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    学ぶ大人、学ぶ子ども、学ぶひと 学ぶ大人、学ぶ子ども、学ぶひと Presentation Transcript

    • 学ぶ大人、学ぶ子ども、学ぶひと 鷹森 悠
    • 大人の 学び 学ぶとはなにか 大人の学び 「大人の学びとは何か」という問いに対して真っ先に 浮かんだことは「大人の学びは子どもの学びと違うの か?」だった。「大人が学ぶことはすごいのか?」「子 どもの学びと区別する必要はあるのか?」「子どもの 方が学んでいるのではないか?」とさまざまな疑問が 浮かんだ。  いまや、大学の公開講座や語学スクールに通う大 人も多く、大人の学びが当たり前になりつつある。し かし、「大人の学び」と言われると、いかにも学ぶこ とが「高尚」で、学んでいる大人は一目置かれるよ うな雰囲気がある。なぜなら大人にとっては学ぶこと は特別なことだからだ。しかし、学ぶことは子どもを 含むすべての人が日常的に行っていることではないだ ろうか。子どもにとっては毎日が学びの連続で、新た なことを絶えず吸収していく。それは大人にとっても 変わらない。大人は新しいことを社会のなかで学び、 成長していくのではないだろうか。そうだとすれば学 ぶ大人とは一体なにであるのか。 大人の学びと聞いて浮かんだ疑問 学んでいる 大人は すごい? 子どもの方が 学んでいる? 大人と 子どもを 区別するのは なぜ? 子どもの学び との 違いは?
    • 大人の学びと 子どもの学びとのちがいは何か 大人と子ども  「大人の学び」を考えるうえで着目したいことは、 誰が「大人」で、誰が「子ども」なのかということである。  狭義として、社会と本人が認める真の意味での一 人前の水準への到達は 25 ないし 30 歳頃だと言わ れている。私は 20 代前半の学生であり、法律的に 大人であるが、社会人ではない。しかし、子どもでは ない。子どもではないが、大人でもない。私はとて も曖昧な存在である。  状況によって立場が変わる私にとっては「大人の学 び」と子どもの学びの差を考えることは困難だ。しか し、「大人の学び」にも定義がある。『「学び」の認知 科学辞典』によると、「大人の学び」には3つの特徴 がある。①学校以外での「教育によらない学習」が大 きな部分を占める自発的な学習、②学習を生涯発達 のなかに位置づけることができる生涯学習、③省察・ 批判的思考力を行う青年期までに発達や教育によっ て獲得した高い認知能力を基盤にした学習である。  ようするに「大人の学び」のなかで大切なことは、 子どもにはあまりない「教育によらない学習」を生涯 にわたって続け、省察と批判的思考力を伴う学習が 大人の学びの 3 つの特徴 大きな役割を果たしている点だ。『「学び」の認知科 学辞典』で楠見孝は、「大人の学習は生涯にわたる 学習であり、学習のプロセスと成果自体が個性的で ある。」と言っている。しかし、それは子どもにも言 えることではないだろうか。誰 1 人として同じ人が存 在しないように、同じ状況でも、そこから学びとるこ とは人によって異なる。その体験がその人にとって、 反省的な学びなのか、自信につながる学びなのかは、 人それぞれだ。それぞれが体験を通して自分の学び として吸収し、経験へと変えていく。それは子どもも 同様で、大人と同じように学校のなかで「教育によら ない学習」を行っている。友だちとのやりとりや教室 の掃除、動植物の世話のなかで、授業や教科書では 学べないことを学び、日々成長している。  学びには大人の学びと子どもの学びがあるのでは なく、答えのある学びと答えのない学びがあるので はないだろうか。 自発的な 学習 学校での 教育による学習 生涯学習 高い 認知能力を 基盤にした 学習
    • 子どもの「教育によらない学習」 子どもの学び  ここで私が子どもの頃に経験したことを例に挙げ る。小学校3年生のときに、体育の授業でクラス対抗 試合があった。我が 2 組が勝ったのだが、1 組の女 子から「2 組がズルをしたから私たちは負けた」とい う意見がでた。それを契機に話し合いが行われたが、 次第に状況は悪化し、ついに「私たちは一所懸命やっ 同じ環境においても子どもは それぞれの学びを行っている たんです」と 1 組の女子が泣き出す事態になった。  しぶしぶ、私たちが勝ちを譲るということで、話し合 いは幕を閉じた。納得のいかない 2 組だったが、教室 へ戻ると、担任から話があった。「みんなが一所懸命やっ ていたことを先生は知っているよ。今回は、みんなが 大人になったね、偉かったね」と。その時なんだか、 悔しいのやら嬉しいのやら複雑な心境になり、涙が出た。  私たちはこのとき、社会には理不尽なことがあると いうことを学んだ。また、相手のために一歩引くこと の意味を私たちは学んだ。  この一件は、「教育による学習」のなかで起こった 「教育によらない学習」であった。そして、自分がど の立場に立つかで、同じできごとでも学ぶことは変 わってくるという象徴だ。もし、私が「1 組の女子」だっ たら、このことから学んだことは違ったかもしれない。 ①社会には理不尽なことがある ②相手のために一歩引くことの意味
    • 教育による学習と教育によらない学習 教育による学習と 教育によらない学習  子どもは勉強するのが当たり前だと思われている が、それは単なる学校教育のなかでの学習にすぎな い。「1+1=2」ができるようになる、地球が自転し ていることを知ることが子どもの学習だと思われてい る。しかし、子どもが学校で学ぶことはそれだけでは ない。もし、学校教育の学習が 学び であれば、 子どもは学校には通わず、家で決まった時間、決まっ 多くの人が想起する 子どもの学習 教育による学習 た分だけ、「学び」、定期的にテストで○か×か、をつ ければいいだけではないか。  しかし、私たちは学校に通う。それは学校で、人と 人との関わりのなかで学ぶことが多くあるからだ。  「給食を食べる」ことからも私たちはたくさんのこ とを学ぶ。食器を運ぶ、給食着を清潔に保つ、残さ ず食べる。これらの行為があって、私たちは「給食 を食べる」ことができる。しかし、毎日円滑にできる わけではない。食器を割ることもある。給食着を洗 い忘れる、嫌いなものがあって残さず食べられない。 そういう中で、私たちは多くのことを学ぶ。どうすれば、 食器を割らずに運べるのか、残さず食べるためには どうすればいいのか。子どもだってその場を乗り切る ために、常に考え、行動している。過去の経験や友 人から学び、どうすればいいかを考えている。それは、 大人が社会で同僚や上司とどうすればうまく付き合っ ていけるのか、仕事を効率的にこなすためにはどうす べきかを学ぶことと何が変わるのだろうか。 教育によらない学習 「給食を食べる」ためには 必要な行為がたくさんある 行為を通じて学ぶことがたくさんある 運ぶ 残さず 食べる 清潔に 保つ 給食を 食べる
    • イエナプランで学びをフラットな関係に ひらかれた学び  学びには大人と子どもという枠ではなく、新たに知 識を得るための学び(答えのある学び)と得た知識 や経験から、新たな学びを創出する学び(答えのな い学び)がある。大人の方が子どもより長く生きてい る分、知識も経験も豊富である。しかし、大人が子 どもから学ぶことも多くある。自分にはない視点や感 覚を思い知らされ、はっとした経験がある大人は多い のではないだろうか。  私がふと、「なぜはさみは左手では切れないのか」 と口に出したことがある。家族の各々が持論を展開し たが、納得がいかない。そのとき、私の5つ下の弟 がハサミと紙を持ってきて、実証し、わかったことを 私に解説してくれた。子どもや年少者から学んではい けないということは決してないのである。学びには年 齢や立場は関係ないのだ。  そして、私たちは、「大人の学び」とは呼ばない新 しい大人の学びを必要としている。それは私たちが社 会において異なる世代やさまざまなバックグラウンド を持った人と場を共有することが多いからだ。彼らと 学んでいくために、たとえば、イエナプランの形を借 りる。これはオランダで最も盛んに行われている学校 教育のスタイルで、クラスを3つの年齢のグループで 構成し 3 年間同じ教室で上・中・下のすべての立場 を経験させる。これによって年齢差による立場の違い を経験することや子どもの個性を大切にしている。イ エナプランのように、自分とは異なる他者と新たな学 びを創出する場を大人も必要としている。学ぶことに 制限をかけているのは私たち自身なのかもしれない。 大人の 学び 子どもの学び 大人の学び ひらかれた学び 子どもの学び }