Successfully reported this slideshow.
We use your LinkedIn profile and activity data to personalize ads and to show you more relevant ads. You can change your ad preferences anytime.
水運でつながる2つの村
ペピン結構設計 | Pepin Structural Designs
January 2015
古代、関東平野のかなりの部分は海だった。
そして、取手は海に突き出した岬だった。
やがて阿波(徳島)から黒潮に乗ってやってきた人たちが、
総(ふさ・麻)を持ち込み、その地は「総国」と呼ばれるようになった。
かつて岬だった取手を、水運で四国とつな...
◎企画背景
「茨城都民」という言葉があるように、郊外と
しての取手は東京との関係性の中で発展した。
それを結んだのは鉄道だった。江戸時代、その
役割を果たしたのは水運だったかもしれない。
利根川を通ってさまざまな農作物や品物が出荷
され、地元の...
2 つの村の交流
文通をする 農作物を送りあう ホームステイする 一緒にお祭りをする
行き交う船を通じて、かつて存在していた2つの村のつながりを再生することで、
都心と郊外、都会と田舎という関係とは違う、新しい場所のつながりが生まれていく。
スケジュール
まず、最初の村民たちで協力して、船をつくっていきます。
船が完成したら、相手に何を送るか、村民たちで考えていきます。
花見に合うような贈り物をしたり、鯉のぼりを船につけて送ったり、夏には子どもが行き来したり、
夏祭りを一緒にやるの...
水運でつながる2つの村 - あしたの郊外 by ペピン結構設計
水運でつながる2つの村 - あしたの郊外 by ペピン結構設計
Upcoming SlideShare
Loading in …5
×

水運でつながる2つの村 - あしたの郊外 by ペピン結構設計

524 views

Published on

古代、関東平野のかなりの部分は海だった。そして、取手は海に突き出した岬だった。

やがて阿波(徳島)から黒潮に乗ってやってきた人たちが総(ふさ・麻)を持ち込み、その地は「総国」と呼ばれるようになった。

かつて岬だった取手を、水運で四国とつなぐ。阿波国があった吉野川流域が理想的だ。双方に空き家を活用したコミュニティ拠点と集落をつくり、同じ響き(同音異字)の「村」の名をつける。食べ物や文化、人が行き来する。同じ日に同じお祭をする。
彼らは郊外を開拓し直す入植民たちであり、離れてはいるが水路で結ばれた共同体だ。その象徴として、双子のような2艘の船をつくる。

Published in: Art & Photos
  • Be the first to comment

  • Be the first to like this

水運でつながる2つの村 - あしたの郊外 by ペピン結構設計

  1. 1. 水運でつながる2つの村 ペピン結構設計 | Pepin Structural Designs January 2015
  2. 2. 古代、関東平野のかなりの部分は海だった。 そして、取手は海に突き出した岬だった。 やがて阿波(徳島)から黒潮に乗ってやってきた人たちが、 総(ふさ・麻)を持ち込み、その地は「総国」と呼ばれるようになった。 かつて岬だった取手を、水運で四国とつなぐ。阿波国があった吉野 川流域が理想的だ。双方に空き家を活用したコミュニティ拠点と集 落をつくり、同じ響き(同音異字)の「村」の名をつける。食べ物 や文化、人が行き来する。同じ日に同じお祭をする。 彼らは郊外を開拓し直す入植民たちであり、離れてはいるが水路で 結ばれた共同体だ。その象徴として、双子のような2艘の船をつくる。
  3. 3. ◎企画背景 「茨城都民」という言葉があるように、郊外と しての取手は東京との関係性の中で発展した。 それを結んだのは鉄道だった。江戸時代、その 役割を果たしたのは水運だったかもしれない。 利根川を通ってさまざまな農作物や品物が出荷 され、地元の産業や特産品も成長した。 それよりずっと昔のこと、古代の関東平野は水 に覆われていて、霞ヶ浦も手賀沼も印旛沼も利 根川もつながった「香取海」という海だったそ うだ。取手は海に突き出した岬に当たる。 そしていつの頃か、黒潮に乗って北上してき た人たちが上陸したという。彼らは阿波(徳島) で、現在の吉野川流域で麻の栽培をはじめさま ざまな技術を持っていたとされる。彼らの持ち 込んだ総(ふさ・麻)にちなんで、その地は「総国」 と呼ばれるようになったという説がある。阿波 国・上総国・下総国という房総三国のうち、取 手はかつての下総国に位置する。 鉄道が結んだ都市との関係をいったん脇に置い て、再び水運で別の場所と関係性を結びながら、 取手の「あしたの郊外」の姿を考えてみるのは どうだろう。このプランでは古代にまでさかの ぼって、利根川から海を通って徳島県の吉野川 とつなげてみたい。双方の土地で、空き家を活 用したコミュニティ拠点をつくる。延伸した鉄 道の駅のまわりに大きな住宅地がつくられてき た郊外の歴史を横目で見つつ、水の駅のまわり にごく小さな集落(例えば 8 世帯くらい)を 再編成する。 あたかも同じルーツを持っているように、2 つ の村の名前は同じ響きを持っている(阿波と安 房、讃岐と佐貫のように)。同じ伝説や同じ祭 りもある。もちろん違うものもあって、食べ物 や文化、人々が行き来し合う。その交流と結び つきの象徴として、それぞれの地の集落民の手 で双子のようにそっくりな舟を 2 艘つくる。 ◎実施にあたって このプラン単体で集落をゼロからつくるという のではなく、「あしたの郊外」で提案されたさ まざまなプロジェクトが実現される中で、空き 家を活用して住む人や働く人が増えていき、そ れらを集落として編集したい。 つまりこのプランは、(舟やコミュニティ拠点 を除き)建物の改修やまちの整備といったハー ドの提案ではない。人々のまちに対する認識、 お祭や交流イベントといった「できごと」、集 落民としての「ふるまい」などを通して「水運 でつながれた 2 つの村」を立ち上げるという、 まちに対する演劇的な試みである。 徳島で協力してくれる組織や人を見つける必要 がある。吉野川流域から少し南に下るが、この 辺りには「イン神山」で知られる神山町もある。 現時点では具体的なあてはないけれど、消滅が 危惧される集落の数が全国最多とされる四国と 結びついて取手という郊外を見つめ直すことに は、大きな意味があると考えている。
  4. 4. 2 つの村の交流 文通をする 農作物を送りあう ホームステイする 一緒にお祭りをする 行き交う船を通じて、かつて存在していた2つの村のつながりを再生することで、 都心と郊外、都会と田舎という関係とは違う、新しい場所のつながりが生まれていく。
  5. 5. スケジュール まず、最初の村民たちで協力して、船をつくっていきます。 船が完成したら、相手に何を送るか、村民たちで考えていきます。 花見に合うような贈り物をしたり、鯉のぼりを船につけて送ったり、夏には子どもが行き来したり、 夏祭りを一緒にやるのも楽しいかもしれません。僕たちも村民として共に考えていきます。 4 ~ 6 月 徳島側との調整 7 月 村の名前をつける 3 月 企画採択 8 ~ 10 月 船づくりワークショップ 11 月 初船出 12 月 船到着・年越し 1 月~ 船が行き来する 4 月 村の花見 7 月 ホームステイ 8 月 夏祭り 5 月 鯉のぼりが泳ぐ 2015 年 2016 年

×