『人を魅力し、人を動かす「ことば」 をどう書くか』(井庭 崇)

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慶應義塾大学SFC 井庭研 2012年度春学期 研究発表会 基調講演(2012年7月28日)

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  • '小説の存在理由は、 「言葉だけで簡単に片付けられない」ことを、「言葉を尽くして」表現するという矛盾にあり、その矛盾に対する苦悩の痕跡にある。'
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『人を魅力し、人を動かす「ことば」 をどう書くか』(井庭 崇)

  1. 1. 人を魅力し、人を動かす「ことば」 をどう書くか 井庭 崇(Takashi Iba) 慶應義塾大学 総合政策学部 准教授 iba@sfc.keio.ac.jp takashiiba 2012年7月28日 井庭研 2012年度春学期 研究発表会 基調講演
  2. 2. 人を魅力し、人を動かす「ことば」
  3. 3. パターン・ランゲージを書くことは、広告のコピーライティングに似ている!
  4. 4. 人を魅力し、人を動かす「ことば」
  5. 5. ふだん見ている世界とは違う世界を 「ことば」によって表現する。
  6. 6. 文章のクオリティ
  7. 7. 小説家とコピーライターから学ぶ。
  8. 8. 皆さんのほとんどは大学生になった段階では、文章を書く力を深く、致命的に損なわれています。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  9. 9. 予備校や塾では「小論文の書き方」は教えます。でも、これは僕の考えている「文章の書き方」ではない。…受験技術として文章を書くときは「どう書けば入試問題の採点者が喜ぶか」ということが最優先する。 どういう書き方をすると「いい点数がとれるか」だけが問題です。… どうせこんなことを書いておけば採点者は喜ぶんだろうという「採点者を見下したような視線」… 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  10. 10. 出題者の頭のなかにある模範解答を予想して、それに合わせて答えを書けばいいというシニックな態度は、受験勉強を通じて幼い頃から皆さんのなかに刷り込まれている。ずっとそういう訓練を積んできたせいで、皆さんのほとんどは 大学生になった段階では、文章を書く力を深く、致命的に損なわれています。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  11. 11. どういうふうに書いたら、この先生はいい点数をくれるか、それだけ考えて書いている。…君たちが閉じ込められている檻 というのは「 評価の檻」なんです。何を書くかよりも、それに何点がつくか、ということが優先的に配慮される。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  12. 12. そこには何かが決定的に欠けていると思うんです。そこには読み手に対する敬意がない。恐怖はあるかもしれない。教師は査定者ですからね。ご機嫌を損じたら、単位がもらえず、卒業できないかもしれない。でも、恐怖と敬意は違います。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  13. 13. 数十年にわたり賢愚とりまぜ腐るほどさまざまな文章を読み、また自分も大量の文章を書いてきた結果、僕は 「書く」ということの本質は「読み手に対する敬意」に帰着するという結論に達しました。それは実践的に言うと、「情理を尽くして語る」ということになります。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  14. 14. 情理を尽くして語る。僕はこの「情理を尽くして」という態度が 読み手に対する敬意 の表現であり、同時に、 言語における創造性の実質だと思うんです。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  15. 15. 創造というのは、「何か突拍子もなく新しいこと」を言葉で表現するということではありません。そんなふうに勘違いしている人がいるかもしれませんけれど、違います。言語における創造性は読み手に対する懇請の強度の関数です。どれくらい強く読み手に言葉が届くことを願っているか。その願いの強さが、言語表現における創造を駆動している。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  16. 16. 敬意 は「お願いです。私の言いたいことをわかってください」という構えによって示されます。それは「お願いです。私を通してください」という懇請とはまったく種類の違うものです。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  17. 17. 敬意というのは「読み手との間に遠い距離がある」という感覚 から生まれます。…そういう「遠い」という感覚があると、 自分の「ふだんの言葉づかい」から一歩外に踏み出すことになります。自分がふだん使わない言葉づかいで語るようになる。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  18. 18. 読み手に対する愛読者にできるだけ気分よく、すらすらと読んでほしいという思いの深さが「説明」に例外的な色彩と豊かさを与える。うまく書くのも、正確に書くのも、論理的に書くのも、きちんと挙証するのも、適切な比喩を交えるのも、ときどき「コーヒーブレイク」できるような休憩をはさむのも、読者に気分よく読んでほしいからです。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  19. 19. でも、「気分よく読めるように書く」「すらすら読めるように書く」というのは、「読者に迎合する」ということじゃないですよ。そこを間違えないでくださいね。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  20. 20. 言葉にも 「命のある言葉」と「命のない言葉」があるから。書き手や読み手の「生きる知恵と力」を高める言葉があり、生きる力を損なう言葉がある。本当にそうなんです。 その違いを感知して、生命力が感じられる言葉だけを選択的にたどってゆく能力は、皆さんがこれからの時代を生き延びるためには必須のものだと僕は思います。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  21. 21. 探してでも見たくなるもの教えたくなるものを広告はもっていなければいけない。高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  22. 22. 人になにかを伝え、なにかを残す。そしてそれだけをひたすら追求すると、「探してでも見たい」「教えたくなる」コンテンツとしての魅力が生まれる。人生をきちんと削って、なにをどう言うかに真剣に向き合って嘘をひとつも許さずにつくったものには、それだけの魅力が生まれる。高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  23. 23. 表現の使命はひとつ その表現と出会う前と後で その表現と出会った人のなにかを 1ミリでも変えること 未知の場所にある ココロという正体のよくわからないものに ふれるために、 僕たちはそのために、 人生を削っていくのです。高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  24. 24. いい文章ほど書くのは簡単ではありません 。難儀なことに、書くこと以上に難しいことがありまして、それは 読んでもらうことです。鈴木 康之, 『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』, 日経ビジネス人文庫, 2008
  25. 25. 書いたものは最後まで読んでもらえるように工夫して書かなければなりません。その工夫が難しい。けれども、 そこが文章を書くことのポイントです。鈴木 康之, 『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』, 日経ビジネス人文庫, 2008
  26. 26. 文章は書くものではない 読んでもらうものである鈴木 康之, 『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』, 日経ビジネス人文庫, 2008
  27. 27. 文章はまず第一に、読む人のためのもの。そして読んでもらって、目的を果たしてはじめてやっとあなたのためのものになるのです。その順番がだいじです。 鈴木 康之, 『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』, 日経ビジネス人文庫, 2008
  28. 28. 小説の存在理由は、 「言葉だけで簡単に片付けられない」ことを、「言葉を尽くして」表現するという矛盾にあり、その矛盾に対する苦悩の痕跡にある。読み手も、「読んでも、もやもやするだけのもの」「感動をどう表現すれば良いかわからないもの」を求めてつぎつぎと本を手にするのである。 森 博嗣, 『小説家という職業』, 集英社新書, 2010
  29. 29. 人は、同じものを見ても同じようには捉えない。同じ文章を読んでも同じことを認識するわけではない。文章を書く場合には、読み手にどう捉えられるのか、書きながらそれを考えることになる。相手にどう伝わるのかを考えずに書くことは、ほとんど意味がない行為である。自分に対する目もでさえも、将来の自分がどうそれを読むかを想像する。その想像をしないで書いているとしたら、それは「文字を書いている」だけで、「文章を書いている」のではない。…世にある悪筆・悪文というのは、ようするに想像力の欠如から生まれるものだ。 森 博嗣, 『小説家という職業』, 集英社新書, 2010
  30. 30. 読んでもらう文章を書くことは、読む人の気持ちとのゲームです。巧みに書かれた文章は「え、なんだって」「なるほどね」という反応を読み手の中に引き出します。このことは文章を書くときの自己チェックになります。読み手の顔つきを想像して、どう反応するか、これでいいかどうか、用心深くよーくチェックしながら書き進めてください。そういう反応が引き出せないと、読み手は文章から離れます。ましてやその反対の反応が生まれたら、義理でも読んでくれないどころか、…ゲームオーバーです。鈴木 康之, 『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』, 日経ビジネス人文庫, 2008
  31. 31. 読んでもらえる文章の技術私のコピー論の基本は「書くのではなく、読んでもらう」です。「二行目を読みたくなるように書くことだよ」「二行目は三行目を読みたくなるように書けばいいのさ」「三行目は四行目を読みたくなるように書けばいいのさ」「それがなかなかそのとおりには書けないから難しいんだ」鈴木 康之, 『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』, 日経ビジネス人文庫, 2008
  32. 32. 難しいからこそ、うっかり書き進まないように、読む人がこの文章で次の文を読みたくなるだろうかと、一行ずつ自己チェックをしていくことが大事な作業になるのさ」「一人で文章を書くということは、一人でそういうチェックをして仕上げるということです。鈴木 康之, 『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』, 日経ビジネス人文庫, 2008
  33. 33. 「表現」の仕事は人によって差が出てきます。気持ちというか心というか、書き手の人となりによって文章の出来が違ってきます。…読み手からすると、読んで情報が入って具体的なトクをするだけでなく、読んだことそれ自体が面白かったという気持ちに上での満足感 を覚えます。生きた文章として読む人の心に響くかどうか。それが表現です。鈴木 康之, 『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』, 日経ビジネス人文庫, 2008
  34. 34. 私は 「書いたものを提出するな。何度も何度も書き直したものを提出しなさい」と言います。「文章を書くということは、書き直すことなのだから」と。鈴木 康之, 『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』, 日経ビジネス人文庫, 2008
  35. 35. つくり手が「客観的」であることは、人に伝わるものをつくるうえで重要です。客観をきちんともつことができたら、表現をどうつくるべきか、それがどうすればより面白くなるかを考える力をもつことができます。つくり手の都合をきちんと嗅ぎ分け、消し去ることができます。観客のココロにどういう作用が起きているか考えることができ、どうすれば人が泣くか、どうすれば人が笑うか、を考えることができます。高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  36. 36. そのために、左脳で考える癖をもちましょう。ロジカルに物事を徹底的に追いつめていくのです。笑いを笑いながらつくらない。泣けるものを泣きながらつくらない。冷静に相手の感情を想像しながら計算をしていくのです。そしてその表現が感覚的に「きてる」ものになっているかどうかは、右脳に判断させるのです。脳にしっかりこの左右の役割を与えることを心がけましょう。高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  37. 37. ロジカルをつきつめた結果、誰も考えなかったものにたどりつく、そして感覚的にも面白い。それが理想の表現です。右脳から入った場合も、左脳的な検証をしましょう。右脳と左脳には常に別な仕事をさせて、感覚と客観を往ったり来たりさせながら強い表現の獲得をめざすのです。高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  38. 38. いきなり客観的にすべてを俯瞰して表現をつくりだせる人は、そうはいないと思います。そんなときに自分の感覚を上手に使って客観的な思考を手に入れましょう。その感覚は「 違和感」です。僕は映像の編集のときに、よくこの違和感を最大限に活用します。つながった映像を何度も繰り返して見る。トップカットから順に、違和感があるところをあぶり出していく。そして同時にその理由を考える。どうしたら治るかを頭のなかでシュミレーションしながら、またひたすら繰り返してみるのです。…高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  39. 39. 自分の感じた違和感の正体 を考える。 そこに次のステップでやるべきことの答えが埋まっている。…この思考は終わりがないものに感じるかもしれませんが、不思議とある段階で、今までであったすべての違和感を一気に解決するアイデアが突然現れるのです。「これで大丈夫だ」というものに必ずたどり着くのです。安心して悩みまくりましょう。高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  40. 40. そんなことをぐるぐる考えながら、最終的に違和感がひとつもない状態 をつくり出します。高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  41. 41. 本質をつかむ努力
  42. 42. 実は、「 説明する力 」って、すごくたいせつなんです。一流の作家は例外なしに説明がうまい。橋本治さんは説明がうまい。三島由紀夫もうまい。村上春樹もうまい。… 説明がうまい人って、友達の中にもいるでしょう。ものごとの本質をおおづかみにとらえて、核心的なところをつかみだして、それを適切な言葉でぴしりと言い当てることができる。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  43. 43. どうしてそういうことができるのか。技術的な言い方をすると、焦点距離の調整が自在 だからなんです。…説明のうまい作家に共通するのは、遠くから、巨視的・一望俯瞰的に見たかと思うと、一気に微視的に、顕微鏡的な距離にまでカメラ・アイが接近する、この焦点距離の行き来の自在さです。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  44. 44. 目指すべきクオリティを高く
  45. 45. 僕にも経験的にわかるのは、ことばを紡いでゆくときに、語句は必ずしもクロノロジックに現在から未来へ向かって配列されるわけではない、ということです。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  46. 46. つまり、僕たちが文を書いているときに、「今書いている文字」が「これから書かれる文字」を導き出すというよりはむしろ、「これから書かれるはずの文字」が「今書かれている文字」を呼び起こしている。いわば 弓で遠くの的を射るようなしかたで言葉は連なっている。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  47. 47. このような目的指向的にものごとが生起することを「ストカスティック(stochastic)なプロセス」と呼びます。…「ストカスティックな的」は指向的な未来にあります。それはまだ実現していない。「的」として意識もされてもいない。そこに「矢」が的中したことによって、事後的に「そこに的があった」ことがわかるようなしかたで「的」は存在 している。 内田 樹, 『街場の文体論』, ミシマ社, 2012
  48. 48. 文の「質感」に敏感になる
  49. 49. 物には質感、文にも質感ウールの繊維のふっくら感、ウールカーペットの温かさ、ウール製品のある暮らしの豊かさ、幸福感などなどを表現しなければ、本当のところが伝わらないからです。 私が書いた短い文章のほうは、意味は満たしていても、質感が伝わらない。文章の感触が快適ではありませんから、きっと途中で「ああ、もう分かったよ」と読むことを止められるかもしれません。鈴木 康之, 『名作コピーに学ぶ読ませる文章の書き方』, 日経ビジネス人文庫, 2008
  50. 50. 自分たちは一体 何をしているのか? 単に何かの説明文を書いているのではない。
  51. 51. クライアントがこう言うから。このぐらいのレ ベルでつくったほうがみんなに伝わるから。そういうもののつくり方や姿勢が、実は広告という表現そのものをやせさせてしまうのです。つくり手自身が100%信じていないもので、世の中を動かすことになんの意味があるのでしょうか。高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  52. 52. 最近、優れた才能をもつ人と打ち合わせをすると、皆同じことをまず気にするということに気がつきました。その広告はなぜ必要なのか? そのことを何度も何度も問いかけているのです。…高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  53. 53. もちろん広告は商品を売るためにあるし、それが絶対の条件ですが、一方で町のビルと同じで社会の風景をつくるひとつの要素でもある 。その風景の一部が下品であったり、乱暴であったり、自己中心的であったりすると景色は乱れてしまう。乱れた景色のなかにいると人は荒廃する。そういう責任が広告にはある。高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  54. 54. 逆に言うと 今の世の中を少し明るくしたり、楽しくしたり、もできる。そういう力をもったものを自分たちはつくっている。だから今つくるものが世の中にとってどういう意味をもつのか、をちゃんと考えて理解し、そしてそれをつくりたいと強く思う起点にしたい。そんなふうに皆考えていました。高崎 卓馬, 『表現の技術:グッとくる映像にはルールがある』, dentsu, 2012
  55. 55. 「書く」力を本当につけたいなら
  56. 56. 小説家といえば自由業の代表選手のように思われ、いかにも勝手気儘な生活をしている印象はあろうが、はたで考えるほど甘い仕事ではない。…実は何も好きこのんで、いまだに修行僧のような生活をしているわけではない。そうした努力の継続をしなければ神様からもらった資格を行使することができず、このさきも資格の維持が困難だと思うからである。浅田 次郎, 『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』, 文藝春秋, 2011
  57. 57. ともかく一日たりとも 、読み書きを忘れたことはなかった。…才能が力とは言いがたいが、普段の継続が実力となるのは確かなようである。浅田 次郎, 『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』, 文藝春秋, 2011
  58. 58. 起床は冬ならば午前六時、夏には午前五時で、つまり未明に目覚めるのである。しかるのちにコーヒーを淹れて書斎にこもり、仕事を始める。朝食と昼食のために執筆を中断するのはせいぜい十分間で、いわゆる食休みというものはない。午前二時ないし三時には、どれほど興が乗っていても筆を擱く。過ぎたる情熱はともすると文章を乱すからである。…それから夕刻までの数時間は読書に勤しむ。…ルールは唯一、読み始めたら最後まで読み終える。…かくして午後十時には床に就く。講演や取材等のために外出するとき以外は、判で捺したような毎日がくり返される。浅田 次郎, 『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』, 文藝春秋, 2011
  59. 59. 「長編小説を書く時期に入っていれば、毎朝四時に起きて、五時間か六時間執筆します。……来る日も来る日もその日課をだいたいぴたりと守ります 。休日はありません。 そういう機械的な反復そのものがとても大事なんです。精神を麻痺させて、意識を深いところに運んでいくわけです。しかもそんなふうに、六ヶ月から一年のあいだ、休みもなく反復を続けていくというのは、精神的にも肉体的にも強靭でなくてはできないことです。そういう意味においては、長い小説を書くのはサヴァイヴァルの訓練のようなものです。そこでは芸術的感受性と同じくらい、身体の強靭さが必要とされます。」 村上春樹, 『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』, 文藝春秋, 2010
  60. 60. 家庭を持てば勝手な時間割など許されぬのはむろんである。しかし努力を怠れば未来は消える。小説家を志す者はたいていこの局面で挫折するはずである。…女房子供を養いながら、どうすれば読み書きを続けることができるであろうと悩んだ。そこでふと思いついた方法は、 一日の三分割 である。何かの拍子に「 3×8=24 」という単純な計算をした。八時間は食うための労働をせねばならず、八時間は眠らなければならぬとすると、許された時間は八時間である。これをできうる限り読み書きに費やせばよかろう。浅田 次郎, 『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』, 文藝春秋, 2011
  61. 61. 小説家……この稼業は 農耕 に似ている。良い種子を手に入れ 、選別し、蒔き育て、たゆまず肥料をやったり雑草をむしったりして、何ヶ月も何年も先の収穫をめざす。その間には日照りも嵐もあるが、 意志を失わず、努力を怠ってはならない。実に良く似ている。…合理性を考えてはなるまい。小説家はおいしくて滋養のある作物を生産する、農家の主なのである。浅田 次郎, 『君は嘘つきだから、小説家にでもなればいい』, 文藝春秋, 2011
  62. 62. パターン・ランゲージを書くことは、広告のコピーライティングに似ている!
  63. 63. 人を魅力し、人を動かす「ことば」 をどう書くかふだん見ている世界とは違う世界を「ことば」によって表現する。パターン・ランゲージを書くことは、広告のコピーライティングに似ている!「文章は書くものではない。読んでもらうものである。」本質をつかむ努力目指すべきクオリティを高く。文の「質感」に敏感になる。自分たちは一体 何をしているのか?を考える。「書く」力を本当につけたいなら、継続する環境・努力を。
  64. 64. 人を魅力し、人を動かす「ことば」 をどう書くか 井庭 崇(Takashi Iba) 慶應義塾大学 総合政策学部 准教授 iba@sfc.keio.ac.jp takashiiba 2012年7月28日 井庭研 2012年度春学期 研究発表会

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