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司書名鑑 No.9「平賀研也」(『ライブラリー・リソース・ガイド』第13号所収、2015年12月)

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『ライブラリー・リソース・ガイド』第13号に掲載した司書名鑑 No.9「平賀研也」の全文を掲載します。
インタビュアー:ふじたまさえ

本誌:
http://www.fujisan.co.jp/product/1281695255/

Published in: Education
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司書名鑑 No.9「平賀研也」(『ライブラリー・リソース・ガイド』第13号所収、2015年12月)

  1. 1. 134 ライブラリー・リソース・ガイド 2015年 秋号 司書名鑑 No.9 135ライブラリー・リソース・ガイド 2015年 秋号 司書名鑑 No.9 ■イノベーションの本質に気づいた30代 司書じゃないんですけど、登場していいんですか(笑)。おまけに、今は「一度 本から離れよう」なんて図書館の人には言っているので、いいのかなあ。とはい え、僕自身は「本」にはとてもこだわりがあるんですよ、あらかじめ確認しておく と(笑)。それこそ18歳から大学を卒業するくらいまでは、毎日同じ本屋に通っ てすべての本棚をチェックし、週末は神保町の古本屋を隅から隅まで、お店の書 棚全部をまわるというのを日課にしていたくらいです。という本にこだわってき たバックグラウンドがあった上で、今は「あえて」本から離れて考えようと言って いるのですけれどね。 学生時代に学んでいたのは法律で、比較法的な視点で民法を学んでいました。 僕の学生時代は1980年台初頭のポストモダンの時代だったので、「公共とはなん ぞや?」の時代。この問題意識は僕にとって今も重要であり続けています。 卒業する頃は、社会科学のサイエンスコミュニケーターになりたい、出版社に 入りたいと思っていたのですがダメで、輸入代理店の国際法務を担う職につきま した。海外のモノを日本に輸入するための、海外メーカーとの交渉や契約を作成 するのが仕事の中心でした。その頃は、バブル前の日本が世界で一人勝ち状態の 時代だったので、海外から見ると日本のマーケットはとても魅力的で、海外企業 は直接進出し始め、モノや情報の流れが変化しだした。メーカーがあって、輸入 2015年4月から県立長野図書館長を務める平賀研也 さん。これまでの経験をおうかがいするとともに、現 在取り組んでいることについて語っていただきました。 ▶図書館長になるまで 司書名鑑 No.9 平賀研也(県立長野図書館長) 者(卸売者)がいて、小売店があってお客さんがいる、という流れが再編された んです。まったく違ったプレイヤーが現れ、モノをつくり、お客様に届けるまで の情報のつながり方が大きく変化し始めたんですね。それと時を同じくして情報 技術が飛躍的に進化し始め、メーカーもインポーターも小売店もお客様も、誰で もたくさんの情報を扱えるようになり始めました。 そんな社会環境でしたから、僕がいた会社も根本的に経営を変えないといけな くなり、経営改革にも携わるようになったのですが、その頃からモノ、コト、ヒ ト、情報のつながり方を変化させることがイノベーションの本質なんだというこ とをずっと考えてきました。 こうした経験と思いが、実は、いま図書館でやっていることとつながっている と思います。情報とヒトのつながり方を社会の変化に合わせてどう変えていくか ということが、これからのコミュニティの在り方を決めていくと思うのです。情 報と情報、情報と人、人と人のつながり方というのは今の時代のとてもコアな テーマだと思っています。 ■ITの革新とともに変化した「情報」との関わり ちょうど僕が就職した頃、ワードプロセッサが登場して、それまでたくさんい た和文タイピストという職業があっという間になくなったんです。ほぼ同時にパ ソコンが普及し始め、技術の変化によって自分の仕事のやり方が幅も質も変化し ていくということを経験しました。たとえば社内報をつくるという仕事をしてい たこともあったのですが、最初はレイアウト用紙に定規で線を引いて指定して 写植へと分業していたものが、DTPによって全部、自分のパソコンの画面上でば ばっと組めるようになりました。自分で情報を集めて、編集したりデザインして 表現するということはとても楽しくて、もっとやりたい、もっと知りたいと思い ました。情報を編集するこうした経験と、古本屋巡りをして色んな情報の世界の 配置を俯瞰することの楽しさは僕の中ではシームレスにつながっています。 しばらくして、Appleを追い出されたスティーブ・ジョブズが「DTPの次はコ Directory of librarian
  2. 2. 136 ライブラリー・リソース・ガイド 2015年 秋号 司書名鑑 No.9 137ライブラリー・リソース・ガイド 2015年 秋号 司書名鑑 No.9 れから、雑誌の検索をすると記事のサマリーが全部入っていて、どういう仕組み か聞いてみたら、研究者がすべてボランタリーに入力しているんだと言われて驚 いたり。そんなに英語に強くなかった僕でも、そのサマリーで当たりをつけて必 要な情報を探すことができて、すごく助かりました。それから、「インターネッ ト」っていうものでよその大学に調査依頼かけてみろ、と15cmくらいの厚さの URLアドレスの綴りを渡されたり。まさにブラウザが登場する一瞬前、AOLの サービスが始まろうとしていた頃ですね。「図書館といっても、いろいろありな んだ」という当時のそんな驚きも今につながっているかもしれない。 この30年間、日本の図書館がまったく変わらなかったとは思いませんが、今更 ながら、僕らはもっと「知る」ということの今に着目し、いろいろやれることがあ るのではないでしょうか。 ■初めての図書館勤務とその違和感 その後、日本に帰ってきて子どもが産まれました。やがて妻と「子どもを東京 の学校に行かせたくないよね」という話になりました。東京にいると8割近くが 大学に進学するわけで、とにかく受験のための勉強を小さい時から考えているで しょう? そういう勉強はやらせたくなかった。 そんなときにたまたま伊那谷のある先生の教育実践を記録した本、『ひみつの 山の子どもたち̶自然と教育』(童話屋、1997年)という富山和子さんの本を読 んで、暮らしの中で学ぶという学校があることにびっくりしました。時間割もあ りません、チャイムも鳴りません、成績表もありません、一日中外にいます、み たいな。で、歩きながら看板を見て漢字を覚え、歩きながらみんなで詩をつくり、 音楽をつくり、行った先で秘密基地をつくりながら、算数や測量術みたいなこと までやったりだとか、「嘘でしょ?」と驚きつつ、「知る」、「学ぶ」って本当はこ ういう実感のあるものなんだよな、普通の公立の学校でもできるんだ、というの でその先生に会いに初めて伊那谷にでかけました。 来てみたら、本当に気持ちのよいところで、素敵な生き方をしている人たちが Directory of librarian ミュニケーションワークの時代だ」というプレゼンをしたのを見て感激したこと を覚えています。そのジョブズが設立したNeXTを導入して、今は普通にやって いることですが、ネットワーク上でプロセスを共有しながらグループワークを進 めるなんてこともしました。みんなで一緒につくっていくこと、一緒に情報を 扱っていくということは、本当にすごいなと思いました。とても楽く、スピード 感があり、思いもしなかった情報に触れ、予期せぬ付加価値が生まれていくので すから。 「情報をどう扱うか」、人が何かを知り、共有し、編集し、表現して伝えること の大転換、今につながる情報革新のプロセスを僕は仕事の上でリアルタイムで経 験し、一緒に育ってきたと思うのです。 それから30年が経ちました。情報を調べ、知る場である図書館はどうでしょ うか。多くの場合、旧態依然として本を読むところから一歩も出ていないんじゃ ないかといったら言い過ぎですか? だけど、「読む」というのは何も「本」だけ じゃなくて、情報をどう理解して、評価して、編集して、表現するかというもっ と広い話、つまり「知る」ということでもあるはずだよね。そもそも「本」とはなん ぞやということを今、真面目に考えないと。 だから、理論とか理屈ではなく、80年代始めからの自分の経験に照らして 「えっ、図書館ってまだここ? 僕が大学生の時のままじゃん」っていう想いが あります。30年の間にもっとできることがあったんじゃないか? 今からでも 遅くない。 僕は会社から派遣されて2年間、アメリカのイリノイ大学に留学したことがあ るんですが、そのときに向こうの大学図書館を見ておったまげたのね。93年頃 です。僕が知っている日本の大学図書館は相変わらずカードシステムで閉架書庫 式だったのだけれど、アメリカに行ったら全然違っていた。 イリノイ大学は、コンピュータサイエンスで有名で、大学図書館の検索システ ムがすごかった。自分が入力した検索ワードに合わせて画面にベン図が出てくる ようになっていたんです。自分の検索したいことが、A and Bなのか、A or Bな のか Not A or B かみたいなことが画面上でどんどん絞り込める仕組みでした。そ
  3. 3. 138 ライブラリー・リソース・ガイド 2015年 秋号 司書名鑑 No.9 139ライブラリー・リソース・ガイド 2015年 秋号 司書名鑑 No.9 3年後、伊那市で図書館長を公募することに。もともと僕の興味関心の「パブ リックな空間ってなんだろう?」というテーマと、地域が「いま、変わらなきゃい けない」っていうときに一番大事なのは、情報と情報、情報と人、人と人のつな がり方を変えることだという思いが当然ありましたから手を挙げました。地域の 公共空間では、図書館こそそれができる場じゃないかなと思ったわけです。これ こそ僕がやりたい仕事だと、当時は図書館の実態なんて知らなかったから、本気 で思いましたね、「図書館、バッチリじゃん!」。で、図書館に入ったら、おお、 こう来たか!と(笑)。 そこにあったのは、今思えば典型的な「市民の図書館」。児童サービスがメイン で、仕事のほとんどは、お客様との接点である貸出サービスに向いている。それ も大切なんだけど、うーん、っていうね。図書館をとりまく町の人たちも、本当 に今まで献身的に素晴らしい図書館を育ててきたわけだけれど、80年代半ばか らの活動は世代交代もままならず、同じ方法論と言ってもいい。それを享受して いる人たちの思いは変わってしまった。統計情報をとにかく分析しまくってみて、 これは「知の消費」なんじゃないかとも思いました。この消費の先に、地域コミュ ニティにとって有意な何かがつくりだされることが果たしてあるんだろうか?  とすら考えました。 僕が考えていたような、もっとたくさんの人が今の時代ならではの「知る」こと のワクワクするような体験ができる情報の拠点、情報のハブ、情報のチカラを感 じられる場所を目指さずに、本当にこのままでいいんだろうか? と。もっとた くさん、もっといろいろ、もっと便利に、もっと心地よくという個人の満足の追 求しかないのかなぁ、これが「公共」図書館なのかなぁと。図書館長になった最初 の頃は、こういった現実を目の当たりにして、自分の意識とのギャップに戸惑い ました。 Directory of librarian いて、さっき言った教育も特殊な例ではない。この町は基本的にそういう「学び」 や「暮らし」を大切にしているんだなとわかる。一方で、うまく活かされていない ハコモノや仕組みとかも見えてきて、これ、ミスマッチだよね、企業と同じ悩み だな「これ、つなぎ直したらすごいよなあ」と思いましたね。 それで、伊那に引っ越し、2年間は子どもと一緒に遊んで暮らしていたんです が、たまたま、政府系の公共政策シンクタンクの雑誌編集のリクルーティングが ネットに出ていて、「これからの公共のあり方を軸にした特集主義でやりたい」と 手を挙げたら、じゃぁ、来てくれってことになって。それで、一年の半分は単身 で東京に住み、月刊研究広報誌の刷新と企画編集をやりました。これもすごく勉 強になりましたね。バックグラウンドのない世界の情報をどうやって探し、見極 め、企画化するかという無謀なチャレンジ(笑)。冷や汗ものでしたが、デジタル のおかげで情報のありかに当たりをつけながら進められました。 伊那市創造館内の"昭和の図書館"(旧・上伊那図書館) 撮影=平賀研也
  4. 4. 140 ライブラリー・リソース・ガイド 2015年 秋号 司書名鑑 No.9 141ライブラリー・リソース・ガイド 2015年 秋号 司書名鑑 No.9 ▶伊那市立図書館長から県立長野図書館長へ ■これからの図書館をめざして試行錯誤 それでも、潜在的な必要や意味や楽しさなんて試してみなけりゃわからない、 というわけでいろいろ始めました。古い図書館の明治以来の資料を再編してそれ を見て触れられる空間を整備したり、図書館を使い倒す講座なんていって情報リ テラシー向上を支援しようとしたり、本と図書館地域通貨を媒体に町と人をつな げてみたり、座学はやめて表現することをメインにしたワークショップに転換し たり……。中でも、急速に失われていっている明治以降の地域の写真や日記や書 籍や資料をなんとか救うためにデジタルアーカイブをつくりたい、という思いが 募りました。 地域の「知の共有地」、デジタルコモンズをつくろうといろんな方と話しました。 世界の入り口としての郷土の資料を保存提供するというのは地域図書館の本質で すよね。その情報を自由に二次利用できるようにし、共に知り、共に創る体験や 場を埋め込み、創造した成果を蓄積、発信してみんなと共有する。そんな地域の 知の循環をつくれたらいい、と。 しかし、アーカイブをつくって蓄積し、検索できますということだけでは、情 報の活用にはならないし、共に知り、共に創るとか知る楽しさというのはないよ なぁ、と考えていたのが2010年の始め頃です。iPadの登場で電子書籍元年なん て言われた年で、自分でもiPadを買い、子どもからお年を召した方までいろん な人に触ってもらいました。タブレットというだけなのに「情報との距離感が今 までと違うぞ」とPCに初めて触れた時よりも何かが変わる可能性を感じました。 その夏に小布施の花井さんがまちとしょテラソ開館1周年記念アーカイブシン ポジウムをやるからおいでよと誘ってくれました。そこで当時NIIの高野研にい た中村佳史さんやATR Creativeの高橋徹さんにお会いしていろいろ話し、アプリ の「ちずぶらり」を持って小布施を歩いたりしてみて、アーカイブを活用すること は可能だ、「知る」ことをみんなで楽しめるかもしれないと期待が持てたんです。 その後「高遠ぶらり」プロジェクトを立ち上げ、図書館と市民の取り組みとして 展開を始めたら、博物館はもちろん学校や観光や防災や郷土研究や他の地域や、 まぁ実にいろいろな方とつながり、一緒に地域の情報資源を集め、編集し表現す る関係が広がりました。そこで図書館の本も使われ、「本の貝塚」から生き返る可 能性が見えてきました。 地域の自然と暮らしから知ることを楽しむ「伊那谷の屋根のない博物館の屋根 のある広場へ」を目指したそんな取り組みが「地域資源の創生」をし、「新しい知る プロセス」を提示する先進的な取り組みとして意味づけられ、Library of the Year 2013をいただきました。試行錯誤しながら、こういうことは図書館からすれば 異端と思われているのだろうなと思っていましたから、「ああ、これもありと言っ てもらえた」と嬉しかったし、これをきっかけに、地域の人たちが、「お前たちの 言ってたこと、やってたことがわかったよ。要は江戸時代からこの地域が大事に してきた実践的な学び、暮らしに学ぶことを今なりに蘇らせたいんだな」と言っ てくれたことが何よりも嬉しかったです。 僕が80年代から90年代にかけてビジネスの世界で情報を探索して自分なりに 編集するワクワクした世界はこの地域でも一緒じゃないか、「知る」ことをみんな もっと楽しめるんだな、と思えたわけです。とはいえ、もっとたくさんの人に、 共に知り、共に創造する機会やリテラシーを届け、日常の暮らしの中に埋め込み、 いきいきとした創造的なコミュニティをつくっていけないだろうか、ということ は課題です。そのために図書館は一体どうあればいいのか。 ■ポスト『市民の図書館』のビジョンを 本や読書だけでなく、デジタルな情報や体験も含めた「知る」を図書館が提供す ることについては、先進的であると評価をいただく一方で、現実の図書館運営に あたっては「なぜそれを図書館がやる必要があるのか」という、これまでの図書館 像に立った問いに直面することにもなります。そのことについて、地域の人々の 理解が得られなければ意味がないし、社会教育や地域政策の中に位置付けられな ければ、資金も人材も得られない。
  5. 5. 142 ライブラリー・リソース・ガイド 2015年 秋号 司書名鑑 No.9 143ライブラリー・リソース・ガイド 2015年 秋号 司書名鑑 No.9 単館で、図書館だけで、独り取り組むことの限界を感じていた時に、これまで の取り組みのおかげか、「県立図書館を改革してみないか」というお誘いを受けま した。本当は地域の人たちと図書館の本のあいだや野山を駆けずり回っているこ とが一番楽しいのですけれど(笑)、きっと同じように限界を感じながらチャレン ジしている図書館の人や町の人がいるに違いない、だったらその人たちの背を押 せるかもしれないと思い、やらせていただくことにしました。 これからは、それぞれのコミュニティに根ざした、今よりももっと多様な、そ れぞれユニークな図書館を目指していくべきだと思いますが、同時に、図書館と は、本とはそもそもなんだったか、ということを今こそ考え、共通のイメージを 持ちたい、と思います。今、図書館はまちづくりだと言う人もいるし、デジタル 情報だと言う人もいるし、課題解決だと言う人もいる。そのどれもそうだよね、 と思います。人が集い賑わいのある心地よい図書館もいい、困った時に助けてく れる図書館もいい、が、それは今の時代にあって、そもそも何のためなんだろう。 そのビジョンを言葉や行いとして共有したいと思うのです。 僕は「知る」を図書館の真ん中に置きたいなと思うのですが、どうでしょう?  しかも、そのコミュニティが蓄積してきた知を入り口として、コミュニティの価 値観というか物語を今一度獲得、共有できるような、実感を持って知ることがで きる場や活動としての図書館。地理的なコミュニティなら郷土の風土や暮らしの 蓄積、目的で結ばれたコミュニティなら人の思いの蓄積を読み解き共有し、さら に創造していくことがあってほしい。 僕が図書館の中で一番好きなのは閉架書庫です。そこにはそれぞれの地域が 150年の近代の間に蓄積してきた物語がたくさんある。一冊一冊の本ではなく、 たくさんの本の背表紙を見つめていると、そこに地域コミュニティのコンテクス トが浮かび上がる。それは、地域の人たちが意識し、共有した価値観です。一冊 一冊の本は確かにモノなんですが、図書館は本という媒体に化体した情報の塊で、 その純粋な情報、知を公開することを使命としてきた。だから、僕は図書館こそ が「知る」ことのハブ、入口になって様々な地域の情報を提供するにふさわしい機 能だと信じています。 また、そうした情報の中に物語を読み解く情報リテラシーを、もっと多くの人 が人生のいろいろな段階で獲得するお手伝いができるのも図書館ではないでしょ うか。 僕らの世代までは、ワクワクするような知の獲得の仕方や、知ったことに付加 価値をつけて次の人に手渡すような情報の扱い方は、図書館でも学校でも習って いないと思います。この20年ほど、そうした学びを学校で取り組もうとしてい るけれど、みんなの共通認識にはなっていない。図書館の可能性はそこにもある。 図書館は知るための技能としての「読書」を広めてきた。でも、知識、情報を基 盤とする社会になろうとしている時に、そこでの本当の意味での市民社会をイ メージした時に、「読み書き算盤」だけでは足りない。「読み書き算盤、情報(リテ ラシー)」だと思うんです。その部分を学校とも一緒に、地域の多様な人々とも一 緒になってやりたい。 そういう意味で、今こそ「ポスト『市民の図書館』」が掲げられないといけないと 思います。ポストっていうのは、否定ではなくて「脱・市民の図書館」という意味 です。30代、40代のみなさんが、未来の人のことを考えながら「これからの図書 館」を言葉として表現してほしい。30代の前川恒雄さんたちが掲げた『市民の図 書館』の言葉はほぼ50年間も生きてきた。そんな射程の長い新しい言葉と行いが カタチになるまでの中継ぎリリーフが僕の役割ですね。 僕が10代の終わりから20代にかけての数年の間に、町の本屋さんや神保町の 古本屋街の書棚を眺めてワクワクしながら自分なりに世界を再発見していったみ たいな楽しさを、図書館でもっともっとたくさんの人が獲得し、地域共同体の物 語をつないでいってもらえるようになったらいいな、と思います。 (インタビュー:ふじたまさえ) 県立長野図書館館長。1959年仙台生まれ東京育ち。法務・経営企画マネージャーとして企業に勤務。その 間、米国イリノイ州に暮らし、経営学を学ぶ。2002年長野県伊那市に移住。公共政策シンクタンクの研究 広報誌編集主幹、2007年4月より伊那市立伊那図書館長を経て、現職。実感のある知の獲得と世界の再発見、 情報リテラシー向上に添える地域情報のハブとしての図書館を目指す。 平賀研也(ひらが・けんや)

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