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14 IUI YEARBOOK 2013/2014
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南米の都市・南米の建築―ラテンアメリカの多様性とポテンシャル|Kazuhiro KOJIMA & Fumihiko NAKAMURA
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参加型・対話型のヴィジョン―フィールドワークからのまなざし|Yoko FUJIKAKE
―藤掛先生のご専門である開発人
類学は、たとえば文化...
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参加型・対話型のヴィジョン―フィールドワークからのまなざし|Yoko FUJIKAKE
きく変わったことによって都市部・農
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参加型・対話型のヴィジョン―フィールドワークからのまなざし|Yoko FUJIKAKE
るものもあります。しかし、これらは
絶えず社会との接...
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南米の都市・南米の建築―ラテンアメリカの多様性とポテンシャル|Kazuhiro KOJIMA & Fumihiko NAKAMURA
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INTERVIEW with RYUTA IMAFUKU
特 集 南 米 / 参 加 型 社 会 / クレオール 主 義
特別インタヴュー
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クレオール、その可能性の中心―群島―世界が秘めるもうひとつの《世界》へ|Ryuta IMAFUKU
言語自らが自身の内的な規則・メカニズムを...
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クレオール、その可能性の中心―群島―世界が秘めるもうひとつの《世界》へ|Ryuta IMAFUKU
ねに未来はブラジルの世紀だと言われてきま...
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クレオール、その可能性の中心―群島―世界が秘めるもうひとつの《世界》へ|Ryuta IMAFUKU
ロが起こった日付として記憶されていますが...
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南米の都市・南米の建築―ラテンアメリカの多様性とポテンシャル|Kazuhiro KOJIMA & Fumihiko NAKAMURA
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Yearbook2013 2014(特集 南米 参加型社会 クレオール主義)
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  1. 1. 14 IUI YEARBOOK 2013/2014 ション研究院でも、こういった情報の 集約を行なって問題の共通認識を高 めていくことで、より対話の可能性が 開けていくような気がしますね。 まずは情報を共有し、地球が有限 であること、多くの深刻な問題がある ことをきちんと認識した上で、持続 的に生存していくための社会の仕組 みを考えていかなければいけません。 時間と空間を一致させて考えていく ことは、そのような取り組みをはじめ ていくための重要な鍵になるものだと 考えています。そうした単純なことか らしっかりとやっていくことによって対 話の糸口が見えてくる。 横浜市は〈環境未来都市〉として 選定された都市ですから、日本のモ デル、あるいは世界のモデルになる ことが使命でもあります。地域や企業、 研究者たちを結びつけて、それぞれ がうまく連携できる組織づくりの第一 歩として、2012年に〈地球環境未来 都市研究会〉[欄外参照]というものを 立ち上げました。横浜市や海洋研究 開発機構、また日立製作所、東京ガ ス、ESRIジャパンというGISの会 社といった産学官9組織が参加して おり、これからの新しい都市づくりの ヴィジョンを考えていくシンポジウム を開いています[欄外参照]。また、こ ういったスケールの情報をベースにこ れからの政策を考えたいということで 神奈川県も参加することになりました。 ―自治体、企業、大学といったさま ざまな立場の人々が今後の都市づく りをめぐって同じ方向を向きはじめて いる。 時間はかかりますが、そうした街 づくりの具体的な試みを、横浜国大 と包括協定を結んでいる山梨県都留 市でいま行っています。この3月には 〈地球環境未来都市研究会〉のシン ポジウムの開催が当地で予定されて います。富士山の裾野に広がる湧水 が豊かな場所で、江戸時代から用水 路が網の目のように通っている町で す。ただ、昔から水路は上水道であ ると同時に下水道でもあったので、水 が汚れてしまっている。まずはそうし た水路をしっかりと清流に戻し、水源 地域の水質を守りながら、山の手入 れもしていくような町づくりを市と協 働で進めているところです。でに水 の流れや水質、国土地理院の高低差 情報などをコンピュータの地図上で解 析しており、設置されている3台の小 水力発電機が、もっとも適したポイン トにあることも確認しました。一度集 めた情報は蓄積することができるの で、今後もさまざまな場面で利用して いくことができます。情報を活用しな がら、きれいな清流のある町を地元 の住民の人たちと一緒に築いていく。 そういった環境と防災の両面から考え る町づくりの実践がはじまっていると ころです。■ 地球環境未来都市研究会 本研究会は地球環境問題に対応した未来都市を、産学官連携のもとに研究する ことを目的に産学官9組織によって結成されました。東京首都圏の南西部を形 成する富士山から東京湾までの「神奈川拡大流域圏」を共有のフィールドとして、 地圏・水圏・大気圏・生物圏・人間圏の科学的知見[ディープ・データ]を基にして、 多様かつ大量のビッグ・データやシミュレーション結果も格納処理できる、次世代 対応の統合ICTプラットフォームを構築し活用することで、地球環境未来都市を デザインしていくことをめざしています。現在は本格的な研究のための準備の段 階で、各圏研究のための研究部会と実践的地域研究のための地域部会を立ち 上げ、活動を開始しています。横浜国立大学の地域実践研究センターが事務局 ですが、多分野多組織横断の産学官連携体です。 http://future-cities.ynu.ac.jp/ 地球環境未来都市研究会シンポジウム これまで4回の〈地球環境未来都市研究会〉シンポジウムを開 催。詳細はウェブサイトにて公開中。 第1回「地球環境未来都市をデザインする」(2012.7.25) 第2回「都市をリ・デザインする」(2013.6.15) 第3回「足元から考える環境未来都市〈秦野〉」(2013.9.14) 第4回「都留を科学する」(2014.3.15) 02 INTRODUCTION IUI、4年目へ向けての展望 中村文彦[都市交通計画/IUI教授・研究院長] P I C K - U P 2 0 1 3 / 2 0 1 4[教員実績紹介] 04 INTERVIEW 都市・アート・歴史を紡ぐ新たな建築《ルーヴル・ランス》 西沢立衛[建築家/Y-GSA教授] 10 INTERVIEW 日本とベトナムを結ぶ、教育振興のための取り組みと橋梁技術 山田均[橋梁構造工学/本学理事・副学長] 12 INTERVIEW 領域を越えて結びつく、〈環境未来都市〉のヴィジョン 佐土原聡[都市環境工学/IUI教授] 特 集 南 米 / 参 加 型 社 会 / ク レ オ ー ル 主 義 16 EDITORIAL 南へ―ありえたかもしれない別の世界に向かって 藤原徹平[建築家/Y-GSA准教授] 18 INTERVIEW 参加型・対話型のヴィジョン―フィールドワークからのまなざし 藤掛洋子[開発人類学/IUI教授] 24 DIALOGUE 南米の都市・南米の建築―ラテンアメリカの多様性とポテンシャル 小嶋一浩[建築家/Y-GSA教授]×中村文彦 30 INTERVIEW クレオール、その可能性の中心 今福龍太[文化人類学者/東京外国語大学大学院教授] 38 DIALOGUE 南米の都市基盤・日本の防災―防災で結ばれるラテンアメリカと日本 楠浩一[建築構造研究/IUI准教授]×中村文彦 44 ESSAY 都市と世界の未来―レヴィ=ストロースの南米を読む 榑沼範久[近代思想・芸術研究/IUI准教授] 48 COLUMN COLUMNS on LATIN AMERICA 大谷能生/大庭早子/荻野洋一/瀬田なつき/原田雄次/黒岩幹子/片平剛 講 演 採 録 & 活 動 記 録 54 LECTURE 横浜建築都市学 公共性(司会:北山恒) 齋藤純一[政治学/早稲田大学政治経済学術院教授] 62 LECTURE 横浜建築都市学 映画が帰る場所(司会:彦江智弘) 樋口泰人[映画・音楽批評/《boid》主宰] 70 LECTURE 日仏ダンス交流プロジェクト《ダンスクロス》関連イベント(司会:中川克志) ミリアム・グルフィック[ダンサー・振付家]×カスパー・トプリッツ[音楽家・作曲家] 76 REPORT 活動記録/活動記録・写真篇 80 後記・奥付 目次 Satoru SADOHARA 1958年生まれ。社会システム工学・安全システム、建築環境・設備研究。横浜国立大学大学院 都市イノベーション研究院教授。主な著書に『時空間情報プラットフォーム―環境情報の可視 化と協働』(編著、東京大学出版会、2010)、『里山創生∼神奈川・横浜の挑戦∼』(編著、創森 社、2011)、『都市・地域エネルギーシステム』(共著、鹿島出版会、2012)など。地球環境未 来都市研究会会長として、地球環境と災害に対応できる都市づくりに取り組んでいる。 扉写真:Yoko Fujikake
  2. 2. 16 IUI YEARBOOK 2013/2014 IUI YEARBOOK 2013/2014 17 南米の都市・南米の建築―ラテンアメリカの多様性とポテンシャル|Kazuhiro KOJIMA & Fumihiko NAKAMURA 南へ ありえたかもしれない別の世界に向かって 藤原徹平[建築家/ Y-GSA 准教授] Teppei FUJIWARA 1975年生まれ。建築家。横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院Y-GSA准教授。フジワラテッペイアー キテクツラボ代表。主な作品に「上馬M邸」、「住宅・等々力の二重円環」など。主な著作に『やわらかい建築の 発想』(共著、フィルムアート社、2013)、『相対性コム デ ギャルソン論 ─なぜ私たちはコム デ ギャルソンを語る のか』(共著、フィルムアート社、2012)など。 特 集 南 米 / 参 加 型 社 会 / クレ オ ー ル 主 義 2013年度のYEARBOOKは「特集」を掲げて編集をしている。 研究活動の報告を系統ごとに編集しているだけでは、都市イノベーション学府に内在するダ イナミックな〈知の運動〉を伝達することはできないと感じたからだ。 特集のテーマは「南米/参加型社会/クレオール主義」である。最初は幾人かの教員の研究 対象地が偶然「南米」だったことから、南米が特集題材候補となった。同時に、これは個人的 なきっかけだが、今年度実験的にはじまった、室井尚教授(哲学)と筆者(建築デザイン)による共 同授業「都市と芸術S」(車で言えば、ツインロータリーエンジンのようにふたりが順繰りにひ たすら即興でしゃべるというユニークな授業形式で進めている)で、パラグアイの参加型社会 の研究をしているという学生との対話で、南米や参加型社会が気になっていたというのもある。 南米の参加型社会とは何か。少し調べてみると、20世紀の教育学に大きな足跡を残すパウ ロ・フレイレという名前が浮かびあがってきた。フレイレは、例えばまちづくりワークショップな どの市民参加型のまちづくり手法を研究すると出てくる名前でもある。他にもいくつか重要な キーワードが潜んでいそうである。〈参加型社会〉〈エンパワーメント〉〈災害復興〉〈近代とバ ナキュラーの融合〉〈連帯経済〉。「南米」を媒介にしてこれからの社会像、人間像への興味を 引き寄せられたらという思いもあった。 人文・社会科学、建築学、土木工学、少人数制のスタジオ教育による建築家教育の大学院、 「現代アート」「映像芸術」「文芸メディア 作」「音響空間」といった芸術文化領域……。 以上のように都市イノベーション学府は、ごった煮とでも言いたくなるような視点の豊饒さ がある。「南米」という題材をその中に放り込んでみたら一体どのような化学反応がおこるの か、このYEARBOOKが毎年この大学院の知的探求の重要な実験場になれば良いのではな いかと考えている。 人類学者の川田順造氏が、「文化の三角測量」ということを言っている。三角測量とは地測 のときに用いる測量方法を言うが、氏はこれをフランス、アフリカ、日本という社会背景が異 なる地域の文化を比較することで、文化の像を立体的に浮かび上がらせる方法として提唱し ている。生活や文化という一見摑みどころがない対象に対して、定性的にアプローチする科 学的方法を考えたと言ってよい。 われわれが今回のYEARBOOKで採用しようとしている方法は、この「文化の三角測量」 の逆である。「南米」という特定の地理を定めた上で、この地理を解読する視点を、人類学、 建築学、交通工学、構造学、というように複眼的にしていこうとするものだ。顕微鏡の倍率の レンズ組合せがピタリと合わなければ像を結ぶことがないように、「どのような複眼」でみるか という選択が結ぶ像を決めてしまうという点で、この方法はどこか恣意的な部分があるかもし れない。 そうした自分たちの「複眼」への審判の意も含め、また「特集」を組んだ時に感じた予感を 確認する作業として、人類学者の今福龍太氏にインタヴューを行った。結果、「南米」という イシューのごった煮への投げ込みによって、当初の想像を超えて大きなテーマに遭遇してし まったことに今気づいた。南米は、新自由主義経済の最大の実験場でもあり、地震と津波と いうことでみれば南米と日本は大変に似通った文脈の中にある。 このYEARBOOKからスタジオでの制作や研究など各領域の活動への活発なフィードバック が生成することを切に望む。■ EDITORIAL by TEPPEI FUJIWARA 南米・パラグアイの道(Photo: Goh Katahira)
  3. 3. 18 IUI YEARBOOK 2013/2014 IUI YEARBOOK 2013/2014 19 参加型・対話型のヴィジョン―フィールドワークからのまなざし|Yoko FUJIKAKE ―藤掛先生のご専門である開発人 類学は、たとえば文化人類学と比べ ると、どういった研究領域だと言える のでしょうか? 文化人類学は、 人間とは何かを 追求する学問です。19世紀後半に ヨーロッパ以外の周辺国を研究する ために成立しました。イギリスでは 社会人類学、アメリカでは文化人類 学と言われています。文化人類学の 特徴は、フィールドワーク、ミクロか らマクロまで取り上げ分析する全体 主義(Wholism)、 そして文化相対 主義(Cultural relativism)と言われ ています。文化相対主義は、文化人 類学が開発の人類学(anthropology of development)、 開 発 人 類 学 (development anthropology)に展開 した大きな鍵概念だと私は考えてい ます。文化相対主義の議論のなか で出てきたもののひとつが脱開発で あったり、反開発です。もうひとつは、 文化相対主義を普遍的人権という概 念に照らした時、対象地域の固有の 「文化」や慣習(法)を楯に、たとえば、 女性性器切除が行われていたりしま す。対象地域の文化と普遍的人権主 義の折り合いをどのようにつけるべき なのか、論争はまだ続いています。そ のような流れのなかで生まれてきたも のが、開発の人類学、あるいは開発 人類学というものです。前者は文化 人類学的な視点から開発援助を分析 するものでアカデミズムのなかにとど まっているもの、後者は、開発援助に 直接関与しながら開発について研究 するものです。私の場合は、後者の 立場を取り、開発の現場に身を置きな がら、対象地域の方々が、何を求め、 何に豊かさを感じているのか、文化人 類学的な視点を忘れずに見ています。 学校が必要なのか、橋などのインフラ が必要なのか、彼ら・彼女らが求めて いるものは何なのかを参加型の手法 を用い導き出しています。私たちが感 じる豊かさとは異なることもあります から、研究者と実践家の双方の視点 を持ちながら、対象地域の文化やジェ ンダー、歴史的な認識といった、数式 だけではわからないような価値規範に 配慮しながら研究・実践活動を行って います。 ―藤掛先生は南米のパラグアイを 長年にわたって主なフィールドとして きましたが、パラグアイが抱える問題 の背景や歴史はどういったものなの か、教えていただけますか? 私が1993年に青年海外協力隊と してはじめてパラグアイという国に足 を踏み入れた当時は、独裁政権が35 年間続いたあとの、まさに民主化さ れた(民主化への移行期が92年)直後の タイミングでした。パラグアイは1811 年に宗主国スペインから独立したの ですが、首都アスンシオンには200 年以上前の植民地時代の影響が色濃 く残り、スペイン風の美しい建物やプ ラサLa Plazaと言われる四角い公園 が街中にたくさんある一方、政治が大 INTERVIEW with YOKO FUJIKAKE パラグアイ・カテウラのゴミ山(Photo: Yoko Fujikake) Photo: 広報提供 特 集 南 米 / 参 加 型 社 会 / クレオール 主 義 インタヴュー 藤掛洋子[開発人類学/IUI教授] 参加型・対話型のヴィジョン、 フィールドワークからのまなざし 聞き手=藤原徹平 開発人類学者として長年にわたって南米・パラグアイを中心にフィールドワークを行っている藤掛洋子教授は、NGO「ミ タイ基金」代表として現地に学校を建設するなど、「現場」にいるからこそ見えてくる多くの問題と真摯に向き合いなが ら、教育や支援に積極的に取り組んできた研究者である。今回、そうした「理論」と「実践」の両面を兼ねそろえる藤掛 教授に、フィールドワークの重要性、そしてそこから見えてくる南米の現在についてお話を伺いつつ、対話を通じて築い ていく新しい社会のヴィジョンについて語っていただいた。 農村に続く赤土道(Photo: Yoko Fujikake)
  4. 4. 20 IUI YEARBOOK 2013/2014 IUI YEARBOOK 2013/2014 21 参加型・対話型のヴィジョン―フィールドワークからのまなざし|Yoko FUJIKAKE きく変わったことによって都市部・農 村部で貧困や格差が進むなど、社会 が不安定になっていました。もともと パラグアイは1970年代以降IMFの 指導のもとで進められてきた単一作 物栽培計画で、綿花を外貨獲得のた めの作物として栽培していました。し かし、90年代に入ると綿花の国際市 場価格が暴落して、綿花をつくっても 売れないどころか、赤字になってしま うということが起き、農民たちの貧困 化が進んでいたんです。民主化され たことで、農民たちは資本主義経済 に投げ込まれ自由競争にさらされたわ けですが、世界経済に翻弄されて生 活が不安定になっていきました。 ―IMFによる単一作物栽培の推進 は世界中で問題になりましたよね。自 分たちが食べるもの以外の作物は資 本主義経済を進めるために栽培して いった、ということで、結果的に農民 たちの生活が不安定になってしまった。 そうなんです。それに、パラグアイ の貧困の要因のもうひとつに、シング ルマザーの問題がありました。パラグ アイは三国同盟戦争[1864-70]で、男 性が徴兵され、たくさん亡くなりまし た。当時の人口の男女比率が男性1 に対して女性が5から10になってし まったんです。そうなると、子どもが 増えないと国力が上がらないという背 景から、カトリックの国でありながら男 性が複数の女性と婚姻外の関係を持 つことを社会が許容してきました。そ の結果シングルマザーが増えていき ました。社会保障制度も不十分なた め、子どもは自分の老後の面倒を見 てくれる重要な「資源」ですからたく さん産むわけです。現在、男女比率 は1:1くらいになっていますが、かつ て築かれた社会規範やジェンダー規 範がマチスモ(男性優位)思想と相まっ て女性を劣位におくような社会構造 が根強く残っています。パラグアイの 都市から農村に行く途中、テラロッサ といわれる「赤土道」があるんです が(参照:P.19写真)、それは独裁政権 時代にわざと政府が道を舗装せずに 残したものです。雨が降ると、土が ぬかるんで農村から出ることができな い。そうなると、農民たちは政治的な 運動がやりづらくなる。農民を封じ込 めるための独裁政権時代の戦略だっ たんですね。女性たちも農村から出る とsombreo(本来の意味は帽子であるが、 愛人がいるという意味の揶揄)がいるのだ、 といって非難されたりします。なので 見栄えの良い四輪駆動車やオフロー ドバイクなどを持っている、ある程度 裕福な地方都市や都会の男性が、そ の道を通って農村の女性のところを 訪ねたりすると、デートのお誘いなど があると、まるで白馬の王子が迎えに 来たかのように女性たちが喜ぶいうこ とがいまでもあります。義務教育すら 終えていない農村の女性たちも多い ですから村から出るということは憧れ だったりもします。 ―そういったパラグアイで、藤掛 先生はNGO「ミタイ(子ども)基金」 の代表として学校建設を手がけるな ど、数多くの支援活動も行っています。 研究と実践の両方に取り組んでいる。 シングルマザーの女性たちのよう に子育てと食べていくことに必死な 方々、そして社会的に劣位に置かれ ている方々は、本来なら受けられるは ずの社会保障や義務教育の制度、外 国からの援助などをそもそも知らない ことも多いんです。なので、そういう 方たちを力づけ、支援するような、す なわちエンパワーするための教育支 援や、考え、交渉する力を養ってい けるような支援が必要なんです。パウ ロ・フレイレ[1921-97]というブラジル の教育学者が言っているような省察 と実践や女性たちの実際的・戦略的 ニーズの充足のための開発支援(藤 掛 2008)が重要だと考えます。フレイ レは『被抑圧者の教育学』という彼の 主書のなかで、教師が生徒に一方的 に知識を詰め込ませる「銀行貯蓄型 教育」を批判し、「問題提起型教育」 の必要性を述べました。幅広い年代 の生徒たちとの対話のなかで、問題 を見つけ、その解決方法を考えてい くという教育方法です。それと同時 に、非抑圧者としての貧困層の農民 と、それをつくりだす社会を牛耳って いる支配層は、どちらも非人間的で あって、それを対話によって変えてい こうと考えていました。彼が言ってい ることで重要なのは、「意識化」とい う考え方です。劣位に置かれている 人は、社会構造が自分たちを劣位に 置いているとは考えずに、自分が悪 いと考えがちです。農村の女性たち も、自分たちは学校に行っていない、 だから自分たちは貧乏なのだと考え ていることが多い。でも、その貧困を つくりだしているのは、連綿と続く歴 史のなかでつくられてきた資本を搾取 する仕組みであったり、女性や子ども たちを劣位におく社会規範(マチスモ 思想により構築されたジェンダー規範)だっ たりするわけです。それをどう意識化 してもらうのか。また、女性や子ども たちのニーズ、あるいは利害関心は 実は二段階に別れおり、それらにアプ ローチすることが重要(藤掛 2008)だ ということです。社会という大きな壁 を前にどう省察し、どうアクションを 起こしていくのかを一緒に考えていく か、その際にジェンダー配慮をいかに 入れていくということが大事だと思っ ています(参照:P.20-21写真)。 ― 対話型の実践(教育)を通じて 「意識化」を促すという話に強く共感 します。「意識化」を社会のさまざま な段階で実践できれば、市民同士の 連帯感を生み出すことにもつながっ ていくように思えます。 現在の価値規範は「勝てる者が 勝って何が悪い」という新自由主義的 なものですが、フレイレの思想の流れ を んでいる人たちのスタンスは、や はり連帯経済なんだと思います。貨 幣を介在させなくとも、助け合い、生 活していけるといった互恵的な関係に よって豊かになっていく社会ですね。 その流れのなかに私も位置づけら れると思います。私がこれまでに研究 してきたことは、意識や行動変容と いった質的なものも可視化するという ものです。具体的には農村の女性た ちのエンパワーメントを質的変化とし て評価し、可視化するという試みで す。ある対話型の開発支援を通じて 起こる、女性たちのエンパワーメント や意識化を量的なデータとして評価 することはできません。これまでは就 学率や識字率が上がったことなど量 的なデータとして「測定」することが 開発援助では主流だったんです。しか し、私は開発援助の現場に質的な変 化を評価する、可視化することを試み ました。このような評価は当事者にも 意味があると思います。同時に開発 援助の実践者や政府関係者、ドナー たちに向けて質的な側面の重要性を 提言したかったからなんです。ある人 たちからは、質的データを可視化する ということは、あくまでも主観的な試 みだと批判されました。しかし現場に いると、実際に人々の意識や行動が どんどん変わっていく様子がわかるわ けです。対話型の援助が行われてい くなかで、妻が夫に発言ができるよう になったり、子どもたちの意識や行動 が大きく変わったりなどです。適切な 支援が入れば、当該地域の方々は自 分たちの行動を知らず知らずのうちに 省察して新たな立ち位置(ポジション) を意識/半意識・無意識のうちにつく りあげていくことができるわけです。 彼女たち・彼らたちの潜在能力を活か したり、伸ばしたりできるような「適 切」な介入をしていけば、対象地域 の人々の意識はこんなにも変わって いくものなのに、なぜ援助実施機関 はそれを見ていないのか、というのが 95年に日本に帰国したときの感想で した。人々の意識の変化は半年や1 年で出ることもあります。また、二層 に分かれたニーズのもうひとつである 戦略的ニーズの発現には時間がかか ミタイ基金が建設支援をしたウブウテエ村の学校と子どもたち(Photo: Mitai Foundation) 村の女性たちの所得創出活動(Photo: Yoko Fujikake) 図:S村の女性たちのグループとしてエンパワーメント指標(円グラフ)© 2000 Yoko Fujikake
  5. 5. 22 IUI YEARBOOK 2013/2014 IUI YEARBOOK 2013/2014 23 参加型・対話型のヴィジョン―フィールドワークからのまなざし|Yoko FUJIKAKE るものもあります。しかし、これらは 絶えず社会との接点のなかで変化し ていますし、人々が元気になっていく 姿をみると、こちらも元気をいただき ます。でも……それらは数字にはなら ないから「客観性を担保できない」と 言われる。だからこそエンパワーメン トの指標となるモデルをつくったんで す(参照:P21図)。当初は多くの批判を 受けましたが、結果的に、このモデル は多くの方々に受け入れていただき、 評価していただきました。JICAでは ホンジュラスの農村女性の起業支援 で活用されましたし、ラオスの車椅子 活動を展開するNGOの評価でも使っ ていただきました。また、資生堂が バングラディッシュで展開する農村女 性のエンパワーメントのためのBOP (Base of the Pyramid)事業でも評価 に使われることになりました。 ―フィールドワークや対話型のワー クショップという行為に質的な評価を 与えるこの図は本当に素晴らしいで すね。いままでどこか啓蒙、理論の 押しつけ的だった都市や建築の設計 の場でも、市民との対話ワークショッ プが実践されつつあるですが、質的 な指標がないので、どこかポリティカ ル・コレクトネスのためだけにやって いた。住んでいる人たちとの対話を きちんと質的に評価していくことで 次の時代の建築が生まれてくる気が します。 それはまったく正しいですよね。私 がフィールドワークをするのは、理論 を再構築するためです。現場にしか 答えはないと思っているものですから (笑)。社会は日々変わっていて、昨 日そうであったものが今日も真である とは限らない、そんな時代ですから。 そのぐらい人間はものすごくクリエイ ティヴな生き物で、そこにはつねに新 しい状況が生まれている。社会科学 の調査研究・理論の検証の結果つくら れたのが理論だとすれば、フィールド ワークをして、新しい理論につくりか えていかなければならないと思ってい ます。もちろん、同時に普遍的なもの もあると思います。それも追求したい ですね。たとえば、劣位の状況にあっ た女性や子どもたちがどのような条件 下にあるとエンパワーするのか、人は どういう状況で元気になるのか、まさ に人を研究する文化人類学を礎にし た開発の人類学、開発人類学、ジェ ンダーと開発の役目だと思っています。 ―いままである理論を強化するた めにフィールドワークをするのでは なく、理論をつくり変えていくために フィールドワークをするということで すね。 そうです。生意気かもしれませんが、 既存の理論をなぞるために現場に行 くわけではないと思っているんです。 文化人類学的な調査とは、調査協力 者の方にインタヴューをさせていただ いて、その発言の内容について三角 検証なども行い、何が「真実」か(恐ら く複数の「真実」があるでしょう)、複層す る社会を丁寧に浮き彫りにする作業 になります。とても手間と時間のかか る方法なので、文化人類学者ならや るけれど、開発コンサルタントだった らやらない/やれない(時間の関係など で)ことでしょう。もちろん、各国で活 躍されるコンサルタントの方のお仕事 も重要ですので、私が開発したエン パワーメント評価の指標も、パラグア イ以外の国で活用でき、かつコンサ ルタントの方でも調査ができるように、 場合によっては12ある指標を11にし たり、その地域に特化した項目をつく るなど一緒に工夫しています。このよ うな作業は文化人類学者というよりは コンサルタントに近いかもしれません (笑)。ただ、私のなかでは、人はど のような状況でもエンパワーメントで きるというものを普遍的に追求したい と思っておりますので喜んで、自分の つくった指標をローカルなものへとア ダプトするお手伝いをしたいと考えて おります。 先ほどのコンサルタントの方の話 を少し補足しますと、ODA事業に関 わることになっても、 いくつかの案 件を同時で動かしていたりするので、 フィールドに2時間ぐらい行っただけ で、その情報を基に開発の青写真を つくらなければならないということも 実際にはあると思います。それは地 域研究者からするとけしからん、とい うことになると思いますが、一方で彼 ら・彼女らがつくった青写真から見え てくるものも多々あると思います。で すから立場の違う人々と対話を通じて 新たなものを生み出していく努力をし ないといけない。活性剤があればつ ながるはずですから。 話が少しそれてしまいますが、いま 観光地開発として「スラム観光」とい う取り組みを開発人類学の方が研究 しているのですが、やはり議論が分 かれています。先進国から来る人々 が上から目線でスラムの人々を見る という問題と、一方ではそこに人々 が訪れないと違う立場の人々との対 話が生まれない。それは、支援という ものが昔から孕んでいる命題に酷似 していると思います。なので、私自身、 多面的・複眼的に現実を見るための 工夫や努力をつねにしています。 ―たしかに、各地域・各文化にお ける人々の独自の営みを、お互いの 世界を見て驚くということが人間の 知的好奇心のベースにあるとすれ ば、スラムを見て驚くとか、あるいは パリや東京を見て驚くといったことは、 「対話」を生むきっかけとして必要だ と思います。一方で、ツーリズムとい うと、非常に自由主義経済的な発想 でもあるので、複雑ですね。 答えを簡単に出せる問題ではな い、だからこそ、考え続けていかな ければならないんだと思います。資 本主義的なポジションからの眼差し もあれば、それとは違う連帯経済的 なポジションからの眼差しもある。「I Position(アイ・ポジション)」という考 え方があります。そのポジションを理 解する必要があると思います。もち ろん、現在のような資本主義経済の 枠組みは、議論の余地があると思い ます。連帯経済というのは、考え方 としては真逆になりますが、残された 21世紀、そして未来に向けて、新し い経済システムの流れが生まれて然 るべきだと思いますし、その新しい流 れは実は水面下で大きなうねりのご とく起こっているように思います。パ ラグアイにはカテウラという場所に国 中のゴミが流れてくるスラムがあるの ですが(参照:P.18写真)、そこのゴミか ら楽器をつくった子どもたちがファビ オ(Favio Hernán Chávez Morán) 氏 の指導のもとオーケストラを結成しま した。いまや世界中で注目されてい るカテウラのオーケストラ(Orchestra of Recycled Instrument of Cateura, Paraguay)です。昨年 2013年 12月 に株式会社良品計画や、駐日パラグ アイ大使館からの後援を受けてこの 楽団を招きました(参照:P.23写真)。学 生たちはカテウラの若者たちとの交 流を通していろいろなことを学んだと 思います。大学はこうした対話を生み 出していく「場」であると同時に、答 えの出ないことについて考えていく空 間でもあると思っています。 ―レム・コールハースという現代を 代表する建築家が、「これからの建 築家はより文化人類学的なアプロー チになるだろう」という言葉を口にし ていました。グローバルとローカル のあいだを横断し続けて、つねに固 定観念を持たない必要があると。藤 掛さんが仰る「I Position」のように、 どの専門領域でも自分を複数化する というような考え方が必要なのかもし れません。 私は、いまは開発人類学者として 話しているけれども、家に帰ったら、 子どもの母親にもなるわけです。なの で、私自身のなかには《I》(=私)とい うものがいくつもあって、子どもの前 では母親というIが前景化することに なる。それは人々が普通にやっている ことでもあります。アメリカに労働力 として移住したチカーノ(メキシコ系ア メリカ人)の研究でも、アメリカとメキ シコのふたつの国を無意識のうちに 越境させている彼ら・彼女らのアイデ ンティティーを「複数のアイデンティ ティー」や「ボーダーランド」という概 念で呼んでいます。社会のなかにあ るいくつものボーダーを複数の自己が 往還している。もちろん、最後は「自 分はどこにポジショニングするのか」、 ということを決めないといけないとも 思います。私自身、ユートピアと言わ れるかもしれないけれど、やはり人 を踏みつけて強者が君臨するような 社会ではない、格差の少ない社会や ジェンダーによる差別のない社会の 造に貢献したいと思っています。その 時の鍵概念は連帯経済やジェンダー、 社会開発、人々のエンパワーメント などになるのだと思います。このよう な立場を自分自身のホームランドとし ながら、構造的な暴力や格差で苦し む人のいない社会をつくりたいと思っ て研究をしています。もしかしたらそ こが自分自身のホームランドとして揺 るぎないからこそ、こういった研究や NGOでの活動に取り組み続けていけ るのかもしれません。いまパラグアイ や世界では、NGOが街づくりを手が けるという動きもありますので、そう いったときに、この都市イノベーショ ン研究院の建築・芸術・土木工学、国 際社会といった複数の領域の方々と NGOの関係者が繫がりながら、新し い息吹があるものをつくることを目指 したいですよね。これからも楽しみで す。今日は本当にありがとうございま した。■ Yoko FUJIKAKE お茶の水女子大学大学院博士後期課程修了(博士 学術)。国際協力事業団(現機構)青年海外協力隊、技術協力専門家、国際協力総合研究所 (現JICA研究所)客員研究員、東京家政学院大学大学院助教授・准教授を経て、横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授。専門は文 化人類学、開発人類学、パラグアイ地域研究、ジェンダーと開発。主な著書に、『開発援助と人類学―冷戦・蜜月・パートナーシップ―』(共編著、 明石書店、2011)、International Handbook of Gender and Poverty:Concepts, Research, Policy(共著、Edward Elgar , 2010)など。 NGO「ミタイ(子ども)基金」代表として、農村女性のエンパワーメントや学校建設などの活動に取り組んでいる。 2013年12月、本学で公演するカテウラのオーケストラ(Photo: Nozomu Morita)
  6. 6. 24 IUI YEARBOOK 2013/2014 IUI YEARBOOK 2013/2014 25 南米の都市・南米の建築―ラテンアメリカの多様性とポテンシャル|Kazuhiro KOJIMA & Fumihiko NAKAMURA ブラジル・クリチバの ユニークな都市戦略 ―まず、おふたりが南米に対して どういう興味を持って関わっているの かを伺いたいと思います。中村先生 からお願いします。 中村 専門が都市交通なので、それ について調べているときにブラジル のクリチバという面白い場所をたまた ま知りました。クリチバは産業都市と して成長した初期の段階に、都市が スプロール化していくことへの対応策 を募るコンペをしたのですが、そこで 採用されたジャイメ・レルネルという 建築・都市計画家のグループの案の 発想を基にしてつくられていった街で す。彼はその後、クリチバの市長も務 めています。補助金や支援金に頼る 途上国の多くの都市と違って、そうい うものに頼らない街づくりをレルネル は提案しました。中央政府のお金にも あまり頼らずに自分たちの知恵でやっ ていく。彼らが提案したバス交通はと てもユニークなもので、なぜ彼らがそ れに取り組んだかというと、地下鉄を つくるお金がなかったからですね。ま たイグアスの滝の源流の街なので洪 水が起こるのですが、それ防ぐため に市の外側にグリーンベルトのように 緑地もつくっています。そういったこ とができるのも、あらかじめ市が土地 の建築規制を強くしておくことで、市 役所の戦略に賛同してくれたら、建 築規制を緩和するというような取引で 地主から土地を買いとっているからで す。歴史的な建物などを残すときにも、 これを残すなら、こちらのビルをもう1 階高く建てるのを許すといった、そう いったやり方をレルネルたちは考えま した。周辺の工場にも緑地の設定を 義務化し、その緑地の維持管理に低 所得者を雇用する事も義務化させる ことで、街の雇用を生み出すというこ ともしています。 ―すごく面白いですね。 中村 基本的には人を大事にする、 お金がないから知恵を絞る、というや り方でやっている街ですね。都市計 画や建築規制をきちんと踏まえて、そ れらを上手く利用している。バス専用 道路沿いにだけ、7階以上のマンショ ンを建てていいという規制をかけるな どして。また、このバスが人を効率的 に運べるようにすることも同時に考え ている(Image 1)。普通、僕たちは人 をたくさん運ぶためには車両を大きく すればいいと考えますが、そうではな くて、1分間に1台バスが動けば1時 間に16,000人を運べる、そして1分 間に1台バスを出すためには、バス 停に停まる時間を短くしなければいけ ない、だからドアの数を増やす、とい うような理屈で彼らはつくるんですよ。 こんな発想を我々はしませんよね。し かも、クリチバに工場のあるボルボに こういったバスをつくってもらうわけ です。だからクリチバには世界で唯一 の面白いバス交通システムがあるん です。交通がうまくデザインされてい ないと都市はおかしくなるので、僕ら 交通工学の人間はそのための努力を しています。 小嶋 すごく建築家的な発想ですよ ね。ターゲットに対してどれが最短距 離なのかをつねに考えている。課題 が輸送量であれば、それをどうやって 設計できるのか、という考え方を僕た ち建築家もしていますから。ただ、自 分で市長をやっていないので、建築 以外のことまで話を巻き込んでいくこ とがなかなかできない。この街の市長 たちはそれらを包括的にやっているわ けですよね。東京都知事もそれくらい やれればいいと思いますが、日本で それをやろうとすると、大抵潰される というような閉塞感があるので、そこ は何とかしないといけないのかもしれ ません。ブラジルだからこそそういう 人がありえたのか、もしくは圧倒的な キャラクターをそのレルネルという方 が持っているんですか? 中村 圧倒的なキャラクターを持って いる人ですね。ただ、ブラジルの風 土だからこそできるということは絶対 あると思います。 ―結局、何かを廃絶しようとすると、 その結果また別の支配構造をつくる わけで、その構造を壊さずにどうやっ DIALOGUE between KAZUHIRO KOJIMA and FUMIHIKO NAKAMURA 特 集 南 米 / 参 加 型 社 会 / クレオール 主 義 対談 小嶋一浩[建築家/Y-GSA教授] &中村文彦[都市交通計画/IUI教授・研究院長] 南米の都市・南米の建築 ラテンアメリカの多様性とポテンシャル 進行=藤原徹平 ラテンアメリカにおける多様な都市と文化をかたちづくるものとは何なのか? 都市交通と建 築を専門とするふたりのエキスパートの対話から見えてくる、「横断」と「凝縮」から生まれる 南米の創造性とそのポテンシャルは、これからの都市を考えていくための一助となるはずだ。 コパン・ビルディング クリチバの3連節バス
  7. 7. 26 IUI YEARBOOK 2013/2014 IUI YEARBOOK 2013/2014 27 南米の都市・南米の建築―ラテンアメリカの多様性とポテンシャル|Kazuhiro KOJIMA & Fumihiko NAKAMURA てそれらをエンパワーメントしていく のかが問題になる。そういうことをレ ルネルは考えている気がします。 中村 地主から土地の買い上げる方 法もまた斬新で、不法占拠者が多く いる土地の地主に対して、「大変で しょう、市役所が買い取りますよ」と まず提案する。それで地主も、不法 占拠されたまま土地を失いたくないか ら、すごく安い値段で市に売る。そこ で市の側は、お金がないけれどその 土地をひとまず買い取って、そこに住 んでいる人たち全員に仕事を与える んですね。そしてその契約のなかに 給与から天引きされるローンを組ませ る。そうやってお金を捻出させると同 時に、人々には仕事が保障されると いうやり方です。これは雇用と住宅と 工業誘致と教育の話を同時に見る人 がいるからこそできることです。レル ネルはそういう見方をしていた人なん ですが、日本では各部門がバラバラ でまとまっていない。 ―有機的にいろんなものを連動さ せるというクリチバの発想は、先進 国にも十分に逆輸入できることです ね。中村先生もそういった取り組みを されている。 中村 僕はそういうつもりですよ。と にかく、土木は土木だけで固まるのを 止めることからはじめて、どの仕事で もいろんな人と議論していかなければ いけないと思います。1+1が3になっ たら楽しいですから。 南米の建築と多様性 ―小嶋先生の南米への興味はどう いったものなんでしょう? 小嶋 自分自身の個人的な南米への 興味から話すと、ひとつは文学です。 ボルヘスの方が有名かもしれないで すが、特にガルシア=マルケスという コロンビアの作家がすごく好きです。 ほかの作家の本も読んでいて、南米 を対象にした文学はやはり面白いも のがたくさんあります。200年以上前 に、測量をしながら南米の秘境にいろ んな人が入って行ったわけですが、そ ういったことを背景に、たとえばフン ボルトがそこで何をしていたかという 本を書いた人もいます。 南米の建築と言えば、 少し前に 104歳で亡くなったオスカー・ニーマイ ヤーというブラジル出身の異様な建 築家がいたわけですけど、でも我々 建築家にとっては、ニーマイヤーの 作品は造詣的過ぎるので、写真で見 ただけではよくわからないんですよね。 しかもあまりにたくさんつくっている ので、かなり厚い作品集でも1作品に つき2カットぐらいしか写真がなかった りして、それでまたどういう建築なの か摑みづらい。ただ、以前レバノンに 呼ばれて行った際に、トリポリにニー マイヤーが亡命したときにつくった建 物を見る機会がありました。戦争か何 かがあったために軀体工事が終わった ぐらいまでつくられたものなんですが、 とにかく巨大なんです。どうやってそ れを使おうかと思案されているような んですが、700メートルぐらいの建物 の10分の1もまだ使えてない。それを たまたま見て、これはブラジルには絶 対に行かないといけないと感じました。 待っていれば何か話があるもので、サ ンパウロに講演会に行った際にいろ いろとニーマイヤーの作品を見ること ができました。 中村 普通は待っていてもそんな話 は来ないですよ(笑)。 小嶋 それで実際にサンパウロ、ブ ラジリア、リオデジャイネロ、サルバ ドールの4都市に行ってみると、ニー マイヤーも素晴らしかったんですが、 ほかにもいろんな建築家が素晴らし い建物をつくっていたんです。それま での様式的な建築を特別視してきた 20世紀のモダニズム建築の最高の成 果みたいなものがあって、世界中が それを見ないまま中断されているとい うような印象を受けました。たとえば ニーマイヤーがつくった都心部にある コパン・ビルディングは、高級なコンド ミニアムからソーシャル・ハウジングま で混ざっていて5000人が住んでい ます。1階は現地風の商店街になって います。38階建てなんですが、市街 地にうねるように建っている。ベース には街の地形がそのままあり、1階の 商店が入っているところは斜面になっ ています。サンパウロは多くの建物や タワーがあって、ヘリコプターが飛び 交っている街なんですが、その中でも 一際まわりを睥睨しているような建物 です。 ニーマイヤーはこの「ブラジル国 会議事堂」もつくってもいて、都市全 体の中心軸に対してシンメトリーなつ くり方がされているんですが、右側と 左側のファサードが違うんです。写真 では両方サイドが同時に写らないので、 これは現地に行ってはじめてわかりま した。西日を防御するようにタワー部 分の両面は全面的にルーバーで覆わ れています。この国会の地下にある ロビーは、上から自然光が落ちてくる ような設計にもなっています。こんな 大きい建物を8週間足らずで設計した らしいんですが、光を地下にまで落と すためのディテールにものすごく気が 使われていて、こういうことをちゃん とやっている建築家なんですね。 ほかにも何人かの建築家がいて、 60年代の終わりぐらいに「サンパウ ロ大学建築都市学部棟」をつくった (ジョアン・ウィラノヴァ・)アルティ ガスという建築家や、「サンパウロ・ ミュージアム」をつくったリナ・ボ・バ ルディというイタリアの女性建築家も います。ただ、建築は遺伝子を世界 中に運んでいくようなポジティヴな面 がありますが、ブラジルというところ には、まったく遺伝子が運ばれること がなかった建築の宝がたくさん落ちて いるような印象を受けました。やはり 南米がいろんな場所から遠いというこ ともあって、文学と音楽以外では文 化を参照する対象とはあまり思われて なかったのかもしれません。実際に南 米に行ってみて感じるのは、欧米やア ジアの人々が生きてきた時間軸や価 値観を飛び越えているような不思議 なことが起こっているこということで すね。ガルシア=マルケスも「百年の 孤独」のなかで、百年間の時間が複 雑に絡み合うような時空間の歪んだ 小説を書いていましたから。文学は現 実よりも幻想的な世界ですが、ブラジ ルの建築や都市を実際に見ていても、 そういったところがとても面白かった。 窮屈になってしまった世界のなかでも 非常に開放感がある場所なので、現 代的な問題を突破できる力が南米に はあるかもしれないとも思います。 中村 そういうところにこそヒントい くつもがある気がしますよね。全然気 がつかなかったことがたくさんある。 小嶋 そういったヒントが隠れている 破れ目がはっきりと破れているイメー ジが南米にはあります。日本は本当 はかなり都市的な力がボロボロになっ ているのに、無理して接着剤で貼り 付けてやっているところがありますが、 南米にはそれとは違う何かがある。 都市を結びつけること ラテンアメリカから 見えるもの 中村 この先の研究の展開をいくつ か考えているんですが、そのうちの ひとつが交通空間での教育なんで す。子供たちを育てること。というの サンパウロPhoto: Junya Suzuki
  8. 8. 28 IUI YEARBOOK 2013/2014 IUI YEARBOOK 2013/2014 29 南米の都市・南米の建築―ラテンアメリカの多様性とポテンシャル|Kazuhiro KOJIMA & Fumihiko NAKAMURA も、たとえば本来的にバスの空間と いうのは、オムニバス(乗り合う)で すから、そこでは人との出会いがあ る。だから、自動車の良い点であり悪 い点でもあるのは、パーソナルであ るからこそ得るものも多いけど失うも のも多いところであって、バスや電車 の空間のような、「人と人が出会う場 所」というあり方は、学校教育のなか でもっと活かされて良いように思いま す。逆に、騒いで人に迷惑をかけるく らいなら乗るなと教えている。でも大 騒ぎして盛り上がって何かをやればい いし、そうやって乗り物を使えればい いなと。そういった教育と福祉につい てはずっと取り組んでいますが、今後 は文化というものを結びつけていくこ ともしていきたいですね。 小嶋 先ほどのクリチバのお話は、も う文化そのもののような気がしますよ。 中村 なるほど、たしかに。クリチバ のバス・システムのDNAを受け継い でいる都市はふたつあって、ひとつ がソウル、もうひとつがコロンビアの 首都のボゴタです。特にボゴタは、所 得階層的な区画割がすでにすべて決 まっている街なので、バスと土地利 用計画の整合には明示的には取り組 んでいません。その代わりに、バスそ のものをクリチバ以上に徹底的に良く したので、1時間に45,000人を運ぶ というおそらく世界で最も輸送能力が あるバスが走っています。そのボゴタ では、金曜日は郊外のバスターミナル で文化的なことをしたり、フリーマー ケットのような人々の集いの場をつく るということがされています。絵画展 や写真展をやったり、ターミナルの広 場を子供たちが遊べる場にしたりして いる。Cultural Friddayと呼ばれて います。つまり、そこに人が集まる仕 掛けをつくることで、バス・ネットワー クそのものがその街の核になっている んです。そうやって、都市の交通と教 育や文化をどうやって繫げていくのか、 それが今後考えていきたい課題のひ とつです。 ―クリチバやボゴタは、南米の文 化の荒々しい多様性を編み込むこと を戦略的にやっているユニークな都 市だという印象を受けますね。 小嶋  クリチバは現代的な問題と テーマを見出すこができる都市です ね。南米の都市は、破綻したままの ところもあれば、何かやっているとこ ろもあって、本当に国や都市によって 千差万別な多様性がある。中米のカ リブ海あたりも国ごとに事情が異なっ ていて、地震があったハイチとドミニ カはひとつの島を2分してやっている 国だけど生活水準がまったく違う。そ れも印象深かったです。南米は百何 十年前から大規模な戦争をしてないこ とも関係があるのかもしれない。南米 大陸は一部のエリアには地震などの 災害もありますが、ある意味でパラダ イスみたいなところなのかもしれない。 そうすると、人がたくさん集まってく るので、交通が1番の問題になってく る。厳しい世界だとそもそも扱えない ようなネガティヴ・ファクターの解決に エネルギーを費やすのではなくて、あ る程度基礎的なコンディションが良い ところだからこそ、何かを仕掛けてさ らに面白くしていくことができる可能 性を南米には感じます。 中村 そうなんですよ。もちろん、渋 滞問題は大きな問題としてあるんで すが、クリチバのようにバスを活かし たり街のかたちを活かしたりすること で、人の動きを変えることが実際にで きてしまう。そういうところが面白い んでしょうね。だから南米が持ってい るいろんなポテンシャルをもっと学ば なければいけないと思います。 小嶋 建築でも、いまのチリの現代 建築は面白いですよ。アレハンドロ・ アラヴェナという、45歳くらいの比較 的若い建築家がいるんですが、彼ぐ らいの若い世代がすでにチリ建築界 のトップランナーをやっています。そ れはなぜかと言うと、軍事政権が倒 れてそこと付き合っていた連中が全 員干されてしまったからで、そうする と、ちょうどその政権崩壊の時期に ハーバードの大学院などを終えたアラ ヴェナたちの世代が活躍するようにな る。彼らは25歳ぐらいからすでに国の 仕事をやっています。国ごとに政治も まったく違うので、簡単には言えない ですが、軍事政権が終わった国など からそういう面白い世代が出てくる場 合もあるみたいです。軍事政権の崩 壊が1990年代にあったような国とい うのは、それによって一気に世代が入 れ替わってしまうので。逆に、ブラジ ルは近代建築は素晴らしいんですが、 現代建築はほぼ壊滅的ですね。社会 的な大きな変化がないゆえの硬直感 があるので、日本と同じ様にディベ ロッパーが支配するようになっている。 中村 いまの日本は完全にそうです よね。 小嶋 だから日本では若手建築家に は個人住宅ぐらいしか面白い建物を つくるチャンスがないんです。長いあ いだ政治的ににっちもさっちもいかな いようなことをやっている日本ではそ れこそ東日本大震災の津波と原発メ ルトダウンの後でさえ革命の起こりよ うがないので、戦争ではまずいです が南米のことを考えてみると、実はそ ういうことがかなり重要なことなのか もしれない。それこそオスカー・ニー マイヤーたちも亡命しているし、先ほ ど言ったサンパウロ大学の建築学部 棟をつくったアルティガスも完全に社 会主義者で、大学のプロフェッサー だったのに一度亡命して、そのあとに 技官として戻ってきた時期にあの建物 を設計したそうです。それでもう一度 プロフェッサーにまでなるという。 ―文化的な漂流や横断は極めて重 要ですよね。中村先生も小嶋先生も 世界中を漂流しているわけですから。 ニーマイヤーにしてもリナ・ボ・バル ディにしても、やはり自分のルーツと は違うところに移動することによって、 クリエイティビティを爆発させている ところがあるように思います。文化 的な横断が 造性を生み出している。 軍事政権のようなものによって凝縮さ れていたことを、横断によって爆発さ せて何かを生み出すことを意識して 人生設計をすると面白くなるのかもし れません。学生たちにはそういうこと を意識してもらいたいです。 中村 その通りだと思います。やはり、 自分から濃いところに進んでいくこと が大事なんです。そこから新しいもの を生み出していってほしいですね。■ Kazuhiro KOJIMA 1958年生まれ。建築家。横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院Y-GSA教授。建築設 計事務所CAt(シーラカンスアンドアソシエイツトウキョウ)共同主宰。主な作品に「スペースブ ロック上新庄」、「千葉市立打瀬小学校」、「宇土市立宇土小学校」など。主な著書に『小さな 矢印の群れ』(TOTO出版、2013年)など。 Fumihiko NAKAMURA⇒P.3 サンパウロ大学建築都市学部棟 ブラジル国会議事堂 ボゴタのBRT(バス高速輸送システム)《Transmilenio》
  9. 9. 30 IUI YEARBOOK 2013/2014 IUI YEARBOOK 2013/2014 31 INTERVIEW with RYUTA IMAFUKU 特 集 南 米 / 参 加 型 社 会 / クレオール 主 義 特別インタヴュー 今福龍太 [文化人類学者/東京外国語大学大学院教授] クレオール、その可能性の中心 群島―世界が秘めるもうひとつの《世界》へ 聞き手=藤原徹平/寺田真理子[Y―GSAスタジオマネージャー] Photo: Junya Suzuki Ryuta IMAFUKU 1955年生まれ。文化人類学者、批評家。東京外国語大学大学院教授。サンパウロ・カトリッ ク大学客員教授。主な著書に『クレオール主義』(青土社、1991[増補版・ちくま学芸文庫、 2003])、『群島―世界論』(岩波書店、2008)、『レヴィ=ストロース 夜と音楽』(みすず書房、 2011)、『薄墨色の文法 物質言語の修辞学』(岩波書店、2011)など。札幌大学にて哲学者・多 木浩二を招いて行われた「映像文化論」をもとにした『映像の歴史哲学』(みすず書房、2013) の編集を手がけたほか、2002年より遊動型的な学びの場「奄美自由大学」を主宰している。 アカデミズムとしての〈文化人類学〉を超えて多岐に渡る活動を行っている今福龍太氏に、本特集のために特別インタ ヴューに応じていただいた。長年、中南米にその鋭いまなざしを向け続けてきた氏の主著『クレオール主義』から四半世 紀。危機的な状況に陥った現代の社会において、クレオール主義は、そしてそこから見出されるもうひとつの「歴史」は いかなる可能性を秘めているのか? 世界の欺瞞と訣別するための、抵抗としてのクレオール主義の現在。
  10. 10. 32 IUI YEARBOOK 2013/2014 IUI YEARBOOK 2013/2014 33 クレオール、その可能性の中心―群島―世界が秘めるもうひとつの《世界》へ|Ryuta IMAFUKU 言語自らが自身の内的な規則・メカニズムを崩壊させ つつも、しかし何とか同じ言語を解さない他者との意思 疎通を図ろうとする試みのなかから、一見プリミティヴに 見えるピジン語という一種のごちゃまぜの状態が生まれ ます。ところが、その規則的なベースがまだないピジン 語を話す親たちから生まれた子どもの世代となると、より 洗練されたある規則性を持ったクレオール語が生まれて くることになります。それによって日常的な感情や物質的 な世界といったものを表現できるようになっていく。これ が言語が持っているある種の再生メカニズムによる、ひ とつの新しい言語が生み出されるプロセスです。これは ノーム・チョムスキーが提示した「普遍文法」(Universal Grammar)という言語をつくるメカニズムがそれぞれの 言語に備わっている概念とも通じるもので、ピジン・クレ オール語研究でも活用されています。さまざまな要因に よって崩壊したあと新しく再生する可能性が言語には備 わっているということ。それはつまり、かつてもその言語 があった可能性がある、ということです。たとえばバスク 語のようにどこにも類縁関係のない言語をどう理解する か。それは言語学では言語の「源流」に る究極の と なっています。ヨーロッパにおける最も古い言語の原型 が、たまたまバスク地方に化石のように残っているのだ とすれば、そういった源流の問題と、西洋の植民地化に よって生み出されたある意味で言語の歴史の最も先端に あるクレオール語的な崩壊と再生の現象は、実はループ するように源流と先端がつながる可能性があるのではな いか。人間のアイデンティティーやルーツの源流から派生 して現代があるのだとすれば、それを ることによって 何かひとつの本質的な核心を見出すことができるはずだ、 という考え方はいまだに根強いわけですが、しかしそれ だけではないのではないか。文化おいても同じような崩 壊と再生のエネルギーが備わっているとすれば、その源 流・根源性からものを考えるのではなく、崩壊から再生す るその再生のエネルギー自体を議論のベースにして社会 や文化、都市を見ていく必要があります。そういった問 題も含めた可能性が、クレオール語の象徴的な場所であ る中南米にはあるんです。 ―クレオール圏は歴史的に見れば近代の植民地主義 によって生まれた場所であると言うことができます。そ ういったところから見えてくるものとは、今福さんにとっ てどういった問題と関わるもの何なのでしょう? 僕たちが生活しているこの社会の基本原理や世界の 感覚を統一したのは、16世紀以降の植民地主義の時代、 つまり近代に形成されたものですから、そのインパクトは 非常に大きかった。今日の政治・経済・司法・教育といっ た制度もその流れのなかで生まれたものであり、我々に とってはそれらがあまりにも当たり前のものとしてあるた め、背後にある歴史性やイデオロギーは通常のレベルで は意識していません。もちろん学問的にそれを問い正そ うとする流れはありますが、我々の日常には近代の世界 原理があまねく浸透しており、その延長線上にしか人類 の未来を想像できないような状況がある。そうしたとき、 世界が今日のような「世界」になる過程でいわば切り捨 てられたもの・崩壊してしまったものが、実は小さな世界 で息を吹き返している。混成的なクレオール文化はその ひとつの事実として捉えることができます。それは近代 の出発点が生んだもうひとつの可能性であり、近代に対 する根底的な問い直しになりうるものだと考えています。 僕たちは副産物として生まれたその可能性を追求するこ となく、近代的な合理主義をつくり上げてきました。しか し、一見すれば繁栄を謳歌しているように見える今日の 政治や経済が曲がり角を迎えていることは疑いようがな いことです。僕がいま考える「クレオール主義」とは、そ ういった問題と切り離すことはできません。 GenerationとDegeneration レヴィ=ストロースのまなざし ―先ほど、親から子どもの世代に移行することでクレ オール語が洗練されていくというお話がありました。崩 壊から再生への至るプロセスにおいて、そうしたジェネ レーション(generation)が大きな鍵となっている。その あたりについて詳しくお話いただけますか? 言葉には恣意的な側面とある種の自然現象的な側面 があります。もちろん植民地主義というものは、およそ自 然とは言えない恣意的・暴力的な出来事であり、しかし それによって崩壊し、再生していく言語や文化をつくって いったプロセスそのものは、ある種の恣意的・選択的な 出来事であったというよりも、むしろ自然発生的なメカニ ズムを持つものです。そうしたとき、ジェネレーションは 人間の問題ではあるけれども、必ずしも人為的なものと は言えません。むしろ世代が交代するというプロセスはあ くまでも自然的なものです。近代の価値規範では、主体 というものが動くことによって何らかの結果が生まれ、そ れが社会を変えていくという考えが重要視されてきまし た。それによっていまの社会は動いています。しかし、そ れはいわば自己中心的な思い込み・幻想に過ぎず、人々 は必ずしも恣意的・意図的なものによってのみ行動や選 択をしているわけではありません。むしろ無意識や自然に 根差したものによって突き動かされていることは多いわ けです。 ジェネレーションと言えば、レヴィ=ストロースが亡く なったときに、多くのレヴィ=ストロース追悼文で「構造 主義の最後の世代が亡くなった」という文言を目にしま した。たしかにミシェル・フーコーやロラン・バルトといっ た「構造主義」を担っていたとされる人物たちが死んで いったなかで、レヴィ=ストロースはその世代の最後の 生き残りであったことはたしかでしょう。しかし、僕はレ ヴィ=ストロースにおけるジェネレーションの問題とは「世 代」という意味ではまったくないと思っています。ジェネ レーションは「世代」という意味で使われていますが、も ともとは「生成」という意味を持つ言葉です。それがな ぜ「世代」という意味になったかと言えば、子どもを「生 成」する人間の能力は大きく言えば20年から30年であり、 その時間でひとつの子孫が形成される、つまり「生成」 のひとつのサイクルが閉じられ、次の「世代」が形成され るということで、ジェネレーションが「生成」から「世代」 という意味合いも持つようになった。そしてレヴィ=スト ロースは、99歳くらいの誕生日のときに「この歳になると 人から祝ってもらうことは何もない。自分はとっくにジェネ レーションではなく、ディジェネレーション(degeneration) だ」とある新聞記者に言いました。自分はディジェネレー ションである、つまり「衰退」期に移行しているのであり、 それを祝う理由はどこにもないのだと。しかしそれは、彼 が体力や思考能力で衰えているという意味ではないと思 います。というのも、レヴィ=ストロースはある時期から 人類そのものの衰退について考えていたからです。彼は ブラジルの奥地でインディオに出会い、彼らが消滅しよう とする寸前の状態に立ち会いました。近代社会における ありとあらゆるプレッシャーのなかで、インディオたちはか ろうじて人間としては生きているけれども、しかし彼らが 持つ神話や文化、慣習、言語といったものは風前の灯火 になっていた。レヴィ=ストロースが1960年代に調査し たブラジルの部族の8割は、現在ではすでに消滅してい ます。その最期の瞬間に立ち会ったレヴィ=ストロースに とって、何かを生み出すことが社会の中心的価値であっ た「生成」とはまったく反対にある領域としての、「衰退」 クレオール主義の問題と可能性 ―今日は今福さんの著書『クレオール主義』を出発点 にお話を伺いたいと思います。まず、「クレオール主義」 という概念をめぐって考えてこられた問題意識とその背 景についてお話しいただけますか? 『クレオール主義』で書かれている考えの母体となった のは、クレオール圏の最も象徴的な場所であるメキシコ やカリブ海であり、激烈な文化接触や植民地主義を背 景としたピジン・クレオール語が点々とつくられていった 地域です。彼らは「クレオール語」と括られる言語を話 しているけれども、相互に通じ合うことはありません。ク レオール語とは、いわば言語が一度崩壊してそれがまた 再生していく、その「再生能力」の顕れとしてあるので あり、ひとつの言語的な起源がいくつものクレオール語 を派生的に生み出すわけではないのです。たとえばナイ ジェリアやアンゴラ、ウガンダといった国々から、さまざ まな部族が奴隷として集められました。彼らは異なる母国 語を使用していたので相互のコミュニケーションができな い。そうすると宗主国の言語をうまく組み込んでコミュニ ケーションを図るほかなかったわけです。フランス領であ ればフランス語がベースとなり、それが部族語のさまざま な痕跡・残存物と混ざっていくことでフランス語系のクレ オール語が生まれる。ハイチならばハイチで独自のかた ちで言語が再生する、といったように。また、スペインの 植民地であったベネズエラの場合はもっと複雑になりま す。黒人系の言語的記憶の残存と、上から覆いかぶさっ てきたスペイン語、さらには昔から南米大陸にいたイン ディオの部族語の痕跡など、さまざまなものが混合し再生 していく。つまり、言語が再生・生成へと向かうプロセス は同じではあるけれども、しかし相互に了解可能な言語 ではない。その総体が「クレオール語」と呼ばれるもので す。 クレオール主義 青土社、1991 レヴィ=ストロース 夜と音楽 みすず書房、2011 薄墨色の文法 物質言語の修辞学 岩波書店、1991 映像の歴史哲学 著=多木浩二 編=今福龍太 みすず書房、2013
  11. 11. 34 IUI YEARBOOK 2013/2014 IUI YEARBOOK 2013/2014 35 クレオール、その可能性の中心―群島―世界が秘めるもうひとつの《世界》へ|Ryuta IMAFUKU ねに未来はブラジルの世紀だと言われてきました。しか しいつまで経ってもその世紀は訪れず、それがブラジル 国民のジレンマのようになっている。その幻想の未来だ けを追い求めようとしている姿勢によって、アマゾンの貴 重な森林資源を多く失い、さまざま地域における人々の つながりや絆―イヴァン・イリイチが言うところのコモン ズ―が消えていっています。イリイチは中南米におけ る経験をベースとして、脱―産業社会的な哲学をつくりま した。コモンズとは一種の「共有地」のことであり、それ は建築や都市計画の領域でも援用されていますよね。し かしそれは、空間が断片化され、何らかの権力によって 隅々まで支配・監視・コントロールがされていることの裏 返しでもあります。住んでいる人々が漠然と共有してい たコモンズがまったくなくなってしまっている。しかし広大 なコモンズの領域を持つ地方・場所がメキシコなどの国 にはまだあります。個人の私有地の統合ではない場所が、 家と家のはざまや、家と街路のあいだに残されている。 数年前にベトナムのダナンに訪れた際に、ある村のあぜ 道に寝転がっている人がいました。真夜中にタクシーで そこを通りかかったのですが、運転手はその集落の道が コモンズであることをわかっているので、起きるまで待つ わけです。声をかけることさえしない。それでさえ、コモ ンズの空間への干渉となるからです。それはメキシコで も同じであり、近代的な都市から失われたコモンズがま だ残されている。 日本でも、たとえば奄美大島にはそういったコモンズ 的な空間が残されています。奄美には古くから人々のコ ミュニケーションの素朴な在り方を持つ島唄が残ってお り、唄をかけ合いながら感情のやり取りを行うコモンズ的 な空間があります。たとえばガジュマルの樹の下にある ちょっとした広場で誰かが三味線を弾きはじめると、人々 が自然と集ってくる。感謝や愛情、あるいは性的な冗談 といった、日常では露骨にやり取りされることのない言葉 が唄となり、そこからコミュニケーションが生まれいく。住 人たちはそれを「唄遊び」と呼んでいますが、すごく深 い遊びとなっています。夜遅くまで続き、それがお開きに なる合図も唄によって表わされる。そういった空間はまさ にコモンズと言うべきものでしょう。しかし、やはり若い 人たちはテレビやインターネットなどのマスメディアの普 及によって、そういった場や島唄を切り離していることは たしかです。世代を超えて受け渡されていた伝承やコモ ンズが失われつつある。もし伝承に人格があるとすれば、 伝承は誰かに自分の存在を伝えたいという欲望を持つも のだと言えます。本来であれば自分の子どもや孫に伝え ていくはずの伝承が、しかしいまやそういう機会や場がな い。でもそれがふと誰かに伝わることで、せきを切ったよ うに れだす感情や力には凄まじいものがありました。そ れは僕自身が島唄に魅せられた経験から感じたことでも あり、そうした伝承が秘めるエネルギーを僕は「薄墨色 の文法」と呼んでいます。 これもまたクレオール的な問題の延長線上にあるもの であり、奄美を掘っていくとおそらくブラジルに出る、と いう感覚を僕は持っています。実際に日本の反対側にブ ラジルはありますが、そういう意味ではなく、地図をクレ オール的に配置し直してみるとブラジルと奄美は非常に 近い関係にあるんです。ある種、奄美はクレオール的な 場所、あるいは近代的空間におけるエアポケットのような 場所であり、さまざまなものの統合体としてあります。日 本文化の源流を奄美に探し求めようとする傾向が民俗学 や考古学にはありますが、そういったルーツ幻想は僕に はありません。むしろ、何がどこで生まれたのかまったく ることができないようなクレオール文化的なものは東 アジアの群島域にも多くあります。近代国家はそういっ た島々の上に、暴力的に国家空間を形成し支配しようと してきました。そういった流れによって竹島や尖閣諸島 が今日問題となってくるわけですが、もともとはそれらの 島々はコモンズの領域であったと言えます。それを国家 が線引きして領土化しようし、争われる。これは歴史的に 解決できるような話ではありません。群島のコモンズが つくってきた空間と、近代国家の主権が主張する領土と はそもそも矛盾するものだからです。ありえない話です が、近代の主権国家が海や群島に対する領土権を相互 に放棄し合い、おのずと存在している群島そのものの論 理―海流や火山、島の生態系が持つ共通の利害関係 ―に委ねるということが必要なのだと思います。領土 的に失うとしても、本来やるべきことはそういったものを 尊重することであり、お互いに与え合うという動きを今後 つくっていくべきでしょう。 ―そういったエアポケットのような場所で生まれるアー トや文化などにも、今福さんは永きに渡ってまなざしを 向けてこられてきました。近代的な国家のイデオロギー から抜け落ちる場から生まれるアートや文化を考えてい くことは、これからの都市文化を想像していくための大 きなヒントがあるように思います。 建築を含め、アートが陥っている一番の窮地は、やは り市場経済の原理から逃れられなくなっていることでしょ う。表象もひとつの商品として組み込まれ、いかに経済 的な価値を生み出すのかということだけが問題となって いる。第三世界の芸術にせよ「エキゾティック」という言 説などによって商品化・記号化され、アートの世界のひと つの市場をかたちづくっています。もちろんアートのメイ ンストリームに対して一定の評価やポジションを獲得する ことも大事だという考え方もありますが、『クレオール主 義』や『群島―世界論』といった本で強い関心を持ってい たのは、経済原理から意図的に離脱し、アートを社会的 な現場に投げ出していくような行為でした。僕の友人に モニカ・ナドールというブラジル人の画家がいるのです が、彼女は商品としての価値ある美しく綺麗な作品を描 いているだけでは満足できなくなり、もっと社会に介入し ていきたいと考えるようになりました。そこで彼女は「ピ ントゥーラス・パレージス」という、壁(パレージス)に画(ピ ントゥーラス)を描くというプロジェクトをファヴェーラ(スラ ム)ではじめました。大都市近郊のファヴェーラは、自発 的に形成された共同体ではありません。都市に流入して きたけれど、仕事が見つからかった流れ者のような人々 によって形成されている。人種も言葉遣いも違うため、 コミュニティではあるけれども隣人同士による有機的なつ き合いや共有する文化というものがない。そうなると非 常に殺伐とした生活となってしまうのですが、そういった 場に、何か人間同士のつながりをつくるという取り組み が「ピントゥーラス・パレージス」というプロジェクトです。 まず、さまざまな地方から出てきた人々が持つ何らかの イメージや物語、神話などをリサーチしながら探っていく。 そういったなかで、ある植物や鳥に対して彼らが同じよう な記憶や経験を持っていることがわかってくると、彼女は そのイメージを題材としながらひとつの様式的な画を描 きます。そしてそのステンシル(型板)を住人たちと一緒 につくり、全員でファヴェーラの壁にその画を塗っていく。 それによって非常に美しい空間が生まれると同時に、住 んでいる人間の意識が変わっていく。共通した意識や経 験を彼ら自身がつくっていくことで、つながりを生み出す ことができるんです。現代のブラジル人たちのありとあら ゆる混血の経験を結びつけるようなアートですね。彼女 という考えが大きなテーマとしてあった。ディジェネレー ションは「衰退」と訳してしまうと語弊があるので、いわば 「反―生成」とでも呼ぶべきものです。そしてそれは必ず しもネガティヴなものではありません。昆虫には卵(=次の 世代)を生んだ時点で死んでしまう、ひとつの世代が次の 世代を生成した瞬間に役目を終える種もいますが、人間 は幸か不幸か生物的なひとつのジェネレーションを終えて も、それから何十年も生きる。言い換えれば、その反―生 成の時間を生きていくなかでこそ人間の知恵が形成され てきたとも言えます。人間はつねに生成と反―生成を同時 に生きている。反―生成を組み込んだ生成の思想、ある いはその関係性のなかでつくられる倫理や哲学といった ものがあるはずだと、レヴィ=ストロースは言おうとして いたのではないかと思います。ひとりの人間が生きてい くプロセスのなかで、生成と反―生成がどのように組み立 てられているのか、そこをアクチュアルに見ていくことが とても重要なんです。 コモンズ、そして群島としての 世界とその文化 ―2013年11月に本学で開かれた今福さんの講演会 「海から見た共生の思想:群島的カマアイナ(同胞)を求 めて」で、アーキペラゴ(群島)やコモンズ的場について 語っておられました。それらはクレオール主義の延長線 上にある問題であると言うことができますね。 たとえばブラジルは国土も広く天然資源が豊富で、つ
  12. 12. 36 IUI YEARBOOK 2013/2014 IUI YEARBOOK 2013/2014 37 クレオール、その可能性の中心―群島―世界が秘めるもうひとつの《世界》へ|Ryuta IMAFUKU ロが起こった日付として記憶されていますが、ラテンアメ リカでは忌まわしいクーデターの記憶、革命の終焉の記 憶と強く結びついているものなのです。軍事独裁によっ て多くの人々が虐殺され、多くの人々が亡命を余儀なく された。その後、チリはアメリカによってミルトン・フリー ドマン型の新自由主義経済の実験場とされます。アメリ カの2001年9月11日の事件は、チリの1973年9月11日 から象徴的にはじまる新自由主義的な経済がこれまで継 続されてきたことを単に再確認させるような出来事でし かない。つまり、日本でもアベノミクスという現象が近 年起こっていますが、サッチャーやレーガンによって推進 されていったそのネオリベラリズムという発想が今日の 日本や世界において覇権を握っていくことになるルーツ は、1973年のチリにこそあるんです。ピノチェトによる独 裁政権は一種の傀儡政権であり、その背後にはCIAによ る反共産主義の工作があったことはすでに知られていま す。1971年に社会主義政権がチリに誕生してから、アメ リカは社会主義国家を駆逐するためにさまざまな工作を していました。チリの学生をシカゴ大学へと留学させ「シ カゴ・ボーイズ」というフリードマン主義にべったりと染 まった経済学者の卵を育成し、彼らをチリに送り返して反 革命勢力を生み出してもいます。シカゴ大学のフリードマ ンとアーノルド・ハーバーガーというふたりの経済学者が、 現在の新自由主義経済の基礎をつくったわけですが、そ のふたりはチリで自分たちの経済理論の一種の実験をし たわけです。彼らが育てた教え子たちを送り込み、さまざ まなセクターを民営化させて市場に投げ出すということ をやらせた。それによってすべてが市場原理はさらされ、 労働組合は抑圧されることになり、反対する労働者や農 民、学生たちは投獄・拷問・虐殺されました。金融機関は アメリカの管理下に置かれ、その構造はいまだに続いて います。アメリカや西洋社会がなぜ資本主義的な文明を 謳歌できるのかというと、中南米やアフリカの第三世界 を貧しいままに留めておくような政策を、各国の政府に 介入しながら行っているからです。一部のチリの特権階 級には甘い汁を吸わせるわけですが、庶民からは徹底的 に搾取する。国家権力が庶民を搾取し、さらにより優位 にある国家がその国家から搾取するという二重の搾取が 行われているのです。ある国家の政策決定をコントロー ルし、支配するという構造が明確に見える国、それがチ リなんです。 アンドレ・グンダー・フランクというドイツの経済学者は それは「従属理論」と呼び、こういった支配構造を暴き 出しました。彼の著書《Economic Genocide in Chile (チリにおける経済的虐殺)》[1976]では、チリ・クーデター 前後にはじまる数年間のあいだにどれだけの経済的な 虐殺が行われたのかが書かれています。彼は当時、ア ジェンデによる社会主義政権にもコミットしていました が、クーデターによりチリを追われることになります。彼 はフリードマンの教え子でありながらも、社会における 公平性ではなく経済の効率性だけを追求した新自由主 義経済に疑いを感じていたため、博士号を取るものの フリードマンから「君の未来はここにはない」と通告さ れるという過去を持っています。その後、彼はメキシコ やブラジル、チリなどを転々としながら中南米の農村な どの状況から「従属理論」の考えをより深めていきまし た。彼は貧しい人々がより貧しくさせられる経済の原理を 「Development of Underdevelopment」、 つまり 低開発(underdevelopment)を進展(development)させ ていく政策であると呼んでいます。それが世界経済の隠 されたメカニズムとなっている。そういったことが実際に チリで行われており、それを痛切に批判した『チリにおけ る経済的虐殺』はフリードマンとハーバーガーに宛てられ た公開書簡として書かれたものですが、フリードマンはチ リでの業績によって1976年にノーベル経済学賞を受賞し ているため、当然グンダー・フランクのような落ちこぼれ 学生が言っていることなど意に介さなかった。その後、チ リで成功したとされる新自由主義的政策をありとあらゆ る国が採用していくことで、今日のような世界が形成さ れていくことになります。 今日の資本主義が生み出している問題、そのすべて の光が収斂する場所に1973年9月11日のチリがあると すれば、そこで世界の人類全体が大きな分かれ道を経験 したと言うことができるでしょう。その日、革命の理念が 終焉し、新自由主義の支配がはじまった。だからこそ、い ま中南米にまなざしを向ける必要性があるのです。『クレ オール主義』はある意味で誤解された部分があり、非常 にナイーヴな混血文化の礼賛のように受け取られること もあります。しかし、僕がやりたかったことはそういうもの ではなかったように思います。自分の考えを深化させてい くうちに、気がつけば20年の時間が過ぎていました。ク レオール主義からはじまり、僕自身の考え方の変化も含 めて、今日はお話させていただいたつもりです。すべて の生命体は単独では生きていけません。他者や外部から のエネルギーとの関わり合いのなかで生成と反-生成が 行われ、共生というものがある。僕たちは歴史的にそう やって生きてきたわけですが、それを抑圧するイデオロ ギーはつねに働いている。そういうものを見ずに牧歌的に 「共生社会」を謳うことは欺瞞でしかありません。そこか らいまのこの社会を考えていかなくてはならないと思って います。■ はその取り組みをブラジル全土のさまざまな場所で行っ てきました。経済的な効率性ではない、社会的な構成の 方向へと道を見出していくこともアートのひとつのかたち であり、そういったものに僕は強い関心を持っています。 また、ブラジルでも民族工芸がやはり危機に陥ってい ます。非常に優れた織物や焼き物、革製品などが各地に 数多くあったわけですが、近代資本主義・グローバリゼー ションの再編成によってそれが失われつつある。そういっ た技術を何とか維持させようとする動きとして、オランダ の工芸学校の学生たちに研修というかたちでブラジルに 呼び、工芸品のデザインや技術を学んでもらうというプ ロジェクトがありました。それと同時に、オランダの洗練 されたデザインを逆に工芸品に活かすというコラボレー ションがされています。ある種の資本経済のインパクトも 借りて都市の消費空間のなかに投げ込む、という点では 問題はあるのだけれども、しかしそれによって田舎の職 人たちが持っている技術が完全に消滅されることなく維 持されるのであれば、前向きな試みだと言うことができ るはずです。経済原理のなかで貧しくさせられてしまった 人々を何とか救済していく。そういったアートの動きや可 能性は、一部の人間が富を握る途方もない階級社会であ るブラジルにいると非常によくわかります。アートや学問 が社会に対してどう貢献することができるのか。そのヒン トがブラジルにはあるんです。 「世界」のはじまりへの旅 1973年9月11日、チリ ―いま「クレオール主義」について考えるということ は、同時に現在の世界が孕む問題と切り離すことはでき ない。これまでの今福さんのお話を聞いていると、その ように感じます。そういう意味で、ラテンアメリカは数多 くの問題が顕著に現れている場であり、この地にまなざ しを向けることは世界そのものについて考えることでも あると言えます。 今日におけるこういった問題は、南米のチリに焦点を 当ててみるとよりはっきりとしてきます。実は2013年は 象徴的な年でした。その40年前の1973年9月11日、ピ ノチェトによって、当時社会主義国家であったチリでクー デターが起こされたからです。それによって当時のチリ大 統領のサルバドール・アジェンデを自殺へと追い込み、チ リの革命をわずか2年で潰えさせます。そこからチリは 苦難の独裁政権時代を迎えますが、このクーデターはラ テンアメリカのみならず、世界においても重要な出来事 でした。9月11日という日付は、アメリカでは同時多発テ 左 アリエル・ドルフマン+アルマン・マトゥラー ル《ドナルド・ダックを読む Para Leer Al Pato Donald(1971)》(邦訳『ドナルド・ダッ クを読む』山崎カヲル訳、晶文社、1984) 中 アンドレ・グンダー・フランク《チリの経 済 的 ジ ェノサ イド Economic Genocide in Chile: Monetarist Theory Versus Humanity(1976)》 右 パブロ・ネルーダ《ニクソン殺しの扇動とチ リ革命への賛歌 Incitacion al Nixonicidio y alabanza de la revolucion chilena (1973)》(邦訳『ネルーダ最後の詩集』大島 博訳、新日本出版社、1974) 1973年9月11日のチリを再考する上で重要な3つの書物 Para Leer Al Pato Donald Economic Genocide in Chile: Monetarist Theory Versus Humanity Incitacion al Nixonicidio y alabanza de la revolucion chilena パブロ・ネルーダの著作および『ド ナルド・ダックを読む』といったアメリ カン・イデオロギーを容赦なく批判し た書物の多くがピノチェト軍政下で焚 書処分のリストの筆頭となった。これ らの抵抗の書物の多くは独立系の出 版社から刊行されたものである。当 時、チリの日刊新聞「エル・メルクリ オ」の社主はイギリス系チリ人アウグ スティン・エドワーズなる人物であり、 彼はかつてニクソンが大統領就任前 に弁護士をしていたペプシコーラ社 の副社長でもあった。左翼政権下の チリから亡命後、ペプシコーラの社 屋から「エル・メルクリオ」紙を操作 していくことで、「シカゴ・ボーイズ」 やCIAとともにフリードマン型の新自 由主義経済を浸透させていったとさ れる。 アメリカ、チリ、そしてメディアの 政治・経済的癒着の象徴的な人物で あるアウグスティン・エドワーズは『チ リの経済的ジェノサイド』や『ニクソン 殺しの扇動とチリ革命への賛歌』の なかでも言及されており、1973年9 月11日チリをめぐる諸問題について は「すばる」(集英社)に連載されてい る今福龍太《新・群島世界論 ジェロ ニモたちの方舟「第7回「奪い去られ たダンス」》(2013年8月号)に詳しい。 [編集部]
  13. 13. 38 IUI YEARBOOK 2013/2014 IUI YEARBOOK 2013/2014 39 南米の都市・南米の建築―ラテンアメリカの多様性とポテンシャル|Kazuhiro KOJIMA & Fumihiko NAKAMURA 特 集 南 米 / 参 加 型 社 会 / クレオール 主 義 対談 楠浩一[建築構造研究/IUI准教授]&中村文彦 南米の都市基盤・日本の防災 防災で結ばれるラテンアメリカと日本 進行=藤原徹平 DIALOGUE between KOICHI KUSUNOKI and FUMIHIKO NAKAMURA チリ、ペルーといった南米大陸の太平洋側に位置する国々は、日本と同じように地震や津波の脅威につねにさらされてい る。そこで日本の防災技術はどのように活かされ、また南米から何を学ぶことができるのか?防災によって結ばれる、異 なる国と国、異なる領域と領域とのネットワークの可能性。 チリ地震(2010年)で倒壊した建物

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