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非排除的な「ハレの日」としてのコミックマーケット――文化生産と空間という観点から

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2017年6月4日に、関東社会学会第65回大会(テーマ部会A)で発表させていただきました、「非排除的な『ハレの日』としてのコミックマーケット――文化生産と空間という観点から」 のレジュメをアップしました。

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非排除的な「ハレの日」としてのコミックマーケット――文化生産と空間という観点から

  1. 1. 1 第 65 回関東社会学会テーマ部会 A 17/06/04 非排除的な「ハレの日」としてのコミックマーケット ―文化生産と空間という観点から― 七邊信重 町から学校から共同体というものが消え、祭りは失われていった。コミケットは、 参加者全員がひとつの目的に向かって祭りを盛り上げ、ポトラッチと騒ぎの二日間を 迎え、そして、また散る。この心地良さと高揚感は、祭りを体験した者でなければわ からないだろう。――都市が、日本の社会が喪失していったものが、形を変えてここ にはある。誰もが創ろうともせず、忘れ去られるにまかせていただけだから、自分た ちで創ろうとしただけだ。一体感と興奮と自由の、無秩序でありながら統一された空 間。もし、何が怖いかというならば、そんな空間が存在していることが、なのかもし れない。(米澤 [1989] 2000: 127) 1.はじめに コミックマーケット公式サイトに掲載されている「コミックマーケットとは何か?」(コ ミックマーケット準備会 2014)によれば、コミックマーケットとは、マンガ・アニメ・ゲ ームその他周辺ジャンルの自費出版物(同人誌)の展示即売会である。サークルと呼ばれ る出展者たちが、場を運営するスタッフに空間(長机半分、イス 2 脚、搬入可能スペース) を与えられ、自費出版物を並べた机の内側で売り子を務める。場に集まった一般参加者は、 それらの出版物を眺め、時に購入し、机と壁に挟まれた通路を流れていく(霜月 2008: 15)。 コミックマーケットは、ボランタリーベースの組織であるコミックマーケット準備会に よって、現在は東京ビッグサイト全館で年 2 回(夏 3 日・冬 3 日)開催されている。2016 年 12 月 29~31 日に開催された「コミックマーケット 91」の参加者数はのべ 55 万人で(図 1)、業界団体主催の東京モーターショーなどを除けば、1 民間団体主催では日本最大の屋内 イベントである。 社会学、文化研究、経済学は、コミックマーケット参加者の意識や、参加者間のコミュ ニケーション、参加者が生産・受容する作品(パロディ同人誌、「やおい」など)の特徴、 コミックマーケットの経済効果などを分析してきた。これらに対し、本発表はテーマ部会 の趣旨に基づき、「場所」に注目してコミックマーケット(以下、コミケット)という 40 年以上続く文化現象を社会学的に考察する。具体的に著者は次の問いを考察する。 ① コミケットはなぜ/いかに巨大な空間で開催される大イベントになったか? ② コミケットの拡大は、どのような意図せざる結果を生んだか? ③ その結果に対し、コミケットの主催者はどのような対策を行ってきたか? ④ コミケットにとって、「場所」はいかに重要であったか? 本発表は、「非排除性」「非日常(ハレの日)」「文化生産」「集合的興奮」といった概念と 先行研究、各種資料に基づいて上記を考察する。第 2 節では、コミケットのアイデンティ
  2. 2. ティである「非排除性」という理念がコミケット拡大にどのような役割を果たしたか 析する(問い①)。次に第 3 の対策を「場所」に注目して て、コミケットという文化現象 図 1 コミックマーケットの一般参加者数と参加サークル数 出所:コミックマーケット公式サイト 2.コミケット拡大の要因 2-1.「メタ理念」としての「非排除性」 1975 年 12 月に開催された「コミックマーケット 後、図 1 の通り、コミケットの参加者数 の要因はいくつかあるが、その一 ットの理念を挙げることができる。本稿ではこの理念を 「非排除性」という理念は、コミケットのアイデンティティの根幹にあるものである。 サークル用の参加申込書に同梱されている「コミックマーケットマニュアル」は、 ットの理念、考え方、事前から当日までの 割など、コミケットの大枠を記述している。 も呼ばれるこのマニュアルの最新版 ックマーケット準備会 2013 コミックマーケットは、法令と最小限にとどめた運営ルールに違反しない限り、一人 でも多くの参加者を受け入れる事を目標とする。 コミケットはいかなる状況になろうとも、表現の多様性を追求し、その自由を守る受 2 ティである「非排除性」という理念がコミケット拡大にどのような役割を果たしたか 3 節で、コミケット拡大の結果とそれに対するコミケット主催者 を「場所」に注目して説明する(同②③)。最後に第 4 節で、これらの考察に基づい 文化現象にとって物理的空間がいかに重要であったかを考察する。 コミックマーケットの一般参加者数と参加サークル数 出所:コミックマーケット公式サイト 「メタ理念」としての「非排除性」 月に開催された「コミックマーケット 1」の参加者数は 700 、コミケットの参加者数はほぼ右肩上がりに増加してきた。参加者数増加 の要因はいくつかあるが、その一つとして、あらゆる人や表現を受け入れるという ットの理念を挙げることができる。本稿ではこの理念を「非排除性」と呼ぶ。 理念は、コミケットのアイデンティティの根幹にあるものである。 用の参加申込書に同梱されている「コミックマーケットマニュアル」は、 の理念、考え方、事前から当日までの大まかな流れ、ルール、コミケット準備会の役 を記述している。コミケットの憲法(岡安・三崎 の最新版は、コミケットを次のように自己規定している(コミ 2013) コミックマーケットは、法令と最小限にとどめた運営ルールに違反しない限り、一人 でも多くの参加者を受け入れる事を目標とする。(コミックマーケット準備会 コミケットはいかなる状況になろうとも、表現の多様性を追求し、その自由を守る受 ティである「非排除性」という理念がコミケット拡大にどのような役割を果たしたかを分 とそれに対するコミケット主催者 節で、これらの考察に基づい にとって物理的空間がいかに重要であったかを考察する。 コミックマーケットの一般参加者数と参加サークル数 700 人であった。以 はほぼ右肩上がりに増加してきた。参加者数増加 あらゆる人や表現を受け入れるというコミケ と呼ぶ。 理念は、コミケットのアイデンティティの根幹にあるものである。 用の参加申込書に同梱されている「コミックマーケットマニュアル」は、コミケ 大まかな流れ、ルール、コミケット準備会の役 (岡安・三崎 2011: 25)と コミケットを次のように自己規定している(コミ コミックマーケットは、法令と最小限にとどめた運営ルールに違反しない限り、一人 (コミックマーケット準備会 2013: 2) コミケットはいかなる状況になろうとも、表現の多様性を追求し、その自由を守る受
  3. 3. 3 け皿であり続けます。(コミックマーケット準備会 2013: 4) コミケットは、表現の可能性を拡げるための自由な「場」として、自らを規定します。 それは、参加の意思を持つ全ての人々と、全ての表現を受け入れていくことを意味して います。(コミックマーケット準備会 2013: 5) コミケットの主催者であるコミケット準備会は、会場の空間的制限の範囲内であれば全 員を、また出展希望者数がその制限を超えた場合は原則として抽選で選ばれた者を受け入 れている。また、表現の新しい可能性を求める人びとが出会える場を目指すコミケット準 備会が、芸術的価値や商業的価値によって、何らかの表現を「優れたもの」と定義するこ ともない。コミケットは、より多様なものを包摂するための「場」「容器」に徹している。 コミケットの理念について研究した岡安・三崎(2011)は、参加者が持つあらゆる理念や 理想像を包含するという意味で、コミケットの「受容」(本発表の言葉では「非排除性」) という理念を「メタ理念」と表現している。 また、人や表現の多様性やカオスを受け入れることは、主催者だけに求められているこ とではない。コミケット準備会は、コミケットを、表現を行うサークル(出展者)・コスプ レ・企業参加者、表現を求めて集まる一般参加者、運営の中心となるスタッフが、対等な 立場の参加者として運営する場であると規定している(コミックマーケット準備会 2013: 4)。また、参加者には、コミケットの考え方やルールをよく理解し、寛容性を持って他人 を認め受け入れることを求めている。 矛盾・対立する多様な理念や表現を包摂する「場」であろうとし、また場の全参加者に 他者への寛容性を求めるという「非排除性」という理念が、コミケットの最上位理念であ り、またアイデンティティである。 2-2.あらゆる人・表現の受容による拡大 自らを「場」「容器」「受け皿」といった空間的メタファーで規定し、あらゆる表現を受 け入れること=非排除性を標榜するコミケットは、交流の場として、また市場として拡大 を続けていく。以下では、「非排除性」という観点から、場の拡大の要因と過程を分析し、 これによって、本稿の第一の問い「コミケットはなぜ/いかに巨大な空間で開催される大 イベントになったか?」に答える。 前項で、「非排除性」理念が、コミケットの最上位理念(メタ理念)であると述べたが、 この理念はコミケット成立の経緯と密接に関連している。コミケット開催のきっかけの一 つは、1975 年に行われたファンコンベンション「第 4 回日本漫画大会」が、同イベントを 批判したファンの参加を拒否したことに対する抗議活動がある。当時のマンガ・ファンダ ムには、プロ作家や出版編集者に近いほど偉い1というヒエラルキーがあった。このヒエラ ルキーを拒絶し、漫画大会に代わる、マンガファン自らの手によるすべてのファンが対等 1 霜月(2008: 198)の中で、コミケットの創設者の一人である亜庭じゅんは、当時ファン ダム内部に存在した「出版編集→グループ幹部→一般会員→一般ファン」というヒエラル キーの存在を指摘している。
  4. 4. 4 な立場で参加できるイベントとしてコミケットは構想・実行された(霜月 2008: 129-130)。 それまでのファンコンベンションにあった「マンガのファン投票」「プロ作家を招いての 講演」「古本オークション」などの要素を除き、「ファン自らが作る同人誌の売買」に特化 したコミケットは、「混みケット」と揶揄されるほど多くの人びとを集め始める。 最初にコミケットに集合したのは、マンガのファンだった。「コミックマーケット 1」参 加者へのアンケートで、参加者たちは、「自分以外にまんがの好きな人がいると知ってうれ しかった」「出版社でなくてもまんがの本をつくっていいんだ」という感想を残している。 コミケット初代代表の原田央男(霜月たかなか)は、コミケットがまんがを読むだけに飽 き足らなかったファンの心を鷲掴みにしてしまい、自分たちの予想をはるかに超えてコミ ケットが展開していった、と語っている。また、そうした展開を予想できなかったのは、 マンガファンの「同好の士を求める熱い思い」や、「発信者の側に回ることへの喜び」を過 小評価していたからだ、と分析している(霜月 2008: 24-26)。コミケットは、マンガのフ ァンたちが、自分のオリジナル創作物や、自分が感じた商業作品の面白さを表現した評論・ パロディを発信し、またその表現を通して他者と交流するための場を用意した。 初期のコミケットでは、一般参加者の 9 割が、萩尾望都、竹宮恵子、大島由美子など「花 の 24 年組」と呼ばれた新人少女マンガ家の女性ファンであった。その後、1970 年代後半 の『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』などのアニメブームにより、アニメファンたち がパロディ同人誌(アニパロ)を求めてコミケットに来場する。さらに、1980 年代には、 少女との性愛を描く「ロリコン」マンガや、商業誌の少年・男性キャラクター間の同性愛 を描く「やおい」同人誌、マンガやアニメのキャラクターの衣装を着る「コスプレイヤー」 などのあらゆる表現やそれらを求める人びとを、コミケットは受け入れ続けた2。 1988~1989 年の連続幼女誘拐殺人事件や、これを受けての 1990 年以降の有害コミック 騒動ではコミケットへの批判も高まった。しかし、コミケットに関するマスメディアの報 道は、マンガなどのファンやポルノグラフィを含む多様な表現が集まるこのイベントの存 在を、広く社会に知らしめることになった。参加者が急増するのも 1989 年 12 月の「コミ ックマーケット 37」(12 万人)と 1990 年 8 月の「コミックマーケット 38」(23 万人)の 間である(図 1)。 3.コミケット拡大の結果 「非排除性」という理念のもと、コミケットは、マンガ、アニメ、ゲームなどのファン や各時代の流行を受け入れて、拡大を続けてきた。しかし、この拡大はコミケット主催者 が予想していなかったような結果を生み出していく。3 節では、場の拡大の結果とそれに対 する主催者の対策を分析し、これによって、本稿の第二と第三の問い「コミケットの拡大 は、どのような意図せざる結果を生んだか?」「その結果に対し、コミケットの主催者はど のような対策を行ってきたか?」に答える。 2 マンガ表現の可能性の探究やマンガ創作サークルの増加をコミケットに託した原田や亜 庭は、パロディやコスプレが増加する一方、自らが意図した実験的創作表現の増加があま り実現しなかったことに失望した。しかし、彼らはコミケットのあらゆる表現を受容する という理念に従って自らコミケットから身を引き、商業市場に活動拠点を移したり、新し い即売会を主催した(霜月 2008: 182-183; 岡安・三崎 2011: 28; 玉川 2014: 234-235)。
  5. 5. 5 3-1.「場所」の度重なる変更 コミケットという場の拡大の結果の一つは、開催される「場所」である「会場」の度重 なる変更である。「器」であるために、コミケットは「参加する意志を持つサークル、人全 てを容認し、受け入れていくよう努力しなければなりません。物理的限界へ挑戦する意志 準備会は持つ」と宣言し(コミックマーケット準備会 2010)、会場を何度も変更してきた。 表 1 は、コミケットの会場とその変更理由をまとめたものである。会場の変更理由とし て最も多いのは「混雑」である。より多くのサークルや一般来場者を受け入れるため、コ ミケットは何度もより大きな会場への変更(と開催日の増加)を余儀なくされた。すでに サークル数については、1999 年 8 月の「コミックマーケット 56」で上限(35,000)に達し ており、出展希望者数(約 5 万)の 7 割程度しか受け入れられない状態が続いている(図 1)。 表 1 コミケットの会場とその変更理由 年 回 会場 会場の変更理由 1975 1 虎ノ門日本消防会館会議室 1976 2~4 板橋産業連合会館 ・混雑(入場制限を実行) 1977~78 5~8 大田区産業会館 ・混雑(入場制限を実行) 1978 9 四谷公会堂 ・混雑 1978~79 10~11 大田区産業会館 ・混雑 1979 12 東京都立産業会館台東館 ・ゴミ箱からのボヤ 1979 13 大田区産業会館 ・混雑 1980~81 14~17 川崎市民プラザ ・混雑 1981 18 横浜産業貿易ホール ・準備会分裂、候補会場(川崎)を 反主流派が予約 1981~86 19~30 東京国際見本市会場(晴海) ・商業イベントとの競合 1986~87 31~33 東京流通センター ・混雑(参加できないサークル増加、 2 日間開催でも対処できず) 1988~89 34~36 東京国際見本市会場(晴海) ・混雑 1989~90 37~39 日本コンベンションセンター (幕張メッセ) ・警察に同人誌が持ち込まれ、警察 が幕張メッセに事情聴取 →会場利用を取り消し ・見本誌チェック(わいせつ性確認) ・法律に触れるものは頒布させない という会場(晴海)との約束 1991~95 40 東京国際見本市会場(晴海) ・会場の閉鎖 1996~ 50~ 東京国際展示場(東京ビッグ サイト) また、その他の理由として、他イベントとの競合で会場を使用できなくなったり、会場
  6. 6. 6 側から使用を断られたということもある。1991 年には、千葉西署から無修正同人誌に関す る事情聴取を受けた幕張メッセが、同年夏に開催予定であった「コミックマーケット 40」 の会場使用を一方的に取り消している。その際は、コミケット準備会が東京国際見本市会 場にかけあい、見本誌のわいせつ性のチェックを行う、法律に触れる表現はサークルには 頒布させない、という条件付きで、会場の使用許可を得ている(駄チワワ 2013)。 非排除性という理念に基づき、コミケットは多数の人や表現を受け入れてきた。しかし これにより、コミケットは場の内部での摩擦や、社会との摩擦も体験してきた。この摩擦 にどのように対応してきたかについては、3-3 で説明する。 3-2.「ハレの日」と「文化生産」 非排除性という理念に基づき、多くの人や表現を受け入れる「容器」に徹してきたコミ ケットは、1 節でも述べた通り、年に 2 回、3 日間で延べ 55 万人が集まる場になっている。 趣味を共有する非常に多くの人びとが一か所で楽しみながら交流することは、日常生活世 界ではほぼ起こりえない、刺激的なできごとである。このような非日常的なできごとを、 民俗学者の柳田國男にならって「ハレの日」と呼ぶことができる(柳田 1993)。コミケッ ト準備会も、コミケットやその理念の説明にこの概念を用いている。 コミックマーケットは、すべての参加者にとって「ハレの日」であることを願い、こ れを継続していく(コミックマーケット準備会 2013: 2) コミケットはその歴史と規模ゆえに、多くの参加者にとって特別な意味を持ちます。 年に 2 回決まった時期に、多くの仲間が集まり続ける非日常の空間―それはある種のお 祭りとも言えます。 コミケットが持つこの祭祀性は、日本的な世界観における「ハレの日」に近いものな のでしょう。コミケットという場を継続していくことは、新たな表現の誕生を祝い合い、 次なる創作を行う活力を養うための、終わりなき営為として捉えることもできるかもし れません。(コミックマーケット準備会 2013: 5) コミケット主催者が非日常的な「ハレの日」としてコミケットを認識するようになった のは、第 1 回の開催からしばらく経ってからのようである。こうした認識のきっかけの一 つは、1980 年頃から登場したコスプレイヤーだった。「ハレ着」を着たコスプレイヤーの登 場は、見た目の派手さによってこのイベントをより「祭り」らしく見せるようになる。 マーケットという言葉にはいま一つ、広場としての含意もあることにも僕らは気付い ていた。人が出会い、交わり、新たな関わりが生まれる解放された空間。空間自体が何 かを生み出すようなエネルギーをはらんだ場。……後にコミケットを“ハレの場”と位 置付ける米やんの認識の萌芽は、もうこの時に胚胎されていた。(霜月 2008: 133) 年三回ペースで開かれていたコミケットは、即売会としての機能と共に、社交場とし ての意味を持ち始めていた。さらに「祭り」としてもだ。
  7. 7. 7 マンガを描く、本を作るといった地道で時間のかかる作業があって、それを「ケ」と するならば、コミケットは「ハレ」である。そして、参加者はハレの日のために、派手 な服でやって来て、楽しんでいく。……アニメファンが持ち込んだのがコスプレだった といってもいいだろう。市民プラザの時代[1980~1981 年]に、こうした見た目の派手 さと祭り的な様相が形作られていった。(米澤 [1989] 2000: 114-115) コミケット準備会は、コミケットという「ハレの日」の楽しさは、仮想空間では代替で きないと語っている(コミックマーケット準備会 2013: 4)。準備会はこの理由を説明して いないが、おそらく、場に集う数十万の同好の士や約 1,000 万部と言われる自費出版物、 二次元キャラクターの扮装をして売り子やパフォーマンスをするコスプレイヤーやその身 体表現を実際に見ることや他の参加者と交流することは、仮想空間では体験できないこと だからだろう。国際展示場(正門)駅を降りたって、ポストモダン建築の東京ビッグサイ トやそこに集まった無数の人びとを見たり、その人たちの言葉を聞いたり、会場の暑さ(夏 の場合)を感じる参加者たちは、日常生活世界から「遊の世界」へと「飛躍」し、「ショッ ク」を体験するのである(Schütz and Luckmann 2003=2015: 81-82; 那須 1997: 30-31)。 そして、この場における他者との直接的な交流は、表現の創作や消費に人を向かわせる 大きな刺激にもなる。著者が行った「ゲームの自主制作とコミケットでの頒布の理由」と いう質問に対する出展者 A と B の次の回答は、コミケットでの他参加者との対面的コミュ ニケーションが、日常生活では味わえない喜びと次の創作への動機づけを与えるものであ ることを示している(七邊 2013)。 A: 大前提で、文章を書くのが好きだというのが一番で、次にはやっぱり一人でも面白 いって言ってくれる人がいれば。あとはマスターアップ[完成]の達成感と、コミケで 「面白かったです」って買っていってくれる人たちの顔を見る、あの快感はちょっと他 ではなかなか味わえないんで、そこだけですね。お金だけ考えたらね、同じ時間残業し た方が、全然お金になるもんね。 B: コミケで売れる数がやっぱり多いというのもありますし。反応も見れますしね。あ と面白いですよ、コミケ。 ――空いた時間や他の日に、[会場を]回って買ってみたりしますか? B: ええ、一応まわってみたりとかしますけどね。ちょっとコミケ的なそういうのはな かなかコンシューマ[商業]にはないですね。どちらかというと、もう同人ならでは。 ――売るときのお客さんとのコミュニケーションみたいなものが面白い? B: そうですね。 ――ゲームってなかなか同人誌みたいにぱっと見て反応返ってこないと思うんですけど。 B: だいたい、コミケって狙い撃ちで来るじゃないですか。それで、「前作やったよ」と いうのはいろいろ言ってくれたりとかありますし。で、やっぱ売れていくのを見るのは やる気にもなりますし。 多数の同好の士が集まるコミケットでは、他者との交流の機会も多い。デュルケムは、
  8. 8. 8 宗教的共同体のような非日常的な世界に、共通の情熱を持った多数の人びとが集合するこ と自体が個人を興奮させることや、人が単独でいる時には不可能な行為を刺激することを 「集合的興奮(集合的沸騰)」と呼んだ(Durkheim 1912=1975: 378-396)。コミケットと いう「ハレの場」は、参加者たちに同好の士の集合と他者との対面的な交流の機会をもた らすことによって、個人の孤立した文化生産・消費を外側から支え、かつ人びとに日常生 活ではなかなか味わえない深い喜びをもたらしている。 また、多数の作り手・受け手が集まるコミケットは、「交流の場(広場)」であるだけで なく、表現とそれに対する評価や金銭が交換される巨大な「市場」にもなった。あらゆる 表現が許容されるこの場は、ゲートキーパーが商業的価値によって生産者や作品を選別す る商業市場からは排除されてしまうような実験的な作品の流通を可能にし、異色の才能が 育つ場を提供してきた。この点について、米澤は次のように説明している。 [1970 年代は]難しいテーマや語り口、流行から外れた絵柄は、すべて同人誌臭いマ ンガとして、出版社から切り捨てられる時代だったのだ。そうした作品を発表し、読者 にアピールする場は同人誌しかなかった。商業誌の枠を超えた新たなマンガの可能性と 出会える場は、本当に同人誌しかなかったのである。(米澤 2000: 111) コミケットから生まれた新しい表現(パロディ、ロリコン、やおい、コスプレ、同人ゲ ームなど)やその担い手は、次々と商業市場に統合されていった。現在、コミケットは、 日本のマンガ、アニメ、ゲームの多様性を支える基盤の一つとして、国内だけでなく海外 でも注目を集めるようになっている(出口・田中・小山 2009; Hichibe and Tanaka 2016)。 コミケットも自身のこの「文化生産」機能を認識し、これを対外的にアピールするように なっている。この点については次項で説明する。 3-3.場の内と外(一般社会)における摩擦 これまで見てきた通り、コミケットは自らを「場」「容器」と規定し、あらゆる人や表現 を受け入れてきた。しかし、この結果、さまざまな摩擦が生じるようになった。 一つは、場の内部での摩擦である。当初、コミケットの理念は、準備会内部での議論や イベント反省会でのコミュニケーションによって、参加者に共有されていた。しかし、規 模の拡大(複雑性の増大)とともに理念の共有が難しくなり、コミケット内部で様々な摩 擦が生じるようになる。 二つ目が場の外部、すなわち一般社会との摩擦である。3-1 でも指摘した通り、1988~ 1989 年の連続幼女誘拐殺人事件や 1990 年以降の有害コミック騒動により、コミケットに 集まる人や表現(ポルノグラフィなど)、またコミケット自身に対して、社会は厳しい目を 向けてきた。その後もコミケットは、著作権問題、児童ポルノ法改正、青少年条例改正、 松文館事件のような表現をめぐる様々な環境変化に直面してきた(岡安・三崎 2011: 32)。 以上のような場の内と外での摩擦に対し、コミケット準備会はイベント継続のために主 に三つの対策を取ってきた。 第一の対策が、コミケットマニュアル等による「参加者の教育」である。非日常的な遊 びの世界は、通常、日常世界の拘束性から解放された自由な世界である(Caillois
  9. 9. 9 1958=1990)。同様にコミケットも日常世界より相対的に自由な世界であるが、商業イベン トやコンピュータゲームなど他の遊びの世界に比べると、一般社会の「常識」を身につけ ていることが求められる世界でもある。 2-1 では、コミケット準備会が場の参加者に「非排除」や「平等」の精神を求めてきたこ とを指摘したが、この理念は 1982 年に発行された「コミケットマニュアル」初版で明文化 された。また場の維持に必要な、普通の人間としての「常識」が必要であるということも 明記された。米澤は後者について次のように説明している。 「何か行動する時には、人の気持ちになって考える。エゴイズムは抑えなければ、心 地よい場はできない。モラル、常識、マナーを忘れないこと」――中、高校生も多いコ ミケットという「場」は、学校や家庭で教えなくなってしまった、社会生活の場での人 間としての基本的部分をマニュアル化することで、巨大になってしまったコミケットの 自由を維持することにしたのだ。(米澤 1989 [2000]: 116)。 また 1980 年代後半以降には、オタクバッシングの影響か、コミケットカタログの代表挨 拶に、「社会からの視線」や「社会的責任」を意識することの重要性が記述されることが増 えた(岡安・三崎(2011: 32)。こうした教育の結果か、現在では、参加者、とりわけやお い同人誌を作る女性たちの多くは、趣味を安全かつ秘密裡に続けるために社会生活上のマ ナーや礼儀作法を意識的に身につけている(金田 2006: 184-189; 名藤 2007: 93-95)。一 般社会との摩擦を避けるため、個人レベルでの「社会化」が参加者たちに求められ、それ が一定の成果を見たということができる3。 二つ目の対策は、場レベルでの「社会への適応」であり、具体的には法律の受け入れで ある。1991 年以降、コミケット準備会は、会場使用許可を得るため、頒布物のわいせつ性 を事前にチェックし、法律――刑法第 175 条(猥褻物頒布等)――に触れる表現(性器の 直接表現)がある同人誌をサークルに頒布させないようにした。 最後に、場レベルでの「社会へのアピール」がある。岡安・三崎(2011)は、1982 年と 2010 年の「コミケットマニュアル」を比較して、後者に、「同人誌の『現在』をきちんとア ピールしていく」「偏見やマイナスイメージを取り払っていくことを求めていかなければな りません」という文言が入ったことを指摘している。 さらに最新の 2013 年版「コミケットマニュアル」には、コミケットの恒久的継続のため、 企業、官公庁、アカデミアと連携していくことが明記されている(コミックマーケット準 備会 2013: 5)。実際、これまでにコミケット準備会は、シンポジウムや企業ブース、東京 大学での講義、明治大学の米沢嘉博記念図書館に対する協力を行ってきた。また、コミケ ットの状況把握とこの場の「文化生産」機能(3-2)のアピールのために、社会学者・経済 学者と協力して、「コミケット 30/35/40 周年調査」を、2005、2010、2015 年にそれぞ れ実施した(コミックマーケット準備会編 2015)。近年、マスメディアでコミケットが好 意的に取り上げられるようになった要因の一つには、コミケット準備会によるこのような 対外的努力を挙げることができる。 3 ただし、ジェンダーや世代による差が存在すると思われる。
  10. 10. 10 コミケット拡大を通して発生した場の内と外との摩擦について、コミケット準備会は上 記の対策を実行し、一定の成果をおさめてきた。しかし、2020 年の東京五輪による会場移 転や二次創作物の著作権、表現規制など、依然、様々な課題を抱えている。 4.結論――場所と文化 本発表では、「場所」に注目してコミケットという文化現象を社会学的に考察した。そし て、コミケットの中核にある「非排除性」理念が、マンガ・アニメ・ゲームのような、時 として蔑まれてきた室内で楽しむ大衆的メディア文化の作り手や受け手を、特定の物理的 空間に集合させたこと、また、この集合が文化生産に対する刺激と、日常生活を生き抜く ための心理的支えを参加者たちに提供していることを明らかにした。 以上の考察から主張できることは、マンガやアニメなどのメディア表現の消費や創作、 あるいはその担い手の日常生活にとって、特定の「場所」とそこにおける人びとの「集合」 や「交流」はきわめて重要である、ということである。 メディア表現の消費や創作のような非日常的な楽しみは、しばしば非常に「個人的」な、 また物理的空間における「場所性」を持たない活動であると認識されてきた。しかし、コ ミケットにおける参加者たちの交流や参加者に求められる条件(常識やマナー)は、この 活動がきわめて共同的な営み、言い換えれば、「社会的な非日常性」(山田 2010: 102)であ ること、そして「場所」を前提にして行われる活動であることを示している。あらゆる人 と表現を受け入れる「場」「容器」「受け皿」――文字通りの物理的な「場所」――である ことを目指したコミケットは、多数の人びとがリアルな空間で集まることができる「場」 を用意した。これにより、マンガやアニメ、ゲームの消費者や創作は、虚構世界の個人的 消費や、少数の家族や友人間、仮想世界でのコミュニケーションで完結せず、現実世界の 「ハレの日」における集合や交流によって活気づけられるようになった。 「集中[集合]しているということそれ自体が例外的に強力な興奮剤として働くのであ る。ひとたび諸個人が集合すると、その接近から一種の電力が放たれ、これがただちに彼 らを異常な激動の段階へ移す」(Durkheim 1912=1975: 389)。デュルケムが非日常の宗教 的儀礼について述べたことは、今日、コミケットにおいても述べることができる。また、 冒頭に掲げた米澤の言葉は、コミケットという非日常的「祭り」が、人びとの様々な文化 的活動やその日常的な社会生活を支え、これらを活性化するエネルギーの源泉になってい ることを示している。 文献 Caillois, Roger, 1958, Les jeux et les hommes, Paris: Gallimard, 1958.(=1990,多田道 太郎・塚崎幹夫訳,『遊びと人間』講談社,1990.) コミックマーケット準備会,2010,「コミケットマニュアル」コミックマーケット準備会. コミックマーケット準備会,2013,「コミケットマニュアル」コミックマーケット準備会, (2017 年 6 月 1 日取得,http://www.comiket.co.jp/info-c/C86/C86comiketmanual.pdf). コミックマーケット準備会,2014,「コミックマーケットとは何か」コミックマーケット準 備会,(2017 年 6 月 1 日取得,http://www.comiket.co.jp/info-a/WhatIsJpn201401.pdf). コミックマーケット準備会編,2015,『コミックマーケット 40 周年史』コミックマーケッ
  11. 11. 11 ト準備会. 駄チワワ,2013,「資料:91 年,コミケ幕張メッセ追放事件」,駄チワワ:旅と怪獣舎,(2017 年 6 月 1 日取得,http://zubunuretiwawa.ldblog.jp/archives/1772815.html). 出口弘・田中秀幸・小山友介編,2009,『コンテンツ産業論――混淆と伝播の日本型モデル』 東京大学出版会. Durkheim, Émile, 1912, Les Formes élémentaires de la Vie religieuse: Le Système totémique en Australie, Paris: Alcan.(=1975,古野清人訳『宗教生活の原初形態(上)』 岩波書店.) 七邊信重,2013,『ゲーム産業成長の鍵としての自主制作文化』東京工業大学大学院社会理 工学研究科価値システム専攻(博士論文),(2017 年 6 月 1 日取得, http://t2r2.star.titech.ac.jp/rrws/file/CTT100674911/ATD100000413/). Hichibe, Nobushige and Ema TANAKA, 2016, Content Production Fields and Doujin Game Developers in Japan: Non-economic Rewards as Drivers of Variety in Games, Alexis Pulos and Seungcheol Austin Lee eds., Transnational Contexts of Culture, Gender, Class, and Colonialism in Play: Video Games in East Asia, London: Palgrave Macmillan, 43-80. 金田淳子,2007,「マンガ同人誌――解釈共同体のポリティクス」佐藤健二・吉見俊哉編『文 化の社会学』有斐閣,163-190. 那須壽,1997,『現象学的社会学への道――開かれた地平を索めて』恒星社厚生閣. 名藤多香子,2007,「『二次創作』活動とそのネットワークについて」玉川博章他編『それ ぞれのファン研究――I am a fan』風塵社,55-117. 岡安英俊・三崎尚人,2011,「コミックマーケットにおける理念の変遷と機能――成長と継 続を可能にしたプラットフォーム」『コンテンツ文化史研究』6,22-42. Schütz, Alfred and Thomas Luckmann, 2003, Strukturen der Lebenswelt, Konstanz: UVK Verlagsgesellschaft mbH.(=2015,那須壽監訳『生活世界の構造』筑摩書房.) 玉川博章,2014,「コミックマーケット――オタク文化の表現空間」宮台真司・辻泉他編『オ タク的想像力のリミット――<歴史・空間・交流>から問う』筑摩書房,221-253. 山田真茂留,2010,『非日常性の社会学』学文社. 柳田國男,1993,『明治大正史世相篇(新装版)』講談社. 米澤嘉博,1989,「世界最大のマンガの祭典」(再録:2000,『「おたく」の誕生!!』宝島社 (宝島社文庫),108-127.) 謝辞 本稿作成にあたり、里見直紀様(有限会社コミケット)、玉川博章様(日本大学)、玉井 建也様(東北芸術工科大学)、大橋正司様(サイフォン)に多様なご支援を賜りました。記 して感謝致します。

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