木下大樹，大塲洋介，富張瑠斗，山中祥太，宮下芳明．ポインティング手法の評価実験における速さと正確さへのバイアスが評価結果に与える影響，研究報告ヒューマンコンピュータインタラクション（HCI），Vol.2022-HCI-199，Issue.37，pp.1-8，2022． 多くのポインティング手法の評価実験ではできるだけ速く正確にタスクを行うように指示される．速さと正確さはトレードオフの関係にあるため，それぞれにどれだけの重みを置くかは参加者にゆだねられてしまう．例えば，エラーしにくいポインティング手法を提案して評価実験をする場合，正確さに重きを置く参加者が多いと，従来手法との差が出ない可能性がある．本稿では，速さと正確さに対するバイアスがポインティング手法の評価結果へ与える影響を調査した．ニュートラル，速さ重視，正確さ重視の 3 種類のバイアスでポインティングタスクを行う実験を，十字カーソルとバブルカーソルの 2 種類のカーソルで実施した．結果，バイアスとカーソルの間に交互作用がみられ，バイアスが正確さ重視になることでカーソル間のエラー率の差が小さくなることがわかった．このことから，速さと正確さに対するバイアスが評価結果に影響を与える可能性が示唆された．一方で，正確さ重視においてもバブルカーソルの方が十字カーソルよりも有意にエラー率が低く，バブルカーソルはバイアスによらず有効な手法であると示された．ポインティング手法の評価実験において，複数のバイアスを条件に含めてタスクを行うことで，多彩な状況（たとえば，ユーザが確実にエラーをせずにボタンを選択したい状況）を考慮した評価が行えると考えられる． https://research.miyashita.com/papers/D253

1. ポインティング手法の評価実験における
速さと正確さへのバイアスが評価結果に与える影響
木下大樹1，大塲洋介1，富張瑠斗1，山中祥太2，宮下芳明1
1明治大学，2ヤフー株式会社

2. 背景
ポインティング：ターゲットを選択すること
2
ボタン，アイコン等
多くのポインティング手法の評価実験：「できるだけ速く正確に」タスクを行うように指示
「速くミスなく選択したい」という想定で速さや正確さにバイアスをかけないようにしている

3. 背景
「できるだけ速く正確に」という教示の解釈は，人それぞれであいまいである
バイアスがポインティング手法の評価結果へ影響を与えうる
例）エラーをしにくい手法を提案しても，実験参加者が正確さ寄りだった場合
エラー率に従来手法との有意な差が出ない可能性がある
3
0
1
2
3
4
5
エラー率
速さ寄りの参加者
従来手法 提案手法
0
1
2
3
4
5
エラー率
正確さ寄りの参加者
従来手法 提案手法
***

4. 背景
速さと正確さのバランスをとることだけが現実的な状況ではない
どのくらいミスを嫌うかは状況に依存：ミスクリック時のリカバリー操作に時間がかかるなら慎重さが増す
例）「保存する」「保存しない」の選択をミスすると未保存の操作をやり直す必要があるため慎重になる
4

5. 目的
5
速さと正確さへのバイアスを実験条件に加えることによる影響
1. ポインティング手法の比較時に，バイアスが評価結果に影響を与える可能性
2. バイアスにより，ユーザが慎重に操作するときや急いで操作するときを
考慮した手法の評価ができる可能性
ポインティング手法の評価実験における
速さと正確さへのバイアスが評価結果に与える影響を明らかにする

6. 関連研究：フィッツの法則
距離が𝐴だけ離れた幅𝑊のターゲットをポインティングするのにかかる操作時間𝑀𝑇を予測
※𝑎, 𝑏は実験により得られる定数
6
𝑀𝑇 = 𝑎 + 𝑏 log2
𝐴
𝑊
+ 1
𝑊
𝐴

7. 関連研究：速さと正確さのバイアス
3種類のバイアスが操作時間，エラー率，スループットへ与える影響を調査
操作時間，エラー率はバイアスによって変化
スループットはバイアスによらず一定
本研究では，ポインティング手法間の比較におけるバイアスの影響を調査
7
1. MacKenzie, I. S. and Isokoski, P.: Fitts’ throughput and the speed-accuracy tradeoff, Proceedings of the SIGCHI Conference on Human Factors in Computing Systems, pp. 1633–1636 (2008).
※スループット：そのデバイスや手法でポインティングがどの程度早く完了できるかを示す値
3種類のバイアス（ニュートラル，速さ重視，正確さ重視）における操作時間，エラー率，スループットの比較[1]

8. 関連研究：バブルカーソル
選択領域（緑色の円）が最も近くの選択可能なオブジェクトを常に含むように変形するカーソル
従来のカーソルよりエラーが少なく，ターゲットを高速に選択可能とされるポインティング手法
8
周囲のオブジェクトを考慮した変形
円半径による単純な変形

9. 実験
タスク
円周状に配置された円形ターゲットを順に選択（1セット=23試行）
デザイン
ターゲット間距離𝐴： 400，770 pixels
ターゲット幅𝑊： 8，24，70 pixels
有効ターゲット幅𝐸𝑊： 1.33，2，3（𝑊に対する倍率）
カーソル： 十字カーソル，バブルカーソル
バイアス： ニュートラル，速さ重視，正確さ重視
9
EW

10. 実験
参加者へのバイアスの指示
10
• ニュートラル
できるだけ速く正確にタスクを行うように指示
• 速さ重視
エラーを気にせずできるだけ速くタスクを行うように指示
※ターゲットを狙わずクリックすることのないように指示
• 正確さ重視
時間を気にせずできるだけ正確にタスクを行うように指示
※必要以上の時間をかけないように指示

11. 実際の実験画面
11

12. 結果：エラー率
12
各条件に主効果あり
バブルカーソルは十字カーソルよりエラー率が低い
正確さ重視，ニュートラル，速さ重視の順にエラー率が低い
EW

13. 結果：操作時間
各条件に主効果あり
バブルカーソルは十字カーソルより操作時間が短い
速さ重視，ニュートラル，正確さ重視の順に操作時間が短い
13
EW

14. 結果：フィッツの法則への適合
各カーソルについて，バイアスごとに適合度を分析
いずれの場合でも高い適合度であった（𝑅2 > 0.90）
14
十字カーソル バブルカーソル

15. バイアスとカーソルの交互作用
エラー率と操作時間の両方でバイアス－カーソル間に交互作用が見られた
バイアスが正確さ重視になることでエラー率の差が減少，操作時間の差が増加
いずれのバイアスでもカーソル間ではエラー率と操作時間に有意差があった
15

16. 議論
バイアスによって従来手法との比較結果に差が出ない可能性がある
バイアスが正確さ重視になることでカーソル間のエラー率の差が減少したが
正確さ重視においてもカーソル間のエラー率には有意差があった
➡ バイアスによってバブルカーソルの評価結果を覆す可能性があったが否定され，
常に有効だと示した
16
バイアスを実験条件に加えることで
バブルカーソルが多くの状況で有効であると示された

17. 制約
実験の結果，バブルカーソルはバイアスによって評価が変化しなかった
一方で，バイアスが正確さ重視になることでカーソル間のエラー率の差が減少したため
バイアスによって評価が変化する可能性は示唆された
17
他のポインティング手法で評価が変化した場合
バイアスを実験条件に加える重要性をさらに示せる
0
5
10
15
20
速さ重視 ニュートラル 正確さ重視
従来手法 提案手法

18. 制約
実験説明によるバイアスを実環境でのバイアスと同等に扱っている
• 実環境でのバイアスと実際に対応しているわけではない
• 実際のバイアスは3段階ではない（連続値であると考えられる）
18
実験の結果が実環境に対応するとは限らない
最も速い 最も慎重

19. まとめ
目的
速さと正確さに対するバイアスがポインティング手法の評価結果へ与える影響を調査
実験
ニュートラル（できるだけ速く正確に），速さ重視，正確さ重視の 3 種類のバイアスを用いてタスクを実施
十字カーソルとバブルカーソルのポインティング性能を比較
議論
バイアスによって従来手法との比較結果に差が出ない可能性があると考えられる
正確さ重視においてもカーソル間のエラー率には有意差があった
バイアスによってバブルカーソルの評価結果を覆す可能性があったが否定され，常に有効だと示した
結論
実験条件にバイアスを加えることで多彩な状況（例：ユーザが慎重な状況）を考慮した評価ができる
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