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共通テスト対策現代文

現代文対策です。

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共通テスト対策現代文
2020.12.26(土)20:00-21:40
贅沢の条件 山田登世子
忙しいわたしたちのピジネス社会から失われて久しいもの、それは「はるけさ」である。遠い昔に起源
をもち、悠久の時を経て現在に運ばれてくる、そんなゆったりした時の流れこそ「贅沢の条件」なのだが、
情報社会を刻むタイムはそんな悠長な時間ではない。機械生産の世界を刻む時は、あの「塩何グラ
ム」という誰にでもわかる機械的時間である。
マエストロや職人たちの手仕事の時代が終わって機械生産が到来したとき、終わってしまったのは職
人生産だけではなかった。かれらの「手仕事」と共にあった「手仕事的時間」もまたいつの間にか失わ
れてしまったのであるそう語るのはベンヤミンである。ペンヤミンは、「手仕事」は「物語」と密接に結び
ついていると言う。手仕事をするゆるい時間の流れは、物語を語り、その語りに耳をかたむける時間に
びったりと呼応していたのである。
それらの物語を語る語り手は、「定住する農民」と「交易を営む船乗り」であった。一カは、はるかな祖
先から伝えられた物語を口伝えに語りつぎ、他方は、遠いところで起こった事件を人びとに語って聞か
せる。「中世の職人組織」は、これら二つの「語り手」たちを交わらせ、相互浸透させていった。「定住す
る親方と遍歴する徒弟とが、同じ部屋のなかでいっしよに仕事をしていた」からである。その部屋のな
かで、遠い異郷の出来事の報告と、違い過去からの伝承とが物語られたのである。
彼らが語る物語には、権威があった。1方にあるのは、「古さ」の権威、今村仁司が言うあの「歴史的
由来」の権威である。また他方にあるのは、はるかな見知らぬ土地で起きた出来事という距離的な「は
るけさ」の権威。「いま・ここ」で手仕事をする農家の人びとや職人たちは、それらの物語に耳をかしなが
らその権威を信じ、そこから教訓的な「知恵」を学んでいたのである。
ビジネス社会の到来とともに、物はすたれゆき、代わって登場するのは「情報」である。教会の鐘の音
とデジタル時計のタイム表示が全くちがうように、物語と情報も何から何まで逆の性質をそなえている。
まず、情報は瞬時に達くの出来事を伝える。ニュースは「はるけさ」を奪うのである。遠い過去の出来
事もメディアに取りあげられて番組化されると、「はるけさ」を失って、視聴者に「身近な」出来事になって
しまう。メディアの情報は、すべてをわたしたちの「近く」に運んでくるのである。メディア社会とは「近さ」
の専制にほかならない。手や耳や目といったわたしたちの身体状態とかかわりなく、スイッチ一つでわ
たしたちはすべてのものを「近く」にひきよせてしまう。ケータイ電話は、この 「近さの専制」の完成だと
いってもいいだろう。
それらの情報メディアの特性は 「近さ」「親近感」である。ちょうど、物語というメディアの特性が「遠さ」
であり、「権威」であったのと対照的に、物語はあらゆる意味で近づきがたい「はるけさ」と一つのもの
だったのだ。
こうして、ピジネス社会の到来とともに、「はるかなもの」は手仕事や職人仕事ともども社会の表舞台
から消えてゆく。要するにわたしたちは、手仕事に照応していた「賛沢な時間」を失ったのである。マエ
ストの仕事が「贅沢」であり、手で編んだ糸に「いのちある美」が宿っていたように、物語に耳をかたむけ
るゆったりした時間もまた「贅沢の条件」そのものだったのだ。
メディアのあたえる情報と物語のもう一つのちがいは、前者がわたしたちの身体的経験を養わないと
いうことである。テレビやインターネットをとおしてわたしたちは全世界の二ュースを瞬時に知ることがで
きるが、その知識は、わたしたちにいかなる経験的な知恵もあたえてはくれない。だから、知恵を得た
ければマニュアルに頼らざるをえないのであって、そのマニュアルが贅沢からほど遠いものであること
はすでに述べた。ところが、物語は、わたしたちの経験を養い、知恵を授ける。それはじっと耳をすまし
て聴くわたしたちの身体のどこか深いところで記憶されて、教訓的な知恵を培ってくれるのである。
そのような手仕事的―物語的時間に必要なのはただ一つ、わたしたちを追いたてる 「ダイム」 と 「マ
ネー」のあのあわただしい時間から抜け出る時間をもつことである。ベンヤミンはこの時間を「退屈」な
時間と呼ふ。ドイツ語で「退屈」とはランゲバイレ、「長い時」である。その「長い時」こそ、まさに贅沢の条
件なのである。ベンヤミンは言う。
身体的にリラックスした状態の頂点が獣りだとすれば、精神的なそれは退屈である。退屈とは、経験
という卵をかえす夢の鳥だ。森の集ずれのザワザワ鳴る音はこの鳥を追い払う。この島の巣は それは
退屈と親密に結びあって作られるものだが――都市ではすでに姿を消してしまったし、田舎でも減少し
つつある。それとともに、耳を傾ける能力も失われ、耳を傾けて熱心に聞き入る人びとの共同体も消え
ていく。(『物語作者』)
ベンヤミンがこのエッセイを書いたのは一九三六年。すでにそれから百年足らず、いまや共同体など
どこにもなく、物語はすべて情報にとって代わられている。そして、それ以上に失われつくしたものは
「退屈」な時間である。なぜならメディアは退屈な時間を貪り食うからだ。 すべてをわたしたちの「近く」
にひきよせて「はるけさ」を奪う情報は、「退屈」を――贅沢の条件を――餌食にするのである。
退屈という夢の鳥。マネーとタイムの刻むビジネス社会の時を一瞬止めて、「退屈な時」へとドロップア
ウトすること――ふと、風の音に耳を澄ます、空の明るさに春を感じる、見上げた夜空にかかる銀の月
にしばし見とれる……「夢の島」は、求めさえすれば、求める者のところへ思いのほかたやすくやって来
るのではないだろうか。
そうしてわたしたちが時をとめる術を手にして、「退屈」な時をもつとき、夢の鳥は、金では買えない賛
沢な経験をあたえてくれるにちがいない。そう、贅沢とはやはり感化なのであって、ひとえにそれは、わ
たしたちひとりひとりがいかにして「時をとめる術」を手にするかにかかっている。
【設問】
傍線部とあるが、「退屈」が「夢の鳥」にたとえられているのはなぜか。
両者の現状をおさえて説明せよ。(150~200字)
〈傍線部を見て何を直感するか〉
退屈という夢の鳥
↓
「夢」というのは、基本的には「非現実」という意味を含む言葉。
それが少しでも意識できていれば
傍線部を見た瞬間、
「あー、『退屈』という概念は昔はあったけど今はない。つまり非現実。
だから『夢』って言ってるんだろうなー」
というのは分かるはず。
〈解くための計画を立てる〉
上記はあくまでも直感!
→本文でしっかり「夢」に該当する説明を探しに行く必要がある
(もちろん、そういった説明がない可能性もあり)。
また、「鳥」という表現が用いられている理由も確認し、答案に反映させる必要がある。
→まずは、「退屈」や「夢の鳥」という語が最初に出てきているところまで戻るべし!
すると、「退屈」に関しては10段落で初登場します。「あのあわただしい時間から抜け出る時間」と定義さ
れていますね。そしてそれは、「長い時」であり、「贅沢の条件」だと述べられています。…①
そして、その後のベンヤミンの引用文を見ると、その一文目で「身体的にリラックスした状態の頂点が眠
りだとすれば、精神的なそれは退屈である」と述べられています。この文が、「身体的←→精神的」とい
う対比で書かれていることを押さえれば、「精神的なそれ」=「精神的にリラックスした状態の頂点」だと
分かるでしょう。…②

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