住化  天水農業から脱却し、灌漑農業で食料安定化 川の氾濫により肥沃(作物が良く育つ)な土地が生まれ、測量技術が向上 灌漑(かんがい)とは農地に外部から人工的に水を供給すること  集団生活により権力者が生まれ、支配階級社会へ 農民以外の職業(神官、商人、職人、戦士など)が誕生
  8. 8. 古代文明 大きな川があるところに文明ができる。エジプトはナイ ル川、メソポタミアはチグリス川とユーフラテス川など。 今は世界四大文明とは言わないようだ。 画像出展:http://www12.plala.or.jp/rekisi/image459.jpg
  9. 9. 数を知る 古代の人々は、「1、2、たくさん」 と表現しました。 現在でもパプアニューギニアなどの原住民は同様。 動物や昆虫でも数える能力があるが限界がある。 カラスが数えられる数も4から5、訓練で7つまで。
  10. 10. 数の概念  数を唱える、数の順序を知る(1,2,3,4,5,6、…)  数の集合を知る(0,3の固まり、5の固まり)  数の対応(1対1)…(スプーンとお皿、コップとストロー など)  数の比較(同数発見)…形や色、位置が変わっても 、数はかわらない。  数の分割…オハジキを分割しても合併させても、総 数は変わらない。→ 6歳頃から理解できる。
  11. 11. 数の対応(1対1) 1から100までの数字を言える子どもが100個のものを 数えられるわけではない。1個に2,3など言ってしまう。 「calculate」は「計算する」の意味の他に、calc「小石」- ate「〜する」で「小石で数える」という意味もあります。 朝に放した羊が全部戻ったかどうかを確認するのに、 羊を1頭放す毎に小石を袋から出して並べて置き、 夕方、羊が1頭戻って来る毎にその小石を袋に戻す。
  12. 12. 位取り記数法 定めた値を一区切りと考えて、そこから先は定めた値を組合せ て数えていくことです。N 進法ともいいます。  10進法 日常的に使用。人の10本の指に由来します。  12進法 現在でも1ダースは12個など。約数が多いので分配に便利。 10の約数は1,2,5,10の4つ、12の約数は1,2,3,4,6,12の6つ。 数えることが主流な文化では10進法を用いた。 分けることが主流な文化では12進法を用いた。
  13. 13. 位取り記数法(60進法) 約数の多い12でも分けられない数が5、 5でも分けら れる数で12×5=60、他にも10と12の最小公倍数で60。 60の約数は1,2,3,4,5,6,10,12,15,20,30,60の12種類 古代バビロニア(シュメール人)は、月を観測し1年を 360日(30日x12)とした。全円周を1年とみなし360度、 六等分した60を大切な数と考えて、60進法とした。 紐を使ってコンパスのように円周を六等分する方法 数学をつかった裏技?!ピザを六等分しよう①
  14. 14. 桁記号記数法 桁記号記数法とは、ある大きさの値になると別の記号を使う方 法です。 だいたい、10、100、1000と位が上がることに新しい使います。
  15. 15. 桁記号記数法(ローマ数字) 13と24と3888をローマ数字で数を表してみます。 ローマ数字では4つ以上記号を並べないというルールです。 4つ以上並ぶようなら、「−1 + 次の位の記号」とします。 13 = 10 x 1 + 1 x 3 = X + III = XIII 24 = 10 x 2 + (−1 + 5) = XX + IV = XXIV 3888 = 1000 x 3 + 500 + 100 x 3 + 50 + 10 x 3 + 5 + 1 x 3 = MMM + D + CCC + L + XXX + V + III = MMMDCCCLXXXVIII
  16. 16. 計算器具 足し算の 13 + 24 = 37をローマ数字で数を表してみます。 桁記号記数法では計算が大変なため、「アバカス」という計算 器具が使われた。中国に伝わり17世紀に日本で算盤となる。 XIII + XXIV ------- XXXVII 中国版は10進法と 16進法の計算が可能 日本は10進法専用
  17. 17. アラビア数字 現在、一般に使われているのはアラビア数字(インド数字)です。 8世紀にインドの隣にあるアラビアに伝わり13世紀以降にイタリ アからヨーロッパに広がったことからアラビア数字と呼ばれる。 アラビア数字は位が変わっても1,2,3,4,5,6,7,8,9,0という10個 の数字だけで済み、新しい記号を作る必要がありません。
  18. 18. ゼロの発明 インドでは、ゼロの発明したとよく聞く。 ゼロには3つの使い方があります。 1.記号(空位)としてのゼロ 2.数(演算の対象)としてのゼロ 3.原点としてのゼロ ゼロってナニ!? ゼロを拒んだ古代の偉人たち
  19. 19. ゼロの発明 1.記号(空位)としてのゼロ 何も無い意味のゼロ記号や位の位置を表すなら古代バビロニ ア時代(60進法)でもありました。 例えば、アラビア数字のゼロ「0」を位の位置を表わした場合、 一番右の数字は1の位、右から2番目の数字は10の位、右から 3番目の数字は100の位というルールになっています。 古代インドでもゼロは空白で表していたが、下記のようにすると 見た目の表現的にも位の位置の区別が難しかったので、「0」を 記号として使うようになったと思われます。 2 3 → 203 2 3 → 2003
  20. 20. ゼロの発明 2.数(演算の対象)としてのゼロ 古代エジプト辺りでは「図形の数学」として、「数」と「形」がセット で発達してきた 。 図形的に「0」は長さも面積もなく図形の世界 には登場しない。意味をもたないと嫌われていた(宗教的にも) インドでは「図形の数学」もそれほど発展せず、「数」が「形」に 縛られる必要はなかった結果、インドのほうが数としての「0」の 使用が進み、ヨーロッパはそれを取り入れる形になった。 17世紀の数学者パスカルでさえ、「0から4を引いても0だ」と。 日本も江戸時代末の1830年に刊行された「算法新書」から。
  21. 21. ゼロの発明 3.原点としてのゼロ インドでは負債をあらわすときに負の数を使用していた。 ヨーロッパへはゼロの概念とともにアラビア経由で伝えられた が、ゼロの演算と同じく受け入れられるには時間がかかった。 負の数は-3個のリンゴのように「個数」ではイメージしずらい。 負の数は「数値線」があればイメージしやすい。 負数は小学校 では教えない。 虚数は高校から
  22. 22. 暦(太陰暦) メソポタミア文明シュメール人が考案。太陰暦は「月」が基準 ・最初は遊牧民は家畜の餌となる草が生える時期を知るため ・農耕が始まるとタネまきの時期を正確に知るため ・暦を知るため 月の公転周期により、1月30日で年12ヶ月で1年360日とした。 本当の周期は約29.5日、1月を29日と30日で調整(354日) 後に暦と季節のずれより太陽暦の要素を入れ太陰太陰暦に。 七曜制は月の変化(新月~上弦~満月~下弦~新月)の間隔 が、それぞれ約7日のため、「7日」を一まとめしたのが由来。 月曜日の「Monday」は月(Moon)からきている。
  23. 23. 暦(太陽暦) エジプトではナイル川の定期的な氾濫により測量技術が発達。 1年が365日でめぐることを知り、季節の変化と一致しない太陰 暦から地球が太陽の周りを回る周期が基の太陽暦に移行。 初めは1月は30日で年12ヶ月、5日の祝日を入れて365日とする 民衆暦を工夫し、後に4年に1度の閏年をいれるようになった。 農作物の栽培に適合しているために次第に広く使われるように なり、カエサルがこれをローマに導入してユリウス暦とし、地中海 世界・ヨーロッパで広く行われるようになった。
  24. 24. 古代バビロニアの数学 古代バビロニア(ウルク期)は、メソポタミア文明に含まれる。 メソポタミア=シュメール ではない。シュメール、アッカド、アッ シリア、バビロニア、違いをまとめた。 シュメール人が都市、法典、楔形文字(くさびがたもじ)、青銅器 、太陰暦や太陰太陽暦、七曜制、60進法も生み出し、エジプト 文明、インダス文明の誕生にも影響をあたえた。 数学としては、粘土板に正方形の長さの1辺の長さを30とした 時の対角線の長さが60進法で刻まれており、その値はルート2 の1.41421・・・で小数点以下5桁まで現在の値と一致していた。
  25. 25. 古代エジプトの数学 古代エジプト史は大きく3つの時代に分けられます。 ・古王国(紀元前2700~紀元前2200年頃) ・中王国(紀元前2100~紀元前1700年頃) ・新王国(紀元前1600~紀元前1100年頃) 古王国はすべてのピラミッド(クフ王が有名)が造られた時代。 エジプトが1日を24時間にした。エジプトは10進法で、はじめは 昼と夜をそれぞれ10に分けて20としたが、昼と夜の境界の時 間をそれぞれに付け加えて24としたそうです。
  26. 26. 古代エジプトの数学 数学は、灌漑や干拓のための測量、課税のための人口調査、生 産物の貯蔵と配分、暦学、ピラミッドをはじめとする建設など「実 用的な数学」として活用された。 幾何学では、円の面積の近似値、角錐台の体積を求める公式、 半球の表面積を求める方式などの業績を残した。 記号代数学は存在しなかったが、言語による修辞的な代数によ って単独方程式や連立方程式を解いた。等差級数や等比級数 にも関心を示した。 かけ算は「たし算」と「2倍」のみを組み合わせて計算。 分数は2分の1や3分の1など分子が1と例外的に3分の2を使用。
  27. 27. 古代ギリシアの数学 エジプトの測量や作図の技術は高度に発達していたが、なぜそ れが正しいのか誰も証明していなかった。 若い頃にバビロニアで天文学とエジプトで測量や作図を学んだタ レスが証明して図形に「論理」を持ち込んで幾何学という学問に まで高め人々に広めた。(論証幾何学) 論理的思考が出来たのは、当時のギリシア社会の民主制が関 係していると思われる。 タレスの論証幾何学は、その後、ピタゴラスやユークリッドに受け 継がれ、数学の発展に大いに貢献していくことになります。
  28. 28. 古代ギリシアの数学  タレス(BC.624-BC.546頃) ギリシアの植民地イオニアのミトレス出身。 若い頃にサモス島で商業を営み、商用で西アジアやエジプトなど を往来して、天文学や測量や作図などの知識を持ち帰った。 世界を構成する物は「神」が作ったものだという「神話的思考」か ら脱却し、ある事象を観察し自然法則を導くという「自然科学的 方法」を初めて体現した。天文学では初めて日食を予言。 ピラミッドの影の長さからピラミッドの高さを求める方法を考案。 「万物は水なり」の名言を残す。
  29. 29. 古代ギリシアの数学  ピタゴラス(BC.572-BC.492頃) サモス島出身。タレスの弟子のアナクシマンドロスに学ぶ。世界 最初の音楽理論を考案。幾何学だけではなく数論もやり、偶数 や奇数や素数、約数、倍数などいろんな数に名前をつけた。 三平方の定理(a^2 + b^2 = C^2)が有名。 イタリアのクロトンで宗教・哲学・政治を学ぶ一種の宗教集団を 開き、何百人の弟子と生活した。弟子の研究でも教王のピタゴラ スの名前で発表した。ピタゴラスの教義は「万物は数なり」。 やがて国の政治まで手をだし、反感をかって追放された。
  30. 30. 古代ギリシアの数学  ユークリッド(エウクレイデス) (BC.330-BC.275頃) ユークリッド幾何学の創始者。複数人の共著の一人の説とも。 13巻からなる数学書「原論」を著わす。エジプトのアレキサンドリ ア大学校で講義するときの教科書であった。 幾何学以外にピタゴラスらの数論も全体の三分の一くらいある。  アルキメデス(BC.287-BC.212頃) 円周率を3.14とし、小数点以下2桁まで正確に求めた。 アルキメデスの原理として有名な「浮力の法則」や「てこの原理」 など数々の業績を残した。
  31. 31. 中国の数学 中国では漢(紀元前1世紀ごろ)時代に編集された官吏のための 教科書「九章算術」がほぼ完全な形で残っている。また、これよ り古い「算数書」が1983 年に前漢の墓から発見された。  九章算術 9章に分かれ、延べ246個の問題を収めた、問題集形式の数学 書である。理由を説明することはめったにしない。 あくまで実用面でしかなく数学は独立した学問とはみなされず、 新しく定理や法則を作ると言う伝統が無かった。 なぜ支那に数学が発展しなかったのか?
  32. 32. アラビアの数学 インド数学から取り入れた特に「代数学(方程式)」が発達。インド 数学とギリシア数学の東西の学問が融合された。 ヨーロッパでは紀元前のローマから中世の間の1000年以上め ぼしい数学の発展はなかった。帝政のローマでは実用性のない 論証的幾何学は注視されなかった。その間にアラビアで復活し たうえで近世のヨーロッパに逆輸入された。 10世紀ごろにイスラム帝国にギリシア幾何学が復活。 これは教王の学問奨励で散らばっていたユークリッド原論などの 資料がまとめ直されたため。後に大きな意味を持たらせる。
  33. 33. アラビアの数学  アル・フワリズム(9世紀) アルゴリズムの語源(アル・フワリズムの名前)になった人。 天秤を見て、方程式に「移項法」という方法を思い付き導入した。 これにより、機械的に方程式が解けるようになった。 それを「al-gebra」の本にまとめた。 「gebra」が代数で「al」は英語でいう冠詞(the)
  34. 34. 終了 ご清聴ありがとうございました!

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