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青山学院大学 ボランティア・ステーション
夏期活動報告書
2012年10月
<目次>
• はじめに・・・p.1
• 夏期プロジェクト全体概要・・・p.2
• 活動報告
– 石巻スタディツアー・・・p.3
– 気仙沼プロジェクト・・・p.10
– 陸前高田プロジェクト・・・p.16
– 塩釜プロジェクト・・・p.23
–...
〈はじめに〉
本日で未曾有の被害をもたらした東日本大震災から約 1 年と 7 ヶ月が経ちました。東日
本 大震災でお亡くなりになった方々や、ご遺族の方に心よりお悔やみ申し上げます。また被
災 された全ての方々に、心よりお見舞い申し上げます。私た...
8月 4日 11 18 25
石巻
気仙沼
塩釜
陸前高田
TGU仙台
フィリピン
福祉
9月 1日 8 15 22
気仙沼
塩釜
陸前高田
フィリピン
インドネシア
青山学院大学 ボランティア・ステーション
夏期プロジェクト全体概要
2
1.活動について
*3.11から学び未来へと繋ぐ旅 スタディツアー*
東日本大震災発生後
「何かしたいけど、どうしたら良いか分からない」
「自分に出来ることなんてあるのだろうか」
こんな想いを抱える学生達と宮城県石巻市を旅し
地元の方々に案内し...
2.参加した学生の様子
第一陣 参加者17名 スタッフ4名
第二陣 参加者17名 スタッフ6名
4
3.ツアー詳細
一日目
9:00 東京出発
16:00 石巻到着 夕食会会場へ移動
17:30 地元の方々
ボーイスカウトの子どもたちと夕食会
20:00 宿舎移動~諸連絡~自由時間~就寝
二日目
7:00 起床~朝食~バス移動
9:00 日和...
石 巻 プ ロ ジ ェ ク ト 代 表樋 口 航 太 さ ん に 聞 き ま し た!
4.コーディネーターインタビュー
スタディツアーで
嬉しかったことは何ですか?
参加者が積極的に現地の方々に話しかけていて、
またそれに対して現地の方々が真...
参加して下さった学生に聞きました!
5.石巻スタディツアーに参加してみて
参加した理由
・少しでも自分の目で見てみることが大事なのかなと思ったから。
・絶対に地震は他人事ではないし行くことで自分のなかで何か意識が変われば と。
・短期で石巻の多...
被災地との向き合い方
・被災地を憐れむ気持ちで見たりせず、一緒の共同体としてサポートしていきたい。
・直接行ってボランティアするのは難しくても東京からでも参加できるボランティア
(写真洗浄等)を積極的に行いたい。
・同じ日本人として共に復興につ...
6.石巻プロジェクトの感想と「これから」
参加者の多くが被災地に行ったことがなく、ボランティア等で被災地の役に
立ちたかったがなかなか予定が合わず、今まで行く機会がなかった。
そこで、まずは被災地の現状を知りたいという参加者が多かった。
そうい...
気仙沼仮設住宅支援プロジェクト 活動報告
2012. 8/17~20 8/24~27 9/7~10
【活動場所】
気仙沼市内仮設住宅(山田大名広場住宅、気
仙沼西高校グラウンド住宅)、仮設商店街
(鹿折復幸マルシェ)
【参加人数】
各ターム 7...
Q.逆につらかったことは?
Q.活動の中で嬉しかったことは?
【コーディネーターインタビュー】国コミュ 3 年 田丸佐季
足湯やお料理会を行ったときの住民の方
の言葉。足湯を行った際、「足湯をやって
もらうといつも涙が出そうになる。ありが
とう...
Q.学んだことはありますか?
今回の気仙沼での活動を通して考えさ
せられ、学んだことはまず、復興とはそ
もそも何なのかという事。私達の思う復
興と、現地の方々が思い描く復興とは違
い、根本意識やテンションに差がありま
す。現地は私達が考えるより...
Q.感想と今後の展望を聞かせてください。
仮設住宅に実際に入って感じたことは、
意外とコミュニティ形成はなされている、
ということです。活動にあたって、それま
でにボランティアがあまり入っていない小
規模の仮設住宅を対象としていたのですが、
実...
Q
.
今
回
こ
の
ボ
ラ
ン
テ
ィ
ア
に
参
加
し
た
理
由
は
な
ん
で
す
か
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
首
都
圏
で
風
化
し
つ
つ
あ
る
と
感
じ
て
い
た
震
災
の
被
害
を
自
分
の
目
で
見
た
い
と
思
っ
...
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.
こ
れ
か
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う
に
被
災
地
に
向
き
合
っ
て
い
こ
う
と
思
い
ま
す
か
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ま
た
機
会
が
あ
れ
ば
ボ
ラ
ン
テ
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ア
に
参
加
し
た
り
個
人
的
に
旅
行
し
て
み
た
...
-陸前高田市支援ボランティア概要-
昨年 11 月から本学において、
岩手県陸前高田市の写真洗浄プロジェクトを行ってきた。
陸前高田市から津波の被害に遭い持主の手から離れてしまった写真を
送っていただき都内で一枚ずつ洗浄・整理をし、
その後被災...
写真
活動内容
1 陣~4 陣の流れとまとめ
(1) 思い出の品返却所
 「思い出の品」(写真アルバム、トロフィーなど)の整理、ナンバリング
 写真のスキャンニング作業
 写真のトリミング作業
 一陣…写真洗浄活動
(神奈川県茅ヶ崎市写...
写真
活動を終えて
スタッフより
<あすなろホーム>
福祉の現場は初めてで、利用者さんとの接し方に少し構えてしまった部分がありました。だけど、活動す
る中で、「苦手な部分はあるけれど僕らと変わらない人間である」という施設長さんの言葉が心に残り、...
 後期休学をして南三陸町で保育ボランティアに行く友人をきっかけに、
被災地に向き合うことで次の世代に伝えたいと思い参加しました。
教育学部教育学科二年
 普段、福祉のボランティア、特に知的障害者を持つ方々との関わりが増え、
被災地では、施設...
市街地を見たとき、草ばかりで何もないところなんだと
思ったが、そこは市街地でたくさんの家や店があったと
知って驚きました。本当に何もかも流されてしまったん
だと、実際に見るとすごくショックでした。津波の威力
や恐怖また怒りがこみ上げえてきました...
私たちがこれから被災地に
しなければならないこと
震災から一年半が経ち、震災当初に比べて被災者の存在・ボランティアの意識がうすれてきている
というのも現状です。しかし、復興にはまだまだ多くの力が必要とされています。それを忘れず、
今後も積極的に...
最後に
コーディネーターより
うれしかったこと
3陣のときにひかみの園の女子寮に行った際、利用者
さんと先週来ていた2陣の子たちの話になりました。
最初は、こちらから○○さん覚えていますか?とかイ
ベントで行った AKB48 の会いたかったのダ...
活動概要
①塩竈市内小学校・中学校・
けやき学級・保育所にて教育支援
②浦戸諸島の経済復興支援
活動期間
2012.8.4~9.8
参加人数
135名
23
①塩竈市内小学校・中学校・けやき学級・保育所にて教育支援
②浦戸諸島の経済復興支援
※参加者全員で行ったこと
・塩竈神社でお祓い
・島の現状視察
・塩竈市の方とミーティング
・震災について話し合う『復興カフェ』
第 1 陣
①・塩竈市立第三小学...
第 3 陣
①・塩竈市香津町保育所にて保育士の補助活動
・けやき学級にて教育支援活動
・市内の 4 つの中学校(塩竈第一、第二、第三、玉川中学校)にて教育支援活動
・月見ヶ丘小学校にて教育支援活動
②《石浜地区担当》
・民家、空き地の草刈り
・...
第 1 陣&第 2 陣
菅原真奈
震災から一年が経ち現地へ行って思ったのはボランティ
アが出来ることはまだまだあるなということです。また、
島を調べていく中で『来てくれるだけでもありがたい』と
言って頂けた時もあれば、島の方に断られなかなかイン...
第 3 陣&第 4 陣
瀬川達也
【経済復興】
高齢化。塩竃市浦戸諸島の深刻な問題はここにあるのではな
いでしょうか。昨年度の震災を機に島から若者は都会の方に住
居を移し、高齢者の方々が中心に今では島で生活をしています。
毎年行われている島の神...
第 6 陣
瀬川達也
経済復興第 1~5 陣の内容を再び吟味し、またこれらの内容をひとつの形
として残すことがこの第 6 陣での活動内容でした。各陣のスタッフが再度浦
戸諸島に集結し、市役所への浦戸諸島の現状および今後の AGU-VS の活動
...
【島の問題点・島民の声】
・桂島の主要産業=漁業について
島民の声:「現役の漁師は 60 歳以上の割
合が高く、後継者が育たない」
→若者離れ・高齢化問題
・桂島=かつて盛んだった観光業について
島民の声:「かつて観光で賑わっていた頃
のように...
【島の問題点・島民の声】
浦戸諸島の中で一番、市の対応が後回し
・「高齢化によって土地の管理・産業の維
持が難しい。」
・「今の生活を維持しつつ、外部の力を借
りて島を活性化させたい 。」
【解決までのプラン概要】
・市のインフラ整備が進まない...
【島の問題点・島民の声】
〈行政の意見 〉
観光の活性化
定住人口の増加
Etc.
〈島民の意見〉
生活が第一
観光は難しい
Etc.
・・・このままだと
復興が遅れ、両者の意見が反映されない
島となってしまう。
⇒意見交換の場が必要
【プラン...
参加理由
※第 1 陣~第 5 陣参加者アンケート計 100 名分(複数回答あり)
27%
22%
14%
12%
9%
7%
9%
主な参加理由
自分に出来ることはしたい
と思ったから
被災地の現状を知りたかっ
たから
活動内容に興味を持った...
心に残ったエピソード
○浜遊びの時に、海を眺めてずっと黙っている子がいた。「大丈夫?」と声をかけたと
ころ、目にいっぱい涙を溜めて「うん、大丈夫」と言っている子がいた。実際に子ども
たちとふれ合ってみて、子どもは本当に純粋で、まだ津波の怖さも心...
・
○被災者の方の話を聞いて同情とかをしても、
行動に移さないとあまり意味が無いので、出来ることを少しずつ
やっていこうと思う。(理工学部 電気電子工学科 2 年)
○何より私たちがしなければならないことは、自分たちがこうして被災地にきて感じた...
○被災地は報道されているものとは異なっているように感じました。
また、被災者といわれる東北の人々は普通に生活していて、被災者や被災地という言葉
が差別用語になっているように感じた。今後は使わないようにしたい。(経済学部 現代
経済デザイン学科 ...
この夏は様々な夏期プロジェクトが実施された中、他のボランティアプ
ロジェクトとは一風変わった活動が「仙台津波復興支援プロジェクト」で
す。この活動は、私たち青山学院大学ボランティアステーションが企画し
たボランティア活動ではなく、東北学院大学と...
参加者アンケート
――次に、この活動で嬉しかったことをお聞きしたいと思います。
「嬉しかったことですか。今回はハード面ということもあって、活動そのものが目に
見えて結果に出ます。実は、参加者のほとんどがボランティア活動初体験だった
ので、やりが...
参加者アンケート,おわりに
――辛さの中に感じることも多かったと聞きました。特に学んだことは何ですか?
「学んだことは本当にたくさんあります。今回私が感じた問題は、情報格差です。私たちの活
動していた地域は、ネット環境も整備されていて、ボランテ...
参加者アンケート
3.11 から1年半が経ち、少しずつ情報も少なくなってきている。そんな現状を踏
まえ、被災地でのボランティア活動に興味を持ち、学校の方から照会があったこと
もきっかけとなり、参加させてもらった。民間のボランティアよりも、大学で...
参加者アンケート,おわりに
今回ハード面でボランティア活動をさせてもらって感じたことですが、何よりも
まずは被災地に足を運ぶことだと思います。よく、「被災地に言っても余計な気苦
労をかけるだけで、迷惑では?」という声を耳にしますが実際にボランテ...
渋谷区の福祉施設での福祉ボランティア活動に青学生を派遣し、福祉と学生の架け橋になるようなボラ
ンティアプログラムの提供を目指している。
今回の夏企画では渋谷区ボランティアセンターが主催する「夏体験ボランティア」への斡旋を行った。
活動期間:8月...
【「渋谷区あやめの苑・代々木」ってどんなところ?】
渋谷区あやめの苑・代々木は特別養護老人ホームであるとともにショートステイ事
業・デイサービス事業を行なっていて、地域包括支援センター・居宅介護支援事業
所も併設しています。
【活動内容】
納涼...
【児童福祉センターって?】
18歳までの児童が利用できる施設。遊びを通して、子どもたちの健やかな成長を図り、友達関係をよ
り豊かに育んでいく施設。今回の活動は主に子どもたちの安全確保・子どもたちの遊び相手。またこの
日はイベントの日でもあり、イ...
【「渋谷区けやきの苑 西原」ってどんなところ?】
常時介護が必要な方々のための介護老人福祉施設サービスを行っています。利用者の方々、
そしてその家族の希望を聞き、利用者の心身の状況を把握して食事・入浴・排泄・健康管
理・機能訓練・生活相談・生き...
渋谷はるのおがわプレーパーク
2012 年 8 月 25 日
担当スタッフ 神谷 理沙子
【「渋谷はるのおがわプレーパーク」ってなに?】
渋 谷 は る の お が わ プ レ ー パ ー ク は 、 こ ど も た ち が 、
「 自 分 の...
渋谷なかよしぐる~ぷ
活動日:2012年8月26日 担当スタッフ:大西 貴光
【「渋谷なかよしぐる~ぷ」って??】
障害のある子どもの親たちが、子どもたちが地域のなかで共に暮
らす社会を願い、1970 年にできた。現在は、ともだちと遊んだり、街...
☆一日を通して子供たちが
先生たちによくなついている
様子、先生たちが子供たちを
それぞれ大切にしている様
子、保護者が先生たちを信頼
している様子が見られて良い
保育園だなと感じた。
☆ついつい子供たちにかかり
っきりになりがちだが、子ども
...
2012年度夏期ボランティア報告書
2012年度夏期ボランティア報告書
2012年度夏期ボランティア報告書
2012年度夏期ボランティア報告書
2012年度夏期ボランティア報告書
2012年度夏期ボランティア報告書
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2012年度夏期ボランティア報告書

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2012年夏に行ったボランティア活動の報告書です。

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2012年度夏期ボランティア報告書

  1. 1. 青山学院大学 ボランティア・ステーション 夏期活動報告書 2012年10月
  2. 2. <目次> • はじめに・・・p.1 • 夏期プロジェクト全体概要・・・p.2 • 活動報告 – 石巻スタディツアー・・・p.3 – 気仙沼プロジェクト・・・p.10 – 陸前高田プロジェクト・・・p.16 – 塩釜プロジェクト・・・p.23 – TGU仙台津波復興支援プロジェクト・・・p.36 – 福祉プロジェクト・・・p.41 – GLEP Youth海外プロジェクト • フィリピンプロジェクト・・・p.48 • インドネシアプロジェクト・・・p.51 • おわりに・・・p.55
  3. 3. 〈はじめに〉 本日で未曾有の被害をもたらした東日本大震災から約 1 年と 7 ヶ月が経ちました。東日 本 大震災でお亡くなりになった方々や、ご遺族の方に心よりお悔やみ申し上げます。また被 災 された全ての方々に、心よりお見舞い申し上げます。私たち青山学院大学ボランティ アス テーションは 2011 年 5 月に社会に奉仕したいという思いを持つ学生に対し、社会の ニー ズに合ったボランティアを提供し、私たちを含め青学生が「地の塩、世の光」となり、 助け 合って生きる世界を目指すというミッションを掲げ設立されました。そして、2011 年7 月か らボランティア活動を開始して今日まで 1000 名以上の学生と共に石巻、多賀城、大 船渡、 気仙沼、塩釜、陸前高田での被災地ボランティア、大学キャンパスにて写真洗浄ボラ ンティ ア、また渋谷区社会福祉協議会しぶやボランティアセンターと協力しての福祉ボラン ティア を行い続けてきました。 私たちがこのように今日まで活動を継続できたのはひとえに青山学院大学関係者の皆 様 方、現地にて私たちの活動にお力添えをしてくださった方々、また私達とともに活動を行 っ た多くの学生のおかげであります。 この報告書をもちまして、2012 年度の AGU‐VS の夏期ボランティア活動の締めくくり とさせていただきます。 今年度の活動の至る所で、OB・OG の方々にたくさんのご支援を頂けましたこと、この場 を借りて、心より感謝申し上げます。ありがとうございました。 社会のために何か自分ができることがしたい。スタッフである私たちは常にこの思いを抱 きつつ、また本当に社会に必要とされているボランティア活動を継続して行っていきたいと 思います。皆様のご期待に応えるよう青山学院大学ボランティア・ステーションスタッフ一 同今後も継続的に活動し、邁進していきますので今後ともご支援のほどよろしくお願いしま す。 2012 年度 ボランティア・ステーションスタッフ一同 1
  4. 4. 8月 4日 11 18 25 石巻 気仙沼 塩釜 陸前高田 TGU仙台 フィリピン 福祉 9月 1日 8 15 22 気仙沼 塩釜 陸前高田 フィリピン インドネシア 青山学院大学 ボランティア・ステーション 夏期プロジェクト全体概要 2
  5. 5. 1.活動について *3.11から学び未来へと繋ぐ旅 スタディツアー* 東日本大震災発生後 「何かしたいけど、どうしたら良いか分からない」 「自分に出来ることなんてあるのだろうか」 こんな想いを抱える学生達と宮城県石巻市を旅し 地元の方々に案内して頂き 被災地の今と東北の魅力を学ぶツアー 開催日 第一陣 8月21~22日 第二陣 8月29~30日 3
  6. 6. 2.参加した学生の様子 第一陣 参加者17名 スタッフ4名 第二陣 参加者17名 スタッフ6名 4
  7. 7. 3.ツアー詳細 一日目 9:00 東京出発 16:00 石巻到着 夕食会会場へ移動 17:30 地元の方々 ボーイスカウトの子どもたちと夕食会 20:00 宿舎移動~諸連絡~自由時間~就寝 二日目 7:00 起床~朝食~バス移動 9:00 日和山よりスタディツアー開始with山形大学 (13:00 いしのまキッチンで昼食) 14:00 震災のお話 at メンズショップDAN 14:30 グループディスカッション テーマ: [これから] 石巻のこれから/学生としてのこれから ディスカッション発表 16:00 石巻出発 22:30 到着 *ツアーで回った主な箇所* 日和山公園・門脇小学校・「頑張ろう!石巻」の看板 漁港・石巻市役所・三越石巻店 石巻立町復興ふれあい商店街 石巻復興マルシェ・メンズショップDAN 等 5
  8. 8. 石 巻 プ ロ ジ ェ ク ト 代 表樋 口 航 太 さ ん に 聞 き ま し た! 4.コーディネーターインタビュー スタディツアーで 嬉しかったことは何ですか? 参加者が積極的に現地の方々に話しかけていて、 またそれに対して現地の方々が真剣に受け答えし てくれていたことです。僕が石巻を好きな理由の 一つに、このように優しくて暖かい石巻の方々の 人柄の存在が大きいからです。参加者にも、石巻 の暖かさを感じることができたと思いました。 つらかったことは何ですか? 現地の方々のお話をもっと聞きたい参加者 がいるのに、十分に時間を設けることがで きなかったことです。ツアーは1泊2日とい う限られた時間でやるので、他にもツアー で回る候補地はありましたが採用されませ んでした。本当に行くべき場所、時間をか ける場所をまた考え直して、次回開催の時 までに改善したいです。 コーディネーターを務めてみて 学んだことは何ですか? 普段石巻に行くと、現地の方々と話で盛り上がります。しかし今回は 参加者に現地の方々と話をしてもらいたかったので、その様子を客観 的に見ていました。現地の方々は初めて会う大学生と、生き生きと話 していました。大学生という若い世代が、初対面でも話をするだけで、 現地の方々にとっては明るくなり前を向く、一つの材料になるのだと 学びました。 6
  9. 9. 参加して下さった学生に聞きました! 5.石巻スタディツアーに参加してみて 参加した理由 ・少しでも自分の目で見てみることが大事なのかなと思ったから。 ・絶対に地震は他人事ではないし行くことで自分のなかで何か意識が変われば と。 ・短期で石巻の多くの場所を回ることで被災地についての知識を深められると 感じたため。 ・社会に出る前に一度は被災地を訪れ、自分に何ができるかを学びたかった。 ・青学生と共に震災について考えてみたかったため。 エピソード ・松の木に上って水が引くまで過ごしたことや、「ちくしょー!」と叫びながら奥さんを探した こと。ヘリの音で奥さんを呼ぶ自分の声が消されてしまったこと。 ずっとへこんでいる訳にもいかない、と自分にできることは何かを考え、 避難所の方面から見えるように「頑張ろう!石巻」の看板を作ったこと・・・ 看板をつくった黒澤さんのお話のすべてがリアルでした。 その場に行って、実際にお話を聞かなければ、どんなふうに津波が来て、今草が伸びきってい る場所は住宅街やコンビニで…といった、震災前後の変化をあんなにもリアルに 感じられることはなかったと思います。 ・本間さんの「何も持たずにまず逃げること」という言葉が強く耳に残りました。二 度とこのような被害を引き起こさないという強い想いが込められているように感じたからです。 ・ちょうど1年前に同じ場所を訪れていたこともあり、町の印象がいくらか明るくきれい になっていると感じました。 その反面がれきの撤去などがあまり進んでいないように感じ、人手不足や各 地の受け入れ体制の遅れの影響だなと痛感しました。 7
  10. 10. 被災地との向き合い方 ・被災地を憐れむ気持ちで見たりせず、一緒の共同体としてサポートしていきたい。 ・直接行ってボランティアするのは難しくても東京からでも参加できるボランティア (写真洗浄等)を積極的に行いたい。 ・同じ日本人として共に復興について考え、少しでも力になれることで協力していきたい。 ・東北以外の地方では震災の記憶が風化されつつある中、震災の事実を忘れず実際に 行った私たちが伝えていきたい。 ・出来る事は限られていても、被災地を継続的に訪れ復興支援したい。 ・友達と東北へ食べ歩きしたりお取り寄せを利用し名産品等を購入する等金銭的にも 支援したい。 ・さまざまな支援の形があるので、自分にできることをしていきたい。 感想 ・実際に石巻を見て感じることができました。一度行ったことで石巻を身近に感じられたし、 自分で何ができるかを考えるきっかけとなりました。 ・このツアーで、大学生活では出会わなかったであろう人達とも知り合え、被災地を見ること以 外にもたくさん貴重な経験をすることができました。 ・震災が起こる前に戻すことが復興ではなく、これからに合わせてどのように復興し ていくかが重要な問題であることに気づかされました。 ・ボランティアをしていない人はどうすればいいか分からないのも大きな要因だと思うので ボラステによる説明会的なものを定期的に行ってほしいです。 ・今回のツアーで貴重な学びを得ることができ、参加して本当に良かったです。 ・石巻の方々のお話を聞くことが出来たのも、スタッフの方々が今まで何度も訪れて築き上げて くれた“絆”なんだなと思いました。 ・事前研修とツアーのディスカッションは、震災について考える点でとても良かったです。 ・石巻の現状だけでなく青学生と意見を共有し交流も深められたので最高なツアーでした! 8
  11. 11. 6.石巻プロジェクトの感想と「これから」 参加者の多くが被災地に行ったことがなく、ボランティア等で被災地の役に 立ちたかったがなかなか予定が合わず、今まで行く機会がなかった。 そこで、まずは被災地の現状を知りたいという参加者が多かった。 そういった参加者に対して、現地の方々のご協力もあって、うまく被災地の 現状を見せることができたと思う。 参加者の感想にもそういった意見が多く、今後も石巻と関わりたいという参 加者も多かった。 今後もこのように石巻と青学生の架け橋になりたい。 他のボランティアよりも1泊2日という短い期間で被災地の現状が知れるの で、長期休暇以外の日程でも青学生にツアーを行いたい。さらに、この石巻 スタディツアーを青山学院大学ボランティア・ステーションの年間行事とし、 青学生だけではなく 高等部などのより若い世代の人たちにも東日本大震災で起きたこ とを学び伝えていきたい。 スタディツアーの企画をしたボランティア・ステーションスタッフ、支えて くれた大学職員、協力して頂いた石巻の方々、参加してくれた学生みなさん、 本当にありがとうございました! 石巻プロジェクト 代表 樋口航太 樋口代表より 9
  12. 12. 気仙沼仮設住宅支援プロジェクト 活動報告 2012. 8/17~20 8/24~27 9/7~10 【活動場所】 気仙沼市内仮設住宅(山田大名広場住宅、気 仙沼西高校グラウンド住宅)、仮設商店街 (鹿折復幸マルシェ) 【参加人数】 各ターム 7 名、計 21 名(+コーディネーター 田丸) 【活動内容】 ―気仙沼市内の仮設住宅、 および仮設商店街でのコミュニティ活性化支援― 今回、このプロジェクトでは、気仙沼市内の仮設住宅のコミュニティを支 援する活動を行いました。活動内容は、足湯・お茶会・お料理会といったイ ベントの開催で、このようなイベントを通して住民同士やボランティアとの 交流を深め、仮設住宅でのコミュニティを活性化するものです。 足湯の提供には2つの意味があります。まず1つは住民の方々のリラックス =身体的癒し、もう1つはボランティアと住民の方々との 1 対 1 の会話=精 神的癒しです。この二つが合い重なり、ぽろっと本音や困っていることを私 達にこぼしてくれることがあり、これが間接的にニーズ調査にもつながって います。 また、お茶会も気軽にお茶を飲んで会話することにより、ボランティアと住 民の方々、また住民の方々同士の交流ともなるものです。 そしてお料理会は、ボランティアと住民の方々による共同作業によりさらに 交流を深め、人々のコミュニティを活気付けていくことが目的です。 これらのイベントを「若者が」やり、「活気付け」していくということに意 味があります。 10
  13. 13. Q.逆につらかったことは? Q.活動の中で嬉しかったことは? 【コーディネーターインタビュー】国コミュ 3 年 田丸佐季 足湯やお料理会を行ったときの住民の方 の言葉。足湯を行った際、「足湯をやって もらうといつも涙が出そうになる。ありが とう」と声をかけてくださった方や、足湯 を受けられた際少し涙ぐんで私たちに感謝 してくださる方がいて、こちらとしても感 謝の言葉にとても嬉しく思いました。足湯 だけでなくどの活動を通しても、どの方も、 「東京からわざわざありがとう」「また来 てね」とおっしゃってくださり、私達ボランティアはこのような感謝の言葉や表情 に救われ、また学びました。ボランティアは一方的に何かを与えるとかいうもので はなく、お互いに持ちつ持たれつの関係で成り立つものなのだな、と切実に感じま した。 学生コーディネーターとして、どう学生を率いていけばいいか、どう現地の方と 関わっていけばいいのか、ということはとても考えさせられました。コーディネー ト自体初めての経験で、わからないことだらけで最初はテンパってしまい、失敗し たり現地の方に迷惑をかけてしまったりと、辛かったこともありました。しかしそ んな時、学生スタッフ、参加者の学生や現地でお世話になった方などに支えてもら い、アドバイスや時には厳しい言葉をかけてもらったりと、いろんな形で支えても らいました。この活動は自分ひとりだけでは成り立たない、本当に「出会い」と 「支え」で成り立つものでした。辛かったですが、本当にありがたく、身にしみま した。 11
  14. 14. Q.学んだことはありますか? 今回の気仙沼での活動を通して考えさ せられ、学んだことはまず、復興とはそ もそも何なのかという事。私達の思う復 興と、現地の方々が思い描く復興とは違 い、根本意識やテンションに差がありま す。現地は私達が考えるよりシビアで、 例えば土地の話、財産相続の話、会社再 建の話、破損した建物の解体の話、そし てもちろん、メンタルやトラウマのケア など人の心の問題も山積みです。現地の方々の話を聞いていると、被災地では「復 興」はまだまだこれから、やっと始まるのではないか、という印象を受けました。 また、仮設住宅という特殊な空間に住む人々とどのように接すればいいのか、ど のような支援をすればいいのかということにも悩み、また考えさせられました。も ちろん最低限のわきまえは必要ですが、自分を「ボランティアだから○○しなけれ ばいけない」と卑下しすぎず、対等な関係で接することが大事だということを学び ました。 そして、私達が被災地のために、日本の ためにできることはなんだろう?というこ とも考えました。それは被災地を・人々を 「忘れず」、そして現状や人々の思いを 「伝える」こと。被災していない地域では 徐々に東日本大震災の記憶が薄れ、当時の 記憶や思いを忘れかけている人もいるので はないでしょうか。被災してない地域にこ そ、こういった「忘れず」「伝える」とい うことが重要です。そういったことで記憶 の風化を防ぎ支援の手を継続させることができると同時に、私達も次いつ来るかわ からない大震災にそなえる意識を持つこともできると思います。まだまだ書ききれ ませんが、現地の方々とのお話を通して、また被災地の現状をこの目で見て学生た ちと話し合って、こういったことを学びました。 12
  15. 15. Q.感想と今後の展望を聞かせてください。 仮設住宅に実際に入って感じたことは、 意外とコミュニティ形成はなされている、 ということです。活動にあたって、それま でにボランティアがあまり入っていない小 規模の仮設住宅を対象としていたのですが、 実際行ってみると入居から時間も経ってい ることもありコミュニティはある程度形成 されていました。この点からは、コミュニ ティの形成を支援するというよりは、青学 生という若者が中高年メインの輪の中に入り活気付けをしていく、というコミュニ ティ活性化の意味のほうが強かったように感じます。また、仮設住宅だけでなく仮 設の商店街でも足湯を行い、同じく商店街というコミュニティの活性化に繋がった のではないでしょうか。 この仮設住宅での活動ははっ きりとした結果や成果が見えな いものです。また、現地の方々 は私達に明るく接してくれまし たが、足湯などの際にぽろっと 出る言葉に心の傷を感じました。 だからこそ今回一回では終わら せず、これからも継続的に支援 する必要があると感じました。 そして、素敵な笑顔を見せる現 地の方々が少しでも増えてくれたらと思います。今後としては、「継続性」を第一 に、細々ながらもこの夏のような仮設住宅でのイベント実施を続け、また一人でも 多くの学生に被災地に目を向けてもらいたいです。企画・実施をする上で反省点も 多く上がりましたので、それを踏まえ、もっと住民の方々のためになる、そしてニ ーズを満たせるような活動を継続的に行っていきたいです。 13
  16. 16. Q . 今 回 こ の ボ ラ ン テ ィ ア に 参 加 し た 理 由 は な ん で す か ?  首 都 圏 で 風 化 し つ つ あ る と 感 じ て い た 震 災 の 被 害 を 自 分 の 目 で 見 た い と 思 っ た か ら 。 ( 総 文 3 年 )  テ レ ビ で よ く 仮 設 住 宅 の こ と を 見 て い た が 、 実 際 、 仮 設 住 宅 は ど の よ う な も の な の か 、 ま た 、 現 地 の 方 と 他 の プ ロ ジ ェ ク ト よ り も 触 れ 合 え る の で は と 感 じ た か ら 。 ( 教 育 2 年 )  ボ ラ ン テ ィ ア を 通 じ て 自 分 を 成 長 さ せ た か っ た か ら 。 ( 心 理 1 年 ) Q . 実 際 に 現 地 に 行 っ て み て 感 じ た こ と 、 印 象 に 残 っ た エ ピ ソ ー ド を 教 え て く だ さ い 。  現 地 の 人 は 「 高 田 を 見 る だ け で 気 分 が 悪 く な る 」 と お っ し ゃ っ て い た の が 印 象 的 だ っ た 。 ( 心 理 1 年 )  何 も な い の で は な く 、 現 地 の 方 々 に と っ て は 「 無 く な っ た 」 の だ 、 と い う こ と を 実 感 し た 。 お 茶 会 の 際 、 参 加 し て く だ さ っ た 人 た ち が 、 当 時 の 話 を し て い て 、 ど こ の 誰 が 亡 く な っ た な ど を 話 し て い た の が 心 に 残 っ た 。 彼 ら に と っ て は 、 震 災 と い う よ り も 身 近 な 人 が 亡 く な っ た 、 も っ と 個 人 的 な 事 故 の よ う 。 ( 総 文 3 年 )  目 に 見 え な い と こ ろ ( 精 神 面 ) で は 、 明 る く 見 え た 仮 設 の 方 々 が 「 最 近 は 食 欲 も な い 、 食 事 の 時 は 家 族 が 集 ま る の で た だ な ん と な く 食 べ て は い る が 、 生 き て い る 感 じ が し な い し 生 き る 意 欲 も な い 」 と 話 さ れ て い た の が 一 番 心 に 残 っ て い ま す 。 ( 英 米 1 年 )  イ ベ ン ト に 参 加 し た く て も 出 来 な い 人 に な に も し て あ げ ら れ な か っ た 事 。 ( 英 米 3 年 )  現 地 の 方 た ち は 悲 観 す る こ と な く 毎 日 を 真 っ 直 ぐ 生 き て い ま し た 。 そ れ だ け で な く 私 た ち ボ ラ ン テ ィ ア に と て も 優 し く 接 し て く だ さ っ た こ と が と て も 印 象 に 残 り ま し た 。 ま た 、 仮 設 住 宅 で そ う め ん 大 会 を 終 え 、 片 付 け を し て 帰 ろ う と し た ら 、 そ の 日 ほ と ん ど 話 す こ と が な か っ た 中 学 生 の 子 た ち が 窓 か ら あ り が と う と 手 を 振 っ て く れ た こ と も 印 象 に 残 り ま し た 。 ( 英 米 2 年 )  私 達 に と っ て は 普 通 じ ゃ な い こ と も 現 地 の 人 に と っ て は 、 普 通 の こ と 過 去 の こ と で あ る の だ な と 感 じ た 。 陸 前 高 田 に 行 っ て 気 仙 沼 と の 復 興 の 違 い に 驚 い た 。 震 災 前 の 写 真 と 見 比 べ て 見 た け れ ど 何 も な く て 本 当 に 商 店 街 が あ っ た の か ? と 衝 撃 を 受 け た 。 ( 教 育 2 年 )  足 湯 を し て 差 し 上 げ た お じ い さ ん か ら と て も 感 謝 さ れ て 、 若 い 人 た ち が 来 て く れ る だ け で あ り が た い 、 涙 が 溢 れ て く る 、 気 仙 沼 を 忘 れ な い で い て ほ し い と 言 わ れ た こ と ! ( 法 2 年 ) 【参加者アンケートより・・・】 14
  17. 17. Q . こ れ か ら ど の よ う に 被 災 地 に 向 き 合 っ て い こ う と 思 い ま す か ?  ま た 機 会 が あ れ ば ボ ラ ン テ ィ ア に 参 加 し た り 個 人 的 に 旅 行 し て み た り で で き る 事 が あ っ た ら し て 行 き た い 。 ( 英 米 3 年 )  被 災 地 の 人 々 を 被 害 者 扱 い し す ぎ な い 方 が 良 い か な と 思 っ た 。 = 変 に 気 を 使 い す ぎ る の は か え っ て 失 礼 に も な る の か な と … 。 ( 法 3 年 )  2 年 か ら 必 修 に な る ゼ ミ で 気 仙 沼 へ の 支 援 活 動 を し て い る ゼ ミ に 入 り 、 文 献 か ら な ど も た く さ ん 勉 強 を し て 今 回 よ り も 成 長 し た 自 分 で ま た 被 災 地 へ 訪 れ よ う と 考 え て い ま す 。 ( 総 文 1 年 ) Q . 今 後 被 災 地 に 必 要 な こ と は 何 だ と 思 い ま す か 。  現 地 の 人 の 精 神 ケ ア に 重 点 を 置 い て 支 援 す る べ き だ と 思 う 。 ( 心 理 1 年 )  私 達 か ら 何 か 与 え る の で は な く 、 現 地 の 方 の 生 き が い に な る よ う な 、 参 加 型 の 支 援 ( 心 理 1 年 )  生 き て い く た め の エ ネ ル ギ ー だ と 思 い ま す 。 practical な こ と ( お 金 、 仕 事 な ど )も も ち ろ ん 大 事 で す が 、 や は り し て も ら う だ け で は 現 地 の 人 も 良 い 気 分 は し な い と 思 い ま す 。 だ か ら ボ ラ ン テ ィ ア も 、 何 か し て あ げ る と い う よ り 、 一 緒 に 頑 張 る た め に 支 え る こ と が 重 要 か と 思 い ま す 。 ま た そ の た め に は 現 地 の 状 況 を 関 東 や 他 の 地 域 に 伝 え る 作 業 が 必 要 に な っ て く る と 思 い ま す 。 ( 英 米 2 年 )  何 か 目 的 意 識 と い う か 、 簡 単 に 言 え ば 「 仕 事 」 が あ る と 生 活 に ハ リ が で る の か な 、 と 思 い ま し た 。 ボ ラ ン テ ィ ア と い う と 被 災 地 の 方 々 の 負 担 を 減 ら す こ と ば か り 考 え て い ま し た が 、 も う 被 災 直 後 と は 物 理 的 に も 精 神 的 に も 状 況 が 変 わ っ て い る の で 、 こ れ か ら は そ の 変 化 に 合 わ せ た サ ポ ー ト が 必 要 な の だ と 思 い ま す 。 ( 英 米 1 年 )  や は り 若 者 が 少 な く 感 じ た 。 若 い 力 が あ る と ま た 変 わ っ て く る の で は な い か と 感 じ た 。 ( 法 3 年 )  風 化 さ せ な い こ と が 大 切 だ と 思 う 。 体 験 し た こ と を 伝 え て い こ う と い う 姿 勢 。 ( 教 育 2 年 )  風 化 さ せ な い た め に も 全 国 の 人 達 に PR で き る よ う な 名 産 を 販 売 し た り な ど 、 経 済 力 を 強 化 す る 。 ( 法 2 年 )  な に よ り も 、 現 地 に い っ て 経 験 し た こ と 、 感 じ た こ と を 忘 れ ず に 周 り に 伝 え て い く こ と は し て い こ う と 思 っ て い ま す 。 ( 心 理 1 年 ) これからも気仙沼のために尽力してまいります! 気仙沼プロジェクト 15
  18. 18. -陸前高田市支援ボランティア概要- 昨年 11 月から本学において、 岩手県陸前高田市の写真洗浄プロジェクトを行ってきた。 陸前高田市から津波の被害に遭い持主の手から離れてしまった写真を 送っていただき都内で一枚ずつ洗浄・整理をし、 その後被災地に返していく活動であった。 夏期ボランティアでは、この活動場所を現地に移し、 洗浄された写真を返却する写真救済ボランティアを中心に、 教育、福祉ボランティアなど現地のニーズに合わせた活動を行った。 16
  19. 19. 写真 活動内容 1 陣~4 陣の流れとまとめ (1) 思い出の品返却所  「思い出の品」(写真アルバム、トロフィーなど)の整理、ナンバリング  写真のスキャンニング作業  写真のトリミング作業  一陣…写真洗浄活動 (神奈川県茅ヶ崎市写真洗浄団体あらいぐまさんと一緒に) (2) 知的障害者入所更生施設ボランティア:ひかみの園  男子寮・女子寮・重度棟の3棟に分かれて施設入居者と交流 (お話し相手や学生企画のゲーム、食事等を通じて)  施設職員の方のお手伝い(食事補助)  一陣…学生企画したもの→フルーツポンチ作り、まるもダンス、ぬりえ 二陣…AKB48「会いたかった」ダンスパフォーマンス 三陣…AKB48「ヘビーローテーション」ダンスパフォーマンス 四陣…AKB48「フライングゲット」ダンスパフォーマンス (3) 知的障害者就労継続支援施設ボランティア:あすなろホーム ※ 第一陣はお盆休暇期間のため、活動なし。  6 箇所の就労活動場所に分かれて施設入居者と交流  6 箇所…オリジナル食品づくり、梱包、販売、プラスチックのリサイクル作業、外部委託 事業(農作業)、ハンガー作り (4) 仮設住宅民小中学生学習支援  仮設住宅の小学生・中学生を対象に学習支援  夏休みの宿題、学校の宿題、遊び、パソコン教室等、 各個人のニーズに合わせた。  ベネッセの教材を利用して教える(教科:英・国・算(数)) (5) 臨時ボランティア:高田ドライビングスクール農作業ボランティア 一陣では学習支援ボランティアが休みの水曜・金曜に活動しました。 高田ドライビングスクールが所持する「まんぷく農園」のお手伝い。 じゃがいもの収穫、いちごの苗作り、きゅうりの梱包 17
  20. 20. 写真 活動を終えて スタッフより <あすなろホーム> 福祉の現場は初めてで、利用者さんとの接し方に少し構えてしまった部分がありました。だけど、活動す る中で、「苦手な部分はあるけれど僕らと変わらない人間である」という施設長さんの言葉が心に残り、徐々 に緊張がほぐれていきました。また、施設の職員さんが「震災以降来てくれたボランティアの人たちに感 謝している。もし東北以外で震災が起きたら、今度は私が助けに行きたい」とおっしゃっていたことが凄 く印象的で、月並みだけど人は 1 人じゃ生きられないということを再確認しました。 二陣 菅野大樹 <ひかみの園> 最初は「うるせぇー!」なんて言われてしまった方からも、最後には自分のお気に入りの ものを、うれしそうに私に見せにきてくれるようになっていました。好きなことはとことん好き。嫌いな ことは絶対やりたくない。一見わがままに聞こえるけど、ただただそれは純粋なだけ。その純粋さに呼応 して、私自身も浄化され、心を通わせることができたのではないかと感じました。 二陣 其部光 施設へ提案した企画(フェルト工作)が入居者の方々にとても気に入ってもらえて、とても嬉しかったで す。言葉によるコミュニケーションが難しくても、工作やジェスチャーを通じて入居者の方々と仲良くな ることができました。何よりこの一週間で「笑顔」の大切さ、「笑顔」の持つエネルギーをとても実感しま した。 三陣 座間味恵里 私はひかみの園に行く前に一度あすなろホームでの活動に参加させてもらいました。いろんな利用者さん と会話しながら事務作業をして、充実した活動でした。しかし、ひかみの園では、重度の障害とあって利 用者さんが話しかけてくれても、実際に何を伝えたいのかわからなくて、うんうんとうなずくだけのこと しかできない自分がいました。いろんな施設の中でも、こんなにも世界が違うことに驚くと共に心が痛く なりましたが、お別れの時には、ただただ涙を流している利用者さんや今まであまり会話しなかった利用 者さんにも、また来てねと言ってくれることが多くて、若い僕たちが利用者さんと関わることに意味があ るんだと思いました。あすなろホームのかたも、若い人たちが来てくれるだけで、私達は元気をもらえる んだよと言ってくれました。私達が被災地、施設に足を運ぶだけでも、多くの意味をもつことに改めて強 く感じました。 三陣 磯村亮太朗 <教育ボランティア> 仮設住宅は高台に建てられているため、震災前とは環境が大きく変わっていて、遊び友達もすぐそこにい るわけではありません。そこで、私たちが子どもたちに夏休みの宿題を教え、遊び相手になることには子 どもたちにとってもそうですが、同じように狭い空間の中でストレスを感じている親御さん達にも大きな 意味があったはずです。実際に時間を共に過ごした小学生のお母さんから喜びの言葉を頂いたときは、や っていてよかったと思えました。しかし、別のお母さんとお話した時には、正直なところ、どのような話 をすれば良いのかわからなく、一週間では震災の話が聞けるほど、簡単に心を開くことは難しいようです。 震災から1年以上が経ち、ボランティアの対象が対モノから対ヒトへなったことにとても難しさを感じま した。被災者には、少しでもストレスを感じないよう楽になってもらいたいと思う気持ちはありますが、 ボランティアとして短期間かつ不定期に現地に行くだけでは難しいと感じました。 一陣 斎藤梨奈 18
  21. 21.  後期休学をして南三陸町で保育ボランティアに行く友人をきっかけに、 被災地に向き合うことで次の世代に伝えたいと思い参加しました。 教育学部教育学科二年  普段、福祉のボランティア、特に知的障害者を持つ方々との関わりが増え、 被災地では、施設の方々はどのように生活し、毎日を過ごされているのか 気になりました。 法学部法学科二年  青学キャンパスや相模原キャンパスで行われた写真洗浄ボランティアに 参加していたため、現地での返却作業にも携わりたかったから参加しました。 また、昨年石巻ことぶき商店街の復興ボランティアに参加していたこともあり、 ボラステの企画に興味がありました。 理工学部化学生命学科三年  自宅が海と川に挟まれているため、震災の津波を見て、危機感を感じたと同時に、 立地条件が似ているからこそ、特に津波の影響が大きかった陸前高田で何か役に 立ちたいと思ったからです。 社会情報学部社会情報学科一年  友人が東北地方の大学におり、東日本大震災にボランティア活動を している姿を見て、ボランティア活動の必要性を感じ、参加しました。 文学部英文学科三年  以前津波によって海水を被ってしまった写真を洗浄するボランティアに参加しました。 この洗浄ボランティア都会にいてできるボランティアでしたが、汚れてしまった写真を洗って いるうちに現地の方々は今どのような生活をしているのだろうと気になりました。私は陸前高 田のプロジェクトを知った時、洗った写真を返却すると同時に直接現状をこの目で見ておきた かったので参加しました。 教育人間科学部教育学科二年 参加理由 19
  22. 22. 市街地を見たとき、草ばかりで何もないところなんだと 思ったが、そこは市街地でたくさんの家や店があったと 知って驚きました。本当に何もかも流されてしまったん だと、実際に見るとすごくショックでした。津波の威力 や恐怖また怒りがこみ上げえてきました。 文学部英米文学科三年 現代経済デザイン学科一年 津波から一年経って、被災した所は 雑草が生え、初めてきた私たちにと っては震災前の姿が全く想像できな い程になってしまった。 陸前高田の体育館や市庁は今でも被 災したまま残すしかない状況がとて もつらかった。 理工学部情報テクノロジー学科三年 ひかみの園の利用者さんから「忘れ ないでね、また来てね」と言ってく れてうれしかったです。 文学部英米文学科三年 あすなろホームに二日間行かせて もらったが、利用者さんたちが本 当に私たちのことを歓迎してくれ て、最終日も皆さんから別れの言 葉や握手をしてくれました。 国際政治経済学部 国際コミュニケーション学科三年 鈴木旅館のお風呂場や食堂でも街の 人々が「お疲れ様です」「ありがとう」 と声をかけてくださって、自分なん て何もできないのに・・・と思う反 面、とても嬉しく励みになった。 文学部英米文学科三年 バスで移動する間にいくつもの他のボ ランティア団体を見て小さな協力でも 多くの人が関われば復興に大きく役立 つだろうと肌で感じられたことは大き かった。 経営学部マーケティング学科二年 20
  23. 23. 私たちがこれから被災地に しなければならないこと 震災から一年半が経ち、震災当初に比べて被災者の存在・ボランティアの意識がうすれてきている というのも現状です。しかし、復興にはまだまだ多くの力が必要とされています。それを忘れず、 今後も積極的に被災地支援に力をいれたい。また、ここに来てひとつ学んだのは、前向きに復興を 目指している被災者をかわいそうだと思わないこと。 国際政治経済学部国際経済学科 1 年 今回のボランティアを通じて、「他人事と思わない」ことが大切であると思いました。 建物が直ったり、がれきがこの先なくなってきれいになるのはいいことだと思うけど、どうしても 被災地以外の人々は 3.11 の記憶が薄れていくのではないかと思います。東北の人だけの問題とし て客観視するのではなく、もっと主体的に今後の取り組みなどを考えてみたいです。 教育人間科学部教育学科三年 「被災地だからかわいそう」という気 持ちは持たずに、これからのことにを 当てていきたいと感じました。3.11 の ことを忘れずに実際に被災地に来た ことによって感じたことや受け止め たことを人に伝えていきたいです。町 の復興はまだまだかもしれないけど、 現地の方の笑顔や元気をもっと大切 にしていくべきだと思います。 文学部仏文学科一年 写真 様々な角度からの意見があるため、一方向 からではなく、視野を広げた情報収集をも とに自分の考えを持ちたい。決して意識薄 れることなく、今回得たものを周りから発 信していき、今後自分ができることについ て考えていきたいと思います。 教育人間科学部心理学部三年 21
  24. 24. 最後に コーディネーターより うれしかったこと 3陣のときにひかみの園の女子寮に行った際、利用者 さんと先週来ていた2陣の子たちの話になりました。 最初は、こちらから○○さん覚えていますか?とかイ ベントで行った AKB48 の会いたかったのダンスの感想 などを聞いたのですが、たまたまどのような経緯で陸 前高田に来るようになったのかという話になりまし た。 私は簡単に今まで都内で陸前高田に関するボランティ アを行っていて今回機会があってくることができまし たと説明したところ、利用者さんが「皆が来てくれて 本当に楽しい。ありがとう。ありがとうね。」と感謝さ れました。 1 陣や 2 陣の皆が頑張ってくれたことが利用者の方た ちに素晴らしい思い出として残っているのだと実感で きて、このときばかりは少しうるっときてしまいしま した。 この一言をきっかけに 3 陣もより前向きに頑張ってい くことができました。 学んだこと 学んだこととしては、被災地の福祉施設の現状が 一番だと思います。 最初、ひかみの園の職員の方と話していたときと ても明るくきさくな方だと思っていたのですが、 休憩時間にふと 3.11 の話になり職員さんも被災 者であることを再認識させられました。 いざというときは自分よりも利用者を優先すると いうことは当たり前のことと思えますが、職員の 方にも家族がいます。 この点について、ボランティアの私たちが手助け できる部分は少ないと思いますが、少しでも精神 的な助けができればと思いました。 陸前高田での活動を通して… 昨年度 11 月より大学キャンパス内で行ってきた“被災地写真救済プロジェクト”。都内にいながら も行うことのできる被災地ボランティアとして、学内においても大変多くの関心が集まった活動でし た。今夏の陸前高田プロジェクトはすべてこの“被災地写真救済プロジェクト”から始まり、スタッ フ一同が現地での陸前高田の更なる支援を行うことを望んでいました。 現在の陸前高田の様子は、震災直後と大きな変化はなく今もまだたくさんの瓦礫がところどころに 散乱しています。建物も再建されていません。緑が生え、かつての面影がなくなってしまったように 感じられます。しかしながら、今もなお、必死に前に向かって歩き続けている住民の方々がいること、 そしてまだまだボランティアの手が必要であるということを私達は改めて、ここ陸前高田で感じまし た。私達は今後も日々変わりゆくボランティアのニーズにしっかりとマッチした活動を今後とも続け ていきます。 22
  25. 25. 活動概要 ①塩竈市内小学校・中学校・ けやき学級・保育所にて教育支援 ②浦戸諸島の経済復興支援 活動期間 2012.8.4~9.8 参加人数 135名 23
  26. 26. ①塩竈市内小学校・中学校・けやき学級・保育所にて教育支援 ②浦戸諸島の経済復興支援 ※参加者全員で行ったこと ・塩竈神社でお祓い ・島の現状視察 ・塩竈市の方とミーティング ・震災について話し合う『復興カフェ』 第 1 陣 ①・塩竈市立第三小学校にてサマースクールの手伝い ・塩竈市教育委員会による合宿の手伝い ・チャンプ主催の子どもの合宿の手伝い ・けやき学級にて教育支援活動 ・塩竈市東部保育所にて保育士の補助活動 ②《桂島担当》 ・のりのすがけ作り作業 ・島の調査(インタビューや島探索) ・史跡調査 ・復興案『水上コテージ』を主な案としその他に『B級グルメ』『お土産』『ハイキング コースの整備』『海の利用について』『体験型観光』『空き地利用について』 第 2 陣 ①・塩竈市香津町保育所にて保育士の補助活動 ②《朴島担当》 ・桂島の祭りの準備 ・野の島の祭りの準備 ・野の島にて草刈り ・島の調査 ・史跡調査 ・復興案『宝島計画』『体験学習』『ボランティア・ツアー』 24
  27. 27. 第 3 陣 ①・塩竈市香津町保育所にて保育士の補助活動 ・けやき学級にて教育支援活動 ・市内の 4 つの中学校(塩竈第一、第二、第三、玉川中学校)にて教育支援活動 ・月見ヶ丘小学校にて教育支援活動 ②《石浜地区担当》 ・民家、空き地の草刈り ・島の調査 ・史跡調査 ・復興案『石浜ヘルパー』 第 4 陣 ①・塩竈市香津町保育所にて保育士の補助活動 ・けやき学級にて教育支援活動 ②《寒風沢島担当》 ・草刈り ・島の方とダンベル体操 ・島の調査 ・史跡調査 ・復興案『意見交換会』 第 5 陣 ②《野の島担当》 ・石浜地区での神輿担ぎのお手伝い ・草刈りり ・島歩きや島民、行政へのインタビュー ・史跡の調査 ・復興案 『浦戸キャンプ』 第6陣 ① ・第1~5 陣の活動内容のまとめ ② ・第1~5 陣の活動内容のまとめ ☆9 月 13 日に塩竈市役所にて、塩竃市の市議会議員の方、市役所の各部長様方、市教育委 員会のみなさま、そして仙波学長、平澤副学長、学長室野中さんにお越しいただいて、こ の 5 週間の報告をさせて頂きました。 25
  28. 28. 第 1 陣&第 2 陣 菅原真奈 震災から一年が経ち現地へ行って思ったのはボランティ アが出来ることはまだまだあるなということです。また、 島を調べていく中で『来てくれるだけでもありがたい』と 言って頂けた時もあれば、島の方に断られなかなかインタ ビューすることが出来ない時もありました。試行錯誤しな がらも話を伺うことで実際に島の抱える問題を知り、復興 の問題はもちろん、過疎化、高齢化を肌身に感じました。 今後も島について引き続き注目していきたいです。教育支 援については、市の方からの『子ども達の顔つきが変わっ た』等たくさんの感謝の言葉を頂き本当にうれしく思いま した。塩竈市の方々を始め、島に住んでいる方々、参加し てくれた学生等沢山の出会いがあり、そして沢山の方に支 えられていた三週間でした。関わった全てのみなさん、本 当にありがとうございました。 第 5 陣 木村夏実 活動の中で最も印象的だったのは話のなかでふと震災 当時のことが出たときに様子や雰囲気が変わったことで す。今まで楽しく話していた雰囲気から寂しげな雰囲気 に変わったとき、私はまだまだ震災は終わってはいない のだと確信しました。塩竃市浦戸諸島を通して、経済復 興という漠然としたものから島民の方たちがより良く、 安心した生活ができる経済復興とは何か、という考えか らアプローチしたいとも思いました。島民の方と交流が 増えていくにつれてたくさんの感謝の言葉をいただき、 このボランティアに参加した私たちにとって最大の喜び となりました。また、このプロジェクトに参加してくれ た青学生のみなさんがこの夏経験したことをたくさんの 人に伝えて、もう一度振り返ってくれたら嬉しく思いま す。震災から時間がたつにつれて求められるボランティ アのニーズも変わってきます。風評被害やさまざまなメ ディアに惑わされず学生ができる現地での活動に目を向 けてほしいです。 26
  29. 29. 第 3 陣&第 4 陣 瀬川達也 【経済復興】 高齢化。塩竃市浦戸諸島の深刻な問題はここにあるのではな いでしょうか。昨年度の震災を機に島から若者は都会の方に住 居を移し、高齢者の方々が中心に今では島で生活をしています。 毎年行われている島の神社のお祭りも神輿を担げる人がいなく なり、仕方なく軽トラックの荷台に乗せて回っている。このよ うな島の現状を聞き、また島の人々が望んでいながらもなかな か口に出せなかった言葉を今回の活動で聞くことができたので はないかと思います。島の方々とお話をさせていただいた際に、 皆さん本当に私たち青学生を温かく迎え入れてくださりまし た。また、話をしている時の島の方々の表情が幾度となく私た ちの活動に支えになりました。ただ、話をしているだけでも、 あの言葉にはなかなか表すこと のできない笑顔を私は今でも鮮 明に頭に残っています。時折見 せる寂しげな表情も私たちにと って深く考えさせられるもの でした。 【教育支援】 大学生である自分達にとってできること。大学生だか らと言って、先生のような立派な教育を行えるわけでは なく、大それたことはできないけれども、先生よりもよ り身近な自分たちが関わることで子どもたちに刺激を与 えることができたのではないかと思います。きっと、こ の活動を行わなければ、私たち青学生は塩竃市の子ども たちと関わることはありませんでした。また逆に塩竃市 の子どもたちにとってもそうであったことと思います。 勉強のことだけではなく、さまざまな話を子どもたちと することで、子どもたちにとって、何かしらの新たなき っかけになったのではないでしょうか。第1 陣~第4 陣 まで、子どもたちと関わらせて頂いて、子どもたちの変 化には毎日まいにち全員が関心を寄せていました。教育 ボランティア担当者以外の学生までもが真剣にこの塩竃 市の子どもたちのことを考えて過ごしたあの時間をきっ と皆忘れられない思い出になったことと思います。今回 の塩竈教育ボランティアで私たち学生が気付いたこと、 学んだことはたくさんありましたがどれも皆、私たち自 身にとってかけがえのない大切なものになりました。塩 竃市の教育ボランティアは今後も引き続き、市教委の 方々と連携を取り合って行なって行きたいと思います。 27
  30. 30. 第 6 陣 瀬川達也 経済復興第 1~5 陣の内容を再び吟味し、またこれらの内容をひとつの形 として残すことがこの第 6 陣での活動内容でした。各陣のスタッフが再度浦 戸諸島に集結し、市役所への浦戸諸島の現状および今後の AGU-VS の活動 の提案のためのプレゼン準備に取り掛かりました。市へのプレゼンテーショ ンを経て、島と市と AGU-VS という、3 者が一同に会す機会を頂けたこと は、この活動を通して私たちが正に望んでいたものでした。各島の区長さん、 及び市長さんと直々に AGU-VS としての継続的な関わりをお約束させてい ただき、スタッフ一同皆気の引き締まる思いでした。活動を終え、島から帰 る際にはたくさんの島の方々にお見送りしていただき、本土でもたくさんの 方々に『ありがとう』と言って頂けたことが私たちにとって何よりの喜びで ありました。 今回の活動を通して、私たち AGU-VS は宮城県塩竃市に根っこを築かせることがで きたのではないかと思います。塩竈での総じて 46 日間に渡ったこの活動のなかで私た ちは数え切れない、計り知れないほど多くの大きな事を学びました。その学びの根元は、 “人との出会い”にあったことは言うまでもありません。今回の“出会い”というきっ かけを大切にしていき、塩竈市と継続的に関わって行きたいと思います。浦戸諸島にお ける経済復興支援という活動に関しては、今回私たちは島々の片鱗を見たに過ぎません。 一年のなかの一季節(夏)だけではなく、一年を通して、春夏秋冬折々の浦戸諸島の様 子を実際に赴き、今後の活動の指針にしていきたいと思います。今回の調査活動で私た ちが感じたことのひとつに“抱え込まないこと”というのがあります。島の今後の姿に ついて、これまで市も島もお互いに相談する機会が少なく、両者とも今後の展望につい てはどうしていいのかわからず終いでした。勿論のこと私たちも同じであることは言う までもありません。しかし、今回の活動を通して、私たちは島の人に話を聞き、相談を し、また市の職員の方々と話をし、提案し、活動前に比べて三者とも前に一歩進むこと ができました。今後もこの関係を維持し、私たち AGU-VS が“島と市を結ぶ架け橋” の ような存在となり、支援を続けていきたいと思います。 島の復興だけではなく、今後の塩竈市を担っていくであろう、塩竈市で暮らす子ども たちとも来年度以降は今年度よりも関わりをもち、願わくは、塩竃市で暮らす子どもた ちと一緒に島の経済復興支援活動を行なっていくことができればと思います。 今回の私たちの活動を支えてくださった、市の職員の皆様、市教育委員会の皆様とは 今後とも末永くお付き合いをさせて頂き、私たち学生が学生だからこそできることを思 う存分に発揮することで、塩竃市の皆さんのお役立てになればと思います。 今後の展望 28
  31. 31. 【島の問題点・島民の声】 ・桂島の主要産業=漁業について 島民の声:「現役の漁師は 60 歳以上の割 合が高く、後継者が育たない」 →若者離れ・高齢化問題 ・桂島=かつて盛んだった観光業について 島民の声:「かつて観光で賑わっていた頃 のように、島全体が盛り上がってほしい」 【島の魅力】 ・豊かな自然、松島の小島を一望できるス ポットが多い。 ・島民は島が好きで、特有の風土と伝統を 継承してきたこと。 【プラン】 観光企画の趣旨 最終目標 島の魅力・問題点→ 観光によって桂島の活性化を目指す。 ハ イ キ ン グ コースSTART 【図.桂島地区:名所企画案】 観光企画: 水上コテージを中心とした体験型観光 【体験型観光】 ①ハイキング ②釣った魚をその場で食べる体験 ③永遠(トワ)ガキの収穫体験 ↓ ↓ ↓ ④水上コテージ 二度森展望台 白崎山展望台 西の山展望台 観月崎展望台 水上コテージ 観光 島に関心 交流人口 定住人口 桂 島 29
  32. 32. 【島の問題点・島民の声】 浦戸諸島の中で一番、市の対応が後回し ・「高齢化によって土地の管理・産業の維 持が難しい。」 ・「今の生活を維持しつつ、外部の力を借 りて島を活性化させたい 。」 【解決までのプラン概要】 ・市のインフラ整備が進まないと島民側 の受け入れ体制が整わない。 →沿岸の整備・改修は市の力が不可欠。 ・インフラ整備と並行して、継続したボ ランティア活動ができる余地あり。 ・最終的に観光ではなく、定住を中心と した朴島の再興を目指す。 朴 島 【島の問題点・島民の声】 ・高齢化 →島民の平均年齢が 65 歳以上であり、子 どもがおらず、いわゆる高齢過疎地域。 ・交通の不便 →フェリーは 1 日 6 本。最終便は 18:00。 出かけたい時に出かけられない。 「島の人ともっとつながりを深くするた めに、おしゃべりするための集会所が欲し い。」 「高齢者が多いため石浜にも介護施設が 欲しい。」 【プラン】 石浜ヘルパー ・内容 →塩釜市の医療関係者(看護師・ヘルパ ー・介護士)を石浜の集会所に招き島民 と交流する ① 簡単な健康調査・リハビリ・体 操・ストレッチ ② 悩み不安相談→足湯!? ③ 島民と島外の人々とおしゃべり →お茶会!? ・効果 →交流人口の増加・医療環境の改善 【プラン】※初期段階 ・体験学習 子供を対象に、地元の産業に触れてもらう。 ・ボランティア・ツアー 休耕地の整備、牡蠣の種付けなどを行う。 この2つは、短期的な活動であり、割と早 い段階で実行に移せる可能性が高い。 【最終プラン】 宝島計画 ・内容 朴島で生活をしながら、農業・漁業を行い、 定住を目指す。 ・対象 離島・自給自足生活に興味がある人・家族 ・施行後 島の人口減少、空き地の有効活用、朴島の PR➾市・島民・移住者各々にメリット! 石 浜 30
  33. 33. 【島の問題点・島民の声】 〈行政の意見 〉 観光の活性化 定住人口の増加 Etc. 〈島民の意見〉 生活が第一 観光は難しい Etc. ・・・このままだと 復興が遅れ、両者の意見が反映されない 島となってしまう。 ⇒意見交換の場が必要 【プラン】 意見交換会 ・内容 ・効果 島の意見を市に聞き入れてもらう。 島の声をよりリアルに反映させる。 寒風沢 【島の問題点・島民の声】 ・若者の減少 これは労働力や島の活気が無くなること につながる ・交流人口減少 島での経済活動が停滞することにつなが る 「島の外部から訪れた人と交流したい。」 「しかし、島に定住は難しい。」 【プラン】 浦戸キャンプ ・内容 2泊3日の体験学習キャンプ ・対象 通信制学校の生徒 ・効果 学校側 離島生活という貴重な体験 野々島側 若い世代から刺激を受ける。 野々島 31
  34. 34. 参加理由 ※第 1 陣~第 5 陣参加者アンケート計 100 名分(複数回答あり) 27% 22% 14% 12% 9% 7% 9% 主な参加理由 自分に出来ることはしたい と思ったから 被災地の現状を知りたかっ たから 活動内容に興味を持ったか ら 昨年参加できなかったので 今年は参加しようと 昨年も参加したから 新たな価値観を得たかった から その他 32
  35. 35. 心に残ったエピソード ○浜遊びの時に、海を眺めてずっと黙っている子がいた。「大丈夫?」と声をかけたと ころ、目にいっぱい涙を溜めて「うん、大丈夫」と言っている子がいた。実際に子ども たちとふれ合ってみて、子どもは本当に純粋で、まだ津波の怖さも心に残っているよう で、改めて地震の影響について考えさせられました。(文学部 フランス文学科 2 年) ○ボランティアが必ずしも、快く受け入れられていないと肌で感じることができた。し かし、自分たちが行動で示すことにより、対応の変化を日々感じることができた。(理 工学研究科 マネジメントテクノロジーコース 2 年) ○1~5 日目までずっと来てくれた野球部の男の子が印象に残った。最初は目も合わせ てくれず、薄い反応しかなかった。しかし、心を開いてくれるようになり、目を見て話 したり、笑ったり、自分から質問をするようになった。生徒との距離が近くなっていく ことを肌で実感することができ、非常にうれしかった。(教育人間科学部 心理学科 3 年) ○子供たちが思っていた以上に明るく、逆に元気をもらえた。しかし、授業中に中学生 から、「被災したからここに来たの?」と聞かれ、とまどってしまった。(教育人間科学 部 教育学科 1 年) ○被災した生徒にも被害の度合いの違いがあり、其々に合った指導をしていたと先生が おっしゃっていたこと。また、生徒が「たくさんの人が亡くなったから、東北が有名に なった」と言っていたこと。(総合文化政策学部 総合文化政策学科 3 年) ○人は来てほしいが、素性の知れない人には来てほしくないとおっしゃる方がいた。田 舎らしいと思ったと同時に、このような保守的な考えは、離島として続いてゆくには必 要不可欠な風土だと感じた。(経済学部 現代経済デザイン学科 4 年) ○桂島の島歩きの際にまだ海の中には亡くなった方の体があると聞き表面上は美しく 見える海にも震災の恐ろしさが潜んでいると感じ心がざわついた。(教育人間学部教育 学科 2 年) ○”地震ごっこ”を目にしました。3 歳の子どもにも震災の爪痕が残っていることに気づ きました。(教育人間科学部教育学科 3 年) 33
  36. 36. ・ ○被災者の方の話を聞いて同情とかをしても、 行動に移さないとあまり意味が無いので、出来ることを少しずつ やっていこうと思う。(理工学部 電気電子工学科 2 年) ○何より私たちがしなければならないことは、自分たちがこうして被災地にきて感じた ことや知ったことを、友達や家族や周りの人たちに伝えて、知らせていくことだと思う。 被災していない人々は、時間が経つと自分の生活で精一杯で震災のことを忘れがちであ る。忘れられることが、被災地の方々にとっていかに心細くて辛いことなのかを、少し かもしれないけれどわかった気がするので、震災を風化させないための努力をしていこ うと思う。(法学部 法学科 3 年) ○「被災地」は自分の暮らしている所とはかけ離れた、報道でしか知られない土地とい う認識がどこかにあったので、まずそれを払拭することから始めたい。ボランティアと いうと特別な認識と決意・意志を持たないと参加できないと感じてしまうこともあるの で、もっと多くの人が、良い意味でフランクに参加できる様になればいいと思います。 私は、被災地に長く向きあって行くことに重きを置こうと思うので、常日頃の情報を積 極的に取り込むことから始めたい。(教育人間科学部 心理学科 3 年) ○今なお続く風評被害があるので、草刈りや瓦礫撤去などのボランティアだけでなく、 被災地のものを食べるといった、どこでもすぐできることも大切と気づいたので、広い 考えで被災地に向き合おうと思った。(法学部 法学科 3 年) ○被災地だからという考えは捨てて、人と人として付き合っていきたいと思った。被災 してかわいそうとは思わずに、被災された方々も自分でできることは自分でやってゆか なければならないと思う。その中でも、どうしても難しいところにだけ手を差し伸べて ゆくことがボランティアだと思った。(経済学部 現代経済デザイン学科 4 年) ○正直わからないです。でも、ここで得たことを忘れずにいることが一番大切だと思う。 そしてまた東北に来ることが、一番できることだと思う。(教育人間科学部 教育学科 2 年) 被災地との向き合い方 34
  37. 37. ○被災地は報道されているものとは異なっているように感じました。 また、被災者といわれる東北の人々は普通に生活していて、被災者や被災地という言葉 が差別用語になっているように感じた。今後は使わないようにしたい。(経済学部 現代 経済デザイン学科 2 年) ○被災地で見たこと、聞いたことを忘れずに東京に戻って一人でも多くの人とこの情報 を共有したい。また、被災地と関わった以上、今後の被災地の復興・発展は大変気にな るので、来年でも、何年か経ってでも、またこの地にもう一度戻って来たいです。(経 営学部 経営学科 2 年) ○人は毎日無数に訪れる、自らを成長させるチャンスを無意識に捨てていると思う。「無 理」や「出来ない」を口に出してしまった瞬間にチャンスは消えていく。今回のボラン ティアでは、一人ひとりが目的意識を持って行動し、協力し合えたことにより、みんな が成長するチャンスを手に入れたと思う。どんなことでも大事なのは「いつやるか」で はなく「今やるか」だ。(総合文化政策学部 総合文化政策学科 1 年) ○地盤沈下の跡、津波で流れてきたであろう生活用品、そして放置された瓦礫を見て、 やはり“まだ1年”しか経ってないということを感じました。私たちが宿泊していた野々 島の花火大会の時、本来いつも使っていた堤防が津波でやられてしまったので、距離的 な問題で大きな花火が上げられないという事を聞きました。これまで、例えば堤防を直 すということについて言えば、生活面の利便性にばかり目が向いていました。しかし、 一つの復興活動が利便性だけでなく、今回のように、大きな、キレイな花火という人々 の心にも結び付くことを実感しました。来年は是非とも青山学院から感謝の意を込めて、 桂島・野々島の花火大会に協賛金などを提供していただけたら嬉しいです。(法学部 法 学科 2 年) ○私たちは、長期的に行われる塩釜復興のスタート地点にいるというお話がありました が、私たちは今回の活動で、その土台作りは、私自身はできたと思います。教育支援で は自分が本当に役に立っているのか不安でしたが、生徒さんたちが笑顔でコミュニケー ションしてくれる、それだけでやった事の意味はあるのかなと思います。これは今後の AGU‐VS への一助になると確信しています。(文学部 英米文学科 3 年) ○被災地と関わった以上、今後の被災地の復興・発展は大変気になるので、来年でも、 何年か経ってでも、またこの地にもう一度戻って来たいです。(経営学部 経営学科 2 年) 感想 35
  38. 38. この夏は様々な夏期プロジェクトが実施された中、他のボランティアプ ロジェクトとは一風変わった活動が「仙台津波復興支援プロジェクト」で す。この活動は、私たち青山学院大学ボランティアステーションが企画し たボランティア活動ではなく、東北学院大学と合同企画した活動で、昨年 から通じて初の試みとなりました。今回はその仙台津波復興支援プロジェ クトで青山学院大学からコーディネーターを務めた望月友也さんにインタ ビューをし、今回の活動を振り返ってもらいました。このインタビューの 他、参加者からのアンケートをもとに活動報告をしていきます。 1.はじめに ――では、望月さん、よろしくお願いします。 「よろしくお願いします。」 ――まず、今回の活動の概要を教えていただけますか? 「はい、今回私が参加した「仙台津波復興支援プロジェクト」は東北学院 大学が主催する大学間連携復興支援活動のプロジェクトの1つです。草刈 り・がれき撤去・泥掻きなどハード面での活動が中心で、その中から被災 地の状況について理解する機会を作り、被災者との交流を通し、大学生が 今後、被災地に継続的・実践的に関わっていくためのきっかけを作ること を目標にしました。」 ――なるほど。初の試みでは難しいこともあったのでは? 「そうですね、依頼者のニーズによって毎日内容も活動場所も異なったた め、はじめは慣れるのに苦労しましたね。テーマに「私たちが作業するこ とによって、被災者の方に 1 つでも多くの笑顔を作る」を掲げ、被災した 現地の生活復興を目指したのですが、仙台市の沿岸部では、津波によって 土地が荒れてしまっていて、場所によっては生活することすら困難となっ てしまっていました。そこで、土地の復旧として、草刈りやがれき撤去、 土ならしなどの基本的なことからはじめ、今後の生活の土台を作り上げる ことを目指したんです。最終的に、本活動を通して青山学院大学と東北学 院大学との学生間交流も深めることができ、今後の活動の基盤を作ること ができたと感じています。」 こ の 号 の 内 容 1 はじめに 2 今回の活動内容は…? 3 嬉しかったことは意識の共有 4 継続することは大切ですよ 5 参加者からの声 6 おわりに "被災者の方に 1 つでも多 くの笑顔を作る" 筆者:星川児太郎 2.今回の活動内容は…? 名称:仙台津波復興支援プロジェクト コーディネーター:望月友也 実施期間:8/6~8/10,8/13~8/17 仙台津波復興支援 プロジェクト 36
  39. 39. 参加者アンケート ――次に、この活動で嬉しかったことをお聞きしたいと思います。 「嬉しかったことですか。今回はハード面ということもあって、活動そのものが目に 見えて結果に出ます。実は、参加者のほとんどがボランティア活動初体験だった ので、やりがいを感じられたことは、今後の意欲に結びつくと思います。」 ――その活動で終わらせないことが大切ですね。 「そうなんです。あと、被災した方の話を聞いたことは大きかったですね。自分の 故郷に愛着があるのがすごく伝わって来ました。「この地とどまりたい。」、「できる だけ早く家を建て直したい。」と生の声を聞けて、こうした目的意識を被災者の方 と共有できてから、作業効率が飛躍的に向上したこともボランティア意識の変化と 受け取れて、良かったです。」 ――やはり目的が明確になることが大切だと分かります。 「なにより、現地の方々おもてなしが嬉しかったです。ボランティアとは『奉仕』の 意味合いが強く感じますが、そうではなく、ともに復興していこうと協力する存在だ と感じました。本当に東北の方は温かいですよ!」 ――それすごくわかります(笑) 活動で心配なこともあったそうですね。 「うーん、さきほども言ったのですが、活動内容が最初はまったく未知だったの で、その辺は心配でした。コーディネーターとしてもどのように指揮をとればいい のか分からない面も多々あって、その不安が参加者に伝わってしまったのは今で も反省しています。」 ――では、現地で感じた辛いことはありました? 「一番に感じたことは、何もないということです。初日に被災地状況を確認するた めに視察をしたのですが、私自身、昨年は石巻で活動していたこともあり、復興 状況が見られると思っていました。実際に目をするとそんなことはなく、地域全体 が津波に飲み込まれてしまったために、何も残っていませんでした。本当に“何 も”残ってないんです。これには今まで見てきた以上の衝撃を受けました。」 ――何も残ってないというのは想像を絶しますね。何か残っているというのも辛い ですけど、何もないというのは恐怖を感じます。 「そうですね。嬉しかったことに、“目的意識の共有”というのを挙げましたけど、こ の視察をした後だっただけに、感じることも多かったです。愛着のある生まれ育っ た故郷がこのような形で、失われてしまうと思うと、自分ごとに置き換えて考えて も、何か辛さを感じます。」 "本当に東北の方は温かい ですよ!" 3.嬉しかったことは意識の共有 "何も残ってない" 基礎となる草むしりをする参加者 37
  40. 40. 参加者アンケート,おわりに ――辛さの中に感じることも多かったと聞きました。特に学んだことは何ですか? 「学んだことは本当にたくさんあります。今回私が感じた問題は、情報格差です。私たちの活 動していた地域は、ネット環境も整備されていて、ボランティア募集の情報や現地の状況を 首都圏に知らせることが出来ていました。そのため、現地入りする前から、いろいろな情報が 入って来ましたけど、逆にこうした環境の整っていない地域には、まだまだ人でも足りていな いのにこうした情報が届けられず、孤立してしまうことも多いようです。」 ――被災当時にも挙げられた問題ですよね。それが、今になって格差が生じてしまっている のですね。昨年の石巻と比較して何か違いはありますか? 「被災地全体に言えることだと思うのですが、3.11 から1年半が過ぎ、復興に関する特集もあ まり見られなくなりました。それに伴い、当初から危惧されていたマンパワーの不足が見られ ます。物資以上に現在は復興に向けた人手が必要なのに、ソフト面でのサポートが増え、 ハード面が減っているのは、問題ですよね。」 ――私は先ほど聞いた“意識の共有”が印象的です。 「被災地でボランティアをする際、目的意識を持つことは必要です。ボランティアという言葉 が被災を通して注目されましたが、ただ行って、活動するだけではもったいないと思います。 “その活動が最終的に何に繋がるのか”という点を知ると、自分の行っている活動に確信を 持つことが出来ます。確信を持つことは、達成感や充実感につながるのではないでしょう か。今回の活動は5日間でしたけど、やはり5日間ですべてを結論に結びつけることは難し いです。こうした経験を糧にして、ボランティアを継続することは大切ですよ。」 ――たしかに経験を無駄にせず、継続することは大切にしたいです。次に、今回コーディ ネーターとして感じたことを教えてください。 「被災から1年以上が過ぎ、ボランティアとは何か考えてきました。今回の活動は原点に帰る という点でも、コーディネーターという立場から参加させてもらったことに意味がありました。 私が今回活動を通して感じたボランティアとは「人との絆」だと思います。現地の人とのつな がりは被災地をより多くの人に伝えるきっかけとなり、活動を通して知り合った仲間とは、いろ んな考えを知ることができました。少し大それたことかもしれませんが、学生にとって、ボラン ティアでのつながりは被災地復興だけではなく、これからの日本を考える最高のきっかけと なると思います。」 ――では、最後に本活動の今後の展望をお願いします。 「この活動は他団体との合同企画であり、かつハード面での活動なので、比較的気軽に活 動できるプロジェクトだと考えています。学生のなかにはボランティアという名前に行きづらさ を感じる人もいるようなので、こうした気軽にできる活動をもっと広めて、学生にボランティア 参加の機会を増やしてあげたいです。そのきっかけとなればと思います。」 ――今回はお疲れ様でした。ありがとうございます。 4.継続することは大切ですよ "ボランティアとは 「人との絆」" 38
  41. 41. 参加者アンケート 3.11 から1年半が経ち、少しずつ情報も少なくなってきている。そんな現状を踏 まえ、被災地でのボランティア活動に興味を持ち、学校の方から照会があったこと もきっかけとなり、参加させてもらった。民間のボランティアよりも、大学で企画 していただいてるボランティアの方が、企画先がはっきりしているため信頼でき、 また身近な学校生活の中で気軽に応募しやすかったからです。 また、実際に震災がどのような影響をもたらしているのかを、自分の目で確かめ ておきたいと思ったことも理由の一つでした。 法学部法律学科2年 昨年、青山学院大学ボランティアステーションの石巻プロジェクトに参加したの で、あれから1年経った宮城県の様子を知りたいと感じたからです。 東北学院大学と青山学院大学との連携企画ということも魅力的で、ボランティア 活動を通して、被災地の近くに位置する大学と交流することが出来たらと思いまし た。 法学部法学科4年 津波で家を流されてしまった人から話を伺いました。その方は、元あった土地に もう一度自分の家を建て直したいと強く語ってくれました。今、私たちが普通に暮 らしている自分の家も、こういう話を聞くと暮らせていることにありがたみを感じ ると同時に、こうした方々の力になることが、私たちボランティア参加者の使命な んだと、強く意識させられました。 経済学部経済学科2年 津波にさらわれる中で、妻の手を離してしまい、結果的に自分のみが助かったお じいさんの話を聞きました。自然の猛威の中、目の前で大切な人が亡くなってしま うというのは、私には想像もできない苦しみだと思います。こうした被害が、どう して生まれてしまったのか。「津波」という一言で片づけてはいけないようにも感 じました。 法学部法学科1年 5.~ボランティア参加者からの声~ 今回、参加した理由は? 活動中のエピソード 39
  42. 42. 参加者アンケート,おわりに 今回ハード面でボランティア活動をさせてもらって感じたことですが、何よりも まずは被災地に足を運ぶことだと思います。よく、「被災地に言っても余計な気苦 労をかけるだけで、迷惑では?」という声を耳にしますが実際にボランティアとい う形で貢献できることが大切だったように感じます。 足を運ぶことが経済を回すことにもつながるし、現地の方の思いを組み取ること が出来ると思いました。 経済学部現代デザイン学科4年 これからの支援は、被災者の“自立”を助けるものであるべきで、単に援助する べきではないなと感じました。なんでもボランティアが進んですることは、本来の ボランティアのあるべき姿ではないと思います。自分ができる支援とは何があるの か?どんなことが被災地にとって必要とされているのかを考えて、向き合っていき たいです。 経営学部経営学科4年 マスコミの取り上げる機会が目に見えて減ってきているが、だからといって、決 して現地は完全な状態に戻っているわけではないことを痛感しました。今回、私が このように感じたことを、より多くの人たちに伝え、そこから行動を促して、自分 自身も活動を続けていけたらと思います。 経済学部経済学科2年 6.~おわりに~ 今回、「仙台津波復興支援プロジェクト」を通して、考えさせられることはたく さんあった。震災後、様々な活動を経験して被災地とかかわってきたが、仙台はマ スコミにもあまり取り上げられていない印象があった。しかし、石巻や多賀城同様、 被災状況は計り知れないものがあり、今一度3.11 を思い返すきっかけとなったよう に思う。ハード面での活動というのは、学生が最も貢献できる活動であり、マスコ ミでの報道も減少している今、大いに必要とされている。 首都圏に居住している場合、多くは被災地への貢献が出来ずにいるが、夏休みな どの長期休暇を使って、こうした活動を続けていくことがたいせつなのではないだ ろうか。また、日常でもソフト面を強化し、もっともっと被災地について考えるこ とも必要だ。 ぜひ今後とも、東北学院大学との連携企画だったこのプロジェクトを多くの学生 に知ってもらい、今年以上の人たちに被災地支援という形でボランティアの必要性 を肌身で感じてもらいたい。 今後の向き合い方 40
  43. 43. 渋谷区の福祉施設での福祉ボランティア活動に青学生を派遣し、福祉と学生の架け橋になるようなボラ ンティアプログラムの提供を目指している。 今回の夏企画では渋谷区ボランティアセンターが主催する「夏体験ボランティア」への斡旋を行った。 活動期間:8月中のうち、各施設3日以上 参加者人数:13人 スタッフ参加の主な施設 ・けやきの苑/あやめの苑(高齢者施設) ・なかよしぐる~ぷ(知的障害者支援施設) ・渋谷区児童福祉センター ・新橋保育園 ・はるのおがわプレーパーク 夏体験ボランティアを通じて・・・~福祉プロジェクト代表より~ ☆はじめの一歩 一般参加学生が、ボランティアの入り口として福祉ボランティアを選んでくれたこと。また、ボランティ アを、「楽しむ」ということが参加者ひとりひとりできていたように感じた。「またボランティアをしたい」と いう言葉を一般参加者から聞くことができたのが、なによりも嬉しかった。 ☆一人でも多くの学生にボランティア参加をしてもらうために・・ 人と関わるボランティアであるため、自分たちが考えているよりもずっと専門性や、慣れなどが求めら れてくるのではないだろうかと感じることが多かった。 普段接しないようなひとたちとの正しい接し方がわからず、一人で抱え込むことがあった。一般学生を 巻き込むのには、すこしトラブルが起こりやすいボランティアが多いため、スタッフは一般参加者以上 にあらゆる面で気を配らないといけないと感じた。 ☆全体を通しての感想 被災地ボランティアのような長期間のボランティアではないが、どのボランティアも一日という短い時 間だけでも大変濃い時間を過ごせた。都内でも、ボランティアのニーズは十分にあり、学生の力が地 域に与える影響は強いと感じた。今後も継続して、あらゆる種類のボランティアを提供していきたい。 福祉プロジェクト代表:神谷 理沙子 福祉プロジェクト 41
  44. 44. 【「渋谷区あやめの苑・代々木」ってどんなところ?】 渋谷区あやめの苑・代々木は特別養護老人ホームであるとともにショートステイ事 業・デイサービス事業を行なっていて、地域包括支援センター・居宅介護支援事業 所も併設しています。 【活動内容】 納涼祭の屋台の手伝い・後片付けに参 加しました。全体の注意事項、担当屋台の割り振り、各屋台の担 当職員との顔合わせをした後、準備を開始。その際、入所者が二 階から降りてきていて、会話ができる方とは簡単な会話をしまし た。 「浴衣が素敵ですね」と褒めると、嬉しそうにしていました。 各自担当の屋台に付き、接客・販売を行いました。入所者は施設 の入り口付近でまとまって車椅子に座り、やぐら付近で行われる 子供たちのダンスやカラオケなどの出し物を見ていました。 納涼祭が終了し、後片付けに入った。納涼祭に参加した子供たちも後片付けを手伝ってくれて、この施設が周囲 に住む人々にも親しみを持たれていることを実感しました。 後片付けが終わるとボランティアと職員が集まり、余った売り物を 食べたながら会話をしました。 ☆学んだこと・感じたこと☆ 施設の職員も明るい方が多く、納涼祭ということで入所者を浴衣や 甚平に着替えさせたりしていて入所者に楽しんでもらう工夫が細 部に見られ、施設全体が良い雰囲気だと感じました。屋台は私達ボ ランティアと担当職員で切り盛りしていたので、それ以外の職員の 方々は安心して入所者のケアが出来ていたと思います。 ☆反省と課題☆ 屋台での販売・接客で忙しく、職員と話せる時間が持てなかったこ とです。今後学生を派遣するならば、もっと利用者とコミュニケー ションがとれるボランティアに参加してもらいたいと思いました。 特別養護老人ホーム 渋谷区あやめの苑・代々木 納涼祭ボランティア 2012 年 8 月 5日 担当スタッフ前田里菜 42
  45. 45. 【児童福祉センターって?】 18歳までの児童が利用できる施設。遊びを通して、子どもたちの健やかな成長を図り、友達関係をよ り豊かに育んでいく施設。今回の活動は主に子どもたちの安全確保・子どもたちの遊び相手。またこの 日はイベントの日でもあり、イベント運営のお手伝いもあった。 【活動内容】 まず施設内の体育館で二時間ほど子どもたちと自由に遊んだ。ドッジボール・バスケ・どろけい・隠れ 鬼など。その後、屋上で水遊びをした。自宅から水鉄砲を持参する子が多く、水を掛け合ったり、プー ルシートの上を滑ったりと、暑い日差しの中、気持ちよさそうに遊んでいた。子どもたちの安全確保を第 一にボランティア活動をした。 ☆嬉しい出来事☆ 一人ぼっちで遊んでいた子どもがいたので、 あるグループの子どもに「一緒に仲間に入れようよ」 と声かけをすると、子どもたちが積極的に声をかけ ていき、友達の輪が広がった。 ☆学んだこと☆ ・学年や学校の垣根を越えて交流ができ、好きな時に 好きなだけ遊ぶことが出来るのが児童福祉センターの 大きな魅力の一つである。 ・子どもたちは遊びの天才であると改めて思った。遊び が次から次へと展開されてゆき、ルールも自分たちで決 めたりと、自主性が多く見られた。 ☆全体を通しての感想☆ 一日だけという短い時間での活動であったが、とても濃い時間を過ごせた。不安もいろいろあったが、 一人でも多くの子どもたちと交流をしたいと思って活動に臨んだ。今、活動を振り返ると「ねぇ、何をし てるの??」と自分から子ども達に声をかけた回数の方が断然多いことに気付いた。それほど子どもた ちが可愛くて、「一緒に遊びたい」という気持ちが強かったのだと思う。短い時間ではあったが、ほんの 少しでも一緒に遊んだ子どもたちにとって、あの日が「楽しかった一日」になってくれていたら嬉しい。 43
  46. 46. 【「渋谷区けやきの苑 西原」ってどんなところ?】 常時介護が必要な方々のための介護老人福祉施設サービスを行っています。利用者の方々、 そしてその家族の希望を聞き、利用者の心身の状況を把握して食事・入浴・排泄・健康管 理・機能訓練・生活相談・生きがい活 動などのサービスを提供します。 【活動内容】 ボランティア内容は、利用者の方々が普段使用されている車い すの清掃! 清掃を始める前に、車いす清掃に長年携わっているベテランの 方から操作方法を学び、清掃活動では、清掃担当の方に指導し ていただきながら、雑巾やタワシなどを使って、隅から隅まで 磨いていきます。実際に掃除をしてみると、 「こんなところにも?」と思うような意外なところに汚れが蓄 積されてみいました。それだけ車いすが利用者の方の生活に密 着しているから当然のことであると気づきました。 ☆学んだこと・感じたこと☆ 私はこの時初めて車いすに触れたため、もちろん人を乗せ、移動したことも なく不安でした。しかし実際に他のボランティアの方を自分ひとりで乗せた ことで、移動させる依然に乗せることも難しく、「慣れ」が必要だと実感し ました。乗せる際には利用する人の負担を尐しでも減らし、声掛けを行いな がら動かすことがコツのようです。また教えてくださった方はとてもご高齢 の方でしたが、小学校などにも訪れ、今回のように操作方法などを指導して いるようです。 「車いすは遊具じゃないんだ。生きていくための道具なんだ。」 とおっしゃっていたことが印象的で、重みを感じました。 ☆全体を通して☆ 操作方法も清掃も、コツをつかむことは簡単ではありませんでしたが、今回参加したことによって、車いすへの 知識が深まったとともに、その「価値」について考えさせられました。施設内の利用者の方の多くは車いすでし た。街でも見かけることが尐なくない「車いす」、これを機に、自分の周りの人がもしも利用することになった とき、また自身での操作に困っている人を見かけたときに、そっと手を差し伸べることができるよう使用法を覚 えたいと思いました。 特別養護老人ホーム 「渋谷区けやきの苑 西原」車いす清掃ボランティア 2012 年 8 月 23 日 担当スタッフ 小笹夏帆 44
  47. 47. 渋谷はるのおがわプレーパーク 2012 年 8 月 25 日 担当スタッフ 神谷 理沙子 【「渋谷はるのおがわプレーパーク」ってなに?】 渋 谷 は る の お が わ プ レ ー パ ー ク は 、 こ ど も た ち が 、 「 自 分 の 責 任 で 自 由 に 遊 ぶ 」 が モ ッ ト ー の 公 園 で す 。 遊 具 は 既 存 の も の を 使 わ ず 、子 供 の 自 由 な 発 想 や 欲 求 に 応 じ て プ レ ー リ ー ダ ー (常 駐 し て い る ス タ ッ フ ) や ボ ラ ン テ ィ ア が 手 作 り す る の が 特 徴 で す 。 【活動内容】 今 回 わ た し た ち ボ ラ ン テ ィ ア は 、 来 園 す る こ ど も た ち や 保 護 者 た ち と 自 由 に 遊 び 、 交 流 し ま し た 。 鬼 ご っ こ や サ ッ カ ー な ど 、 身 体 を 一 日 思 い っ き り 動 か す ボ ラ ン テ ィ ア で し た 。 ボ ラ ン テ ィ ア は 、 こ ど も の 安 全 を 見 守 り 、 さ ら に 「 遊 び 」 の 楽 し さ を こ ど も た ち に 提 供 す る こ と を 強 く 求 め ら れ ま し た 。 ☆学んだこと・感じたこと☆ ボランティアにとても柔軟性が求められる今回の 活動であったため、こどもと関わることに慣れてい ないボランティアにとっては尐しハードルが高い ものでした。 来園するこどもたちは、ほぼ固定メンバーとなって おり、また、よく訪れるとあって、ボランティアが 新しい遊びを持ち込むことにとても意味があると 感じました。 ただ子供たちの年齢は、幼児から、高校生までと幅 広く、全員と交流するのが難しいものでした。 45
  48. 48. 渋谷なかよしぐる~ぷ 活動日:2012年8月26日 担当スタッフ:大西 貴光 【「渋谷なかよしぐる~ぷ」って??】 障害のある子どもの親たちが、子どもたちが地域のなかで共に暮 らす社会を願い、1970 年にできた。現在は、ともだちと遊んだり、街に出て 様々なことを経験する機会の少ない障害のある人たちに、休日や学校の 放課後に、色々なレクリエーション活動を提供している。 【活動内容】 オペラシティに集合し、日本福祉大学の学生数名と他に来ていたボ ランティアの方と仲良しのスタッフさんとで簡単な打ち合わせを行い利 用者さん(障害者の方)と合流した。その後、オペラシティで昼食をとり、 そのままオペラシティ内を散策した後、今回の活動のメインであるボー リングをした。ボーリング場では利用者さんたちは自分ひとりの 力でボ ーリングの球を投げるのが困難であったため、滑り台のような補 助台を使用して行った。 その他に、余った時間で無料開放されていた科学展を見学した。 【あなただったらどうする・・?】 利用者の方とボランティアがマンツーマンでペアを組み、利用者一人に対してボランティアが一人付きっ切りで対応 した。活動場所には、当然のことながら多くの一般人がいるため、利用者の方々に気を配る一方、一般の方々に迷 惑をかけないように気を配るのが、非常に大変であった。 実際に大変だった例としては、 電車のホームで線路に向かっていきなり走りだす ボーリングのレーンに向かって走り出す 電車内でパニックになってしまい大声を上げる 今後このような状況に、一般参加者が遭遇したときに、どう対処すればいいかを考えていく必要を感じた。 【感想】 うまくコミュニケーションをとれないことや、とっさの出来事に自分で判断し行動して対処しなくてはならないなど大変 な点は多々あったが、終わった後に達成感と充足感、そしてまた機会があれば参加してみたいと感じることが出来る ボランティアであった。 46
  49. 49. ☆一日を通して子供たちが 先生たちによくなついている 様子、先生たちが子供たちを それぞれ大切にしている様 子、保護者が先生たちを信頼 している様子が見られて良い 保育園だなと感じた。 ☆ついつい子供たちにかかり っきりになりがちだが、子ども たちの自発性を尊重するため にも、ある程度の距離感が必 要だと感じた。 ボランティアを終えて・・ 渋谷区立新橋保育園 活動日:2012年8月28日 担当スタッフ:前田 里菜 プール遊びで ハプニング!? プールの時間は、一歳から六 歳まで様々な年齢の子供た ちが同じ場所で遊ぶのでトラ ブルがいくつかあった。年長 さんがおもちゃを横取りしてし まったり。また、滑りやすくもな っていたのでより一層安全確 保に注意を払った。 一歳児と室内遊び♪ 人懐っこい子はすぐに寄ってき たが、恥ずかしがり屋の子は離 れたところで見ていた。しかし、 誘うとすぐに自分の好きなおもち ゃを持ってきて遊びに加わった。 一番嬉しかったのは隅のほうで 見ていた子が、慣れてくると私に おままごとで水を汲む真似をして 何回も笑顔で「どうぞ」と言って持 ってきてくれたことだった。こちら が心を開けば子供たちは受け入 れてくれて、初めは緊張した顔を した子も笑顔になってくれるのが 嬉しかった。 47

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